イラク戦争検証 あやまちに向き合えない政治の貧困
9.11テロからもうすぐ10年。日米同盟を理由にイラク戦争を支持したことが正しかったのか、「脱・同盟時代」の出版などで、その検証の作業をすすめている柳沢協二元内閣官房副長官補と細谷雄一・慶応大教授の毎日新聞紙上での対談。各国は検証をしている。そのことに向き合えないのは「政治の貧困」だ、とコラム。
アメリカの「原子力平和利用」宣言のもと、まともな論議もなしに導入された原発政策・・・ 同じではないか。
【ニュース争論:検証・イラク戦争支持 柳沢協二氏/細谷雄一氏 毎日8/29】
【反射鏡:「大義なき戦争」に向き合えぬ日本政治の貧l困=論説員・岸本正人 毎日8/28】
【ニュース争論:検証・イラク戦争支持 柳沢協二氏/細谷雄一氏 毎日8/29】日米同盟を理由にイラク戦争を支持した小泉政権の決断は正しかったのか。首相官邸で自衛隊派遣を統括した柳沢協二元内閣官房副長官補が、この問題の検証を求めている。日本では過去になりつつあるイラク戦争にこだわる訳は? 英ブレア政権の戦争指導に詳しい細谷雄一・慶応大教授と論じ合った。
【立会人・岸俊光編集委員、写真・塩入正夫撮影】◆政策決定者の論理見えぬ--元内閣官房副長官補・柳沢協二氏
◆断罪でなく政策のために--慶応大教授(外交史)・細谷雄一氏◇限界にきた同盟外交
★柳沢/ 防衛官僚としての私の最後の10年は変動の時代でした。冷戦が終結し、91年に湾岸戦争が起き、93年には北朝鮮の核開発の危機があった。日米同盟の再活性化が求められ、防衛協力のための指針の改定作業をしました。
次の転換点は9・11テロ事件です。イラク戦争が始まり、防衛研究所所長として専門家を集めてフリーディスカッションを何度も開きました。日本の安全のためにも米国を支持すべきだというのが当時の私の結論でした。
その後官邸でイラクの自衛隊を統括する立場になりましたが、正直、心配ばかりしていました。「ショー・ザ・フラッグ(旗を見せろ)」でインド洋給油。「ブーツ・オン・ザ・グラウンド(地上部隊の派遣を)」でサマワ派遣。米国はアフガニスタンでも協力をと言ってきました。この路線は破綻したと思えるのに、日本は今も同盟にしがみついています。07年の国会決議は政府判断の検証を求めています。退職まで実現できませんでしたが、問題を扱った本(「脱・同盟時代」)を出版し、やっと作業を始めたところです。★立会人/ 9・11以降の対テロ戦争の中でイラク戦争を位置づけると?
★細谷/ 9・11テロから10年がたち、オバマ米大統領がアフガニスタンからの撤退を表明しました。この間、関係した多くの国で政権交代が行われ、歴史を客観的に見る環境が整いました。米英では、現在のリビアに対する軍事的関与と関連づける議論も多い。検証は過去を断罪するためのものではありません。問題点を探り、将来の政策に資するのが目的だからこそ、リビアとイラクはつながるのです。
振り返ると、イラク戦争は不可解な戦争でした。日本の論壇が二つの立場に割れていたことに違和感がありました。一方は、反戦反米に立ってイラク戦争を批判する。それでは人道的介入を目的としたコソボ紛争との違いが見えない。明確な国連安保理決議がある湾岸戦争も悪となる。もう一方は、対米協力の論理から、その正統性が疑わしくとも、ともかく戦争を支持する。それもまた日本としての主体性を放棄することにならないでしょうか。
★柳沢/ ブレア元首相も小泉純一郎元首相も最終的にイラク戦争を支持しました。ブッシュ前大統領との信頼関係を維持しようとしたというのが本当のところかもしれません。英国は最後まで新決議を得ようと努力しましたが、日本にはそれもなかった。政策決定者が深く考えた形跡がないのです。
★細谷/ 結局、小泉元首相の勘だったのかもしれません。◇正当化と支持の論理
★立会人/ イラク戦争のどこが難しいのか。正当化の論理とは何ですか。
★細谷 /幾つかの側面から考える必要があります。第一に、それは米国の戦争であって国際社会の戦争ではなかった。米国の正義、イラクの正義など世界には複数の正義がある。イラク戦争では複数の「正義」が衝突しました。
第二に、主権国家たる米国が戦争を始める以上、同盟国が止めることが果たして可能なのか。国連には、北朝鮮の核開発さえ止める力がありません。
