繰り返すな、6年前の誤り 安倍政権は賃上げに動くべき 富士通総研
根津 利三郎・経済研究所エグゼクティブ・フェローのコラム。
第1次安倍内閣の時期、アメリカの住宅バブルによる過剰消費と、企業収益を強化する「構造改革」により、企業収益も株価も上昇。2007年5月には18000円の大台に達していた。が、選挙では大敗した。その時の経済状況はよく観察すると、なぜ選挙に負けたかだけでなく、今の状況が6年前と次第に似てきていることがわかる。
①企業収益、株価の上昇にもかかわらず、賃金は下落し続け、非正規労働者の割合は高まり、労働分配率も下がりつづれ、国民の暮らしはよくならなかった。
②デフレ問題でも、安倍内閣の06-07年に、一瞬インフレに転じているが、円安による石油価格上昇などが要因。所得拡大、内需拡大によるものではない「悪いインフレ」。“このところの円安に伴い国内物価の上昇が懸念される。6年前と同じ状況が今また起こり始めている。”
自民党は、なにも変わっていないこと—同じ誤りを繰り返そうとしている。
(2)は、デフレからの脱却方針につづく。図は、本文を見てください。
【繰り返すな、6年前の誤り (1) - 安倍新総理は賃上げに動くべきだ –富士通総研1/29】
追記、(2)では、円安にメリットなし、株高は海外投資家が独占、インフレ期待で消費はのびない、とし「なぜ日本だけが長期のデフレに悩まされているのか? 答えは日本だけが傾向的に賃金が下落し続けているからである。」と、かつて自民党も経済下位に賃上げを要請したではないか、と賃上げを主張する。
【繰り返すな、6年前の誤り (2) - 安倍新総理は賃上げに動くべきだ 1/30】
【繰り返すな、6年前の誤り (1) - 安倍新総理は賃上げに動くべきだ –富士通総研1/29】安倍総理は太平洋戦争直後の吉田茂を除けば、戦後総理では唯一、2回目のチャンスを与えられた総理である。1回目で失敗があるとすれば、それから教訓を学んで2回目に生かすことができる稀な総理だ。1回目は閣僚の不祥事が相次ぎ、最後はご自身の健康問題も出て、誰が見ても無様な退陣を遂げてしまった。しかし第1次安倍内閣を退陣に追い込んだ最大の要因は2007年7月の参議院選挙での大敗である。選挙で負ければ総理の政治生命は終わりだ。
1. 国民の関心は常に自分たちの暮らしぶり
なぜ安倍氏率いる自由民主党は、あの時点で選挙に大敗したのか? それを想い起すことは今の安倍総理にとって極めて重要である。先に結論を言えば、あの時、企業だけが豊かになり、国民の生活が良くならなかったからである。選挙で最大の争点は国、時代に関わりなく、いつも国民の生活ぶりだ。米国では “Are you better off ?”とか“It’s economy, stupid.”とか、大統領選挙戦中に吐かれた有名な台詞がある。前者はレーガン大統領(その時点では候補)のもので、「あなたの暮らしは良くなりましたか?」という意味だが、彼は現職のカーター大統領の弱腰外交を批判することで支持を勝ち取ったのではない。国民の生活に対する不満に訴えたのだ。後者はクリントン氏のもので、意訳すれば「国民にとって大事なのは経済だ。そんなこともわからないのか、このばか者」という意味である。対抗する共和党のブッシュ大統領(父)はイラク戦争で見事な勝利を収め、国民的人気も高かった。そのブッシュには勝てないのではないか、と質問されたときの彼の答えだ。いつの時代も選挙の結果を左右するのは経済、なかんずく国民生活だ。
安倍氏は7月には参議院選挙を迎える。経済を良くしておくことは勝利に向けての必須要件だ。彼は2006年9月に人気の高い小泉元総理から総理ポストを禅譲された。自ら勝ち取ったものではないから、翌年夏の参議院選挙はリーダーとしての資質を試す初めてのテストであった。結果は歴史的大敗となったが、この前後の日本経済をよく観察すると、なぜ選挙に負けたかだけでなく、今の状況が6年前と次第に似てきていることがわかる。いくつかデータを見てみよう。
2. 日本経済の絶頂期に崩壊した第1次安倍内閣
