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いじめ事件にどう向き合うか(メモ)

「子どもの命を守れる学校と社会を」藤森毅氏、「教師がいじめに向き合うために求められていること」福井雅英・北海道教育大教授の論稿(前衛2012.11)からのメモ。
今起こってる事態にどう対応するか、という視点と、子どもは社会の鏡~新自由主義がもたらした社会と教育のゆがみの是正という複眼の視点がいる。

 内田樹氏が、いじめ自殺事件について「いじめというのは、教育の失敗ではなく、むしろ成果だ」と痛烈に教育のあり方を批判し、「物語る」ことで忌まわしいことを二度とおこさないための「供養」の必要性を説いている。
 【「En Rich」のロングインタビュー 内田樹10/5】

【子どもの命を守れる学校と社会を】

  藤森 毅・党文教委員会責任者


 (一)今日のいじめについて

◆いじめ問題をなぜ重視するか

・いじめは、死にもつながる深刻な暴力と人権侵害。人間にとってだいせつな人間関係を利用し、それ故、心身にわたって深く人間を壊すもの。~ 決して甘く見ることはできない 95年「いじめ克服」党提言 


◆「孤立化、無力化、透明化」~ 今日のいじめの過酷さ

・97年、精神科医・中井久夫氏「いじめの政治学」 被害者ケアの臨床、丹念なケースワークからの知見
/「いじめ戦略」(横湯園子) 「孤立化」「無力化」「透明化」の段階を経る

 孤立化の第一は標的化し、孤立化させ、反撃が無力だと観念させ、内面をも支配し、加害者の感情に従属して生きるようにさせることで、いじめは「透明化」する~ 暴力を背景にした戦略的コミュニケーションによって、着々と達成されていく。

・「孤立化」~ 継続的にいじめるには孤立化させる必要がある/ まず「標的」を選ぶ /標的から外れた人間は、ほっとして標的となった人間から距離を置く /些細な特徴、癖をあげつらい、いじめに値する人間かの大義名分が喧伝される。/被害者は、自分の振る舞いに絶えず気を遣い、警戒しっぱなしの状態に陥る

・「無力化」~ 「孤立化」の段階では、まだ、いじめられる人間の主体性は粉砕されていない。それを粉砕するのが「無力化」/ 反撃は一切無効と教え込み、観念させる~ 反撃は過剰な暴力で罰し、その際に誰も味方しないことを繰り返し味あわせる。/大人に訴えることは特に厳しい罰が与えられ「大人に話すことは卑怯である」と教えられ、被害者はその価値観を自分の中にとりこみ、被害者は大人に訴えることは醜いと思うようになる。/内面の支配が完成にちかづく。

・「透明化」~ 繁華街でホームレスが「見えない」ように見えないということ。いじめ現場に遭遇しても目をそらし何事もないよう注意の外におく。被害者は大人も友人も別世界のものと感じ、加害者との関係の中で生き、加害者が自分にとっての最重要人物として存在、その関係は永遠に続くように思う。
 いじめを察知して尋ねても被害者が否定する。透明化段階で特につらいのは「自宅でもこう振舞え」と無理難題の強要されること。自殺は自己の尊厳を守る唯一の方法。


◆いじめ加害者への対応の問題

・被害者を守り抜くことが何より優先/同時に、解決の急所は、加害者がいじめがなくなること。
・深刻で陰湿ないじめほど説教ではとまらない。
→ いじめる子どもの生活史には、つらい背景がある。/つらさに共感し、背景の解決に着手してこそ、加害者は被害者の痛みに共感し、いじめをやめる方向に向かう。


 ○厳罰主義は最悪の選択

・他人をいじめて、人が傷つくことを楽しみにしている子どもに罰を科すことは、ねじれた心をさらに歪める。
→ そんな状態で、卒業させる、学校から排除することは、子どもにも社会にとっても最悪の選択
・本当に厳しい道~自らの罪に向き合い、相手の痛みに共感できるようになり、心からの謝罪を通じで人間的に立ち直るプロセス

