「世界最高水準の安全と程遠い原子力安全体制」 府市エネ戦略会議提言
大阪府市エネルギー戦略の提言(案)。170ページを超える文書のなかから、新安全基準骨子案が示されている関係で、以下の3つのレポートの転載。
本気で世界最高の水準の安全を確立することがどれほどハードルが高いか・・・
・「世界中の安全対策を徹底調査し、案を確立するには3年はかかる。」「必要な改定はすべて行うという基本方針の下、拙速な指針改定のスケジュールは白紙にすべきである」
・「地質学的には最近180万年(新生代の第四紀)に活動履歴のある断層というのが国際的な認識となっている。」「現代の地震学は3.11で起きた事を説明できていないのである。これが地震学、測地学等の現状である。」
・「我が国の原子力安全は、世界最高水準を標榜するには余りにも程遠い状況にある。「最高」どころか、国際的な目標にさえ達しているのかどうかも分からない。」と、根本的な転換を求めている。
~ゼロへの決断し、課題を整理すること以外にない。
《世界最高水準の安全と原子力安全体制》
<決定過程> 河合 弘之 (さくら共同法律事務所 弁護士)
<地震問題> 長尾 年恭 (東海大学海洋研究所地震予知研究センター長)
<全体を通して> 佐藤 暁 (原子力コンサルタント)
<全体を通して> 佐藤 暁 (原子力コンサルタント)《世界最高水準の安全と原子力安全体制》
<決定過程> 河合 弘之 (さくら共同法律事務所 弁護士)
(1)世界最高水準の安全からは大きく劣っていること
日本においては「原発は事故を起きない」との誤った前提で安全体制が考えられており、結果として、原子力安全体制は国際的な水準に遠く及ばない、数十年遅れたものになってしまった。
国会事故調は、「日本の原子力法規制は、本来であれば、日本のみならず諸外国の事故に基づく教訓、世界における関連法規・安全基準の動向や最新の技術的知見等が検討され、これらを適切に反映した改定が行われるべきであった。しかし、その改定においては、実際に発生した事故のみを踏まえて、対症療法的、パッチワーク的対応が重ねられてきた。その結果、予測可能なリスクであっても過去に顕在化していなければ対策が講じられず、常に想定外のリスクにさらされることとなった。また、諸外国における事故や安全への取り組み等を真摯に受け止めて法規制を見直す姿勢にも欠けており、日本の原子力法規制は、安全を志向する諸外国の法規制に遅れた陳腐化したものとなった。」と評価している。
また、事故当時の原子力安全委員会委員長である班目春樹は、「繰り返しますが、世界では当然のことだったのです。日本は致命的に遅れていた。大変な間違いでした。その意味で、日本の安全審査は30年前の技術水準だったということです。」(岡本孝司『証言班目春樹原子力安全委員会は何を間違えたのか?』190頁)と述べている。
新骨子案が世界の水準に追いつくには、国会事故調が述べるように、世界中の安全規制を徹底的に研究調査すべきであり、そのためには少なくとも3年はかかると言える。(2)新安全基準に要求されること
ア 指針見直しのスケジュール及び大飯3、4号機の停止について
2013年7月という指針改定期限を絶対のものと考えてはならない。福島原発事故の事故原因を究明し、必要な改訂をすべて行い、改訂安全指針類によるバックフィットを厳格に行うという基本方針を確立することが第一である。したがって、2013年7月という期限は基本方針策定の期限と解し、詳細な実際的基準は3年かけて決定していくこととすべきである。
現在稼働中の大飯3、4号機は、安全性が確認されていないため、当然、他の原発と同様に停止させておくべきである。イ 立地審査指針について
① 万が一の事故が起きても周辺に放射線被害を及ぼさない立地条件を厳格に適用できる指針に改訂すべきである。
② 要求される非居住区域、低人口地帯の範囲を、現実に発生した福島原発事故を踏まえて広域なものに見直すべきである。ウ 安全評価指針について
自然現象を原因とする事故であれば、多数の機器に同時に影響を及ぼすのであるから、異常状態に対処するための機器の一つだけが機能しないという仮定は非現実的であり、一つの安全機能にかかる全ての機器がその機能を失うことを仮定して安全評価がなされるよう、安全評価指針を見直すべきである。エ 安全設計審査指針について
単一故障指針は、機器の多重性又は多様性及び独立性により安全が確保されるという考え方と表裏をなすものである。しかし、機器の多重性又は多様性及び独立性があったところで、特に自然現象のもとでは、全てが同時に故障することはあり得るのであって(共通原因故障)、その場合には安全性が確保できない。この自明のことに目をつぶった指針は誤りである。安全設計審査指針は、福島原発事故での地震・津波被害のように、同時故障を想定した上で安全性を確認するべきである。オ 耐震設計審査指針について
2011年3月11日の東北地方太平洋沖地震をふまえ、過去の歴史地震にとらわれることなく、これまでの地震・津波に関する知見に基づき、可能な限り安全側に立って、耐震設計審査指針を根本から見直すべきである。すなわち、活断層については、活動時期を過去40万年前以降とする、調査範囲を原子炉敷地から半径30㎞からさらに延長する、活断層が完全否定されないかぎり活断層とみなす、想定すべき地震と津波のレベルについて、震源域内のパラメータを可能な限り厳しくした想定をするなど、耐震設計審査指針を根本から見直すべきである。
さらに、そのようにして想定した地震・津波を超える地震・津波が発生することがあり得るのであるから、さらに安全側に立った地震・津波を想定する指針を策定すべきである。カ 重要度分類指針について
地震時の共通原因故障発生を踏まえ、重要度分類指針を見直し、とりわけ外部電源の信頼性を向上させ、重要度分類クラスⅠ、耐震性能Sクラスにすべきであり、また非常用電源系統だけでなく、重大事故時の対応上に必要な構築物、系統及び機器全体を重要度分類クラスⅠ、耐震性能Sクラスに格上げすべきである。キ シビアアクシデント(過酷事故)対策について