日本経済は2002年1月から2008年2月までの73か月、戦後最長の景気拡大を続けた。第1次安倍内閣の期間は2006年9月からの1年間で、その最も良い時期に該当する。景気回復を支えたのは円安であり、日本政府による大規模な為替介入もあって、円は1ドル100円から120円くらいと長期間下落し続けた(【図1】なお赤印は第一次安倍内閣の在職期間を示す)。折しも米国は住宅バブルの最中で需要が盛り上がり、また2001年にWTO への加入を果たした中国も経済成長が加速し、「中国特需」が盛り上がった。こうして日本は良好な外部環境の後押しもあって、2%を超える実質経済成長を続けることができた(【図2】)。内需が低迷する中で外需依存の経済成長が実現できたのは、小泉、安倍政権にとってラッキーであった。この裏には、日本政府の大規模為替介入を米国が黙認するという、強固な日米関係があったことは言うまでもない。昨年秋からの急激な円安に対してヨーロッパやアジア各国が懸念を表明するのに対して、米国が今までのところ表立った反対をしていないのも、6年前と似ている。
【図1】円・ドルレート
【図2】実質GDP成長率
3. 絶好調でも良くならなかった国民生活第1次安倍内閣の時期、企業収益も株価も持ち直した(【図3】、【図4】)。特に株価(日経平均)は前任の小泉内閣の初期に8000円割れしたものが、その後上昇を続け、2007年5月には18000円の大台に達していた。まさに選挙をやるには絶好のタイミングであった。だが、このような一見良好に見えた経済データの裏で国民の不満はむしろ高まっていた。何が起こっていたのだろうか?
【図3】営業利益
【図4】日本の株価
この時期、日本企業の多くは1990年代のバブル崩壊の後遺症に悩んでいた。企業は成長することよりも、バランスシートの改善、言い換えれば不良資産の整理に必死であった。設備投資は抑え、正規職員を非正規に置き換え、賃金コストの圧縮に邁進した。拡大した企業収益は借金の返済に回され、あるいは内部に溜め込まれた。これでは需要は盛り上がるはずがない。それでも成長できたのは外需が堅調だからだ。
【図5】はこの間の賃金の動向を示している。戦後最長の景気回復の期間を通じて、賃金は下落し続けた。非正規労働者の割合は高まり(【図6】)、労働分配率も下がり、ちょうど安倍内閣のときに最低水準に落ち込んでいる(【図7】)。国民は企業サイドの好景気を一方で耳にしながら、自分たちの生活が一向に良くならないことに不満を感じ始めていたのである。
その頃「実感なき景気回復」という言葉が流行ったのはこのような事情があったからだ。それでも小泉内閣の時代には郵政の民営化など、既得権と戦う姿勢も見られ、改革の効果がいずれ出てくるのではないかという期待もあった。しかし、安倍内閣になるに伴い、そのような改革への情熱は薄れ、代わりに安全保障など国民には必ずしも優先度の高くない課題に議論が移っていった。こうして一見絶好調の経済情勢にありながら、民意は離反し、選挙では歴史的な敗北を喫してしまった。【図5】日本の賃金動向
【図6】非正規労働者の割合
【図7】労働分配率
デフレ状況についても見ておこう。デフレとは消費者物価指数(CPI:Consumer Price Index)の傾向的下落、つまり前年同月比でマイナスの状態を指す。これをグラフに示したのが【図8】であるが、これから明らかなように、1999年以降、マイナスの年が多い。その中でも安倍氏が政権を率いた2006年から2007年は一時的にわずかながらインフレであった。だが、これは安倍内閣の功績ではない。国際石油価格が上昇したのと、円安によるもので、国内での需要が盛り上がり、需給が逼迫して物価が上昇するということではなかったのである。所得拡大を伴わないインフレは国民生活から見れば「悪いインフレ」で、決して評価されるモノではない。このところの円安に伴い国内物価の上昇が懸念される。6年前と同じ状況が今また起こり始めている。
次回はアベノミクスの限界とそれを克服し、より確実な経済成長を達成するために賃金引き上げが不可欠であることを説明する。
【繰り返すな、6年前の誤り (2) - 安倍新総理は賃上げに動くべきだ 1/30】3年間の民主党政権を含む5年の時間空白を挟んで再登場した第2次安倍内閣では、経済問題こそが国民の支持を勝ち取るポイントである、という教訓が一部生かされたように見える。彼は持論である安全保障や歴史問題よりも、国民が不満を持っている経済問題に焦点を当てた。特に金融政策を大胆に緩和することでデフレを脱却させるとともに、公共事業を通じて地方経済を活性化するという政策は、当面、為替や株価に顕著な影響を与え、経済に明るい期待を与えたことは評価されるべきだ。問題はこれからである。
