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原子力村の村八分と民主主義の形骸化/独誌

 独シュピーゲル誌5/23の、『原子力国家』は、異質を排除・弾圧し、癒着し暴走する、日本の社会・政治全体に共通する、危うさを描き出している。
 「原子力という技術が民主主義を形骸化させてしまった」「ロベルト・ユンクが『原子力国家』の中で想像した恐怖の世界が具現化したようなもの」と・・・ 
  このブログで和訳して紹介されていました→  http://vogelgarten.blogspot.com/  下記に引用させていただきました。

【『原子力国家』 独シュピーゲル誌 2011/5/23】
・原文:5月23日Spiegel-Online Der Atomstaat

日本はオイル・ショック後、無条件に原子力を推進してきた。以来原子力産業は、福島原発を所有する東電を中心に国中を腐敗させてきた。政治家、科学者、ジャーナリストすべてが腐敗の共犯者なのだ。原子力という技術が民主主義を形骸化させてしまったのである。

金曜日の朝、山口幸夫氏はグレーのウールのカーディガンを紺色のスーツに着替えて新幹線に乗り込んだ。行き先は柏崎・刈羽。世界で最も大きな原発の建つ本州の西海岸である。

縁の厚い眼鏡にグレーの顎鬚という姿のシャイな物理学者である山口氏は原子力情報室に所属する反原発運動家だ。この日は原発の耐震性をめぐる委員会に出席することになっていた。今回は柏崎原発を所有する東電を相手に津波に対する安全性についても議論することになっている。3月11日のことだった。

午後一時少し前、山口氏は新潟県庁の会議室の一列目、左から二席目に腰を下ろした。しかし巨大津波の危険を唱えたところで何になろう。山口氏によると、話し合いはいつもの通りに進行していった。東電の社員12人に対してたった1人の闘いである。「何もかも万全です」と繰りかえし断言する東電社員達。

そんな調子が14時46分まで続いた。「万全」はこの瞬間一変したのである。突然会議場が揺れ始めたのだ。地震だ。みな建物の外に駆け出した。会議は15分間中断された後、再開し、東電の代表者がもう一度いかに原発が地震と津波に対して安全に設計されているかを強調した。

まさにこの時200キロ東にある東電の二番目に大きな原発コンプレックス福島第一原発で、14メートルの津波が6メートルの防波堤を飲み込んでいる最中であるとは誰一人知る由もなかった。

新潟での会議は16時頃終了した。地震で新幹線が止まってしまったために山口氏がホテルの部屋にチェックインをしようとしていたちょうどその頃、東電は日本政府に福島第一原発が制御不能になったことを報告していたのである。

こうして原発ロビー達の安全を約束する言葉は、今回もまた現実を前に戯言と化したのだった。最初の管はおそらくすでに地震によって破裂した。核燃料は溶融し高熱を発するウランの塊と化し、たちまち一号炉の底を貫通していたと推測される。そして未だに水蒸気爆発の危険は回避されていないのである。

東電と日本政府は、事態を小さく見せようとする発表を繰りかえしたが、それも虚しく、一万人の周辺住民が避難を強いられることになった。もう二度と再び我が家には帰れないかもしれないのだ。原発から40キロ離れた飯舘村も今では避難をしなければならない。

東電幹部は二ヶ月に渡って事態の過小評価と責任逃れを行う一方で、事故基のコントロールを虚しく試みてきた。ようやく先週の金曜日、社長の清水正孝と副社長の武藤栄が辞任を表明した。二人を辞任に追い込んだのは2011年3月期決算の損失が1兆2千億円を超えた事実であった。後任には常務の西沢俊夫が昇格したが、コンセプトに欠ける東電の危機管理体制に何も改善はもたらさないだろう。今まで通り危機管理室は東京にある東電本社二階に設けられている。それは大きな記者会見室で、内側からドアの窓に貼紙がなされている。そして半円形のテーブルに東電トップの面々が並んで座っているのだ。原子力立地本部長だった武藤氏が、現在まだ会議の指揮をとっている。彼の左隣には東電会長の勝俣恒久がいる。勝俣氏はたいがい朝の9時に一度現れ、夕方の6時から7時に掛けてもう一度姿を見せるだけである。清水社長はほとんど欠席していたが、それでも最近はたまに姿を見せることがあったことを出席者の一人が証言している。

◆危機管理の責任はいったい誰にあるのかは誰にもわからない

会見室のテーブルの周りには丸いテーブルがいくつかある。ここには専門家が陣取っているのだ。アメリカの原子力規制委員会の専門家、フランスの原子力会社アレバの専門家、そして日本の科学者。彼らはみな大きなビデオモニターを注視している。それは柏崎など日本中の原発と電話回線で常に繋がっているのだ。