第三に、イラク戦争は、合法性、正統性、倫理性の問題が複合的に結びついているという点です。合法性に疑問があっても、緊急に必要な人道的支援には正統性がある。合法性や正統性が欠けていても、「悪」を打倒するという倫理的な動機から行われる戦争もある。ブッシュ前大統領はそれに近い論理でイラク戦争を行いました。
★柳沢 /同じ支持でも、ブレア元首相の場合は論理があるから検証できる。しかし小泉元首相の場合には、支えるわれわれを含め日米同盟が大事という以外にありませんでした。北朝鮮の脅威について私は深刻に捉えていましたが、考えてみるとそれも変なのです。大量破壊兵器を持っていると自ら言う北朝鮮に手を出さず、持っていないと主張するイラクを攻撃したのだから。日本政府の見解は、大量破壊兵器がないことを自ら証明しなければいけないイラクが、その義務を果たしていないということでした。
★立会人/ 大きな被害もなく、日本の判断を良しとする声もあります。
★細谷/ 主要国のうち、日本でイラク戦争をめぐって大きな論争がなかったのは、戦争への関与が浅かったからでしょう。憲法9条には、国際貢献を制約する面と、犠牲から守る面がある。イラク戦争では、後方支援や人道支援にとどまりました。人道支援は支持を得やすい。
★柳沢/ イラク自衛隊派遣は、幸い国連決議に基づく復興支援と位置づけることができました。安全に気を配った現地部隊の努力もありました。ただ、それをうまく立ち回ったと言われると抵抗がある。イラク戦争で同盟が強化されたというなら、その財産はどこにあるのか。外交的地位はむしろ落ちたのではないか。指導者の決断には犠牲が目標に見合うかという基準もあると思いますが、そこはどうでしょうか。
★細谷/ 民間人死者10万人、米軍の死者4400人、英軍死者179人と言われています。ブレア元首相も戦争を検証する独立調査委員会で、戦前にこの死者数を知っていれば自分はためらっただろう、とはっきり述べています。
◇誰が何をどのように★立会人/ 検証の進め方を具体的に。
★細谷/ 執行組織である官僚は自らが無謬(むびゅう)であるという思いが強く、政策を検証するという発想が根本的に弱い。しかし実際には、官僚も悩んでいる。似たような状況が訪れた時のガイドラインがほしいのです。検証しない日本の文化は、原発事故もサリン事件も阪神大震災も同様です。予防のための事前の検証と、教訓を得てよりよい政策に至るための事後の検証が求められています。それは政策の質を上げるという、国益のためです。イラク戦争に関する独立検証委員会をつくって、対米後方支援や平和構築への日本の関与の方法を再検討すれば、それは次の機会にも生かせるはずです。
★柳沢/ 合法性などを問う前に常識的にみて無駄な戦争をしたことぐらいはまず認識しないといけません。他国を批判するのでなく、日本が同じような立場に置かれた時の判断材料を探り、同時に国家像も考えていくことです。
■聞いて一言◇政権中枢の自省重い 戦争報道でも転機に
対テロ戦争の引き金となった9・11テロ事件から10年。検証を求める声が広がらない中、政権中枢にいた柳沢氏の自省の意味は重い。イラク戦争は戦争報道の転機でもあった。私自身、部隊と寝食を共にする米軍のエンベッド取材や、日本新聞協会と日本民間放送連盟、防衛庁(当時)が結んだ自衛隊取材ルールの功罪を追ったことがある。エンベッド取材に参加した他社の記者にも話を聞いた。それだけに「メディアが来ると危険は増す。政府には国民の目に触れない方がメリットだった」という柳沢氏の説明は印象に残った。細谷氏が指摘するように、政府、研究者、市民の幅広い検証が必要だ。(岸)
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■人物略歴
◇やなぎさわ・きょうじ
46年生まれ。東京大法卒。防衛庁に入り、同運用局長などを経て04~09年、内閣官房副長官補。著書に「脱・同盟時代」「抑止力を問う」。
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■人物略歴
◇ほそや・ゆういち
71年生まれ。慶応大で博士号(法学)。著書に「戦後国際秩序とイギリス外交」(サントリー学芸賞)、「倫理的な戦争」(読売・吉野作造賞)。