① 必要なシビアアクシデント(過酷事故)対策は全て要求する指針を制定し、そのシビアアクシデント(過酷事故)対策がなされていない原発は再稼働させてはならない。
② 安全確保のための安全指針として第一に重要なのは、「放射性物質の環境への多量の放出を確実に防止する」という3層までの安全規制である。シビアアクシデント(過酷事故)対策を法規制化することは望ましいが、シビアアクシデント(過酷事故)対策を十分に行えば、確実に安全が確保される訳ではない。
従って、設計基準事故の対象を拡大して安全指針を強化しなければならず、設計基準事故をそのままにして、シビアアクシデント(過酷事故)対策で危険性が回避できるなどと考えることは誤りである。ク 原子力災害対策指針について
福島原発事故の教訓を踏まえた上で、原子力災害対策重点区域、想定事故、包括的判断基準を検討し直すべきである。そして、各原子炉についての緊急時対応計画を原子炉立地審査指針によって審査し、不十分であると判断されるものについては原子炉停止等必要な措置を命じるべきである。(3)拙速な基準改定
現在、原子力規制委員会は、新安全基準検討チームを立ち上げ、新基準作成のために審議を重ねている。上記に述べたように、新指針の改定は必然的に福島第一原発事故を踏まえたものでなければならない。
しかしながら、現在の改定作業は、今年7月までに基準策定というスケジュールで検討を進めており、その骨子は今月末にも決まろうとしている。福島事故の検証が不十分であるばかりでなく、肝心なシビアアクシデントについては、設計基準には組み込まないものになっている。
また、検討チームのほぼ全員を原子力関係者と利益相反が問題となる専門家で占め、事業者からのヒアリングのみ実施するという、旧態依然に逆戻りしたとの批判が強い。
現に2006年9月19日付耐震設計審査基準(新指針)は、1995年の阪神淡路大震災によって、旧指針が地震科学の最新知見から見て古すぎるという疑問が顕在化し、2001年に改訂作業が始まり、正式に決定したのは2006年である。調査審議は5年以上を要しているところ、今回の改定作業がいかに拙速になされているかが明らかである。
今回の改定作業が、福島原発事故の実相も明らかでないまま、7月指針改定をめざすのであれば、原子力規制庁は再稼働ありきで改定指針をしているとの批判を免れない。
安全指針類の改定が行われる趣旨は、従来の指針が過酷事故に対して全く役にたたなかったのだという反省に立つものであり、その目的は二度と福島第一原発事故のような原子力災害を起こしてはならないというところにある。そして、その原因は、規制庁も事業者も事故は起こらないという前提で、既設原発の稼働を優先していた点にある。
国会事故調報告書は、法整備の必要性につき、「原子力の世界において、施設の安全確保のために最も重要な概念とされる深層防護(Defense in Depth)が原子力法規制上十分に確保されることが望ましい。」とし、「日本の原子力法規制は、原子力利用の促進が第一義的な目的とされてきたが、国民の生命、身体の安全を第一とする、一元的な法体系へと再構築することが必要である。」と述べている。(前掲 国会事故調査報告書 44頁)
指針を改定するに当たっては、常に安全側に立ち、国内外の意見に真摯に耳を傾け、民主的で公開な場で議論を積み上げ、合意形成すべきであり、必要な改定はすべて行うという基本方針の下、拙速な指針改定のスケジュールは白紙にすべきである。
<地震問題> 長尾 年恭 (東海大学海洋研究所地震予知研究センター長)(1)日本列島の生い立ち
日本列島は環太平洋の地震・火山帯(Ring of Fire)に属しており、日本列島の周辺では世界中の地震の約10%が発生している。換言すれば、日本列島は世界最大の地学的変動帯に位置している。まずこの現実を我々は認識しなければならない。
この地震活動、火山活動が盛んであるという事が日本を風光明媚な国としているのである。火山の恵みは温泉等として実感できるが、それでは地震(それによって引き起こされる地殻変動、断層運動)の恵みとはどのようなものであろうか。たとえば東名高速は御殿場、裾野というように東海道線とは違うルートをとっている。これはここが山越えとしては一番低い場所であるからである。この低地は伊豆半島が南から衝突した事によって生じたマイクロプレートの境界と位置づけられている(伊豆半島はかつて南の洋上にあり、それが約60万年前に本州に衝突し、半島となったと考えられている)。また、四国では香川県から愛媛県にかけて、東西を一直線に高速道路(徳島自動車道、松山自動車道)が通じている。これは中央構造線という大断層に沿って延伸したものである。つまり、日本の高速道路は地震断層が作った直線状の地形を利用して全国各地で建設されたのである。なおこの大断層の紀伊半島側には紀ノ川が流れ、JR和歌山線はこの断層の地形を利用している。
つまり、日本列島の今を語る上で、地震活動、火山活動というものを抜きに語る事はできないのである。米国における原子力発電所のほとんどが東海岸側に位置しているのも、この地震や火山活動のリスクを考えているためである。
国の原子力規制委員会は「世界で最も厳しい安全基準を目指す」としているが、この事を胆に銘じなくてはならない。(2)活断層に関する諸問題
・活断層の定義
活断層とは地質学的に“極めて最近”まで活動していた断層であり、今後も活動する可能性のある断層を意味する。地質学的には最近180万年(新生代の第四紀)に活動履歴のある断層というのが国際的な認識となっている。従来の政府の基準では5万年以内に活動した形跡があるものを活断層としていましたが、2006年に12万年に変更されて、現在に至っている。現在これを40万年に引き上げようという議論もあるが、原点に立ち戻って「世界で最も厳しい」というものを目指すべきであろう。・活断層の同定