1. 実は円安のメリットはゼロだ
仮に、もうしばらく円安、株高の効果が続くとしよう。経済全体への影響はどうなるか? まず、円安を歓迎しているのは産業界だ。産業界は経団連を中心に「六重苦」を訴えてきた。その筆頭が円高だが、円安になることで直接的に円安のメリットを受けるのは輸出企業である。逆に円安は原材料やエネルギーなど、わが国に国内生産が無く、全量輸入に依存しているような場合、円安の分だけ円建て価格は上昇することになる。これを数字で見ると次のようになる。
2012年の日本の輸出金額は64兆円である。このうち円建てによるものは40%で、この部分は為替変動の影響は直接的には受けない。残りは契約通貨ベースの価格を変えなければ円安分13%(79円→89円)だけ円建て価格を引き上げることができ、5兆円ほど収益は改善する(64兆円×60%×13%)。これに対して、輸入額は70兆円、その78%は外貨建てであるが、円安で円建て価格は13%上昇するから、円ベースでのコストアップ額は70兆円×78%×13%=7兆円となり、輸入面でのマイナスの方が輸出面のプラスを2兆円だけ上回ることになる。
円高は「悪」であるという考えは、日本の輸出が輸入額を大幅に上回っていた前世紀の遺物であり、東日本大震災以降、燃料の輸入が急増し、輸入と輸出の大小関係が逆転した今日には当てはまらない発想だ。ただし、所得収支、つまり海外に保有している子会社からの収益や外国の証券などからの配当、利子収入に対する影響もある。昨年、このような収入は18兆円あったが、ほとんどが外貨建てなので、これを円に換算する際、円安の方が2兆円だけ増えることになる。こうしてみると、円安の効果は全体としてプラス、マイナス合計でゼロだ。
安倍第1次内閣の次の福田内閣の経済財政担当大臣であった大田弘子氏は2008年1月、国会での経済演説の中で、「日本は今や経済一流ではない。」と述べ、波紋を呼んだ。1人当たりのGDPがかつては世界3位だったものが18位にまで落ち込んだことを受けての発言だったが、下落の原因の大半は円安だった。だから、その後の円高で順位は少し回復したが、このところの円安で再下落しているだろう。為替レートは国力の指標で、際限のない為替の下落は外資による日本買占めなど、結局は惨めな経済をもたらす。安倍総理が「強い日本」を目指すのであれば、この点は忘れるべきではない。
2. 円安で輸出は増えない
にもかかわらず、企業が円安を歓迎するのはなぜだろうか? 1つには、輸出面のメリットは輸出企業を潤すのに対して、輸入面のコストアップは消費者に転嫁されるので、産業界に限ればプラスの効果が大きいことが挙げられる。もう1つは、雇用への影響である。日本の輸出産業は自動車や家電など雇用効果の大きな産業が含まれている。円安になり、これらの輸出が増えれば、雇用拡大に繋がる可能性がある。だが、このような議論が成り立つためには、価格を下げる(すなわち交易条件を悪化させる)ことにより、実際に輸出が増えることが前提だ。
過去のデータから輸出関数を推計してみると、輸出の決定要因は相手国市場の所得水準、言い換えれば、輸出市場の景気動向が最も重要であり、価格の説明要因は極めて小さい。ブランド力がモノを言う耐久消費財では一般的に価格弾性値は小さく、価格を多少下げたくらいで輸出は増えない。特にサプライチェーンのグローバル化の影響を忘れてはならない。近年、日本の輸出は完成品ではなく基幹部品や高機能原材料などが中心になっており、現地で組み立てられて最終商品になる。現地化はかなり進んでおり、日本からの部材の最終コストに占める割合はかなり下がっている。輸出価格が10%程度下落したくらいで輸出が増えたり、新たな市場を獲得できるというような簡単な話ではなくなりつつある。
3. 株価上昇のメリットは外国人投資家が独占
株価の上昇はどのような効果をもたらすか。今、日本の株式市場で株価を動かしているのは外国人投資家で、市場で売買される株式の3分の2は外人株である。日本の家計の金融資産のうち株式の割合は6%だ。米国の56%、ヨーロッパの36%と比べて圧倒的に低く、仮に株価が上がっても、一般家計へのメリットはほとんどない。株は価格変動幅が大きく、リスク資産なので、国内の金融機関や年金基金はほとんど持っていない。一般企業は関連会社の株を持っているが、これらは持ち合い株で売買されることはないので、実際の利益やキャッシュ・フローにはならない。3月末の決算で帳簿上の含み資産が多少増える程度であろう。株価の動向は総理が衆議院解散を決める際の重要な判断材料と言われるが、昨年11月以降の急激な株価の上昇が国民一般にどれほどメリットがあるか極めて疑わしい。
