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「4.28記念式典」抗議~沖縄県民大会へ  

  県議会で全会一致で抗議決議(自民退場)。28日の県民大会開催へ準備会が動き出した(自民参加せず)。
 「記念式典」について、沖縄紙の社説。
「政府は、なぜ日本は主権を失ったのか、なぜ無謀な戦争に突入し、連合軍による軍事占領を許してしまったのか、敗戦責任は誰が負ったのか、という問いにも向き合わなければならない」(沖縄タイムス)
「対米追従外交を繰り返し、日米地位協定の不平等性を放置しているのに、果たして『主権回復』と胸を張れるのか。」(琉球新報)・・・・正論である。この問いを直視しなくてはならない。
【米兵犯罪・オスプレイ強行  占領を継続する地位協定・安保2012/10】
【社説[県民大会浮上]根っこに強い不公平感 沖縄タイムス4/3】
【社説 「主権回復」首長意向 「祝賀」式典は中止を 琉球新報3/30】
【4・28「主権回復・国際社会復帰を記念する式典」に対する決議 沖縄県議会】
 ・・・「独立論」が出てくるのは当然と思う。
【「琉球独立」を議論 研究学会、5月15日設立 琉球新報4/1】

 4.28は、日本が平和的に領土として「千島列島」を放棄した日でもある。

【社説[県民大会浮上]根っこに強い不公平感 沖縄タイムス4/3】

 政府主催の主権回復記念式典が開かれる4月28日に、超党派の県民大会を開く動きが県議会で浮上している。
 安倍政権への配慮から自民党と公明県民会議は参加に難色を示しており、最終的な形は流動的だ。
 東京での記念の政府式典と、沖縄での抗議の県民大会-この構図には既視感が伴う。復帰の日の1972年5月15日がそうだった。
 戦争で失った領土を外交交渉で取り戻した佐藤栄作首相は、東京での式典で、満面に高揚感を漂わせ、万歳を三唱した。
 屋良朝苗知事(その時点では『みなす知事』)は「必ずしもわたしどもの切なる願望がいれられたとはいえないことも事実であります」と苦渋に満ちた表情で語った。
 あの日から41年がたつというのに、「記念式典」と「抗議大会」という政府と沖縄の亀裂の構図が再現されようとしているのはなぜなのだろうか。
 主権回復を記念して式典を開くというのであれば、政府は、なぜ日本は主権を失ったのか、なぜ無謀な戦争に突入し、連合軍による軍事占領を許してしまったのか、敗戦責任は誰が負ったのか、という問いにも向き合わなければならない。その心構えはあるのだろうか。
 民間団体や一政党が主催することにとやかく言うつもりはないが、政府主催となると話は別だ。
 県民が政府主催の記念式典に強い違和感を抱いているのにはいくつかの理由がある。
    ■    ■
 講和発効から復帰までの20年間の歩みが、本土と沖縄では、決定的に異なっている。
 政府は、56年7月に発表した経済白書で「もはや戦後ではない」と宣言した。沖縄で土地接収をめぐる「島ぐるみ闘争」が闘われたのは、まさにその時期である。
 本土の米軍基地は、旧日本軍が使っていた国有地を戦後、米軍基地として継続使用しているケースがほとんどだ。
 これに対し、沖縄の米軍基地は国有地と県・市町村有地、民有地がほぼ3対3対3の割合である。民有地や県・市町村有地が多いのは、土地接収を繰り返し、基地を拡張し続けたからだ。
 講和条約第3条に基づく米国の沖縄統治は、沖縄を「制約のない基地」として確保する必要から生み出されたもので、この状態は、復帰の時点で解消されるべきであった。だが、そうはならなかった。基地の事実上の自由使用が復帰後も続き、返還も遅々として進まなかった。
    ■    ■
 沖縄にだけ基地を押しつけているという不公平感と、問題解決が一向に進まないという不全感。沖縄の多くの人たちは、現状を理不尽だと受け止めている。政府は偏見をもたず、謙虚に住民の声を聞き、早急に不公平感や不全感の解消に努めるべきである。
 政府主催の式典を意味あるものにする方法が一つある。
その日に辺野古移設の見直しを宣言することだ。その時こそ、主権回復の意味が浮かび上がってくるだろう。