陸域の活断層は一義的には空中写真により行なう。その後、現地での測量、トレンチ調査、地震探査、ボーリング探査等を組み合わせ、過去の活動時期の同定等を行なう。海域では船舶による地震探査により位置を推定する。また変動地形学という分野では、断層運動による地形を詳細に検討する手法が確立しているが、これらは従来の保安院では無視されていた。今後は変動地形学の知見も積極的に活用すべきである。活断層か否かの判断についてはグレーは黒と、常に安全サイドに立って判断すべきであろう。
活動年代については広域火山灰(テフラ)の同定(鍵層)、放射性年代測定(特にC14)、フィッショントラック測定、ESR(電子スピン共鳴)測定などによって行なうが、いずれも誤差が生じる事は原理的に否めず、絶対視すべきではない。・活断層調査の限界
最大地震は発見されている活断層を根拠に推定する。ところが活断層は調査すればするほど発見されているのが実情である。さらに実際新潟県中越地震(2004年)、福岡県西方沖地震(2005年)、新潟県中越沖地震(2007年)等は当時未発見の活断層で発生したものである。特に海岸付近の海域での探査は困難(地形、漁業補償などの問題で大型の探査装置を運用できない)を伴う。日本の場合、原発は海岸に設置されるという事を留意すべきである。(3)地震学の限界
東北地方の太平洋岸では地質学的には、過去10万年間、年およそ0.5mmほどの割合で隆起している事が判明している。これに対し、海岸に設置された検潮所のデータや、近年のGPS観測のデータからは年5‐8mmずつ沈降している事も明らかとなっている。つまり、地質学的スケールでは隆起しているのに、毎年の観測では沈降しているのである。この矛盾を解消するのに、3.11以前には、「きっと巨大地震が発生する時に隆起するのでは」と漠然と考えていた。ところが、実際にはさらに太平洋岸は沈降し、石巻や気仙沼では毎日満潮の時に洪水が発生するという事態が発生した。つまり、現代の地震学は3.11で起きた事を説明できていないのである。これが地震学、測地学等の現状である。このことからも地震学の知見に頼る事は大きな危険が伴う事は明らかであり、地質学、変動地形学的な情報をもっと加味して、想定される最大地震について考えるべきであろう。
(4)放射性廃棄物の最終処分について
我々は墓石や建造物に使われる御影石(花こう岩)というものを知っている。日本でも阿武隈山地、関東北部、飛騨山脈、木曽山脈、近畿地方中部、瀬戸内海から中国山地などに広く分布している。花こう岩は深成岩であり、地表付近では形成されない。その花こう岩が広く地表に分布しているという事は日本列島(日本列島だけでなく、世界の変動帯はすべて)は地質学的に隆起し、地表は常に浸食を受けている事を意味する。
つまり、基本的に地下に埋めたものは必ず地表に出てくると考えたほうが良い。例えば中部日本で、どの程度の地表の浸食が発生しているかを、河川から流出する懸濁物質の総量から推定した研究がある。その結果、地表を浸食する速さは年間7mmほどと推定された。そして中部山岳地域では、この浸食を打ち消すように隆起していると考えられている(地球科学で言うアイソスタシーという考え方)。つまり、削られた分だけ隆起する事により、山の高さが変わらないと考えている。年間7mmという事は1,000年で7m、10万年で700mも地表が削られる事に相当する。
さらに活断層も前述のようにいたる所に存在する可能性があり、今後10万年に渡って地震、火山噴火、土砂崩れ、山体崩壊などと無縁で、かつ地下水汚染を防げるような場所を日本国内で見つける事は政治的な理由ではなく、地球科学的な知見からもほとんど不可能と考えるべきである。
<全体を通して> 佐藤 暁 (原子力コンサルタント)我が国が、原子力において世界最高水準の安全を標榜するためには、以下を含む広い分野において、該当する国際基準(IAEAのガイドラインなど)や欧米の規制、規制指針(それぞれの中で承認された民間規格を含む)、通達ベースの要件などを全て包絡している必要がある。但し現状は、それらの殆どと比べ、未熟で具体性や詳細が欠如しており、要件や基準自体も甘い。欠落していたことの致命さが、福島事故によって痛感させられた事項も幾つかある。
・ 立地審査基準
・ 地震、津波、強風などの過酷な自然現象
・ 火災防護
・ 設計基準
・ 保全活動
・ 過酷事故対策
・ テロ対策
・ 緊急対応計画
・ 運転員、過酷事故対応要員の技量
・ 情報管理(コンフィギュレーション・マネージメント)
・ 確率論ベースへの転換そこでまずは、我が国の商用軽水炉に対し、上に列記したそれぞれにおいて、具体的にどのような点が欠如しており、今後強化しなければならないのかについて概述する。
(1)立地審査基準
従来の立地審査では、規模として定量的な根拠の伴わない「重大事故」、「仮想事故」を設定し、その際に放出される放射能量による影響として、周辺住民の急性障害、及び、遠方地域までを含む全住民の総被曝線量(人・シーベルト値)を評価するにとどまっていた。しかし、実際に経験した福島事故においては、工学的にはあり得ないと断じていた「仮想事故」の規模さえ上回り、広域汚染による一時的ないし恒久的な移転や、様々な産業への影響など、極めて深刻な社会経済的影響をもたらした。そのような原子炉事故の規模に対する過小設定や影響評価の不十分さに関しては、既に1975年に発行されていたラスムッセン・レポートに代表される米国の評価例があったように、我が国においても再考の機会、材料はあったのだったが、それらが活かされることはなかった。
我が国は最近、漸くSPEEDI情報を使ってこの問題を補完しようとしているが、その手法自体が既に後進的であり、国際的な参加のもと米国が開発を主導しているSOARCA(State-of-the-Art Reactor Consequence Analysis)の後塵を拝している。この新手法の優れた点は、原子炉事故による影響の規模をより現実的に把握できるだけでなく、どのような対策を原子炉の設計に追加し、対策マニュアルを強化し、所外の緊急対応計画に盛り込めば、どれだけより安全性が改善されるかが明確になることである。この点、単なるSPEEDI情報の公開は、何らプラスになる示唆を提供しない。(2)地震、津波、強風などの過酷な自然現象
