地域に根ざした物づくりと経済再生~中小企業の役割
中小企業家同友会・企業環境研究センターの念頭展望レポートから、吉田敬一・駒沢大教授の「日本経済再生の可能性はどこにあるのか」。
「21 世紀はグローバル循環とローカル循環の二本足体制をどう作っていくかが課題」とし、グローバル循環は海外現地生産が基本であり、「本来ローカル循環で国内資源を生かすべき「食」と「住」の分野が再構築できるかどうか大事な課題」と問題提起している。
【年頭 中小企業経営の展望レポート2013(年頭展望レポート)1/30】
他のレポートは以下のとおり。
1. 世界経済の状況と2013 年の景況 ・・ 小松善雄
2. 日本経済再生の可能性はどこにあるのか ・・ 吉田敬一
3. 終了を迎える中小企業金融円滑化法と中小企業に求められること ・・ 阿部克己
4. 地域経済の疲弊と中小企業への期待、中小企業振興基本条例の役割・・ 植田浩史
5. 同友会型企業づくりと経営戦略~経営指針の作成と実践の意義 ・・菊地 進
【日本経済再生の可能性はどこにあるのか】
駒澤大学経済学部教授 吉田 敬一
◆グローバル循環に傾斜する日本経済
はじめに、グローバル循環に傾斜する日本経済の問題点ということに触れておきます。経済循環というのは大きく三つに分かれます。80 年代中頃までは日本経済は二つの循環でした。一つはナショナル循環、愛知に本拠地があるトヨタの仕事を日本の各地で地域間分業をしていました。国民経済の中で分業をして作ったものを輸出するという形でした。機械系の工業の場合は大企業はナショナル循環を基本にしていました。もうひとつは食・住を中心にしたローカル循環、限定された地域の中で素材生産から加工、出荷まで行うものです。
1985 年以降出てきたのが、グローバル循環です。企業内国際分業という形で進んできました。日本のリーディングカンパニーが90 年代以降急速にグローバル循環にのめり込んでいく中で、機械系産業の中で大企業をサポートしていた企業は巻き込まれていきました。その結果、低工賃など様々な圧力があって、大田区で企業数が半減するような形で危機が現れてきています。もう一つは、本来ローカル循環であるべき分野が、グローバル循環に巻き込まれてしまい、食・住の分野でも逆輸入などで駆逐されてきました。
◆グローバル循環は海外現地生産が基本
21 世紀の日本経済の可能性という点では、ローカル循環を軸にして、本来国内市場に生かしていくべきところ
で新たな循環を作っていけるかどうかがポイントになってくると思います。グローバル循環の問題点を見ておき
ます。日本の多国籍企業の場合、今までどおり国内で作った自動車を輸出していくという形は残ってはいますが、グローバル循環というのは基本的には輸出がポイントではなく、海外現地生産が基本であるということです(図
3)。
85 年まではナショナル循環が中心で海外生産は例外的でした。ここまでは大企業と中小企業の利害は一致していました。ところが円高で海外生産に移っていき2000 年の直前に海外生産が輸出を上回ります。
今日では海外生産が国内生産を上回ってしまいました。完全にグローバル循環となりました(図4)。
これを地域別に見ると2000 年から2010 年の10 年間でアメリカでもアジアでも輸出はほとんど伸びていません。アジアでの現地生産が増えています。つまりグローバル循環型の大企業を支援しても、国内での雇用はほとんど増えていかないということです(図5)。
◆極端に少ない日本の国内投資
もう一つは、アメリカもドイツもイタリアもイギリスも海外展開している企業はありますが、それらの国は双方向のグローバル化であり、対内投資残高(2012 年版の通商白書)を比較すると、対GDP比(2010 年実績)で見てイギリスの48.3%、ドイツの29.2%、アメリカの21%に対して、日本の場合は3.9%に過ぎず、圧倒的に外国資本による対日直接投資が少ないことがわかります。日本の場合のグローバル化というのは出ていく一方のグローバル化です。そのため他の国より、国内の雇用や所得の削減への影響が出てきやすい形になっています。
◆海外工場から第三国へ輸出する「貿易」
おまけに経団連がいう貿易というのは、普通の人が考える貿易ではありません。一般的に、貿易というのは日本で作って輸出するという貿易ですが、グローバル循環型の貿易は、たとえばタイで作ってアメリカに輸出する、こういうのもトヨタにとっては貿易になるわけです。図6は2012 年5 月の日経新聞に出ていたものを図にしたものですが、貿易保険の意味が変わってきています。
貿易保険は1950 年から始まっていますが本来は日本からの輸出にかかっていました。グローバル化が進んで海外工場から第三国への輸出にも貿易保険が適用されるようになりました。来年の4月からは、タイで作ってタイで売る場合も貿易保険が適用されるようになります。経団連型の企業と普通の企業では貿易のイメージが違ってきているんです。
大企業にとっての貿易とは日本で作って輸出が増えるというだけでなく、むしろ主流は海外でグローバル展開して海外に輸出拠点を増やしていくことにあります。今のようなグローバル化を推し進めても国民と中小企業の発展にはつながりません。そういう意味では言葉を十分に認識して使わないと、グローバル化と言っても全くイメージが違ったものになってきています。
◆空洞化の行き着く先は間接税増税
大企業が海外へ出て行くと、当然中小企業が減り労働者も首切りが増え、不安定雇用が増える、法人税も所得税も減ってくる、一方で高齢化が進む、入る金が少なくて、軍備拡張の必要性も叫ばれている、ではどうするか、利益が出ていようがいまいが、所得があろうとなかろうと取れる税金、間接税にシフトしていかざるを得なくなるという問題があります。
