歪んだ減税で海外移転を促進
「海外移転そのものは望ましいと思っている」野口悠紀雄・早稲田大学教授が、世界のどこで利益をあげようが、利益を本社に還流させれば、国内の税率が適用される。法人税率と海外移転には影響ない。ところが歪んだ減税――海外子会社の親会社への配当を非課税に変え、わざわざ海外移転の促進した。
さらに国内研究の成果で海外子会社が利益を上げた場合、税収確保のため「ロイヤルティをもっととれ」と厳しく迫れば、「研究開発活動をも海外に移転させる可能性」があり「深刻な空洞化が発生する危険」があると・・・。この点では、ブログの備忘録でも触れてきたが、氏の認識と一致する。
【税制を歪めて減税し海外移転を促進した 7/11 東洋経済】
原発「安全神話」が大きく見直されているが、「法人税が高い」神話も国民的点検が必要。
天下り、政治献金、御用学者やマスコミ対策という「利益共同体」・・・構図は変わらないのだから
【税制を歪めて減税し海外移転を促進した 7/11 東洋経済】野口悠紀雄 早稲田大学大学院ファイナンス研究科教授
「日本の法人税率が高いことが、企業海外移転の大きな原因になっている」との議論が多い。東日本大震災の後、こうした意見が経営者から頻繁に聞かれるようになった。「法人税減税が復興財源調達のために見送られる公算が大きく、そうなると国内生産の不利さを解消できない」という意見である。
以下では、この問題について考えよう。税の問題は一般に複雑であるが、国際的な課税の問題はことさら複雑だ。最初に、これまでの制度がどうなっていたかを概観しよう。
日本の国際課税の原則は、「全世界課税」である。つまり、日本の居住者は、所得の源泉地が国内であれ国外であれ、全世界で発生した所得に対して課税される。ただし、国外で発生した所得は当該国で課税されるので、日本国内での課税との二重課税を防ぐため、「外国税額控除」が行われる。つまり、外国で納税した額を日本国内では税額から控除するのである。
海外進出が支店形式で行われる場合、海外支店の所得は現地国で課税され、さらに日本で全世界所得の一部として課税される。そして、外国法人税が税額控除される。
子会社の場合、その所得は日本の親会社の所得に含めない(別会社であるため)。子会社の配当は外国法人税が課された後のものだが、それを受ける親会社にとっては収入になり、日本での課税対象となる。これでは二重課税になるので、外国子会社の所得に対して課された外国法人税額のうち内国法人に支払われた配当に対応するものを、その親会社が納付したものと見なして、親会社の申告において外国税額控除の対象とする。これは、親会社が外国法人税を納付していないので、「間接外国税額控除」と呼ばれている。
結局、どこの国で生産しても利益が日本に還流するかぎりは、最終的な税負担は同じになる。つまり、法人税率の差は、海外移転には影響しないのである。
◆わざわざ税制改正して移転を促進している
ところで、この制度には問題があるとされた。それは、日本での課税が発生するのは、海外の子会社が日本の親会社に対して配当をした場合だけだからである。海外の子会社の所得が配当されずに留保金としてとどまっているかぎり、日本の法人税の課税は発生しない。このため、「海外での利益の多くが、配当として日本の親会社には戻らず、海外に留保されてしまう」といわれた。
そこで、2009年の改正において、海外子会社からの配当を非課税とする措置を取った。具体的には次のとおりだ。
1.海外子会社からの配当の95%は益金不参入
2.間接外国税額控除制度は廃止
これによって、日本企業が海外で得た利益を日本に還流させ、国内での設備投資や研究開発投資を活発化し、さらには雇用維持や個人消費などの内需を増加させるとしたのである。
このような効果が実際にあったかどうかは、後述のとおり疑問である。ただし、この改革は明白で直接な結果をもたらした。
それは、外国との法人税率の差が、企業の海外移転に影響するようになったことである。国内で生産して利益を出せば国内の法人税が課されるが、海外子会社で生産して利益を配当で戻せば、外国の法人税だけで済むからだ。生産国の法人税率が低ければ、法人税を節約できる。
本来の税制ではこうした影響はなかったにもかかわらず、わざわざ税制を歪めて、税率の差が海外移転を促進するようにしたのである。
だから、仮に海外移転が望ましくないのであれば、税制を本来の姿に戻せばよい。そうすれば、こうした問題はなくなるはずだ。しかし、そうせずに、今度は「国内の法人税率を引き下げよ」ということになってきたのである。「日本の法人税負担が重いから海外移転が進む。だから国内の税率を低めよ」とは、これ以降、盛んになった議論である。これはまことに奇妙なことだ。
たとえていえば、水平を保っているてんびんで、一方の重りを取り除いたところ、バランスが崩れた。重りを元に戻せばよいのだが、そうせずに、「もう一方の重りも取り除け」と言っているようなものである。
もっとも、日本の法人所得課税の負担が一般にいわれるほど重いかどうかについては、慎重な検討が必要だ。次の諸点に留意する必要がある。
1.法人税法上の課税所得は企業会計上の所得より圧縮されている。したがって、会計上の所得に対する法人課税の負担は、日本でもそれほど重くない。企業によっては負担率が20%台のところも少なくない。
2.日本では赤字法人が多いため、そもそも法人税の負担を負っていない法人が多い。実際、GDPに対する法人所得課税の比率を見ると、日本は中国や韓国よりも低い。
したがって、09年改正によって税制上は海外生産が有利になったが、それが現実の海外移転にどの程度の影響を与えたかは不明である。海外移転は、09年改正以降においても、主として賃金コストの内外差によって進展していると考えるのが自然だろう。
◆研究開発が空洞化するおそれ
09年改正によって、海外現地法人は日本の本社への配当をどの程度増やしただろうか? 各年度の純利益と内部留保の推移は、グラフに示すとおりだ。全産業で見れば、内部留保の純利益に対する比率は、08年の40・4%から09年の38・2%に低下した。しかし、この差はさほど大きくない。製造業だけを見ると、この比率は50・2%から53・9%へと、むしろ上昇している。
したがって、「配当比率を上昇させる」という目的が達成できたとはいえない。そもそも、これまで企業が海外移転を選んだのは、生産コストが国内より低いからだ。したがって、利益の運用としても、日本での投資より海外での投資のほうが有利と考えるだろう。この判断が税制によって変わるとは思えない。だから、09年の税制改正が配当性向に影響を与えなかったとしても、それは当然のことである。直接的な結果は、日本での税収が減ったことだけだ。
経済的な効果としては、むしろ海外移転を促進したことになる。私は、海外移転そのものは望ましいと思っているのだが、税の歪みによってそれが促進されるのは望ましくない。本来あるべき税制を歪めて政策的に利益の国内還流増加を狙ったが、それは実現せず、単に海外移転を促進するだけの結果になったのだ。
間接的な効果まで考慮に入れれば、深刻な空洞化が発生する危険がある。その理由は次のとおりだ。国内で研究開発された製品を海外で生産することは、利益を国内から海外に移転させる行為と解釈できる。これに対処するために、「移転価格税制」が存在する。
これによれば、「親会社が海外子会社からロイヤルティをもっと取れ」という指導を税務当局がすることになる。税務当局が移転価格税制を厳しく適用するようになれば、企業は研究開発活動をも海外に移転させる可能性がある。そうなれば、国内の空洞化は、単に単純労働的生産活動にととまらず、頭脳集約的な活動にも及ぶことになる。それは、日本経済にとって深刻な問題をもたらすことになるだろう。
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