・「即出席停止」~ 被害者の命と安全を守る緊急避難的措置として、ありうる手段 /が、出席停止したとき、加害者の更生をする体制がない。/ 校長室にこさせるほうがまだまし、の指摘も。
→ 一律出席停止は、子どもを犯罪予備軍に追い込むようなもの。/安易に頼るのは問題が多い

・警察との連携~ 傷害などは、被害届をだし、家庭裁判所での審判にもとづく更生が必要なことが多い /が、すべてを委ねることはできない。警察を犯罪を立件することが目的、子どもをケアし更生する能力がない/ 内部では、パワハラ、セクハラなど様々な犯罪も多い組織。
→ 子どもの安全、更生という大目的にてらして検討する事柄。


◆いじめの広がりと深刻化

・「いじめのない学級は2割を上回らない」森田洋司/いじめ研究の第一人者、社会学的調査
→現代、さらに広がり、深く 

・子どもの人間関係の変化/クラスのつながりの希薄化、クラスが1つのまとまった集団というのは幻想/グループ内で浮かないように、出過ぎないようたえず気をつかう「友達地獄」(土井隆義) 

・子どもの世界は、過酷ないじめ・いじめに陥りやすい状況

○その背景にある社会の変容

・90年代半ばから、新自由主義の政策により、社会全体がいじめ的傾向を強めたこと。
   企業のリストラ~「弱い」「使えない」とレッテルを貼られた人々が追い出され
   非正規雇用、派遣労働~ 人がモノ扱いされる
 → 自己責任による生き残り、失敗が許されない社会/他人を助けるより蹴落とすことが奨励される

*ある全国チェーンで働くアルバイトしている高校生 「働きが鈍い子が入ってきたら、いじめて追い出すのは当たり前。そうしなかったら自分たちのラインを維持できない」

 →大人社会で弱い者いじめが日常茶飯事。子どもに「いじめは卑怯だ」と言っても言葉に力がない

・学校教育時代が、学力テスト体制など助け合いより、競争むき出しにシフト
・家庭への影響/ 貧困による家庭の機能の崩壊、「勝ち組」にしたいと思う親のプレッシャー(のんびり子どもと過ごすより、何か特徴がないと生き抜けないと早くから習い事に通わせる)
・子ども社会/ 異年齢の集団で遊ぶなか、喧嘩、仲直りしたり、弱い者をいたわったり、様々な生活経験を通して、人間関係を築くことを学び。その機会が各地で失われている。
・テレビ/芸人の「いじり」、からかいなど人をいたぶって笑いをとる。
・ゲーム/ 攻撃・暴力の要素がつまったものも。/インターネットがいじめの手段を増幅させる。
・消費文化が子どもに押し寄せ、子どもの欲望を膨らませ、子どもに満たされない感覚を生み出す。

 ⇒子どもたちが安心して生きていけることを支える社会の諸条件が1つひとつもろくなっている。


(二)学校の対応力を劣化させた「教育改革」

・いじめを発見し、解決するカギを握るのは学校の先生~ が、政府・財界主導の「教育改革」が、学校・教員の対応力を奪う方向で作用し、深刻な段階に達しつつある。


◆「多忙化」で先生自体が疲れきっている

・教員の勤務時間の異常な増加/ 国の調査 平均して過労ラインを突破
→ が、肝心の授業準備、子どもとふれあう時間がとれず、意味のない官製研修、書類づくりに追われている/
精神的に追い詰められ、3割の教員が通院している学校もある。

・学年会で時間をとり話し合うことも、職員室で子どもの情報を交換したりする時間もとれない状況


◆「学力向上」と「授業時間数の確保」

・全国学力テストのもと、平均点向上が教員に強くもとめられ、小テスト、過去問の反復。進学実績が、進学塾のようにあつかわれる状況
→ 地道で時間のかかるいじめ問題にとりくむことが、何か余計なことに時間を使っているような目でみられる状況の存在

・ぎりぎりまで拡大する授業時間
→以前は、いじめ問題で、授業をつぶして話し合うこともあったが、今は、授業時間を減らすことは「ご法度」。
→ 体育祭、文化祭、合唱祭などの行事の削減。「みんなでつくりあげる」感動を分かち合う場の減少


