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「生活支援戦略」(厚労省案)への意見 全国会議

 電機大企業が2011年以降13万人のリストラ・・・目先の利益で安易な海外への技術流出を行い、一方「売上げ減でも利益の上がる」ことを経営目標とし、27兆円の内部留保もあるのに、雇用を守る社会的責任を放棄。
 こんなことを放置して、生活保護の増加だけを問題視する政府は本末転倒である。
政府の生活保護切り捨ての「生活支援戦略」に対し、生活保護問題対策全国会議の意見書。
 社会保障は、貧困を雇用の問題ととらえ、「労働力の急迫販売・安売」を防止する土台、資本の横暴と対決する足場として100年以上前に生まれ、発展してきたもの。歴史にさからう厚労省案。
  餓死、孤立死、自殺が多発する現状で、生活保護はどうあるべきか・・全国会議の意見。
【「生活支援戦略」に関する厚生労働省案に対する意見書  生活保護問題対策全国会議10/10】

【生活保護問題対策全国会議【「生活支援戦略」に関する厚生労働省案に対する意見書  生活保護問題対策全国会議10/10】

   生活保護問題対策全国会議  代表幹事 尾 藤 廣 喜


はじめに

 厚生労働省は,本年9月28日,社会保障審議会の「生活困窮者の生活支援の在り方に関する特別部会」(以下,「本特別部会」という。)において,「『生活支援戦略』に関する主な論点(案)」を提示し,「生活支援戦略」の厚生労働省案(以下,「厚生労働省案」という。)を明らかにした。
 厚生労働省案は,前半の「新たな生活困窮者支援体系に関する論点」においては,①総合的な相談と「包括的」かつ「伴走型」の支援,②「中間的就労」などの多様な就業機会の確保,③「貧困の連鎖」防止のための学習支援などの取組など,これまでにない新たな生活困窮者支援策を正面から打ち出している一方,後半の「生活保護制度の見直しに関する論点」においては,露骨な給付抑制策が並んでおり,現行生活保護法の根幹に変更を加える憲法違反の疑いのある提案も散見される。

 厚生労働省は,生活保護制度の利用者がこれ以上増加しないようにするために,あるいは,前半の新たな生活困窮者支援策の財源を捻出するために,生活保護の適用を厳格化し受給を抑制しようと考えていると推測される。
 しかしながら,新たな生活困窮者支援策が真実効果を上げるためにも,必要とする人はきちんと生活保護を利用でき,住居や生活費が確保されていることが不可欠の前提条件であることは明らかである。目下の雇用の崩壊状況,生活保護以外の社会保障制度の機能不全状況のもとで,もし少しでも保護抑制を狙いとした「戦略」を立てたとしたら,それだけで人権侵害が蔓延し,餓死・孤立死・自殺等の悲劇が増大することが目に見えている。厚生労働省案の,とりわけ後半部分には大きな変更が加えられなければならない。

 今般,示されたのはあくまでも厚生労働省の案に過ぎず,決めるのは本特別部会の委員の方々である。当会議は,貧困研究や困窮者支援に情熱を傾けて来られた委員の方々が,その社会的責任と役割,歴史的使命を果たされるべくご奮闘されることを期待し,それを願って,本意見書を発するものである。

◆厚生労働省案の基本認識の誤り

1 高齢者の貧困拡大・年金制度の不備という主因に目をつぶる誤り

 生活困窮者の生活支援の戦略を立てるためには,今なぜ,どのように貧困が拡大しているのかについての,正確な現状分析を行うことが不可欠であるが,厚生労働省案は,こうした現状分析を十分行うことなく,漠然と「働けるのに保護を受けている人が増えている」などという印象を前提に,生活保護制度の利用者数の増加を稼働可能層の問題に収斂させ対応策も矮小化してしまっている。
 しかし,1980年から2009年の年齢別被保護人員の推移で見ると,大きく割合を増加させているのは60歳代と70歳以上の高齢者である(27%→52%)。これに対し,40代までの若い層はむしろ,その割合を大きく減じている(59%→33%)。
 すなわち,生活保護受給者増加の最も大きな要因は,高齢化の進展にもかかわらず,年金制度が不備なため低年金・無年金の高齢者が増えていることにある。したがって,まず検討されるべきは,高齢者の貧困化に対応できる年金制度の拡充(最低保障年金の創設等)であるが,厚労省案は,全くこの点に言及していない。

2 就労指導を強化することで就労自立できるという認識の誤り

 厚生労働省案は,「働けるのに生活保護を受ける人が増えている」という認識を前提に,これらの人を厳しく追い立てることによって就労自立させるというコンセプトに基づいている。これは,いわゆる「その他世帯」が増えていることを根拠としている。
 しかし,「その他世帯」の世帯員のうち約半数は60代以上と10代以下であり,そもそも「働ける人」ではない。いわゆる働き盛りの20代から40代は「その他世帯」の3割弱しかいない。また,「障害者世帯」「傷病者世帯」は,「①世帯主が②働けないほどの重い障害や傷病をもっている世帯」なので,「その他世帯」の中には中軽度の障害や傷病を抱えている人が多く含まれている。そのうえ,「その他世帯」の人のうち約3分の1は既に働いている(以上,日弁連パンフレット「Q&A今、ニッポンの生活保護制度はどうなっているの?」)。
 したがって,「働けるのに漫然と生活保護を受けている人が増えている」という前提認識自体に誤りがある。就労指導を単純に強化・厳格化することによって単純に一般労働市場において就労自立できる人が増えるということはあり得ない。

