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選挙考③ 言論封殺の異常

 ツィッターの利用が話題になっているが、政治的自由については日本は極めて遅れている。
 小選挙区の選挙でつかえるのは、候補者カー、はがき(3万5千枚)、ビラ7万枚、公報だけといってもいい。このうちビラは、候補者カーのまわりの音のするところか、新聞折込(有料)くらいしか使えない。・・・ 戸別訪問の禁止もふくめ主張を知らしめる手段は極めてかぎられている。
 選挙期間中の政治活動も、機関紙、書籍の拡声器をつかっての宣伝はダメと強化されてきた。
 一方、新聞やテレビの政党広告は制限ない。金があればいくらでも宣伝できる仕組みである(政党助成金がマスコミに流れる仕組みでもある)。
 そして、政治的主張を知らす重要な手段であるビラ配布の弾圧。
【政党紙配布判決 言論を封殺せぬように  東京12/8】
【変えたい選挙制度 (中) 選挙運動 80年変わらぬ規制  2012年11月7日】

【政党紙配布判決 言論を封殺せぬように  東京12/8】

 政党紙を配布した国家公務員二人に最高裁が、無罪と有罪の分かれた判決を出した。ビラ配布を相次いで摘発した日本政府に国連が「懸念」を表明していた。自由な言論が封殺されぬことを望む。
 「憲法九条は日本国民の宝」
 そんな内容の新聞を配布しただけで、男性は逮捕された。共産党の機関紙「赤旗」で、男性が旧社会保険庁の職員だったからだ。公務員の政治的中立を求めた国家公務員法違反に問われた。
 逮捕は二〇〇四年だ。最高裁で「無罪」となるまで、実に八年間も要した。あきれるほど長い。
 捜査自体も異様だったといえる。男性は二十九日間も尾行された。多い時は十一人もの捜査員を繰り出し、四台の捜査車両を使い、六台のビデオカメラを回した。そんな人員と税金を投入するほど、重大な事件なのだろうか。
 当時は、自衛隊のイラク派遣に「反対」と書いたビラを配布した市民団体や、政党ビラを配った僧侶らも相次いで摘発された。いずれも政府批判の言論ばかりが、狙い撃ちされた印象だった。
 国連の自由権規約委員会は〇八年に「懸念」を表明し、日本政府に表現の自由への不合理な制限を撤廃すべきだと勧告した。
 欧米などの先進諸国は、勤務時間外や勤務場所以外の政治活動は自由である。公務と私生活を区別せず、全面的に政治活動を禁止し、反すると刑事罰を与えているのは、日本だけといわれる。今回の無罪判決は、国家公務員法の「政治的行為の制限」に風穴をあけた意味を持つ。
 二人の裁判は「政治的中立性を損なう恐れが実質的に認められるか」が、判断の分かれ目だった。厚生労働省の元課長補佐の場合は、その地位を重くみて、「行政の中立的運営に影響を及ぼす」とされ、有罪となった。
 だが、反対意見も付いている。被告が「一市民として行動している」と考え、「無罪とすべきだ」と述べたのだ。同じ政党紙配布という行為でありながら、無罪・有罪と食い違ったのは、説得力に乏しい。
 そもそも公務員を完全に政治的中立とすること自体が、“虚構”の上に成り立っていないか。法改正も検討するべきだ。
 言論ビラの配布は、表現の自由の一手段だ。政府への批判は、民主主義の“栄養分”である。国の行方が見えぬ時代こそ、モノを言う自由を大事にしたい。

【変えたい選挙制度 (中) 選挙運動 80年変わらぬ規制  2012年11月7日】  国会議事堂を仰ぎ見て、NPO代表の原田謙介さん(26)はため息をついた。「政治はこれ以上、有権者にアプローチしたくないってことなんですか」  原田さんら二十代の有志は今年五月、選挙運動にブログやメールを使えるよう公職選挙法の改正を求める運動「ワンボイスキャンペーン」を始めた。若者と政治の距離を縮めるにはネットを接点とすることが不可欠と考えたからだ。全国会議員にアンケートで賛否を問い、超党派議員との討論で審議入りを迫った。しかし、七百人以上いる議員のうち回答したのは十分の一以下の七十人ほどだった。    ◇   ◇   ◇  現在、選挙運動で配ることができるのは、はがきやビラに限られる。ネットの解禁は二〇一〇年、与野党で一部合意したが、政局の混乱でたなざらしとなった。その後も交流サイト「フェイスブック」など、情報流通の手段にインターネット活用は広がるばかり。今年に入り、千葉県船橋市議会と名古屋市議会が意見書を可決するなど、地方も解禁を迫るが、立法府である国会は解散含みの政局に明け暮れる。  選挙カーで名前を連呼し、後援組織を回る旧来型の選挙運動では、日中は家にいないことも多い若者の関心をひくことは難しい。「市民が最も政治に興味を持つのは選挙の時。そこで(有権者を)取り込まないでどうするのか」。次の国政選挙での実現を原田さんはあきらめない。    ◇   ◇   ◇  候補者や政党以外の演説会の禁止や、投票を依頼する戸別訪問の禁止-。禁止だらけの公選法は「べからず選挙」とも言われる。  選挙運動に規制が加わったのは一九二五(大正十四)年。それまでの制限選挙から、男子の普通選挙が認められ、有権者の数が約四倍に広がる代わりに、戸別訪問や文書などに厳しい制限を設けた。戦後の新憲法下でも規制は残った。上脇博之神戸学院大大学院教授は「自由化すると、組織力のある革新政党に有利に働くという保守政権の危機感があった」と指摘する。  八十年以上も変わらない規制に真っ向から異を唱えたのは国連。二〇〇八年十月、自由権規約委員会は日本政府に、表現の自由と参政権の観点から、戸別訪問禁止や文書制限の廃止を勧告した。  これには、一つの伏線がある。〇三年、大分県豊後高田市の大石忠昭さん(70)が市議選告示前に地元十八戸に配った「後援会ニュース」に選挙支援の要請と受け取れる「支持を広げてください」との表記があったことから、公選法が禁じる戸別訪問と法定外文書の配布に当たるとして逮捕された。  この事件の弁護側証人として国連規約委元委員のエリザベス・エバットさん(78)が〇五年に大分地裁の法廷に立ち「戸別訪問の全面禁止は国際人権規約に適合しない」と証言。しかし、司法は「国連の公式意見ではない」と退け、〇八年一月に罰金刑の有罪判決が確定していた。  大石さんは市政報告のビラを毎週配り、今はブログも使いこなす。「議員は自分が何をやってきたのか、何をやるのかを知らせる義務がある。演説も文書もネットもそれぞれ必要。法律で制限するのは、国民の目と耳をふさぐことと同じだ」  大石さんは事件となった選挙を含め三回トップ当選し、現在、市議十二期目。公選法は、世界の潮流からも地域の民意からも取り残されている。

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