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福島第一原発事故から1年――国会論戦の到達点 吉井英勝

 原子核工学の専門家で、全電源喪失の危険性を指摘し続けてきた吉井英勝衆院議員が、この1年の国会論戦の到達点を整理している。(文中の「表」は、もとのホームページから見てください。)。
 小見出しは・・・
①改めて、福島原発事故は何故起こったのかを明らかにする ②政府、国会、民間の「事故調査委員会」のすべてが事故検証中 ③「収束宣言」など出せる段階でない ④「ストレステスト」はできていない ⑤原発立地自治体の事故時に「避難計画」はあるのか ⑥原子力規制庁と環境省 ⑦再稼働など論外 ⑧再生可能エネルギー調査
 
【福島第一原発事故から1年――2012年通常国会前半の追及 吉井英勝3/29】

【福島第一原発事故から1年――2012年通常国会前半の追及 吉井英勝3/29】

 3・11東日本大地震、大津波と同時に起こった福島原発事故から1年が過ぎました。いま原発で何が問われているか、再稼働問題にどのように取り組むかなど幾つもの課題があります。国会での質疑を中心に、少し整理をしたいと思います。

I)改めて、福島原発事故は何故起こったのかを明らかにする 

 地震と津波は自然現象です。しかし、原発事故は明白に人災です。貞観津波、明治三陸津波、1960年チリ津波など、三陸海岸では何度も大津波の経験がありました。老朽化している原発が、これらの規模の地震・津波の直撃をうけたらどうなるか。予め「想定」して、対策を取るのは当然です。

 昨年3月にこのホームページの「メッセージ」で明らかにしたように、私は国会で何度も警告を発してきました。それは以下のようなものでした。

・巨大地震動が老朽化原発を襲うとどうなるか、あらかじめ世界一の規模の大型振動台(香川県多度津町にあった)で実証実験を行うべきだ。コンピュータ解析だけでよしとするのは良くない。(2005年10月19日内閣委員会、2006年3月1日予算委員会第7分科会、2005年10月31日提出の質問主意書と答弁書)

・この多度津の振動台(建設費310億円)を今治造船に倉庫用地として2億7700万円で売却する愚を犯すな。(2005年10月19日内閣委員会、2005年10月31日提出の質問主意書と答弁書、小泉内閣が「行革」を理由に売却)

・北陸電力志賀原発の送電鉄塔倒壊事故による外部電源喪失事故を取り上げ、内部電源喪失と結びつくと全電源喪失になる。(2010年5月26日経産委員会)

・インドネシア・スマトラ沖地震・津波のように、巨大地震の直撃とともに、原発が津波を受けた時、「押し波」で原発停止後に必要な機器冷却系の電源や取水ポンプが水没し、破壊される。(2006年3月1日,予算委員会第7分科会)

・「引き波」の時は、水位が下がって、機器冷却系の海水そのものが取れなくなって、停止後の原発の冷却機能を失う。広瀬研吉原子力安全・保安院長「54機の原発の中で標準海水面から4mの引き波で6基、5mの引き波で12基、6mの引き波で32基の原発の取水ができなくなる」と答弁。(2006年3月1日予算委員会第7分科会、2005年10月31日提出の質問主意書と答弁書)

・巨大地震で内部電源のDG(ディーゼル発電機)の損傷も考える必要がある。(2006年12月13日提出の質問主意書と答弁書)

・外部電源も、内部電源も喪失する「全電源喪失」になると、原発停止後の圧力容器内の冷却ができなくなって、炉心溶融に至るのではないか。(2010年5月26日経産委員会、寺坂原子力安全・保安院長「論理的にはあり得る」。2010年4月9日経産委員会、直嶋経済産業大臣「メルトダウンは起こさない構造だ」などと答弁)

 こうした警告をすべて無視して、前の自民・公明連立政権も、政権交代後の民主党中心の3党連立政権(当初社民党も国民新党とともに参加した政権)も、地震・津波対策を取らないばかりか、「メルトダウンは起こらない構造だ」など「原発安全神話」の宣伝と自ら信じ込む立場をとり続けました。これが、3・11前の人災の原因です。