3 「不正受給」を強調することの誤り

 厚生労働省案は,不正受給対策強化の必要性を強調し,その余波で,被保護者に対する管理強化の方向性を指向している。
 しかし,不正受給が占める割合は,金額ベースで0.4%弱で推移しており,この間,生活保護利用者が悪質化している事実はない。むしろ,生活保護を利用する資格のある人のうち実際に利用している人の割合が2,3割しかおらず,全国各地で餓死,孤立死,自殺が相次いでいる。日本の生活保護受給率は人口比で1.6%で他の先進国(ドイツ9.7%,イギリス9.3%,フランス5.7%等)に比べて異常に低い。GDPに締める公的扶助(生活保護)費の割合も日本はわずか0.5%で,OECD平均(3.5%)の7分の1というレベルである(以上,前掲日弁連パンフレット)。
 このように,現代日本においては,「不正受給(濫給)」よりも「受給漏れ(漏給)」の方が規模の上では深刻な問題なのである。こうしたデータ上の基本認識を正確に行わず,いたずらに不正受給を強調し,受給抑制と受給者に管理強化を指向する改革を行えば,行く道を誤ることは自明である。

◆個別の提案に対する意見

1 総合的な相談と包括的伴走型の支援
 ~福祉事務所における福祉専門職採用の強化をセットにすべき 

 厚生労働省案は,「自治体業務の軽減」「ケースワーカー業務の軽減」のために,民間の「総合的な相談支援センター」に業務を委託すると読める。
 これでは,福祉事務所職員からケースワーク業務を分離して民間に丸投げしてしまうことにより,福祉事務所は,調査・保護決定・金銭給付・制裁権の発動といった事務処理のみを行うこととなりかねない。
 今でさえ福祉的素養のないケースワーカーによる人権侵害が絶えないのに(注1),ケースワーカーがケースワーク業務を免れ,さらに困窮者の実像に触れる機会が減れば,ますますその傾向が強まるおそれがある。委託を受けた民間事業者は,福祉的素養のない福祉事務所職員と利用者との板挟みに合い,場合によっては,「水際作戦」の代行をさせられるおそれもある。
 厚生労働省案のように,ケースワーク業務の一部を民間委託するのであれば,少なくとも,ケースワーカーについて,無資格者が数年で異動を繰り返す現状を改め,社会福祉士等の専門資格をもつ者を積極的に採用し,福祉的専門的観点から,福祉事務所職員と委託を受けた民間事業者とが連携協力して業務を行い得る体制を構築することが必要不可欠である。

(注1)厚生労働省の『平成21年 福祉事務所現況調査』によれば、現業員の最低限必要とされている社会福祉主事(社会福祉の一定の講習を受けた者等)取得率は、生活保護担当現業員で74.2%、査察指導員で74.6%であった。社会福祉士取得率はそれぞれ4.6%、3.1%、精神保健福祉士はそれぞれ0.5%、0.3%でしかなかった。ここから、多くの生活保護担当現業員が、社会福祉の専門的な知識や技術がないままに生活保護業務を担っていることが明らかになっている。さらに、生活保護担当現業員の経験年数としては、「1年未満」が25.4%、「1年以上3年未満」が37.9%、「3年以上5年未満」が20.8%であった。全国的に、生活保護担当現業員は、3~5年で異動することが多いようで、生活保護法やその運用に精通した経験者が育たない現状がある。

2 中間的就労の在り方

(1)「公的雇用の場の創出」という方向性は評価できる

 「働く意思があっても,とにかく働く場がない」という目下の雇用情勢と,稼働能力があるとされる生活保護利用者には低学歴,無資格等の就職上のハンデを抱える者が少なくないことからすると,「中間的就労」という形で,雇用の場を公的に保障していく方向性は評価できる。

(2)一般就労を「ゴール」とすべきではない

 厚生労働省案では,「社会参加→中間的就労→一般就労」とされていて,一般労働市場における就労自立への「過程」として「中間的就労」を位置づけているように見える。
 しかし,目下の厳しい雇用情勢のもとで,生活困窮者が一般労働市場での就労自立を果たすのは至難の業である。にもかかわらず,一般就労をゴールと位置づければ,どんな雇用実態であっても(いわゆる「ブラック企業」であっても),とにかく就労さえすればよいという形で闇雲やみくもな一般就労への誘導が行われたり,一般就労に至らなかった者に対して「努力不足」等のレッテル貼りが行われたりする危険がある。
 したがって,一般就労を「ゴール」とすることはやめ,「中間的就労」での半就労・半福祉による働き方そのものを積極的に位置づけるべきである。その意味で,「中間的就労」という用語ではなく,「社会的就労」などの用語を用いるべきである。

(3)高卒資格・その他の資格取得のための職業訓練の充実の必要性

 稼働年齢層の生活保護利用者の49%は中卒で,40%が高卒である(木下武徳「生活保護稼働年齢世帯の実態調査報告」賃金と社会保障1563号)。こうした低学歴,低学力が大きな就労阻害要因となっていることからすれば,高卒資格を取得するための支援や専門学校等で就職に有利な資格(自動車運転免許を含む)を取得するための支援を充実させることが必要不可欠であるが,厚生労働省案ではそういった検討が全くされていない。
 こうした支援や訓練を行うことなく労働市場に送りだしても,低賃金・不安定な労働にしか就けないので,早晩生活保護に舞い戻ってしまう危険険性が高い。「ワークファーストアプローチ」ではなく,「人的資本開発(教育訓練重視)アプローチ」の方が,利用者の選択の幅を広げることにもなるし,長い目で見たときには経済的効果もあると思われる。