このように考えると、今時点でのアベノミクスに対する高揚感はかなり実態のないもののように思われる。今日までのところは、何か大胆なことをやってくれるのではないか、という漠然とした「期待」で為替も株価も動いてきたが、実体経済への影響がはっきりするのはこれからであろう。最初に出てくるのは円安の物価への影響だ。すでに卸売物価は昨年11月から輸入品をはじめとして上昇し始めており、末端市場でもガソリン価格は上昇している。これから電力やガス料金の上昇が避けられない。小麦粉などの食料原材料も1月から上昇している。
4. インフレ期待で消費は盛り上がらない
アベノミクスは、「インフレ期待が盛り上がれば、消費者は物価が上昇する前にモノを買おうとするから、需要が盛り上がりデフレも収まる」という仮説に立っているが、本当だろうか? 筆者はむしろ逆ではないかと思う。日銀が定期的に行っている「生活者の意識に関する調査(2012年9月)」によれば、国民の62%は1年先の物価は上がる、と見ている。インフレ期待はすでに出来ているのだ。だが、それにより消費が盛り上がるという感じはない。人間の日々の消費行動は決まっており、インフレになりそうだから先に食べたり、遊んだりすることはない。もちろん耐久消費財の場合、値上がりする前に買っておこう、という行為はあり得るが、それは消費の先食いで、一時的に盛り上がった後に必ず反落する。昨年後半の景気後退はエコカーやエコ・ポイントといった消費促進措置が切れたことで起こった。逆に、長期的には将来物価が上がりそうだ、と思えば、将来に備えてより貯金を増やす、つまり現在の消費を削減する、というのが普通の消費者の行動ではないか。こうしてみると、インフレ期待が出てくれば消費も回復する、と考えるのは極めて危険だ。
5. デフレ脱却の鍵は賃金の上昇
なぜ日本だけが長期のデフレに悩まされているのか? 答えは日本だけが傾向的に賃金が下落し続けているからである。米国の場合、モノの価格は日本と同様、ディスインフレで物価上昇率はゼロに近いところまで下がっている。だが、サービス価格はリーマン・ショック直後を除き、安定的に2%程度の上昇を続けている。その結果、モノとサービスを合計した消費者物価指数は年率1.5~2%程度の緩やかな上昇となって、マイナスになることはない。欧州でもほぼ同様の傾向である。
「モノ」は国際貿易を通じて自由に移動するので、国ごとに価格の動きが大きく異なることは稀だ。しかし、サービス価格は国によって動きが異なり、日本のサービス価格の下落は他の先進国では見られない特異な現象だ。消費者物価指数のうちサービスの占める割合は先進国ではいずれも5割を超えるので、このサービス価格のインパクトは大きい。サービスの中身は公共料金や交通費、家賃など多様だが、対人サービスに代表されるように、ほとんどが労働集約的であり、賃金の動きとサービス価格は連動する。ということは、日本のデフレは賃金の低迷に起因する、と結論づけることが可能だ。したがって、いくら金融政策を緩和しても賃金が上昇しなければ、デフレ脱却はできない。
6. 分配率が下がると選挙に負ける
このようにアベノミクスは根拠の疑わしい論に基づいたものであり、長続きしない可能性が高い。これをもっと力強い経済成長にするために必要なことは、賃金の引き上げである。政府は前哨戦が始まりつつある春闘に向けて経営側の前向きな姿勢を引き出す必要がある。すでに円高の修正は相当程度実現した。日銀による大胆な金融緩和も実現した。次は、産業界がデフレ克服に向けて積極的な貢献をすべき時だ。2%のインフレ目標を真面目に考えているのであれば、所得を2%以上拡大するための措置も並行してとらなければ、国民生活は実質低下する。円安の効果も、このままではメリットは企業が手にし、負担は国民に転嫁されることになりそうだ。労働分配率はさらに下がるだろう。安倍総理が6年前に参議院選挙で大敗した時、労働分配率は1960年代の高度成長期を除き、戦後最低であったことを忘れてはならない。今世紀に入ってからの国政選挙を見ると、労働分配率の低下後には政権与党は勝てない、という傾向が明らかだ。