これらの自然現象に対する我が国の設計基準の甘さは、福島事故の発生まで国際的に突出していた。又、国際比較をするまでもなく、過去に数度、実際の地震によって、そのことの忠告を受けていた。今や、原子炉設備に重大な損壊を与え得る自然現象に対する設計基準は、確率論的ハザード評価をベースとするのが国際的な標準となっており、全EU加盟国が実施した「ストレス・テスト」の締め括りとして2012年10月4日付で発行された欧州議会宛ての答申書においてもこの点が強調され、地震と水害に対してそれぞれ10,000年に1回の規模を設計基準として設定すべき旨が述べられている。但しこれは、現在既に実践済みのことの追認で、新しい要件を設定したという訳ではない。
残念だったのは、我が国の一部の電力会社もこのような世界の動向を認知し、実際、東京電力も津波の規模にこの手法を試用していたことであった。しかし、福島事故の教訓が、この分野の遅れの反省とならず、設計基準の設定を、その手法そのものから真面目に見直そうとの考えがなく「耐震性バックフィット」を議論するのは、砂上の楼閣である。(3)火災防護
原子炉設備における火災防護の最重要目的は、防火でも消火でもない。いつ、どこで火災が発生しても、それによって原子炉事故に波及する事態を回避し、原子炉を安全停止に導くことに尽きる。又、米国においては周知であるにも拘わらず我が国においては余り知られていない事実であるが、米国で発生したスリー・マイル・アイランド事故に次ぐ重大な事象が、実は1975年3月に発生した火災なのである。これは、火災が、さまざまな動力用、制御用、信号伝送用のケーブルを焼損させることで、安全系機器の不作動、誤作動を引き起こす可能性があり、現に発生した。そのような火災が、機器の故障、人的過誤によっても、更にテロ活動によっても起こり得るものであることを忘れてはならない。
このように、火災防護の問題は、防火、消火のレベルではなく、原子力安全の見地から議論するのが深層防護の考え方であるが、我が国には著しい後れが見られる。しかし、防火、消火の分野にも後進性は存在する。例えば、事業者の自衛消防隊の責任と能力が、法令上「初期消火」のみに限定されている点は、原子炉事故の際に事業者の職員が主体となって対応しなければならないことに照らしてもバランスしていない。(4)設計基準
原子炉設備を設計する際の、地震や津波など、自然現象に対する設計基準に関する問題については既述の通りであるが、他にも、系統や機器レベルの設計において考慮すべき基準の欠落や不十分さは、我が国においては各所に存在している。
冷却材喪失事故(LOCA)が発生した場合の対応設備である非常用炉心冷却系(ECCS)の性能や燃料の健全性に関しては、今日まで様々な問題が提起されているにも拘わらず、我が国の追従は極めて緩慢で、不完全なものであった。これには、非常用ディーゼル発電機の電気的な過渡特性の問題、燃料被覆管に形成される酸化皮膜や更にその外側に付着するクラッドによる熱抵抗の問題、LOCAに伴って発生するデブリによるサクション・ストレーナの閉塞問題、ECCSの流路や炉内の閉塞問題、流路に発生するガスや蒸気溜りによるポンプのキャビテーション、バインディングや配管のウォーターハンマー現象の問題などが次々と提起され、結局、実際にECCSが必要な時において健全に機能し得た時が果たしてあったのかと危惧され、今日に至ってもこれが十分に払拭されたとは言い難い。
配管やポンプなどの機械系機器に対する耐震解析は、これまでにもしばしば注目され、その都度対策が講じてきたところである。しかし、デリケートな部品を数多く含む電気品、電子機器に対しては、そのような解析を行うことが実質不可能であるため、型式ごとの認定試験が行われることになっている。耐震設計基準の見直しが行われ、地震加速度が引き上げられた場合、過去の認定試験は無効となり、再試験が求められる。しかし、我が国の場合、そのようなプロセスが適切に実行されておらず、最近実施された「ストレス・テスト」においても、筐体の強度が解析的にチェックされただけで、肝心の中身に対して確認された形跡が見られない。温度、放射線、煙、電磁波ノイズなどに対する耐環境試験も不十分であり、それらを行うに当たっての基準さえ整備が不十分である。
火災防護設備(耐火壁、防火扉、ダンパー、火災検知器、自動消火設備など)の種類の選定や仕様に関しても基準が明確ではなく、中央制御室、開閉器室、ケーブル処理室、コンピューター室、ディーゼル発電機室、遠隔停止操作盤室などの特に重要で火災に対して脆弱性が懸念される設備に対する火災防護上の設計基準も明確に与えられていない。そのような基準の無さ、曖昧さが、福島事故の進展に影響した可能性もある。
計測制御設備のデジタル化は、我が国では比較的に先進的に導入された。しかし、デジタル機器の故障モードには、ソフトウェアに起因するものがあり、従来のハードウェアの故障とは異なる潜在的弱点もある。欧米では、このような未知な問題に対して慎重な取り組みを行っており、不可知な原因で故障を呈した場合に対する備えも考慮しているが、我が国においては、かなり簡略な検討だけを以って導入を進めた感がある。
多重系の系統や機器のそれぞれに対する「独立性」に関する解釈には注意を要する。これは配管図や単線結線図で別々の線として描かれていれば良いというものではなく、地震、溢水、火災、強風などの影響も考慮した物理的な独立性も含んでいる。例えば3基の非常用ディーゼル発電機のエンジンに向かう燃料配管が、1基のタンクから出て1mの幅に3本布設されているとき、これを直ちに独立性があると認めるには躊躇いがある。福島事故では、3号機の格納容器から排出(ベント)された水素が、主排気筒にではなく4号機の原子炉建屋に逆流し、爆発を起こしている。このような合流点のある系統の場合には、独立性の確保に対する慎重なレヴューが必要であるが、その場合、抽象的、概念的な審査指針では役に立たず、見落としてしまう可能性がある。