(4)労働法制遵守のルールづくりとチェック体制の構築が急務

 厚労省案においても,「『貧困ビジネス』化の防止の観点から,就労環境の質を確保するための仕組みを検討することが必要ではないか。」と指摘されているとおり,「ボランティア」「インターンシップ」「請負」などの名目のもとに,実質的な無償労働,最低賃金以下の労働や,労働基準法等の労働法制を守らない「労働」が広がってしまう危険がある。
 特に,2で述べる稼働層に対する就労指導の強化や事実上の就労強制とセットになったとき,その危険はより大きくなる。
 この危険性を排除するためには,案に記載されている公的認定制度だけでなく,最低賃金や労働法制の遵守等のルールづくりと恒常的なチェック体制の構築が必要不可欠である。
   

3 稼働層に対する締め付けの強化

《厚生労働省案》

○ 保護開始直後から早期で集中的な就労支援(案31頁)
・就労可能な者については、就労による保護からの早期脱却を図るため、保護開始時点で例えば6か月間を目途に、受給者主体の自立に向けた取組についての計画の策定を求め、本人の納得を得て集中的な就労支援を行う。
・なお、一般就労が可能と判断される者であって、自らの希望を尊重した就労活動を行っても3ヶ月(場合によっては6ヶ月)経過後も就職の目途が立たない場合等には、職種・就労場所を広げて就職活動を行うことを基本的考え方とすることを明確にする。

○「低額・短期間であってもまず就労すること」への就労支援方針の明確化(月額5万円程度の収入をイメージ)


《これに対する意見》

(1)雇用の質を問わず就労に追い立てることは雇用全体の質を悪化させ貧困を拡大する

 目下の厳しい雇用情勢の中で,6ヶ月という期限をもうけ,しかも3ヶ月で本人の希望に反する職種・就労場所への就職活動を強要することや,雇用の質を問わずに「まず就労」を強いることは,事実上,被保護者を劣悪な労働条件の職業に追い込むことにつながる。これは,賃金低下圧力を強め,低賃金労働者を大量に生み出し,雇用全体の質を悪化させ結果として貧困を拡大させることをも招きかねない。

(2)「有期保護」以上に過酷な結果となるおそれがある

 仮に,3ヶ月経過後に職種・就労場所を広げた就職活動を行うよう指導指示をし,これに従わない場合,保護の停廃止を行うといった運用がなされることとなれば,従前,地方団体などから提案されていた有期保護(3年ないし5年)以上に過酷な結果となる。これは,明らかに憲法25条に違反する。
このような憲法違反の形式的な発想を「基本的考え方」とすることは許されない。

(3)運用によっては現行生活保護法27条に違反するおそがある

 3ヶ月という形式的な期間で,本人の希望に反する職種・就労場所での就職活動を強制することは,「指導又は指示は,被保護者の自由を尊重し,必要の最少限度に止めなければならない。」とする生活保護法27条2項や,「第1項の規定は,被保護者の意に反して,指導又は指示を強制し得るものと解釈してはならない。」とする同条3項に違反する。
 この点,同条の趣旨について,立法担当者であった小山進次郎が,「従来,ともすると生活保護を恩恵的,慈恵的とする風潮が社会の各層においてみられたのであって,その保護の実施機関側も被保護者の人格を軽視して必要以上の指導,指示を行い,これがために被保護者の全生活分野にとって好ましからざる影響を与え,被保護者も亦卑屈感に流れ唯々諾々としてこれに盲従するという極めて好ましくない傾向に陥ることがないではなかったが,この点特に注意し,指導,指示が濫用されぬようにする必要があるのである。換言すれば,生存権の保障は個人の人格権の侵害を許容するものでは決してないのである。」と述べていることを想起すべきである(「改訂増補・生活保護法の解釈と運用」414頁)。

(4)「伴走型支援」と「まず就労」は矛盾しており現場が混乱する

 早期に集中した就労支援を行うこと自体は否定しないが,それはあくまでも本人の意思を尊重し,自尊感情を呼び覚まし,本人が自発的に就労活動を行うよう,本人をエンパワメントするものでなければならない。
 就労支援は,生活保護利用者の義務ではなく,自立のための権利として位置づけられなければならないのである。
 厚生労働省案も,前半では「包括的かつ伴走型支援」を提起し,「パーソナル・サポート・サービス検討委員会」の「23年度モデル・プロジェクトの実施を踏まえた中間報告」でも,「伴走型支援の目的は当事者の自立(経済的自立,社会生活自立,日常生活自立,精神的自立など様々な自立の形が考えられる)であるが,そのためには,支援が当事者の主導権・自己決定権を奪うものであってはならないことはいうまでもない。支援者側の『あるべき自立』像に基づくお仕着せの支援のコーディネイトが行われているのでは,当事者の自立は困難である。支援者は,当事者の気持ちと向き合い,あくまでも当事者が自らの生活を決定できるよう必要な援助を行う『補佐役』『相談役』である必要がある。」とされている。
 ところが,「まず就労」を強調する厚生労働省案は,こうした施策と真っ向から矛盾している。1でも述べたとおり,事業を委託された民間事業者が「伴走型支援」を行おうとしても,福祉事務所からは「まず就労」の圧力が期間を区切って形式的に加えられることになり,現場では軋轢と混乱が生じることが必至である。