2013年度の税制改正の中に、雇用や給与を増やした企業には法人税減税を行うという措置が含まれている。これは雇用者所得を増やすことの重要性を理解している証ではある。安倍総理肝いりのようだが、産業界は冷やかで、これを機に雇用や賃金を増大させる様子はない。ベースアップや定期昇給といった、勤労者所得を安定的に引き上げていくことは議論にさえなっていない。
7. かつて自由民主党は経済界に賃上げ要請した
政府が賃金決定に介入するのは行き過ぎ、という意見もあろう。だが、かかる要求は前例がある。それも自由民主党からだ。第1次安倍内閣の後を継いだ福田内閣の下での2008年8月の総合経済対策の中に「経済界に対する賃上げ要請」が含まれている。これを受けて9月10日、当時の二階経済産業大臣が実際に御手洗経団連会長にかかる要請を行い、経団連会長もかかる方向で努力することを約束した。筆者はこの席に同席した経済産業省の課長(当時)からこの話を直接聞いた。経済産業省の中にも企業が内部留保を溜め込むだけではなく、一部を賃金という形で還元し、国内需要を喚起すべきだ、という考えがあった。しかし、わずか5日後のリーマン・ショックですべてが水泡に帰した。翌年の麻生内閣の時にも同様の要請は行われたが、産業界には無視され、2009年8月の総選挙で自由民主党は大敗し、民主党に政権を奪われた。
このような賃上げ要求は理不尽な話だろうか。日本のGDP473兆円のうち賃金は52%の245兆円である。仮にこれを4%引き上げるとすれば、10兆円必要になる。他方、企業が保有している現金・預金は215兆円だ。米国と比較しても、この数字は異常に大きい。株主の発言権が強い米国では、余分な金は株主に還元せよとの圧力が加わり、必要以上の金が企業の手元に留まるということはない。コーポレート・ガバナンスが十分働かない日本では、政府が企業に対して賃上げや配当増加の要請をしても誤りではないと思う。
【図1】は日本企業の流動比率の動きを示したものだが、急速に高まっていることがわかる。仮に10兆円賃金に回したとしても、ほんの数ポイント下がるだけで、企業経営にまったく影響しないはずだ。
【図1】流動比率(当期末)【%】
賃上げは貯蓄に回って消費は増えないという意見もある。麻生総理の下で実施された定額給付金は3分の2が貯蓄に回ってしまった、と言われる。確かにボーナスや一時的な賃上げは消費者行動を変えるほどのインパクトはない。しかし、収入が安定的に増えるということになれば、消費は拡大し、経済成長につながる。国民の過半数を占める勤労者の給与所得が拡大することで初めて本格的な成長シナリオが描ける。安倍新総理は円安、株高を演出することで、経済界に大きな貸しを作った。日銀も金融緩和に向けて大胆に行動することを約束している。今度は産業界が安倍総理に協力すべきである。7月の参議院選挙に向けて、この貸しを返してもらうには、今ほど良いタイミングはない。経済財政諮問会議や産業再生会議には産業界からの代表も多く含まれているが、今までのところ、産業界からの「御用聞き」の場のように見える。これからは政府、日銀、産業界がそれぞれの役割を確認し、責任を持って行動し、その結果を確認する場として機能すべきだ。マクロ経済や財政状況に加えて、企業収益や賃金、労働分配率なども定期的に検証し、成長の成果が公正に配分されているかチェックするなど、強力な政策展開が必要だが、安倍総理はそのための武器を手にしている。安倍さん、頑張れ!
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非正規雇用者や貧困層の票はどこにむかったのでしょうか。
貧困や雇用の問題を正面からとりあげる政党というものはなぜないのでしょうか。
あるのかもしれませんがそれが目につかないのでしょうか。
不思議ですね。
ただ、最近ではどうも公明党がその役割をはたしているようにもみえますね。
軽減税率の主張や様々な給付など…。
今後、社会の中でますます増えていく貧困層の票は公務員叩きのうっぷんばらしをする政党と公明党とに分かれていくのでしょうか。
Posted by: 七詩 | January 31, 2013 07:35 AM