我が国の場合、二系ある所外電源のうちの一系を喪失した際のバックアップの仕方に、他系の所外電源を優先させるか所内非常用電源を優先されるかについて判断基準がなく、後者が優先されているプラントがある。その場合、前者に比べてかなり長い停電時間が発生するため、不測の問題(例えばポンプ入口の呼び水の喪失)が起こらないのか慎重な検証が必要になる。優先順位の判断基準も明確に示されているべきである。(5)保全活動
我が国の原子炉設備に対する保全活動においては、幾つかの領域において、欠落と不備がある。炉内構造物に対する検査・評価・補修基準、電気ケーブル、コンクリート、埋設配管に対する検査・保全技術、動的機器(電動弁、空気作動弁、調整弁、逆止弁、配管スナバー、回転機器など)に対する診断・監視技術、敷地内土壌・地下水の汚染監視などである。
欧米においては、これらの領域のリスク・インフォームド化が進んでおり、原子力安全の観点から不要な機器の検査や試験を大幅に削減するかプラント運転中に実施しており、計画停止期間の短縮とコスト節減を推進しているが、我が国においては大幅に導入が遅れており、設備利用率とコスト・パフォーマンスにおいて、世界の最下層にある。
原子炉設備の供用期間中、事業者は、機器の故障や劣化などのさまざまな不具合に遭遇する。そのような場合の対処においても、我が国の事業者の運用には幾つかの後進性が見受けられる。その一つがCAP(Corrective Action Program)の運用で、米国ではかなり以前からあらゆる分野の職員が参加し、問題提起と解決を活発化して取り組んでいる。同一の不適合に対してであっても、NRCの検査官に摘出される前にプラント職員が発見してCAPに沿った先取的な対応を行った場合には、大幅に処分が軽減されることがある。不具合のもたらした安全性への影響を過去に遡及して評価をするという習慣も我が国にはない。大事に至る前に発見できたのだからそれで良いではないかという安易な思考は、将来の再発防止の妨げになる。米国では、不具合発生の時期を解析や実験によって推測し、リスク(ΔCDF)評価も行われる。RCA(Root Cause Analysis)の手法も進化している。従来は、現象的な視点からのみ不具合発生の原因を分析していたが、最近の米国では、人的要因にも深く洞察を掘り下げている。CAPやRCAは、我が国の製造会社の品質保証活動における優越的な分野であった。しかし、今の我が国の電力事業者のレベルはそうではなく、見直しが必要な時期に至ってから久しい。(6)過酷事故対策
原子炉設備の非常用系統を駆動するために必要な所外常用電源と所内非常用電源が、何らかの原因で共倒れになった場合(全交流電源喪失、SBO)の影響の重大さと、そのようなリスクの現実性を鑑み、米国では1980年代からバックアップ電源の増設が考慮されるようになった。しかし我が国においては殆ど顧みられることなく、福島事故の惨事を招く要因の一つとなった。漸く福島事故をきっかけにバックアップ電源が設置されるようになったが、起動のための行動を開始してから給電出来るようになるまでの所要時間が1時間以上も要することから、それらが米国におけるSBO電源と同等なものと見做せるのかどうか疑念がある。(米国では原則10分間以内。)
福島事故においては、格納容器ベントの操作が著しく難航し、関係者を焦燥させた。これは、通常時に閉止状態の空気作動弁を開くのに圧縮空気(IA)と直流電源が必要であるのに、両方を喪失していたからであった。しかし、米国で認証されたABWRプラントの設計によれば、当該弁は通常時に開放状態となっている。福島のプラントもこのように変更されていれば、原子炉事故が回避されていた可能性がある。
原子炉への海水注入は、ドライアウトによって塩が析出し、流路の閉塞や熱伝導の低下が生じる可能性があるため、極力選択を避け、十分な淡水の水源を確保する必要がある。
欧州プラントのように、駆動力を要しない(パッシブ設計の)水素再結合器やフィルタード・ベントを設置することは好ましい。しかし、仕様がある程度基準化されていないと、それらが期待した機能を果たさない懸念がある。事故時の高熱によって、ゴムやプラスチック材料だけでなく、コンクリートや金属材料さえ著しく強度を失うため、解析によって曝露環境を適切に予測しておくことも重要である。緊急対策室を様々な機能を備えた免震性の建屋内に用意しておくことも好ましい。しかし、この場合にも仕様の基準化が必要である。SBOによって緊急対策室も同時に電源を喪失する設計だったり、津波によって浸水する場所に設置されていたりでは、肝心な時に機能しない可能性がある。設備だけでなく、同室に出動する要員に必要なスキルセット(事故対策、事故進展解析などの他、電気工事、重機の運転なども含む)に関する基準化も必要である。
米国では、即効的な過酷事故対策の産業界指針として、NEI 12-06(2012年8月)が制定され(通称、FLEX)、NRCの審査用として提出されている。各事業者は、既に運用を開始している。一方NRCは、その運用の状況や訓練を年に1回視察することにしている。我が国も同等の指針を制定し、検査マニュアルを定め、規制の監督下に置くべきである。
炉心損傷に伴って放射性物質が外部環境に放出されるまでの事故進展解析(MELCORコード)と、周辺に放出された放射性物質の挙動を扱う解析(MACCS 2コード)は、これらを同期させ、各原子力発電所が実施できる能力を持つべきである。そのようなリアルタイムの解析結果は、周辺住民の避難行動に必須な情報である。将来的には、更に遠方の地域への拡散、地球規模での大気への拡散も国内外に予報できるよう進化させる必要がある。(7)テロ対策