◆上意下達で集団的対応が困難に

・教員は、同じ専門職として、主体的に話し合い協力しながら子どもに向き合う時に一番力を発揮する
→ いじる問題の解決でも・・・/ が、管理職と担任だけの打ち合わせで対応するやり方が広がっている
→ 管理職は必ずしもいじめ対応が得意ではない。豊かな知恵は、教師集団の中にある。それが生かせていない

・大津の事件~ トイレでの一対一の暴行事件。管理職と担任らが15分間の協議で「喧嘩」「様子を見る」と判断/その5日後に自殺。/各教科の教員は、授業中の態度からいじめを強く疑っていた(裁判過程で判明)


◆数値目標、競争原理の導入

・「教育改革」/ 学校の教育活動は、数値で測られ、評価される。
→ 教員評価の基準/行政から学校現場におろされる目標の達成への貢献度 /学力テストの平均点、進学実績、生徒・保護者の授業満足度・学校満足度など /いじめ対応など地を這うような取組は数字にならず評価されない。

・「いじめ」自体を数値目標化
→ 正直に報告しない傾向の発生/ 文科省は「件数」でなく「解決率」が問題というが同じこと
・学校選択性の導入 /入学者数の確保のために、隠蔽の傾向に拍車


◆上からの「規範意識教育」

・教育基本法改悪以来、いじめなど問題行動への決め手として「規範意識教育」を重視
~ 大津事件 市内で唯一の国の道徳教育推進指定校。当該学年は、1年の時に規範教育に取り組んだ学年
・いじめや体罰が現に存在している空間で、現実の是正と無関係に、規範を教え込むことは、“規範は上辺のことで本当は人間は大事にされないもの”と教えるようなもの/ モラルの退廃を生み出しかねない


◆いじめ対策が逆行する教育委員会廃止論

・いじめの深刻化 ~ 06.10.19通知「早期発見・早期対応」「教職員間の緊密な情報交換、共通理解を図り、一致協力して対応する体制」を強調し「事実を隠蔽する対応はゆるされない」・・・・もっともな内容
→が、目標の数値化、教員の多忙化、上意下達の運営、上からの規範教育など、「正しい」方針が実践できない学校現場を築いてきた/ 文部行政の敗北

・教育委員会を廃止し、首長の支配下に組み入れれば、ますます権力的になるだけ
→ 今必要なのは、教育委員の公選など民主的改革


(三)命の重さと隠蔽

◆繰り返される隠蔽
・隠蔽体質では、場合によっては、裁判などが子どもが死んだ理由に接近する唯一の方法となってしまう。

◆隠蔽しないことの重要性

・子どもの命の重さ /なぜわが子が死ななければならなかったのかが、分からなければ先に進むことはできない。かつ、それを知る権利をもっている。/これは、人間の尊厳にまっすぐつながる。
・次ぎのいじめ自殺を防止する / 何があったかわからなければ、再発防止はできない。

・隠蔽の理由としての「教育的配慮」
 「公表を約束していないから公表すると信義違反になる」
 「事実でないことも含まれているから1人歩きすると公平中立性に欠ける」
→ 生徒には1人の命がかかった調査、遺族と一緒に真実により接近したいとはじめから言うべき。

(四)2つの角度でいじめ問題を解決するとりくみを

①実際にいじめられている子どもの命と心身を守るための手立ての確立

・多忙化の解決など学校のあり方の改革は喫緊の課題
・困難ケースの場合の専門家、関係団体との連携の方針整備、隠蔽しなくてすむシステムづくり
・子ども自身のとりくみの重視  例)ハブかれる子をつくらない班長会などを軸にした取組など 