 次に、3・11の午後2時46分に地震が来て、福島第一は「想定」されていた受電鉄塔の倒壊で外部電源をすべて失いました。もちろん制御棒は総て挿入できて核分裂反応は抑えることができたようです。そして内部電源のDGが起動して必要な電力はまかなえたようです。しかし、地震発生後の35分位経ってから、大きな津波が襲ってきて、「想定」通り、DGが水没し、冷却水取水ポンプも燃料タンクや配管も破壊され、冷却機能を失いました。

 この結果、「全電源喪失」となり、圧力容器内が冷却されず、高温の核燃料棒は、核分裂によって発生した放射性物質の崩壊熱も除去出来ず、中にあった冷却水は運転中の約70気圧280℃の状態から、さらに温度が上がり、沸騰が進むことで冷却水水位が急速に低下して、空だき状態へ推移して、1200℃位から核燃料棒を包んで放射性物質の外部放出を抑えていたジルコニウムの被覆管が水との化学反応で水素を発生し、これが地震か高温・高圧による原因で溶接個所の亀裂部やガスケットの歪などの部分から外部へ放出されて、水素爆発を招きました。

 さらに高温になったジルコニウムが溶け出すことで、被覆管内部に閉じ込められていた放射性ヨウ素、クリプトン、キセノンなどの揮発性ガスが放出され、さらに核燃料棒そのものがメルトダウンしました。さらに、圧力容器を貫通している多数の制御棒案内管という弱い部分を溶かして、格納容器内へメルトスルーしました。

 これらは、すべて「想定内」のことでした。しかし、「原発安全神話」を創作し、宣伝し、自ら信じ込んでいた東京電力と、政府や原子力安全対策に責任を持つべき「専門家」にはなすすべが理解できない状態でした。この結果、福島原発事故を拡大したのです。利益だけ考えて、住民の安全を顧みなかった東京電力と、これをきちんと行政指導しなかった政府指導部の責任は重大です。これが2つ目の人災という問題です。

II)政府、国会、民間の「事故調査委員会」のすべてが事故検証中

 政府は、「東京電力福島原子力発電所における事故調査・検証委員会」(委員長:畑村洋太郎東大名誉教授、委員10人)を立ち上げて調査を行い、2011年12月に「中間報告」を発表しました。

 国会では衆参の議会運営委員会が中心になって「東京電力福島原子力発電所事故調査委員会」を設置し、2012年8月を目処に、黒川清元学術会議議長を委員長とする10人の委員からなる組織で直接・間接の事故原因などを究明し、提言をまとめることになっています。

 民間団体(一般財団法人日本再建イニシアティブ)も、「福島原発事故独立検証委員会」を立ち上げて「調査・検証報告書」を出しています。

 東京電力も、社内調査を行って、2011年12月2日に「中間報告書」を発表しました。

 これらの「中間報告書」を一瞥したところ、例えば東京電力の12月の報告書でも、津波の影響でなく、地震で受電鉄塔が倒壊して外部電源が喪失したこと、内部の受電設備が破損したことを明らかにしています。

 ところが、以下に示した「2012年2月15日の衆議院予算委員会配布資料」をご覧頂きたいのですが、東電は、事故直後の昨年4月から、今年2月15日の衆議院予算委員会での勝俣会長の最初の答弁に至るまで、一貫して「想定外」を繰り返し「津波主因説」を主張してきました。「想定外」の災害として「免責」させようと考えたのでしょう。

 2012年2月15日の予算委員会に参考人として出席した勝俣恒久会長も、最初は「巨大な地震に伴い発生した高さ13メートルにも及ぶ高い津波に起因した、長時間に及ぶ全交流電源と直流電源の複数号機同時喪失と、長時間に及ぶ非常用海水系の徐熱機能の喪失がその要因と考えている」と、要するに地震に加えて想定外の津波によって全電源喪失となり、炉心冷却ができないでメルトダウンに至ったのだから、天災であり、東京電力は賠償責任を負わなくて済む。免責されるという考えをのべたのです。