【反射鏡:「大義なき戦争」に向き合えぬ日本政治の貧困=論説委員・岸本正人8/28】ブッシュ前米大統領が、今年4月の日経新聞「私の履歴書」の中で、イラク戦争(03年3月開戦)を回顧している。
「二つの過ちを犯した」「(その一つが)WMD(大量破壊兵器)を巡る情報が間違っていたことだ」。イラクのフセイン政権によるWMD(核、生物、化学兵器)の開発・保有こそ、イラク侵攻の根拠だった。
その情報が誤りだったというのだから、侵攻への反省の弁かと思いきや、正反対だった。
「今もフセイン(元イラク大統領)が生きていたら相変わらず国連の目を欺き、実際にWMDを保有していることだろう」「だから、私は自ら下した決断を今でも強く支持している」
回顧録「決断のとき」でも同様の考えを表明している。大義が失われても戦争は正しかった、と言い張る前大統領には返す言葉が見つからない。
「9・11」から、まもなく10年。米同時多発テロは「ブッシュの戦争」の出発点だった。アフガニスタン戦争は米国の自衛権の発動とされたが、イラク戦争はブッシュ政権が打ち出した先制攻撃論の実践である。
当時の小泉純一郎首相は米英軍のイラク侵攻にいち早く支持を表明した。その行動をいまだに検証できない日本政治は、ブッシュ氏のイラク戦争肯定論をどう受け止めるのだろうか。
開戦前の大統領発言を追うと侵攻に四つの理由・目的を挙げている。フセイン政権によるWMD開発・保有、アルカイダなど国際テロ組織への同政権の援助、中東民主化の橋頭堡(きょうとうほ)づくり、イラク国民の解放である。
ブッシュ政権を支えていたネオコン(新保守主義者)の本音が「中東民主化」にあったにしても、米政権が国際社会に提示した戦争の大義は「WMD」だった。結局、そのWMDの証拠は発見されず、米大統領自ら事前情報の誤りを認め、アルカイダなどとの関係も証明できない--戦争の「目的」は存在しなかった、ということである。
ブッシュ政権が開戦で国連のお墨付きを得るのに失敗した経緯は詳述するまでもない。米政府自身が、イラクにWMD廃棄と査察受け入れを求める国連安保理決議1441(02年11月)だけでは侵攻に無理があると考え、10年以上も前の湾岸戦争時に武力行使を容認した同678(90年11月)、WMD廃棄を命じた同687(91年4月)を加えて攻撃を正当化しようとしたことを指摘すれば十分だろう。
「目的」を失い、国際社会の同意という「手続き」に瑕疵(かし)がある戦争は「正義の戦争」とは言い難い。ブッシュ氏の主張は、米国こそが各国と世界の運命を決めるという思い上がりと、根拠を失っても行動は正しかったと強弁する非論理に支えられた、自己弁護に過ぎない。
米国とともに戦端を開いた英国は09年7月、独立の調査委員会を発足させ、戦争の検証を進めている。ブレア元首相やブラウン前首相らの喚問を行い、今秋にも報告書をまとめる。
日本と同様、攻撃に「政治的支持」を表明し、復興支援に部隊を派遣したオランダでは、独立調査委が昨年1月、報告書を発表。支持に至る経緯と背景を分析し、イラク侵攻に国際法上の根拠はないと結論付けた。
調査委は、英国では開戦時と同じ労働党政権、オランダでは同じ首相の下で設置された。
翻って日本はどうか。国会議員の一部に検証を求める声があるものの、当時与党だった自民、公明両党だけでなく、小泉政権を批判した民主党にも動きはない。昨年3月に岡田克也外相が、今年2月に前原誠司外相が国会答弁で「総括」や「検証」に言及したが、それきりである。
先制攻撃支持に政府内でどんな議論があったのか。米国と軌を一にした国連決議の解釈は今も正しいのか。「まず日米同盟ありき」ではなかったか。北朝鮮の脅威への対応で米国の協力を得るのを優先したのか。WMD情報の把握は。フランスやドイツなどの査察継続・戦争反対の主張は検討されたのか。陸上自衛隊の復興支援活動、米軍の行動と密接な関係にあった航空自衛隊の活動の総括は--。検証すべきテーマは多々ある。
開戦前、国連演説でイラクのWMD保有を明言したパウエル米国務長官(当時)は後に、演説は「人生の汚点」と語った。
日本の外交・安全保障政策の基盤が日米同盟であることは間違いない。しかし、それを言い訳に、「大義なき戦争」を擁護し、あるいは、その政策決定の検証から目を背け続けるなら、日本政治の貧困さを映し出す「汚点」になるだけだ。
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