(5)諸外国の例に学ぶべきである

 例えば,スウェーデンの社会サービス法が「社会サービスの事業は,個人の自己決定権と尊厳に対する尊重を基礎として行われなければならない」(第1章1条3項),「自分の必要性を満たすことができない者は,その生計維持及びその他の生活上の営みに対して,社会委員会の援助を受ける権利を有する。」(第4章1条1項),「前項の援助は,当該援助を受ける者の自立した生活を営む力を強化するように形成されなければならない」(同条2項)としているような,理念をまず明確にすべきである。
 また,フランスの積極的連帯所得(RSA)は,求職活動に対する援助(雇用復帰個別支援)を受ける権利を保障し,役所が,学歴、資格、職業経験、家庭事情(子どもの有無などにより、どの程度の就労が可能か等)、通勤事情(自宅からの通気圏の決定や転勤の可能性について等)、その地域の雇用情勢などを精査した上で、求職者の希望を考慮して、再就職にふさわしい業種や職種、雇用形態、希望賃金・勤務地、必要な職業訓練等、再就職活動の方針を定めた「雇用アクセス個別計画(PPAE)」を作成するとしている。また,RSA受給者は、「適正な求人」を2回以上断ることはできないとされているが、「適正な求人」とは、PPAEに記載されている求職者が求めている仕事の性質及び特徴、優先的な地域、希望する賃金レベルを考慮した上で、求職者の資格と職業能力と合致し、少なくとも以前の給与の95%以上を保証する求人でなければならないとされている。
就労支援にあたっての「基本的考え方」としては,このように,本人の希望を尊重し,上記のような多様な要素を十分に考慮することをこそ明らかにすべきである。

《厚生労働省案》

○稼働能力があるにもかかわらず明らかに就労の意思のない者への対応(案42頁)

・稼働能力がありながらその能力に応じた就労活動を行っていないことを理由に、聴聞等所定の手続を経て保護を廃止された生活保護受給者が、その後同様の状況下で就労活動に取り組むことを確認した上で再度生活保護を受給するに至った際、やはり能力に応じた就労活動を行わないため保護を再び廃止された場合は、急迫の状況ではないことなど一定の条件のもとに、その後再々度保護の申請があった場合の審査を厳格化。


《これに対する意見》

(1)ケースワーカーの恣意的判断で保護が認められず悲劇が起きる

 厚生労働省案は,何をもって「明らかに就労の意思のない者」と判断するかの基準が不明確である。先に検討した,3ヶ月とか6ヶ月の期間を限定した集中的な就労指導が形式的に行われ,その間に就労自立しなかった者,職種や就労場所の変更についてのケースワーカーの指導に従わなかった者が,機械的に保護を打ち切られ,しかも,再度困窮したとしても,二度と生活保護を利用することができなくなるおそれがある。
 目下の雇用情勢下で,このような機械的処理が行われれば,野宿・餓死・孤立死・自殺等の悲劇を招くことが目に見えている。

(2)前近代的な旧生活保護法への逆戻りである

 旧生活保護法が「能力があるにもかかわらず、勤労の意思のない者、勤労を怠る者その他生計の維持に努めない者」等を絶対的欠格条項として保護の対象から排斥していたのを改め,現行生活保護法2条は,無差別平等原則(法2条)を採用し,現に困窮している限り,保護を無差別平等に受けることができるとしている。
 その趣旨について,小山は,「旧法の第2条や第3条のような絶対的欠格条項を受給資格の上に設けなかったことは,新法の特徴の一つである。これは何等かの意味において社会的規準から背離している者を指導して自立できるようにさせることこそ社会事業の目的とし任務とする所であって,これを始めから制度の取扱対象の外に置くことは,無差別平等の原則からみても最も好ましくない所だからである。」(前掲106頁),「特に,世帯の状況に対する考慮を欠き,機械的に就労による所謂自立の強要をするが如きは無差別平等の原則の極端なる誤解と言うべきである。」(同108頁)と述べている。
 厚生労働省案は,過去に就労の意思なしとして保護を廃止された者の生活保護の利用を制限し,実質的に「勤労を怠る者」を欠格条項化するものであって,無差別平等原理(法2条)に違反する。このような前近代的な提案は撤回されるべきである。

(3)新宿七夕訴訟・東京高裁判決に抵触する

 さらに,上記提案は,直近の東京高裁判決の判示内容にも明らかに抵触する。
 すなわち,ホームレス状態だった原告が新宿区を被告とした保護申請却下処分の取消を求めた訴訟について,東京地裁は平成23年11月8日に下記第2項及び第3項記載の内容を示して原告勝訴判決を言い渡し、その後、東京高裁も平成24年7月18日に東京地裁判決を維持した。
 両判決は、生活保護法2条の趣旨解釈から「生活保護法が社会的規範を逸脱した者についても保護の対象から一律に排除することはしていない」ことを前提に、稼働能力活用要件の稼働能力を活用する意思について,「一般的な社会的規範に照らして不十分な難のあるものであるとしても、当該生活困窮者が申請時において真にその稼働能力を活用する意思」を有していればよいと判断した。
 また、稼働能力活用要件の稼働能力活用の場についても、両判決は「当該生活困窮者の具体的な環境の下において、その意思のみに基づいて直ちにその稼働能力を活用する就労の場を得ることができる」と認められるか否かを問題にした。就労は雇用主が雇うことが当然必要なので、「就労の場を得ることができる」とは,「現に特定の雇用主がその事業場において当該生活困窮者を就労させる意思を有していることを明らかにしており、当該生活困窮者に当該雇用主の下で就労する意思さえあれば直ちに稼働することができるという特別な事情が存在すると認めることができ」る状況であると判示している。
 そして,こうした稼働能力活用要件の三要素である①稼働能力の有無、②稼働能力活用の意思の有無、③稼働能力活用の場の有無は、それぞれ申請時に「ある」か「ない」かが問題となるのであって,厚生労働省案が採用しているように,再々度の申請においては,その判断基準が突然厳格化されることを正当化する理屈はない。