 しかし、この予算委員会で示した下記の【表2】にあるように、東京電力も「想定外」の津波が原因だとしながら、実は、2002年1月29日には、津波評価部会の幹事社を勤めていた東京電力が「物を造るという観点で想定される津波の最大値」、「これを超えるものが理学的に絶対ないということではない」と原子力安全・保安院に説明していたのです。もちろんこの時は、1990年の阿部壽氏らの「貞観津波」(869年)による三陸海岸の波高がきわめて高いものであったという知識はもっていたと考えられます。

 実際、その後の検討にもとづいて、2006年7月のアメリカで開催された「原子力国際学会」に参加した東京電力の技術者が「津波の影響を評価する時に『想定外』の現象を予想することは重要である」とまで講演していたのです。また、2008年には東京電力社内で、福島第一原発の敷地南部では、標準海水面から15.7メートルにまで至ることを検討していました。しかし企業利益(コスト)第一の立場から対策を取らなかったのです。こうした考え方は、「島村研究会」で元東電副社長を務めた豊田正敏氏が明らかにしています。

III)「収束宣言」など出せる段階でない

1.「冷温停止」とは、核燃料棒が被覆管に包まれて核分裂で発生した放射性物質が外部に漏れない状態で、原発の圧力容器内の圧力が1気圧で、冷却水温度が100℃以下になること(通常の場合、水の沸点は1気圧、100℃)をいいます。実際、3・11当日に同様の地震・津波の被害を受けた東北電力女川原発では、核燃料棒が健全な状態で、地震発生から約10時間後に、「冷温停止」になりました。

 ところが、東電福島第一原発は、核燃料被覆管も核燃料も、制御板もすべて溶け落ちて、そもそも溶けてバラバラになった核燃料の塊が、いったいどこに、どういう状態で存在しているのか、自発核分裂から再臨界へ進む条件には全くない安心できる状態にあるのか、このことがデータ不足で全く分かりません。実際に、核燃料は冷却水に溶け出して放射能汚染したものが蒸発を続けています。これでは「冷温停止」と言えるようなものではありません。

 それなのに、2012年3月16日の経済産業委員会で、班目原子力安全委員長は「これは普通の意味では冷温停止でない、これは明らかでございます。」「冷温停止とは、圧力容器の蓋が開けられる、それで水の沸騰等が起こらない状態でございます。」とまともに答えながら、「現在、保安院の方で使っている言葉は、冷温停止状態というもので、冷温停止とはちょっとちがうものと認識しています。」と言いました。つまり、東京電力と政府が「収束宣言」を出したのは、根拠がないということです。(2012年3月16日、経産委員会会議録)


2.事故の検証で大事なことの1つは、1993年の「日本原子力学会誌」で「軽水炉のシビアアクシデント(過酷事故)研究の現状」という特集を組んで、水素爆発や水蒸気爆発の実験、炉心溶融とそれによるデブリの形成、全電源喪失の研究などを行って報告したものです。すなわち、全電源喪失や炉心溶融、水素爆発などシビアアクシデントの研究は、アメリカではTMI事故を受けて30年以上前から相当突っ込んで研究され、日本でも20年前には日本原子力学会誌で特集を組んで、実験や解析の報告を出していたのです。なぜ、きちんと対応しなかったのか、それは、日本の原子力規制当局が、国民の安全より原発事業者の利益を考えて行動したからです。それは1992年の「原子力安全指針」とそれに穴をあけた「例外容認規定」に見ることができます。

 このことを国会で質問すると、班目原子力安全委員長は、「水素問題だけではなくて、このシビアアクシデント対策としては、アクシデントマネジメントというのを事業者がしっかりやるようにと決定してございます。」「1992年のことですが、事業者が自主的にしっかりやるようにいう風に決定してしまっております。」「今回の事故発災以前から見直すことを安全委員会としてはじめていたけれど、残念ながら間に合わなかった。深く反省してございます。」(2012年3月16日、経産委員会会議録)