消費税率が上がるとどうなるか、帝国データバンクが行なった調査によると(中小企業を中心に23,099 社を対象に2012 年7月に実施)、「業績への影響」では「かなり悪影響」が12%、「悪影響」が55%、と7 割近くが影響があると答えています。
「価格への転嫁」では、完全に転嫁できると自信を持っている企業は3割に過ぎません。消費税税率引き上げは地域経済と中小企業にとって重い負担になってくると思います。
憲法を改正して社会政策の課題まで自己責任にするという市場原理の適用は、憲法第25 条に反します。日本で生まれた限りは健康で文化的な最低限度の生活を営む権利がある、という国民の権利、逆に言うと国家の責務は空洞化していくのではなないか、という懸念があります。
◆地域に根ざした物づくりは中小企業に適した分野
日本の大企業は競争力は強いがロットが大きな価格競争力が中心です。同じようなものづくりの国であるドイツと比較してもなぜこうも違うのか。
図7は2012 年の通商白書の資料です。輸出単価が違います。ドイツの場合はロットで勝負ではなく、高度な技能熟練を必要とするか、ステイタスシンボルになるようなものを作っています。ですから作った場所が問題になります。メルセデス・ベンツのS クラスを中国で作って半値で売っても誰も買いません。持続可能な国づくりという場合に、大企業の本業での責務ではメイドインジャパンで勝負できるような開発とは何か、地域に根ざす、国に根ざすとは何なのか、ということをしっかりと自覚していただきたい。難しい問題ではありますが。
逆に言うと、そういうものは中小企業や日常消費財の分野での方がやりやすい。対先進国の二国間貿易で見ると、フランス、イタリア相手の貿易では日本は赤字基調です。スイスとドイツはトントン。フランス、イタリアから何を買っているかというと、食料品や雑貨、ファッション製品などです。これらはロットは小さいですがかなり高価なものです。メイドインフランス、メイドインイタリアになっていますが、日本の場合、そういうフランスやイタリアが得意の分野が、コストの論理で輸入産業化してしまっています。本来ローカル循環で国内資源を生かすべき「食」と「住」の分野が再構築できるかどうか大事な課題です。
これは震災復興とも関わっています。その分野を放棄してきたので、そこが復活すればかなりの雇用と所得が確保できるということです。そういう意味で21 世紀はグローバル循環とローカル循環の二本足体制をどう作っていくかが課題になってきます。
◆岩手県住田町に見るローカル循環
ローカル循環の可能性ですが、リーディングインダストリーのサポート役を果たしていたところからはまだ事例はあまり出てきていません。今まで大企業の下請けでやってきた所がいきなり横受けでやっていけるかといえばそこは時間がかかります。リーディングインダストリーを支えていた中小企業集積の地域で自立的にネットワーク化が進んでいくまでのつなぎと、近代工業が進出していかない所の地域社会の自立という意味合いで一つのシンボルになるのが岩手県住田町の事例ではないかと思います。
それが図8です。
災害救助法では仮設住宅は県が建設することになっていますが、住田町は、震災後すぐに協議会を開き、町の予算を使って木製の仮設住宅を提供したので有名です。人口7000人にも満たない小さな町ですが、地域内循環の仕組みがたいへんうまくいっている地域です。もともと森林資源はありました。気仙大工もいました。製材については1987 年から、山から切り出して加工する大規模製材工場、集成材工場、プレカット工場などを地域内に少しずつ作ってきました。それに関連した職場、雇用が生まれてきます。最初のうちは町のお金や協同組合のお金を使って進めてきました。
地域のイメージ、うちの町は何で生きていくのかというイメージを明確にしていくことが大切なんです。住田の場合は、木がある、大工もいる、しかしその間がない、その間を一つ一つ作ってきた、点の政策、それを全体のイメージをはっきりさせることで線の政策にしてきたことで地域内循環がうまく回り始めました。小さな町だからできたという意見もありますが、普通小さな町では「そんなことは小さな町では無理だ」となりがちです。そういう点で住田の経験は大きな示唆をしていると思います(詳細は、松丸・吉田・中島『地域循環型経済への挑戦』本の泉社、2012 年を参照されたし)。
◆中小企業憲章の精神を生かして日本経済再生を
少しずつですが地域内循環力を高めていこうという動きは増えてきています。そういう点に確信を持っていただきたいし、それは中小企業憲章の理念にも合致しています。その前文では「中小企業は、経済をけん引する力であり、社会の主役である」「中小企業がその力と才能を発揮することが、疲弊する地方経済を活気づけ、同時にアジアなどの新興国の成長をも取り込み日本の新しい未来を切り拓く上で不可欠である」という位置づけがはっきりとされています。また基本理念として「中小企業は、社会の主役として地域社会と住民生活に貢献し、伝統技能や文化の継承に重要な機能を果たす」とうたっています。
トレンドを発信できる国、ブランド力のある国というのは必ず民族固有の技能とか伝統文化を物に体現化しています。日本の弱点はそれが抜けて、どこで作っても構わないというモノづくりになってしまっていることです。そういう点では中小企業憲章の精神に則って、地域の個性を活かした形で地域を重視していく、そのためには個々の企業が夢を持って全社一丸となるために経営指針づくりを行わなければなりません。21 世紀の日本経済再生の道筋は、これまで同友会が果たしてきた運動を今の時点に立って再検証すれば展望は出てきます。
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