4 勤労控除の見直し等

《厚生労働省案》

○ 勤労控除の見直し
・現在の基礎控除は、就労インセンティブ施策として一定の効果はあるものの、一層の就労を促すためには現在の金額では不十分との指摘や、増収するほどに控除率が低下する仕組みを見直すべきとの指摘もある。
このため、全額控除となる水準や控除率の見直しを検討する。
 ・特別控除については、その活用の程度にばらつきがあることから廃止も含めた見直しを検討する。

○「就労収入積立制度(仮称)」の創設


《これに対する意見》

(1)現行の勤労控除額を減らさずに単純に増やすのであれば評価できる

 就労インセンティブが上がる方向で,すなわち就労収入が増えれば増えるほど控除が増え手取りが増える方向で,勤労控除を見直すことは有益であり,賛成である。しかし,仮に,現行の勤労控除のインセンティブ部分を後述の「就労収入積立制度」に移行させ,現行の控除額を減額することがここに含まれているのであれば,これは明らかに不利益変更であるし,却って就労インセンティブを阻害することが明らかであるから,断じて容認できない。

(2)特別控除の廃止は本末転倒である

 特別控除は,本来,就労インセンティブを高めるために創設された制度であり,就労インセンティブ施策の強化を言いながら,それを廃止するというのは本末転倒である。地域によって活用の程度にばらつきがあるのは,現場のケースワーカーの制度についての理解が十分でないこと等によって制度が十分に活用されていないからであって,むしろ制度の周知を図ることによって,全国で制度を活用することこそが必要である。

(3)「就労収入積立制度」について

ア 考え方は評価する

 「就労収入積立制度」の創設については,貯金がほとんどないまま,保護から脱却するという事態を避けるため,保護脱却後に活用できるストック形成の支援をするという考え方自体は評価できる。
但し,目下の厳しい雇用情勢の中で,年齢,障害,疾病など様々な就労阻害要因を抱える生活保護利用者が,こうした制度の創設によって一足飛びに一般就労自立をして保護を脱却するというのは余り期待できず,制度創設による効果には疑問がある。

イ 個人単位であることを明確にすべきである

 例えば,多人数世帯の中のある者が,生活保護を利用しながら就労を続け,当該世帯から独立して就労自立したが,もとの世帯そのものは保護を継続利用しているという事態も想定される。就労インセンティブは属人的なものであるから,このような場合にも「就労収入積立制度」の対象として「積立金」の支給がされ得ることを明確にすべきである。
 すなわち,同制度における「就労自立」については,世帯単位ではなく個人単位で判断することを明確にすべきである。

ウ 一定額を一時扶助として支給する方法で足りるのではないか

 「仮想的な積み立て」であったとしても,就労収入額や就労期間によって「積み立て額」が変動するのであれば,ケースワーカーの業務負担増になる一方,この制度によって保護脱却する者の数がさほど多くならないと思われることからすれば,業務負担増に見合う効果が少ないとも予想される。
したがって,保護脱却時のストック形成の支援をするという観点からは,保護脱却時に一時扶助として定額を支給することで足りるのではないかと考える。


5 調査・指導権限の強化等

《厚生労働省案》

○ 調査・指導権限の強化等(案41頁)
・生活保護法第29条における福祉事務所の調査権限の内容については、現在、生活保護受給者等の「資産及び収入の状況」に限定されているが、生活保護受給者に対する自立に向けた更なる就労指導、受給者の生活実態の把握や保護費支給の適正化を確保するため、就労の状況や保護費の支出の状況等を追加する。

・福祉事務所の調査の対象者についても、現行の「要保護者及びその扶養義務者」に加えて、「過去に保護を受給していた者及びその扶養義務者」も対象とすることを追加・明確化する。
・現在、照会しても回答が得られない場合があるという指摘があるため、官公署(※)については回答義務を創設する方向で検討する。
※ 詳細は今後関係機関と協議し検討

・生活実態の把握や不正受給が疑われる場合の事実確認等において、受給者から説明を求めることがあるが、現状では明確な根拠がないため 、福祉事務所は、必要に応じて、受給者や扶養義務者等に対し、保護の決定及び実施等に必要な説明を求めることができる旨の権限を設けるとともに、説明を求められた場合には、その者は、必要な説明を行うものとする。


《これに対する意見》

(1)本来自由なはずの「支出」まで調査対象とするのは過度の干渉である

 生活保護法29条における調査権限は,「保護の決定又は実施のために必要があるとき」に認められるものであり,「資産及び収入の状況」は保護の要否や程度に影響があるから調査対象とされているのである。
しかるに,いったん支給された保護費の使途が原則として自由であるという司法判断(注2)が確定しているにもかかわらず,「支出の状況」についてまで調査権限を及ぼすことは,「保護の決定又は実施のために必要」がないのに調査の対象とし,被保護者の自由に対して過度の干渉を認めることにつながるから許されるべきではない。
 また,「就労の状況」については,「収入の状況」を把握する目的の限度で現行法においても調査対象とし得るのであって,敢えて法改正を行う必要は認められない。むしろ,これを明記することは,稼働先に対する形式的な照会を誘発し,却って被保護者の自立を阻害するおそれがある。

(2)「元保護受給者と扶養義務者」まで調査対象とするのは許されない

 現に生活保護を利用しようとする「要保護者及びその扶養義務者」だけでなく,「過去に保護を受給していた者及びその扶養義務者」にまで調査を及ぼすことは,「保護の決定又は実施のために」何ら必要ではないから,全く合理性がない。
 このような扱いは,いったん生活保護を利用すれば,利用者もその扶養義務者も一生涯,調査の対象とされるという威嚇をもって,生活保護制度に対するスティグマを強め,その利用を抑制することにつながる。保護を利用した者とその扶養義務者の自由に対する過度な侵害であって到底許されない。