【社説 「主権回復」首長意向 「祝賀」式典は中止を 琉球新報3/30】

 県議会が4月28日の「主権回復の日」式典開催への抗議決議を全会一致で可決した。県内の市町村議会でも、式典への抗議決議や意見書を可決する動きが顕著だ。
 琉球新報が県内41市町村の全首長を対象に実施した「主権回復の日」に関する緊急アンケートでは、式典開催については約8割が反対し、賛成はいなかった。
 沖縄は民主主義の手法を尽くして、式典の見直しを求めているのだ。政府はこの事実を重く受け止めるべきだ。
 サンフランシスコ講和条約で、日本の独立と引き換えに沖縄が日本から分離され、米軍統治下に置かれることになった。条約が発効した1952年4月28日を、沖縄では「屈辱の日」と呼ぶことを知らない首長はいまい。「主権回復」と肯定的に捉える式典に賛成する首長がいないのは当然だ。
 安倍晋三首相に問いたい。この結果を見ても式典を開催するのだろうか。このまま式典を強行すれば、どんな言葉で取り繕うとも、沖縄差別は決定的となる。「主権」の現状について徹底検証することこそ先決であり、式典開催を強行すべきではない。
 日本が真の民主国家であり、沖縄の声に理解を示す気持ちがあるならば、式典開催を見送るのが筋だ。式典は「国際社会復帰60年」を記念したものでもある。対米追従外交を繰り返し、日米地位協定の不平等性を放置しているのに、果たして「主権回復」と胸を張れるのか。
 政府が国会議員に参加を呼び掛けた案内状は、沖縄や奄美、小笠原が米国の施政権下に置かれたことにも、いびつな主権国家としての現実にも触れず「わが国の完全な主権回復」などと記述する。全く理解に苦しむ。
 安倍首相や菅義偉官房長官は「沖縄県の苦難の歴史を忘れてはならない」と繰り返していたが、あれは一体何なのか。結局、沖縄への配慮はうそなのか。こうした場当たり的な姿勢に、どれだけ県民が失望し、憤っているかを想像してもらいたい。
 アンケートでは仲井真弘多知事の式典出席には6割以上が「出席すべきでない」としている。知事が当初、式典を「全く理解不能」と批判したことに、多くの首長が共感していると見ていい。知事は毅然(きぜん)と欠席を表明し、抗議の意思を伝えるべきだ。


【4・28「主権回復・国際社会復帰を記念する式典」に対する決議】

 3月7日の衆議院予算委員会において、安倍晋三首相はサンフランシスコ講和条約が発効した4月28日を「主権回復の日」と位置づけ、政府主催の式典を開催する考えを表明し、3月12日の閣議で決定した。
 日本は1951年9月8日にアメリカ合衆国を初めとする連合国諸国との間でサンフランシスコ講和条約に調印し、翌年4月28日に発効した同条約第3条によって北緯29度以南の奄美・沖縄・小笠原は日本から分離され、米国の施政権下に置かれた。
 安倍首相は国会でサンフランシスコ講和条約の発効で我が国の主権は完全に回復したと述べているが、その日をもって日本から切り離された沖縄はその主権下になかった。
 ゆえに4月28日は、沖縄の人々にとって「屈辱の日」にほかならないのである。
 沖縄は、去る大戦で本土防衛の捨て石とされ、二十数万人余のとうとい命が奪われた。
 戦後も新たな米軍基地建設のため、銃剣とブルドーザーによる強制接収で米軍基地は拡大され、1972年の本土復帰後も米軍基地は存在し続けている。県民は今日なお、米軍基地から派生する騒音問題や米軍人・軍属等による事件・事故等により、日常的に苦しめられ、さらには県民総意の反対を押し切る形でオスプレイ配備、辺野古基地建設に向けた手続が進められている。
 政府がまず行うべきことは、沖縄における米軍基地の差別的な過重負担を改めて国民に知らしめ、その負担を解消することではないか。
 沖縄が切り捨てられた「屈辱の日」に、「主権回復の日」としての政府式典を開催することは、沖縄県民の心を踏みにじり、2度目の沖縄切り捨てを行うものであり、到底許されるものではない。
 よって、本県議会は、今回の政府の式典開催に反対し、強く抗議する。

 上記のとおり決議する。

  平成25年3月29日
沖縄県議会


【「琉球独立」を議論 研究学会、5月15日設立 琉球新報4/1】

 琉球の島々に民族的ルーツを持つ人が、琉球独立を前提とした研究や討論、国際機関への訴えなどの取り組みを進める「琉球民族独立総合研究学会」が5月15日、設立される。設立準備委員会は、研究者だけでなく広く一般から、設立発起人や会員としての参加を呼び掛けている。独立を前提に、琉球にルーツを持つ人を参加対象とした議論の場ができるのは初めて。
 宜野湾市内で3月31日に開かれた準備会の会合にネットで参加した共同代表の松島泰勝・龍谷大学経済学部教授(49)は「オール沖縄でオスプレイに反対する状況で日本政府による配備押し付けというやりたい放題の中、琉球人が島で平和に生きるため、独立の選択肢を具体的に議論しないといけない」と語った。
 学会設立後は、年に2回程度の学会を開催し、世界各国の独立経過や事例を研究、独立前後の政治経済やアイデンティティーなどを議論する。実践として国連脱植民地化特別委員会への琉球登録などを目指す。独立国となった太平洋諸国の人々との研究交流や連携も進める。
 友知政樹・沖縄国際大学准教授(39)は「会員を琉球民族に限定するのは、自分たちで考えることが真の解放の一つのプロセスになると考えるからだ。琉球の主権回復、自己決定権獲得のため、一つの方法として独立が必要だと考えた」と経緯を振り返った。

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