 昨年夏から秋にかけて、科学技術イノベーション委員会で、東京電力に対して「シビアアクシデントマネジメント」を国会に提出するようにと求めました。最初に、東電が提出してきたものは、真っ黒に墨塗りされたもので、中身が全く分からないものでした。出しなおしを指示して、再度東電が提出したものを見ると、

・吉井:全電源喪失に当たってのシビアアクシデントマニュアルと称するものにおいても、高圧注水系、HPCI、給復水系、炉心スプレー、CS、原子炉停止時冷却系、SHC、格納容器冷却系、CCSによる注水が不可能な場合で、さらに復水補給水系、MUWCによる代替注水が不可能な場合を想定して、それを前提としての(ここまではかなり厳しい事態を想定したが)、消火ライン、FP系ポンプの正常なこと、電動弁等の電源が正常なことをあげている。(外部電源か内部電源が早期に回復することを前提にした)これだけの条件が整わなかったら炉心溶融は起こり得ることを想定したシビアアクシデントマネジメントではないか。

・深野原子力安全・保安院長:マニュアルで、どういう状況であれば対応できたのか・・・・調査、検討していきたい。

・吉井:前提条件が満たされなかったら、シビアアクシデントとして対応できないものではないか。

・深野:電気があるということが前提で書かれていたものでございまして、こういう状況で十分活用できるものにはなってはいなかった、そのように認識している。

      (2011年10月25日、科学技術・イノベーション推進特別委員会会議録)

 東京電力には、シビアアクシデントマニュアルの名に価するものはなかったのです。当然、訓練もなく、現場の機器類の配置状況は下請企業の従業員は分かっていても、東電社員には分からないからうろたえるだけという状態だったのです。

3.今回の事故で大きく注目されるようになった水素爆発にしても、石油化学コンビナートなどの「水素屋さん」と呼ばれる水素問題の専門技術者の間では、水素は発生しやすい、これを早く装置外へ出さないと爆発の危険にさらされるとしてきたものです。

 今回の事故で、水素がどうして発生したか、どこから建屋の上部へ出たのか、水素対策のある原発はあるのかということが問われます。簡単なようで実は重要な問題なのです。

・吉井:水素爆発について聞く。水素は何処で、どうして発生したのか。

・班目:圧力容器の中で高温になっていたジルコニウムと水が化学反応を起こして生じた。

・吉井:圧力容器の中の水素が、どこからどうして建屋に出たのか。

・班目:圧力容器から格納容器へはいろいろの経路から出ているのは明らか。格納容器のトップフランジのシール部からの漏えい、ベローズシールからの漏えいも考えられる。

・吉井:(建屋に)漏れないことには上に貯まらない。水素は他の分子より分子直径も小さく、少しのすきまでも漏れやすい。溶接部分の腐食した所へ地震動が来て割れて漏れたのか、メタルガスケットでも700℃の温度で駄目になる。ガスケットの材質が劣化して隙間ができたのか、高温高圧で歪ができて漏れたのか。

・班目:(地震動か高温高圧で漏れたのか)技術検証がなされている最中。まだ確定的なことは言えない。

・吉井:日本原子力研究所などでかつて水素爆発の実験もやっている。水素爆発は業界の常識ではないか。

・深野:1987年ごろから2004年ぐらいまでこのシビアアクシデント対策について、当時の原子力発電技術機構などを中心にかなりやったのはご指摘の通り。水素関係の研究したのは事実。

・吉井:水素濃度を低減させる静的触媒式水素再結合装置をつけているもの、水素ベント装置を設置して、常時、水素爆発対策を取っている国内の原発はどれか。

・深野:原発建屋に水素ベントが付いているものは今現在ありません。

  (2012年3月16日、経済産業委員会)


・格納容器内の水素を処理する装置(静的触媒式水素再結合装置等)を次の定期検査時から2014年6月までに設置する計画を持っている原発は、泊原発、浜岡原発、美浜、大飯、高浜原発、伊方原発、玄海原発、川内原発、日本原電敦賀2号機です。