我が国のテロ対策は、その想定(設計基準脅威、DBT)に関する基本的な情報も一切公開されておらず、事業者はとにかく構築できていると主張はしているものの、武器を持たない民間警備員が、実線訓練(フォース・オン・フォース)も行わず、果たしてどのようにそれが裏付けられるのかと、海外の関係者も疑念を抱いている。米国は、規制の中に定義をすることによってDBTを公開しており、それに対する防衛力の示威によって潜在的なテロリストを牽制する一方、国民に対して安心を与えている。
米国のDBTの中では、自爆攻撃、複数箇所への同時攻撃、内通者の存在、高度な武器を使った工作が想定されている。我が国も、DBTを公開し、警察や自衛隊と連携するなどして、実力を備えるべきである。全面的に米国並みである必要はないかもしれないが、我が国のDBTにも、昨今の情勢を鑑み、サイバー・テロと航空機テロも含むべきである。サイバー・テロは、原子炉設備を直接攻撃するだけでなく、陽動作戦に使われる場合も想定して防衛範囲を広げる必要がある。航空機テロに備えては、米国が「9-11」をきっかけに制定した要件(B.5.b項、 10CFR50.54(hh)(2)、10CFR50.150)に対応するための対策指針(EDMG)があるが、これがあったことで、我が国の「3-11」と同じようなことが米国で起こっていたとしても原子炉事故は回避できたとNRCは示唆している。このようなテロ対策や前述の火災防護対策が、自然現象の脅威に対する対策として機能する場合があることも理解されるべきである。(8)緊急対応計画
NRCによる最新の原子炉事故解析によれば、放射性物質の放散による汚染拡大は防ぎようがないものの、計画的で適切な避難行動をとることにより、周辺住民に対する急性障害の回避は可能で、晩発性癌死の発症確率も、著しく低く抑えることができると示されている。これは、前述のSOARCA解析を行って確認されているが、注目すべきは、このような解析を行うことにより、どのような避難行動が適切で、排除すべき妨害要因として何があるのかが明らかになるという点である。我が国も、単に避難命令を発令して住民に対して闇雲な避難を強いるのではなく、このような科学的な避難行動を立案しておくべきであり、そのためのツールとしては、SPEEDIでなくSOARCAを導入すべきである。
福島事故の直後には、モニタリング用インフラの欠如もあり、広域測定用に米国のAMS(Aerial Monitoring System)を借りなければならなかった。このような測定マップは、その後も継続して定期的に示されるのが望ましかった。又、測定結果をGPS情報と同期させ、自動的に放射線や汚染密度のレベルとして作画する装置は、四輪駆動の自動車に搭載したものやポータブルのものがあり、計画的な除染活動に活用することが出来たはずであったが、事故が発生してから約2年が経過しても、このような最新技術が駆使されている様子が見受けられない。
福島事故の直後には、周辺住民と国民に対する情報提供の拙さ、不適切さが露見し、会見担当官の交代が頻発した。専門知識とリスク・コミュニケーションの技術が欠如していたためでもある。内容に失望した外国人記者は次第に参加を放棄し始めた。我が国においても、危機管理を専門とする部署(米国のFEMA)が必要である。(9)運転員、過酷事故対応要員の技量
我が国の原子力発電所には、個々のユニットの特徴を忠実に反映したシミュレーターが設置されておらず、炉型別の代表プラントのそれを使い、差異点に対しては、マニュアルに従って、模擬動作で済ませている。(米国の場合、実機を忠実に模擬したシミュレーターが各発電所内に設置されている。)このことが、運転員にとっての不安になっていないか確認する必要がある。
我が国の一部の事業者が設置した免震構造の重要棟は、米国における三つの機能、即ち、TSC(技術支援センター)、OSC(運転支援センター)、及びEOF(緊急対策施設)を全て兼ね備え、統合したもので、それによる長所もある。しかし、TSCに関しては、米国では事象発生から30分以内でフルに機能し、中央制御室から徒歩2分以内のところに設置されるべきこととされており、我が国の場合、適合できていない。又、福島事故がそうであったように、複数ユニットでの同時発生、収束までに長期間を要する場合の対応は極めて困難であり、今でもその教訓が考慮されるようになったとは見受けられない。米国では、過酷事故の対応要員に対する資格要件が議論されているが、同じことは、我が国においても検討されるべきである。運転員は、設計事故の対応までの手順には精通しているが、過酷事故の対応手順(SAMG、EDMG)までは通じておらず、この領域は、TSCの専門家がフォローしなければならないことになるのであるが、その技量に対する権威付けの制度がなく、実際、そのような技量の欠如が懸念される。(10)情報管理(コンフィギュレーション・マネージメント)
原子炉設備に対して求められる品質保証制度は、一般産業に対するそれよりも格段に厳しく、設計、調達・工場製作、現地施工、運転・保守・改造の全ライフ・サイクルを通じて、手順書や検査記録などに関する情報の管理(保管、更新)が求められ(コンフィギュレーション・マネージメント)、我が国のメーカーも含め、ISO9001に基づいて認定されただけの企業は、要件の適合に苦労をしている。
しかし、このことの重要性は、例えばある系統の配管系の耐震性をアップグレードするような場合(耐震バックフィット)、元々の基礎データが見つからずに解析が出来ないといった事態に直面することで痛感させられる。あるいは、ある旧式の制御システムをデジタル化しようとした際、施工記録の欠落のため、布設されたケーブルの識別ができなくなっていて、余分な時間を割かれるといった事態となる場合もある。このような問題は、原子炉設備の寿命が長く、かつてのジアゾ複写からPPC複写、マイクロフィッシュ、レーザー・ディスク、ハード・ディスクなどと記録の保管媒体が、テクノロジーの変遷と共に変化することによってより手間の掛かる作業となったことでも増幅されている。