(3)回答義務の法定は保護利用者を犯罪者視するもので許されない

 現行法上,照会事項について回答義務があると解されているのは,刑事訴訟法197条2項が定める捜査機関による照会(注3)だけであると思われる。
 福祉事務所による照会に捜査機関によるそれと同様の回答義務を課すこととなれば,被保護者を犯罪者視し,生活保護制度に対するスティグマを不当に強めることになる。あまたある社会保障制度の中で,なにゆえに生活保護においてのみ回答義務を課すことが許されるのか,他制度との整合性も欠くものであり,到底認められない。

(4)受給者に回答義務を課すのは憲法38条に抵触する

 同様に,受給者や扶養義務者に対して説明義務を課すという案も,犯罪の容疑を受けた者でさえ,黙秘権が保障されているのに(刑事訴訟法198条2項),なにゆえに生活保護の利用者と親族のみがこのような義務を課されなければならないのか全く合理性がない。
 憲法38条1項は,「何人も,自己に不利益な供述を強要されない。」として,刑事責任を問われるおそれのある事項の供述を強要されないことを保障しているが,不正受給が疑われる場合に説明義務を課すというのは,明らかに憲法違反の提案である。

(5)扶養義務者に回答義務を課すのは民法上の扶養義務の在り方と整合しない

 民法上,抽象的に扶養義務を負う者であったとしても,当事者間の協議が調わない場合の具体的な扶養義務の有無や程度については,「扶養権利者の需要,扶養義務者の資力その他一切の事情を考慮して,家庭裁判所が,これを定める」ものとされている(民法879条)。例えば,老親に対して抽象的に扶養義務を負う成人した子であっても,当人自身に資力がなかったり,生育歴において虐待を受けているなどの場合には,扶養義務を負わないという審判がなされる可能性も十分にある。このように,実際の扶養義務の存否や程度は,家庭裁判所の審判によって創設的に明確となるものである。
 にもかかわらず,生活保護利用者の親族だけは,未だ具体的な扶養義務の存否や程度も明らかでないにもかかわらず,常に福祉事務所からの照会に対しては回答義務まで課されるというのは,上記のような民法上の扶養義務の在り方と整合しないことが明らかである。

(注2)中嶋訴訟・福岡高等裁判所平成10年10月19日判決「憲法二五条の生存権保障を具体化するものとしての生活保護制度は,被保護者に人間の尊厳にふさわしい生活を保障することを目的としているものであるところ,人間の尊厳にふさわしい生活の根本は,人が自らの生き方ないし生活を自ら決するところにあるのであるから,被保護者は収入認定された収入はもとより,支給された保護費についても,最低限度の生活保障及び自立助長といった生活保護法の目的から逸脱しない限り,これを自由に使用することができるものというべきである。」

(注3)刑事訴訟法197条2項「捜査については、公務所又は公私の団体に照会して必要な事項の報告を求めることができる。」

6 扶養義務の強化

《厚生労働省案》
扶養義務者に対する福祉事務所への説明責務(案43頁)

・本当に生活保護が必要な人が受けることができなくならないように留意しつつ、福祉事務所が必要と認めた場合(※)には、扶養が困難と回答した扶養義務者は、扶養が困難な理由を説明しなければならないこととする。
※ 本制度見直しの趣旨は、扶養が保護の要件ではないものの国民の生活保護制度そのものに対する不信を招きかねないようなケースについて現行制度では福祉事務所に対応する手段が必ずしも十分でないことに鑑み、実際は限定的になると思われるが明らかに扶養することが可能と考えられる等特段に対応が必要と思われるケースについては対応することを基本的考え方とする。

○ 家庭裁判所による扶養請求調停手続きの活用


《これに対する意見》

(1)扶養義務者の説明義務は前近代社会への逆戻りであり,民法上の扶養の在り方にも整合しない

 言うまでもなく,現行法上,扶養義務者による扶養は保護の要件ではない(法4条2項)。「福祉事務所が必要と認めた場合」というような不明確な要件で,扶養義務者に扶養が困難な理由の説明義務を課すことは,事実上扶養を保護の要件とすることにつながり,前近代的な旧法に逆戻りすることになる。また,なにゆえに,生活保護利用者の扶養義務者のみが,このような説明義務を課されうるのか合理的な根拠はない。
 また,前項で述べたとおり,民法上,具体的な扶養義務の存否や程度については家庭裁判所の審判によって創設的に明らかとなるのに,未だそれが明らかとなっていない扶養義務者に対して,福祉事務所の一方的判断で回答義務を課しうる根拠が何ら明らかでない。
 このような提案は白紙撤回されるべきである。

(2)「特段に対応が必要と思われるケース」は現行法77条で対応できる

 厚生労働省案は,「実際は限定的になると思われるが明らかに扶養することが可能と考えられる等特段に対応が必要と思われるケース」を念頭に置いていると弁解している。しかし,「特段に対応が必要と思われるケース」とは,例えば,扶養義務者が極めて裕福で,扶養義務を否定するようなDVや虐待等の事情もないことが,何らかの理由で把握し得たようなケースであろうが,このような場合は,まさしく,後に掲げられている生活保護法77条に基づく家庭裁判所による扶養請求調停手続を活用すれば済む話である。このように対応し得る現行法上の手続があるにもかかわらず,「実際は限定的になると思われる」レアケースを理由として,生活保護制度の根幹に関わるような法改正をなすようなことは,百害あって一利なく,断じて許されない。


7 生活保護利用者の生活全般に対する管理強化

《厚生労働省案》

健康・生活面等ライフスタイルの改善について(案36頁)