・また原子炉建屋内への水素検知装置の設置と建屋頂部へのベント装置設置について2012年度中に設置することになっている原発は、東通原発、女川原発、柏崎刈羽原発、浜岡原発、志賀原発、島根原発(1号機は水素検出器のみ本年1月末設置済)、日本原電敦賀1号機と東海第2原発です。


IV)「ストレステスト」はできていない

 香川県多度津町にあった世界一の大型振動台を売却したために、コンピュータ解析と老朽化した実際の原発の実証実験の値とを突き合わせて、評価すること自体ができていないのが実態です。

 2012年2月15日予算委員会、枝野幸男経産大臣「今回のストレステストにおいては、直接の実証実験を実施しているものはございません。」

 2012年3月16日経産委員会、深野弘行原子力安全・保安院長「(今回のストレステストで)燃料集合体の振動実験は実施していない。」「蒸気発生器の細管を実際に揺すってみてということはやっていない。」「DGも含めて補機冷却系の(海水冷却や燃料補給の)配管の使用後(老朽化施設)の状態での振動実験は実施していない。」

 この問題も、香川県多度津町にあった世界一の規模の大型振動台を小泉内閣の時「行革だ」として売却したために繰返し、追及してきたものです。実証実験によるストレステストができていないではないかという指摘をする中で、今年4月から、電力中央研究所で世界最大級の振動台を開発することにしています。(2012年3月28日「日刊工業新聞」報道)

 この装置ができないことには実証試験を実施する装置がなく、コンピュータ解析の通りなのかどうかさえ何も評価できない状態が続きます。


V)原発立地自治体の事故時に「避難計画」はあるのか

 関西電力大飯原発で、福島第一原発並みの事故が発生した時には、20km圏内には23万7412人、30km圏内には47万4549人の人びとが住んでいますから、これらの人々が確実に県外へ避難し、ヨウ素剤の服用ができる状況になることが必要です。かつてチェルノブイリ原発事故の時には3~5?離れた所に立地していたあったプリピャチの町(人口5万人)から全住民を翌日には、バス1200台で避難させ、ヨウ素剤の服用もさせましたが、それでも被曝による被害者を多数生み出しました。

 いったい大飯原発周辺では、これらの圏内に住んでいる人々の避難対策はどのように考えられているのかということを質問しました。(2012年3月16日、経産委員会)これに対して、

 枝野大臣「現在の防災指針では8kmから10kmの防災対策を重点的に充実すべき地域の範囲が定められている。これについては各自治体が避難計画を含む防災計画を策定している。・・・・・・今般、原子力安全委員会から、緊急時防護措置を準備する区域としておおむね30?圏などの考え方が示された。避難計画を含む地域防災計画を見直していく必要がある。」

 この20km圏、30km圏、50km圏の人口や主な市町村がどこかを、原子力安全・保安院に資料を求めたのに対して届けてきた地図と表を添付しました。


VI)原子力規制庁と環境省

 政府は、新しい原子力規制機関をどうするかについて、原子力規制庁関連法案を閣議決定して提出してきました。これは、本来「原子力の安全に関する条約」第8条に基づいて、「規制機関を設置」して、ここに「適当な権限、財源及び人的資源を与える」(1項)措置をとり、「規制機関の任務と、原子力の利用またはその促進に関することを司る機関または組織との効果的な分離を確保するため、適当な措置をとる」(2項)と定めています。

 この立場からしても、原発推進機関である経済産業省の資源エネルギー庁に、本来は原発規制機関であるべき原子力安全・保安院をもうけていたことが、明白な国際条約違反でした。

 そこで、新しく作るとする原子力規制庁のあるべき姿の問題と、これが明確に原発推進官庁から独立しているかどうかが問われます。

 2012年3月5日の予算委員会第6分科会(環境省所管)で、そもそも新しく環境省に所属させるとしているが、その環境省は実態として原子力推進官庁ではないのかということを取り上げました。