一方、このような現在から過去に情報を遡及する際のトレーサビリティの欠陥は、我が国の規制側にも存在しているものと思われる。米国の場合、原子炉の運転認可証と、安全解析書やTech Spec(我が国の保安規定に相当)は、全てセットで最新版に更新されつつ保管されており、必要時には極めて短時間で検索できるように管理されている。従って、ある原子力発電所で重大な故障や緊急事態が発生した場合、NRCでは、事業者に詳細な説明を求めることなく直ちに状況が把握され、メディアや公衆に対して明確な説明をすることが出来ている。我が国の規制者が、伝統的にこの能力を欠き、電力会社に責任を押し付けてきた背景にはこのような情報管理の欠陥があったからであり、再整備が求められる。(11)確率論ベースへの転換
これまで我が国は、数値的な安全目標、確率論的ハザード評価、リスク評価などの導入を拒み続けてきた。そして、そのことも基準の甘さや技術的な後進性の原因となってきた。今や、原子力を利用する国々の中で、これらを基盤としない国は希少となり、我が国もその一国として国際的に取り残されている。
安全性の議論に、客観性、定量性が求められるようになって暫く経つ中で、我が国において「絶対安全」の神話の如きものの存続を許してきたことは恥ずべきことであり、原子炉事故を経験した今、改める時期を迎えている。ア 商用原子炉以外の原子力施設
以下の分野は、国際的にも実績や知見が少なく、事故によるインパクトが軽水炉並みであるにも拘わらず、安全解析や過酷事故対策は、不十分である可能性がある。
・ 高速増殖炉
・ 使用済燃料の再処理施設
冷却材として金属ナトリウムが使われている高速増殖炉の場合、火災が発生した際の水の使用は、発火、爆発の原因ともなる。しかもその後には、危険な強アルカリの水酸化ナトリウムが残ってしまう。抽出液として大量の有機溶剤が使われている再処理施設での水の使用は、場合によって臨界の危険を伴うかもしれない。環境中に放出される放射性物質には、ヨウ素やセシウムなどよりも遥かに長寿命で毒性の高い核種が含まれる。
商用原子炉の場合には、我が国は、常に米国の先導というベネフィットを享受してきた。それにも拘わらず事故に遭遇した。高速増殖炉や再処理施設に対しては、PRAによるリスクの抽出も行われておらず、過酷事故の対応マニュアルも存在は知られていない。事故進展解析モデルも整備されておらず、どのような経過を辿るのかも分かっていない。
特殊な設備の運営が、高度な専門知識を有する人達の手から一般人に委ねられ、作業がルーチン化していく中で技術知見の継承が疎かになった末が、1999年9月に発生した「東海村JCO臨界事故」であった。しかし、高速増殖炉や再処理施設における重大な事故は、同事故の規模を遥かに上回る。イ 「世界最高水準」への道
以上において指摘した幾つかの問題点は、主に我が国の後進性に関してであり、それらを是正したり強化したりしただけで直ちに「世界最高水準」が達成できるものではない。本気でそれを目指し、総合的な原子力安全体制の質的向上を図るためには、以下に関する基盤作りと抜本的な見直しや改善も必要になる。
・ 原子力発電業界の自主活動を促進するための組織の設立
◆米国におけるNEI(Nuclear Energy Institute 電力事業者を代表する対外的な政治的、技術的折衝の窓口。)、EPRI(Electric Power Research Institute 電力事業者共通の技術的課題に取組む研究機関。)、INPO(Institute of Nuclear Power Operations 安全上、運転上のパフォーマンス向上を推進する電力事業者の内部監視機関。運転情報の集積と共有化。)に相当する組織の設立。
◆又は、米国のこれらの機関への参加、もしくは協力体制の確立。・ 審査制度の改革
◆客観性、整合性、トレーサビリティ: 詳細を明文化した設計基準、安全審査指針(米国のStandard Review Plan相当)を制定し、審査官の主観や時代によって左右されず、過去の議論の経緯が追跡可能であるような審査。
◆透明性、公開性: 会議の公開、議事録(発言録である必要はなく、サマリーでよい)の開示、十分な期間のパブリック・コメントの受付(電子メールなどによるコメントも受付)、パブリック・コメントに対する見解の提示、ワークショップなどによる意見聴取。・ 検査制度の改革
◆検査の重視: 原子炉設備の安全性を維持していく上で、検査は審査と並ぶ重要な規制活動の両輪。米国の場合NRCは、各原子力発電所において毎年約2700時間をベースライン検査に費やし、報告書を発行。
◆客観性、整合性、トレーサビリティ: 検査マニュアルの整備。安全基準の逸脱事象に対するケースバイケースのリスク評価手順の確立。検査官の教育・訓練、認定制度の確立。
◆透明性、公開性: 検査報告書の開示。周辺住民への報告会。・ 規制要件の違反への対応強化
◆行政指導・処分、懲罰の強化: 公衆を不安全な環境に曝す行為は、その程度、作為か不作為か、故意か過失か未必の故意かにもよるが、米国では重大な犯罪行為と見做され、5年間の就業禁止、最高130,000ドル/日・件 の罰金が科され、民事、刑事訴訟の対象。サプライ・チェインの末端まで適用。我が国は懲罰が軽く末端まで及ばず、原子力安全に対する緊張感も緩い。
◆捜査部門の設置: 上記を所轄する専門部署が必要。米国のNRCには「調査局(OI)」があり、重大事象の背景や、内外から告発された事案などを元FBIの捜査官だった専門の職員らが捜査。規制当局への国民の信頼を得るためには、このような産業界との「溝」も有益。但し、潜在的なマイナス要因や日米の法哲学の差異も考慮し、慎重な検討が必要。・ 規制機関への監視機関の設置