1 健康管理について
○ 受給者が自ら健康管理を行い、健康の維持、向上に努めることは、受給者の自立を助長する上では必須であるものの、そのことは現行法上明確にはされていないため、受給者自らが健康管理を行うことの責務を明記し、健康面に着目した支援を強化する。

○ また、受給者の健康状況を踏まえた効果的な助言指導を可能とするため、福祉事務所は受給者に対し、健康増進法に基づく市町村の健康診査の受診などを促すとともに、これまで個人情報保護の観点から入手に問題のあった、当該健康診査結果を福祉事務所が入手可能にする(P41の調査権限強化の中で対応)。

2 家計管理について
○ 生活保護法上、保護費の適切な管理を受給者の責務として位置付けた上で、福祉事務所が必要と判断した者については、受給者の状況に応じて領収書の保存や家計簿の作成など支出内容を事後でも把握できるような取組を求める。

3 住宅扶助について
○ 住宅扶助費の目的外使用を防止するため、代理納付を推進する。


《これに対する意見》

(1)「健康管理の責務」「保護費の管理の責務」を課すのは有害無益である

 多くの生活保護利用者は,決められた保護費の中で,つつましく節約の努力をして生活をしている。また,病気や障がいを抱えた者は,その病気や障がいと向き合い,少しでも良好な状態を保つため,日々必死の努力をしている。しかし,一部の生活保護利用者の中には,その病気や障がいの症状のため,正しく服薬管理ができなかったり,計画的な金銭管理ができない者もいる。こうした人々に対する健康面の支援や,家計管理上の支援を強化すること自体は必要なことである。
 しかし,「受給者自らが健康管理を行うことの責務」や「保護費の適切な管理の責務」を明記するとする厚生労働省案では,健康管理や保護費の管理を適切に行えないことを利用者本人の自己責任に帰し,実施機関側のケースワークの責任を軽視することにつながる。そして,一方的に利用者に対する管理を強化し,却って精神的に追いつめることになる危険が高い。
 健康管理や家計管理を適切に行えない者の多くは,何らかの障害や依存症等の疾病を有しているにもかかわらず,これを自己責任に帰することによって,例えば,指示に反して服薬を適切に行わないこと,領収書等の保管を行わないことを理由に指導指示違反で保護の停廃止が行われることが懸念される。
 先にも述べたとおり,これらの支援は,生活保護利用者が自立した日常生活や社会生活を営むことができるよう,利用者の権利として位置づけられるべきものであって,利用者に「責務」を負わせることで解決する問題ではない。「受給者の責務」という文言は削除すべきである。

(2)健康審査結果の把握は本人同意を得ればよい

 「これまで個人情報保護の観点から入手に問題のあった,当該健康診査結果を福祉事務所が入手可能にする」という提案は,照会に対する回答義務を課すことによって個人情報保護法の例外として,本人の同意がなくとも健康診査結果を福祉事務所が入手できるようにするというものと理解できる。しかし,何故,生活保護利用者については,福祉事務所が本人の同意がなくても健康診査結果を入手することが正当化されるのであろうか。これは,生活保護利用者には保護されるべきプライバシー権がないというも同然の提案であって到底容認できない。
 健康診査結果の把握は,あくまでもケースワーク業務の中で,本人の同意を得て行えばよい話である。

(3)代理納付は必要性がある場合に限定するべきである

 家計管理がうまく行えないために家賃を滞納する自体を防ぐために代理納付を推進すべきことは否定しない。しかし,これは,あくまでも家賃滞納のおそれがあって代理納付の必要性がある場合に限定すべきである。
 既に,大阪市では,家賃滞納の事実もなく本人の希望もないケースにおいて,一方的に公営住宅家賃の代理納付を行う例が出ていることからすると,厚生労働省案は,代理納付できる範囲を一般化することによって,住宅扶助の事実上の現物給付化を狙っている可能性がある。しかし,これは,「人間の尊厳にふさわしい生活の根本は,人が自らの生き方ないし生活を自ら決するところにある」という前掲中島訴訟判決の考え方に明らかに反するし,生活保護利用者に対するスティグマを強化して,生活保護の利用を抑制する効果を招く。自分できちんと家賃を支払える生活保護利用者については,従前どおり利用者自身が家賃を支払うことが認められるよう,代理納付を行う範囲を明確に限定すべきである。

(4)賃貸借契約の公的保証制度や原状回復費用の支出の必要性

 厚生労働省案では,代理納付の仕組みを広げることにより家賃滞納リスクを減らし,民間住宅ストックへの受給者の受け入れを促進するというが,特に,単身高齢の受給者が入居差別される要因のひとつには,死亡時の居室の原状回復費用の負担が大きいという問題がある。
 民間住宅への入居にあたって公的な保証制度を創設するか,居室の原状回復費用を葬祭扶助から支給する等の制度改善がなければ,民間住宅への受け入れは進まないだろう。


8 肝心な入院対策がない医療扶助の適正化

《厚生労働省案》

医療扶助の適正化について(案38頁)
○ 生活保護受給者の健康管理の徹底
・受給者が自ら健康管理を行い、健康の維持、向上に努めることは、受給者の自立を助長する上では必須であるものの、そのことは現行法上明確にはされていないため、受給者自らが健康管理を行うことの責務を明記し、健康面に着目した支援を強化する。(再掲)
・受給者の健康状況を踏まえた効果的な助言指導を可能とするため、福祉事務所は受給者に対し、健康増進法に基づく市町村の健康診査の受診などを促すとともに、これまで個人情報保護の観点から入手に問題のあった、当該健康診査結果を福祉事務所が入手可能にする(P41の調査権限強化の中で対応)。