・吉井:(1999年から原発立地点での環境アセスメントを行ったものは、8件、12原発ですが)原発立地ノーといったものがあるのか。

・白石順一環境相総合環境政策局長:事業の是非について言及したことはない。

・吉井:小沢環境相の時(の記者会見で)、温暖化対策に対して、極めて有効な手段、その立場から川内原発3号機増設計画に対する意見を具申したと(発言した)。確認する。

・白石:原発を最大限、事業者として温暖化効果ガス抑制のために活用を図ると言う趣旨のことを述べている。

・吉井:環境省所管法案として、地球温暖化対策基本法案第16条で「原発推進」の立場を明確にしているな。

・鈴木正規環境省地球環境局長:条文の規定はその通り。

・吉井:名前を原子力安全・保安院を原子力規制庁と変更しても、経産省・資源エネルギー庁という原発推進官庁の下にあったのを、環境省という原発推進官庁所属に代えても、推進と規制の分離にはならない。


VII)再稼働など論外

 今年にはいってからの何度かの質疑でも、福島原発事故は検証中でまだよく分かっていない。「収束宣言」など出せない状態。水素対策などまだ全国の原発の何処にもない。老朽原発の実証実験に裏付けられたストレステストは1つもない。福島原発並みの事故時の『避難対策』は大飯原発など、各地の原発でない。原発推進官庁だった環境省に、原子力規制庁という規制組織を従わせるのは間違いで、3条委員会、公正取引委員会型の独立行政委員会で、権限、財源、人的資源を持った独立性の高いものが考えられていない。こうした中で関西電力大飯原発などの再稼働は論外です。


VIII)再生可能エネルギー調査

・大都市部の取り組み

 大阪市のような大都市部での太陽光発電の爆発的普及と、その設置工事やメンテナンスの仕事が地域の中小業者に仕事が回るようにする仕組みや、その取り組みに市民が参加して、電力のただの消費者という立場から、地域経済再生をにらんだ「地産地消型エネルギー」の生産者であり消費者という仕組みづくりに取り組んでいる事例を見て回っていますが、2月には「ECOまちネットワーク・よどがわ」を訪ねて、社会福祉法人の老人施設に設置されたパネルを見ながら関係者と懇談をしました。

・岡山県真庭市の木質ペレット中心の取り組み

 1月中旬に、真庭市を訪ねて、森林の保全と林業の再生、そして製材や合成材生産工場にある木質ペレット製造施設と木質ペレット発電装置を見てきました。どこをどのように支援すれば、地域の農林漁業が活発に発展するとともに、地場産業としての中小企業が成り立つ道筋を求めて訪ねたものです。

・長野県大町市の小水力の取り組み

 今年は豪雪でしたが、歴史的に、ゼロ戦を生産した素材のアルミニウム精錬などの産業を支える水力発電所がもともとあった地域で、水力資源の豊かな雪国です。ここで元国鉄の変電部門の技術者だった方などが小水力発電に取り組んでいます。1月末に現地調査に行くとともに、地元の取り組んでいる方やNPOの人達と懇談してきました。


 拙著『原発抜き・地域再生の温暖化対策へ』(2010年10月発行、新日本出版社)では、吹雪の中で稚内市の風力発電や太陽光発電などを、長野県では飯田市や、伊那市、宮田村などで木質ペレットストーブ、小水力発電、市民共同の力による太陽光発電など、高知県梼原町では風力発電、小水力発電、木質ペレット生産とこれを燃料とする冷暖房機の運転など紹介しましたが、竜飛岬の風力発電や岩手県葛巻町の風力、畜産業からでてくる糞尿のバイオマス発電、九州の幾つかの県での地熱発電と自然や景観を守る取り組み、北海道の美唄市での氷雪エネルギーの活用など各地を調査しながら、それぞれの地域にあった自然エネルギーを活かした地域経済の再生に注目してきました。

 再生可能エネルギー・自然エネルギーの爆発的普及と、それをその地域の農林漁業、中小企業の仕事と結びつけることで、地域経済と自治体財政の再生を図り、エネルギーの面でも地域経済の面でも原発に依存しないで持続可能な発展を実現する道へと進むことが重要です。

 通常国会前半の国会活動でも、そのことを強く感じています。

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