②いじめを深刻にしてきた社会と教育のあり方を考え直す

・競争原理、自己責任論など1人ひとりをバラバラする社会、教育、文化のあり方を続けていいのか。いじめ問題を社会の問題としてとらえ、変えていく話合いが必要。

【教師がいじめに向き合うために求められていること】

 福井雅英・北海道教育大教授

■大津いじめ事件で感じたこと

・何人かはいじめに気がついていた。また、少なくとも2回、こどもが「いじめ」を訴えている
→ が、いじめ問題を深め、解決にむかうことにならなかった。

・ここに2つの大きな問題
①「教師のセンス」とい問題
②全体のものに出来なかった教師集団の体制


≪検証すべき問題 どんなメンバーがあつまり、どんな議論をしたか≫

・自殺6日前の5.6名による15分の協議 「喧嘩」「見守る」の決定
喧嘩の判断(今日的いじめの認識の度合い)、顔ぶれ(養護教員、昨年の担任などはいたか)、上意下達の学校運営など職員室の雰囲気


≪検証すべき問題 いじめ関係をどう見ていたか≫

・最近のいじめ自殺は、中学二年生男子がもっとも多く、青少年のいじめ自殺で中学生が70%超
→ 思春期特有の問題  /自我形成の中で、自分が惨めなことを認めたくない、誇りがこわされるようなことは到底できない、ということを深くつかんでいれば、「大丈夫」という言葉でサラッとすませるのでなく、表情、雰囲気、眼差し、声のトーンなど子どもの内面を読み解く接近が必要となる。
・教師集団による子ども問題の共有   子どもの問題をとりあげる会議の質、内容


■教師とこどもの関係、教師間の関係

・一般的なふざけと「そうではないのではないか」という気づきに至る子どものつかみ方はどうだったか

≪子どもと教師がかかわる時空をつくる≫

・どうすればアンテナを磨くことができるか・・
・そのカギは「子どもと教師が共有する生活時間」~ 人間がその表情から内面をイメージできるのは、生活をともにする時間が決定的。/すぐれた教師は、さらに子どもの作品、子ども同士の関係など総合して判断
→ 多忙化の解消とともに/ 教師の側に人間らしい活性化された感覚がないといけない。

≪具体的な事例で子どもの発達を学びあう≫

・教師(特に中学校では)、現代の社会の中で思春期をどう見るか、思春期の発達の特徴を深くつかむことが重要/そこをベースに、個別特定の子どもそれぞれの育ちを見なくてはいけない。

→ どうすれば出来るようになるか。/1人ではアンテナは磨けない/同僚、先輩なりと、自分の感じたことを出したり、議論する機会がないと磨けない。/ かつては、具体的な1つ1つの事例に即して、議論する、そいう教育実践の蓄積がある

・今の現場は、「磨く機会」が奪われている


≪いじめ指導は困難だからこそ≫

・実際の現場でのいじめの指導は極めて困難~ 深刻ないじめでは、教師は指導の展望を簡単には持てない
→ いじめ問題の解決は加害者を変えること/なかなか解決できないことへの教師自身の無力感、敗北感、自己を責める気持ち、深い苦悩
→ 即効性のない地道な取組のつみあげ /1人で担うには重過ぎる課題

■思春期の子どもへの理解を深める

≪思春期の子どもに広がる抑圧感≫

・こども同士のいざこざ、軋轢はあって当然〜 困難を抱える子どもをささえる仕組が、以前はそれなりに重層的に存在した(地域、兄弟・祖父母。教員とのふれあい等)
→ この仕組が削がれ、薄くなっている。

・子どもにかかる抑圧感が強くなっている /学力競争
→ 以前と違い「がんばったら将来が保障される」という合意の崩壊/が、がんばらないと没落する/という強迫的な感覚の競争
→ 大人側も「がんばる子」競争に囚われ、同時に多忙化・ストレスなど受け止めるパワーの低下

≪いじめる子の背景にあるものを見る≫

・朝日新聞「いじめと君」 小学生タレントはるかぜちゃん
「いじめている子は、自分がいじめっ子だなんて思っていない。・・・・ただ遊んでいるだけなんだよね。自分よりも弱いおもちゃで。相手を人間と思ってたら、いじめなんてできないよね。感情のおもむくままに、醜悪なゲームで遊んでいるんだもんね」
→ 問題をどうみるかは、とても大事なこと
・攻撃性の歯止めのなさ ~ 弱まって手出しできないところに、自分の弱さを投影しているのではないか。というとらえ方が必要では・・・

