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TPP 食の安全と訴訟社会化 毎日コラム

 毎日新聞のコラム「東奔政走」。“ヤジの多い国会だが、共産党の笠井亮衆議院議員の論戦は違った。与野党とも神妙に聴き入った。”と紹介。論戦の中から、食の安全についての論点をとりあげている。
【TPPで野田政権に問う 食の安全と米型の訴訟社会化 毎日新聞11/28】
【米国要求丸のみのTPP交渉やめよ 衆院予算委 笠井議員の基本的質疑 11/11】

【TPPで野田政権に問う 食の安全と米型の訴訟社会化 毎日新聞11/28】  ◇山田孝男(やまだ・たかお=毎日新聞政治部専門編集委員)

 ヤジの多い国会だが、共産党の笠井亮衆議院議員(59)が食の安全などを質したTPP(環太平洋パートナーシップ協定)論戦(11月9日、衆院予算委員会)は違った。与野党とも神妙に聴き入った。自民党席から声援が飛び、終了後、民主党の若手議員が笠井に駆け寄って握手を求めた。

 論点は多岐にわたるが、筆者が注目したのは遺伝子組み換え(GMO=genetically modified organism)食品の表示義務をめぐる攻防である。巨大アグロバイオ(農業生命工学)企業を背景とするアメリカ政府がそれを「非関税障壁」と見なし、撤廃を迫ってくるのではないか。笠井議員は内外の行政資料を縦横に引いて追及、それに対して玄葉光一郎外相と、小宮山洋子厚生労働相が、こう答えた。
 「可能性はあるが、日本が守ってきた食の安全を脅かすようなことは受け入れません」

 ◇豪州、韓国の米国との攻防
 そうは言っても、フラフラの民主党政権で大丈夫?──という不信を察知してか、玄葉外相は問わず語りにこう付け加えた。
 「(それが証拠に)豪州とアメリカのFTA(自由貿易協定)で、そういう表示が緩んだとは承知しておりません。ニュージーランドもそうでございます」「韓国もまったく変わっておりません」

 この答弁、間違いではないが、行き届いた説明でもない。筆者が調べた限り、GMO食品の表示義務の存廃をめぐる豪州・韓国と米国の攻防は以下のようなものだ。
 まず、豪州。オーストラリア連合通信(AAP)の報道によれば、2003年11月、豪州国会で、貿易相が米国から表示撤廃の要求があることを明かした。豪政府は米豪FTA交渉を通じて表示を守ったが、06年のTPP参加で再び撤廃要求に直面しているという。
 韓国については、米通商代表部の外国貿易障壁報告書(2011)に、こんな記述がある。
 「GMO表示義務の対象品目を植物油や焼酎に拡大しようとした韓国に対し、米政府高官は引き続き再考を促し(urge to reconsider)、決定は止めおかれている(remains pending)……」

 つまり、韓国は表示撤廃へ追い込まれたわけではないが、対象品目の拡大は阻まれた。この攻防の意味を理解するために、日本の現状と歴史的経緯を見よう。
 初めて遺伝子組み換えのアメリカ大豆が日本に輸入されたのは1996年の11月である。97年、農林水産省は有識者による「食品表示問題懇談会」に対応の検討を依頼。懇談会は、(1)全品目に表示を義務づける=現在のEU(欧州連合)並み、(2)一部品目のみ規制する──の両案を議論し、99年に(2)の案が適切とする報告をまとめた。
 この報告に基づき、加工後も組み換え遺伝子や、それに由来するタンパク質が検出される食品(豆腐、納豆など)には表示を義務づけ、検出されない食品(しょうゆ、サラダオイルなど)は問わないというのが日本の現行制度(01年施行の改正関連法に基づく)だ。

 EU並みの制度を築けなかったのは、トレーサビリティー(traceability=流通履歴確認)の条件が整わないためだという。早くからBSE(牛海綿状脳症)に苦しんだ欧州はトレーサビリティーが定着した。日本は一部の食品にとどまる。
 
もとよりアメリカは、トレーサビリティーそのものに後ろ向きだ。米国産の農作物に大きく依存する日本は、GMOの義務表示の範囲を限定的にとらえるしかなかった。義務表示の対象は現在33品目。消費者団体や一部の生協はEU並みへ拡大をめざしているが、米韓交渉を見るかぎり、前途は険しい。

 話が後先になってしまったが、遺伝子組み換えの何が問題か、基本を押さえておこう。農水省がホームページで公開している「遺伝子組み換え農作物について」という文書の中に、GMOの「期待と懸念」に関する論点整理がある。
 主な「期待」は以下の通り。
 ・栄養不足、飢餓の深刻化を見据えた食料問題の解決
 ・害虫に強い作物の開発による農薬使用量の減少
 ・除草作業の効率化
 ・低コストのバイオ燃料開発

 一方、「懸念」は「生物多様性への影響」と「摂取した場合の人体への影響」に大別され、人体の項で次の4つを挙げている。
 ・アレルギーを起こさないか
 ・食べ続けても大丈夫か、子や孫の代で影響はないか
 ・(殺虫毒素を内包し)害虫が死んでしまうようなGMO作物でもヒトに影響はないか
 ・GMOを含んだ飼料を与えられた動物の肉、乳、卵を食べても健康に影響はないか
 ◇杞憂ではない農水省の懸念

 アグロバイオ企業や、バイオテクノロジー(生物工学)の可能性を積極的に評価する知識人は、GMOの義務表示にこだわる人々は「過敏すぎる」という。
 だが、農水省が列挙した懸念は杞憂(きゆう)ではない。実際、88年から89年にかけて、日本の化学メーカーが開発した遺伝子組み換え健康食品で米国を中心に公害が発生し、死者が出ている。
 束の間の国会論戦の背景にこれだけの問題があるわけである。
 11月11日の参院予算委で、野田佳彦首相が、TPPの主要な論点の1つである「ISD(Investor-State Dispute=投資家と国家の間の紛争。投資家に、国家を国際機関へ訴える権利を保障する)条項」を理解せず、質疑がしばしば中断する場面があった。立て板に水の首相にしては珍しい。

 TPPに参加すれば「安全保障面で安定した環境になる」という首相答弁(11月15日、参院予算委)もあった。米・中の緊張が強まる中、普天間問題1つ解決できない民主党政権が、通商分野で対米協調を焦る事情はわかるが、釈然としない。
 GMOは生物の生命維持と種の保存に関わる問題だ。ISDは経済社会を訴訟乱発の米国型に押しやる危険を秘めている。そういう作物、そういう制度にますます依存する日本へ導くのか、違うのか。体系立った説明を聞きたい。
2011年11月28日

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