○ 医療扶助受給支援体制の整備
・福祉事務所において、健康診査結果に基づく保健指導や、受給者からの健康や受診に関する相談等があった際に、助言指導等必要な対応を行う専門の職員の配置を検討する。これにより、受給者の疾病の早期発見や重症化予防、状況に応じた医療機関との連携及び福祉事務所自体の医療扶助に係る相談・助言に関する体制の強化を図る。(再掲)※ その他後発医薬品の一旦服用を促すことによる適正な使用促進についても今年度より実施中


《これに対する意見》

(1)健康管理に自己責任を強調するのは有害無益

 先にも述べたとおり,健康管理について自己責任を強調するのは有害無益である。健康管理は何よりも自分のためである。それがうまくできない受給者がいるのは確かだが、必要なのは訪問や健康相談などの支援をきちんと行い、本人の自尊感情を高めることである。自己責任の強調は、ケースワーカーに支援を放棄してもかまわないという意識をもたらすだけである。

(2)健康診断情報の入手は本人同意を得るべき

 先にも述べたとおり,心身の状態に関する個人情報はプライバシーそのものであり、健康診断の情報を本人の健康管理以外に用いるのは、個人情報保護法の基本理念に反する。健康管理の支援が目的なら、本人の同意を得て情報を入手すべきである。福祉事務所が健康診断情報を入手して本人にとって不利益な処分の材料に用いる可能性があると、健康診断の推進を妨げる。心身の状態や稼働能力について疑義がある場合は、検診命令を発動すればよい。

(3)保健・医療の専門職員の配置は賛成

 保健・医療について相談援助を行う専門職員の配置には賛成である。保健師・看護師・薬剤師などを配置した相談窓口を積極的に設けるべきである。

(4)最も重要な社会的入院解消のための施策が欠落している

 厚生労働省案では,社会的入院、長期入院の解消を図るための施策が抜けている。医療扶助費の半分は入院医療に費やされている。1人の入院にかかる毎月の医療扶助費は平均して外来の10倍を超える。したがって,必要のない入院を減らすことが、財政対策の面でも本人の人権の面でも自立支援の面でも極めて重要だが、案ではこれについて何の言及もない。精神科を含めた入院患者の権利擁護と退院促進の方策を具体化するとともに、認知症など高齢化に関連した入院の増加を抑えるため、地域生活支援の仕組みづくりを重視すべきである。


9 滞納処分の創設等による差押え禁止の換骨奪胎

《厚生労働省案》

○ 不正受給に係る返還金と保護費との調整(案41頁)
不正受給に係る返還金の確実な徴収を図るため,当該返還金については,事前の本人同意を前提に保護費との調整をできないか検討する。

○返還金に対する税の滞納処分の例による処分(案42頁)
・元生活保護受給者が返還金を滞納した場合、仮に差押を行おうとすれば、民事訴訟上の手続をとる必要があり、自治体の負担が大きい。したがって、生活保護法の不正受給に係る返還金について、税の滞納処分の例による処分をできるようにする。

※ 国税徴収法や地方税法では、督促を受けてもなお税を滞納する者等に対し、自治体自らが滞納者の財産の差押を行うこととされている。

《これに対する意見》

(1)保護費の「調整(天引き)」制度は差押え禁止規定(法58条)に抵触するおそれが強く、厚労省の従前の見解にも反する

 現在においても,任意かつ真摯な同意がないにもかかわらず,「本人同意」があるものとして返還金と保護費の相殺処理(天引き)を行っている自治体が存在する。このような取扱いは,「被保護者は,既に給与を受けた保護金品又はこれを受ける権利を差し押さえられることがない」という生活保護法58条に明確に違反する。
 こうした「調整制度」を創設すれば,「本人同意」に仮装した天引きが横行し,法の差押え禁止の理念が骨抜きとなるおそれがある。9月29日付産経新聞朝刊が,「大阪市 返還“天引き”歓迎『回収業務はかどる』」との見出しで,「天引き制度が実現すればこうした手間から解放されることになり,(大阪市の)担当者は『実現すれば回収業務がはかどる』と期待を寄せた。」と報じていることからすると,このおそれは単なる危惧感にとどまらず,現実化する危険が高い。
 仮に,こうした「調整制度」に言及するのであれば,「任意かつ真摯な同意」の前提として,福祉事務所に対して,保護費の相殺処理が本来許されないことを書面をもって説明する義務を課すことを最低限の条件とすべきである。
 この点,「生活保護制度に関する国と地方の協議」において,大阪市などの地方自治体側から「天引き制度の実現」をと求められた際,厚生労働省側は,「返還金の保護費からの天引きについては,差押え禁止規定との関係,さらにもともと保護費が最低生活の保障という性格を持っており,それを減額することをどう考えるかなど検討すべき課題がある。」と見識のある回答をしていた。これらの「検討すべき課題」がどのように解消され得るのか,明らかにされるべきである。

(2)現役生活保護受給者に対する滞納処分の創設は差押え禁止規定(生活保護法58条)に反する

 滞納処分の創設が「元生活保護受給者」(現在は生活保護を利用していない者)のみを対象とするものであればともかく,現役の生活保護利用者をも対象とするのであれば,明らかに生活保護法58条に違反する。小山は,同条によって禁止されている差押えは,「民事訴訟法の強制執行としての狭義の『差押』の外,保全訴訟としての『仮差押』及び『仮処分』並びに国税徴収法による滞納処分としての『差押』も含む広義のもの」であり,差押禁止は「絶対的なものであって弾力的解釈を許さないものである」としている(前掲635,636頁)。


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