・一般的に、いじめる側の子どもには、相当に傷ついている場合が多い/ 虐待、期待と「よい子」
→ いじめは、抑圧された感情の解放に感じられる例など
・社会全体の閉塞的抑圧的な関係が、家族にも投影し、人間関係に1つの傾向を生み出していることを見る
→ 加害者を叩くだけでは解決しない。加害者のいきづらさに共感し、寄り添う地道な努力が必要

≪いじめられている子は逃げ出すことができない≫

・今日のいじめの特質~ 「逃げ出すことができない」関係
→ 深刻ないじめは数人のグループ内で起こる。/仲良しグループの中の「いじり」から「いじめ」に・・・など
→ いじめが激しくなると、その仲良しグループと接点のある子どもたちが引きはじめグループが孤立化(メモ者 関わることは、自分がいじめの標的にされかねない危険性をもつ)
→ いじめられている子には、このグループの中にいないと、人とのつながりがなくなってしまう。/「逃げろ」と言っても、逃げたら誰もいない。/今日のいじめの構造

■教師はまず何からはじめるべきか

≪教師が一人ひとりの子どもの育ちをリアルに語る≫
・学校の価値観=一人ひとりの子どもを大事にして、どんな困難を抱えていても、その子の育ちを支える 
~ それが今日の競争的、自己責任論という社会全体の哲学・風潮と鋭い対決点をなしている。

→「弱いやつは叩いてあたりまえ」のような社会的風潮に対し、1人ひとりの子どもはかけがえのない存在という立場、感覚を学校、教育の場から発信することが大事。

→ そうした日常の実践を「言語化」して発信する。この作業がないと、社会的な共有を広げることは困難
*学校で子どもについて語り合う場の確保~「子どもの理解カンファレンス」など


≪教師自身が活性化する場はどこにあるか≫

・子どもの見かたを鍛えていく場、同時に教師自身が活性化していく場
→ そういう場がなく、しんどさを回復できないので、精神疾患が増加している。

○文部省 教師の精神疾患のへの対処方法、いじめ対処方法についての2つの文書/ 共通点の存在

・どちらにも「子どもとかかわる時間の確保」の大事さを書いている
→いじめで子どもを救えないという問題でかかえる困難と、教師が精神疾患に追い込まれる困難を通底する問題
→教師のもっとも基本的なことは、子どものことを語り合うこと
(メモ者 「カンファレンス」は、共通認識をもつとともに、多様な視点で多様な働きかけを実践することで、見る目を鍛えるとともに、ケースワーカーなどが対象者からの二次被害を防ぐためにも必要のものとして位置づけられている。)

・金森俊郎先生「四年一組命の授業」(NHK放送) 有名な実践
縦横無尽に、これだと思うことを追求し、内容を組み換えて何時間も子どもが話しあう/ その中でもいじめは起きたのだが、それを指導の糧、子どもの成長の糧に転換していく。
→ 今の学校現場は、教師の創造的な実践の自由、創意を干からびさせ、管理をしている問題がある。/よって、様々なヒントや実践の蓄積、継承がなされない問題が生まれている。

・大津の中学校 前年度まで道徳教育の実践研究指定校
→ 校長経験者たちの話「発表をやったあとは荒れる」/子ども不在、一面的な価値の押し付けの結果として、事件があったのではないか。ここもメスを入れる必要がある。

≪解決の一番の力は子ども≫

・子ども同士、子どもがいじめられている子を支える。いじめている子を別の活動の場所に引き出す /子ども集団が、場をつくり、何でも言えるように変化する。
→ いじめは複雑/ だからこそ、教師と子どもの信頼関係が何より問われる/が、ともすればチクッたなど、敵対的な雰囲気に転嫁する
→ 学校にまず求められているのは、子どもと教師集団の信頼関係をどうつくるか、に基本的な課題がある。

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