◆職員の倫理、業務内容の効率、予算運用の適性などを監視する独立機関を設置。米国ではNRCを含む殆どの連邦政府機関にOIGが設置され、監視活動を議会に報告。惰性、腐敗の排除、国民の信頼向上の一助。・ 不具合事象の報告基準、緊急事態に対する再定義
◆報告基準の細分化とレベルの引下げ: 本来は、このような情報こそ貴重な技術知見なのであるが、報告すること自体に纏わるネガティブな印象が強く、多くの隠蔽が繰り返されてきた。このような情報の取扱いに慣れ、ポジティブな活用に変えるため、報告基準を米国並みに細分化し、レベルを引下げる。同時にそのような情報を公開し、産業界と国民に共有する。
◆緊急事態のレベルの引下げ: 我が国の場合、「原子力災害対策特別措置法」第10条、題15条に定められる事態の下には、周辺自治体だけでなく、規制機関に対してさえも緊急連絡が求められている事象が規定されていない。そのため、日常的な緊張感が緩んでしまう反面、いざ連絡を受けたときの事態の規模が大き過ぎ、適切な対応に狼狽する。この基準も米国並みに四段階を設定し、規模の小さい事態への対応に慣れておくことが重要。・ 安全文化の浸透
◆施政方針の根幹: 我が国では単なる「標語」のように思われがちなこの「安全文化」が、安全推進に不可欠な大きな駆動力であると国際的に認識されている。例えば米国の場合にも、2011年6月14日付の官報で、NRCの施政方針(ポリシー・ステートメント)として発令され、具体的な要素(Traits)として9項目を掲げている。
◆納得するまで問う態度、学び続ける態度: 地震や津波などに対する旧来の基準に関してもなぜそれで十分なのか問うことを放棄し、度重なる自然の忠告を無視し続けた我が国の弱点。
◆抑圧を恐れず自由に安全問題を議論できる職場環境: 特に対応のための技術的チャレンジが大きく、コスト、時間、リソースの負担が大きい問題や社会的リスクを伴う問題の提起を躊躇う雰囲気が我が国の職場にはあり、結果的に、様々な安全技術の分野における後進性の原因となっている。
◆改革: 安全文化の浸透には、品質保証体制に対してと同様、経営幹部による率先した受け入れと強力なトップダウンによる推進が不可欠。・ 合理的な原子力損害賠償体制
◆免責の排除: 重大な原子炉事故の発生要因として、地震などの外部要因が、故障やヒューマンエラーなどの内部要因を遥かに凌駕するということは専門家の間での常識であったが、我が国においては、そのような原子炉事故の主因を敢えて損害賠償の免責としていた。テロ攻撃も含め、発生原因に拘わらず適用できる制度でなければならない。
◆即効性: 基金の積立に数年、数十年を要する計画では無意味である。明日発生するかもしれない事故に対しては、今日のうちに準備ができていなければならない。米国の互助制度のような仕組みが必要。
◆賠償規模の妥当性: 著しく規模の大きな原子炉事故を想定した場合の例としては、1982年に発表された米国のサンディア国立研究所の評価(CRAC2)があり、Indian Point 3号機の事故に対し、急性死50,000人、急性障害167,000人、晩発性癌死14,000人、資産損失3,140億ドル(当時の為替レートで換算して78兆5,000億円)とあるが、このような途方もない巨額の基金の確保は不可能である。最新のSOARCAの評価に基づき、確率論的に妥当な線を引いて賠償規模を決定するのが合理的である。ウ 結論と提案
我が国の原子力安全は、世界最高水準を標榜するには余りにも程遠い状況にある。「最高」どころか、国際的な目標にさえ達しているのかどうかも分からない。目標は、炉心損傷に対し10,000炉年に1回、大量放射能放出に対し100,000炉年に1回と謳われている。しかし我が国の実績は、1,000炉年余りにして炉心損傷と大量放射能放出を3基の原子炉に対して起こしてしまった。ギャップは余りにも広く深い。
そのような気負いの前に、まずは上述した様々な制度上の問題を解決するための明確なマイルストーンを設定し、一刻も早く基盤を作り直すことの方が重要なはずである。初めから他国との相対的な順位を気にするような幼稚な発想を止め、まずは欧米の先進的な技術と考え方を真摯に研究し、導入と普及に取組むべきである。
原子力安全の担保は、高度な安全基準を掲げることとそれに適合した設計であることを審査するプロセスだけに委ねられるものではない。日々の確認が何よりも重要である。だからこそNRCは、各発電所に対して年間2,700時間のベースライン検査を実施し、熟練した検査官がこれを行っている。検査は、原子力安全に対する七つのコーナーストーンに対して実施している。・ 起因事象(スクラム停止、火災の発生など)に対する予防と備え
・ 事故対策設備(ECCS系や非常用電源設備など)の性能維持
・ 障壁(いわゆる「閉じ込める機能」)の健全性
・ 緊急対応設備の性能維持
・ プラント職員に対する放射線防護
・ 公衆に対する放射線防護
・ セキュリティの確保これらに対する検査の結果、不適合が摘出された場合には、リスク評価(炉心損傷頻度に対する寄与)に基づいて評定し、些細(ΔCDF < 10-6/炉年)、軽度(10-6 ~ 10-5/炉年)、中度(10-5 ~ 10-4/炉年)、重度(10-4 ~ 10-3/炉年)を色によって、それぞれ緑、白、黄、赤として分かり易くして公表している。いわば、各原子力発電所の原子力安全の取組み対する「公開された成績表」であるとも言える。個々の原子力発電所の安全性の高さは、安全基準の高さだけによって単純に決まるものではなく、むしろ、それを取り入れて、実際に各原子力発電所がどのように安全推進活動に日常的に取組んでいるかに依存するのであり、これを監視するメカニズムを無くして安全性の高低を議論することはできない。このような制度の導入についても検討することを本項の最後の提案としておきたい。
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