しかし目下彼らはほとんど左の方ばかりに目を遣る。福島第一原発の耐震室から随時報告をする吉田昌郎(56)所長の姿が映し出されるモニターである。「吉田氏は自分の声に耳を傾けてもらうのに苦労している」と会議の参加者が言う。「現場の人々はいかに状況が厳しいか、なかなか理解してもらうことができないのです。」

この危機管理体制において一体責任が誰にあるのか、明瞭ではない。シュピーゲル誌が数週間前に東電のスポークスマンに質問をしたところ「菅首相です」との答えが返ってきた。時を同じくして国会議員が同じ質問を政府に向けたところ「第一には東電です」との答えだったのだ。さらに原子力保安院は「我々は力を合わせて東電の危機管理を支援していきます」と発表したのだった。

政府は特にこの支援を経済的に行っている。4兆円という莫大な金額が東電を破滅から救うはずなのだ。"Too big to fail" 金融危機の際にアメリカやヨーロッパの大銀行の延命を可能にしたこの言葉が、日本最大の電力会社にも適用されることになったのである。

◆東電は首都圏4500万人に電力を供給している

東電は世界で四番目に多くの電力を供給している会社である。5万2千人の雇用者を抱え、近年は年間約4兆円の売り上げを得ている。日本は第二次世界大戦前にすべての電力会社を国有化し、地方ごとの独占企業に分割した。その後これら10社は私営化したが、各地方での独占状態は維持したままである。

経済産業省は電力会社を自らの産業政策の実行機関として常に扱ってきたし、その見返りとして電力会社は保障された利益を享受してきたのだ。首都圏4500万人が東電から電力の供給を受けている。そして東電は至るところにその力を見せつけている。研究やマスコミに資金を提供し、東京で最も人気のあるショッピング街渋谷には巨大な電力博物館を開設した。

福島原発事故は発電所の事故という規模を超えて、日本の原発産業が根を張っているこの大きなシステム全体を揺るがしているのだ。

「原子力ムラ」という表現は、原子力の周辺に出来上がった日本の密閉したエリート層を指す。そこには東電の原子力部門だけでない、経済産業省の同部門職員も群がっている。さらには研究者、政治家、そしてジャーナリスト達もこのエリートクラブのメンバーなのだ。

◆わが国は文字通り洗脳を続けられてきた

反原発運動家の山口氏は幾度となくこの原子力ムラの壁にぶつかってきた。「彼らは身内意識が大変に強いのです。みんな東大の出身で、卒業後は東電か東電を検査する役目の役所に就職します。」そしてこれら産業と役所とはまた政治ともしっかり癒着している。東電幹部は自民党にとって重要な資金提供者である一方、電力業界の労働組合は菅首相の所属する民主党を支援しているという具合である。自民党も民主党もこれまで一度たりとも反原発路線を取ったことはない。

まるでロベルト・ユンク(Robert Jungk)が『原子力国家』の中で想像した恐怖の世界が具現化したようなものである。ユンクのこの本はかつてドイツの反原発運動家にとって必読の書であった。作品の中ではいかに危険を孕んだテクノロジーが(たとえ原発事故を起こさなくとも)民主主義を食い物にしていくかが描かれている。ブロックドルフ(注1)で放水車や警棒、”NATO鉄条網”の前に身をさらしたデモ参加者は、当時既に監視国家の恐怖を予感したものだった。

ユンクの想像はドイツでは実現せずに済んだけれども、日本では予言のごとく的中した。日本の迎合社会において形成された原子力産業、電力会社、政党、研究者達による神聖不可侵のサンクチュアリは民主主義をも脅かすことになったのだ。

原子力ムラの馴れ合い状態が原発事故の起こる土壌を培ったことは少なくとも確かである。東電は津波の最大規模を5,8メートルと想定した。この数値は日本のエンジニアグループによる委員会から参照したものである。しかしこの委員会のメンバー35人はすべて元電力会社社員かあるいはそのシンクタンク所属者なのであった。

電力会社から膨大な資金を享受しているマスコミの多くもまたカルテルの一員である。「日本のメディアは福島事故に対してまったく無責任です」と山口氏は告発する。事故は天災であると言うのだ。しかし事故の起こる条件を整えたのは日本国自身である。

◆福島事故にも関わらず強欲に続行される増設計画

地震列島日本ほど原発建設に不向きな国は世界に他にない。伝説によればこの島は世界の海の中の巨大な魚の背の上に乗っていて、この魚がときたま身をピクつかせるのだ。世界で三番目の原発大国としては関心できる条件ではない。日本を上回る原発保有国はアメリカとフランスのみである。

それにも関わらず事故が起こるまで日本はさらなる原発の増設に野心を燃やしていた。2030年までには電力の半分を原子力で賄う予定で、そのためにはさらに二桁の原発建設が計画されていた。

産業国家日本の成長期を襲ったオイルショックが日本に衝撃を与えたのだった。当時の政府は巨大原子力発電所の建設が国家の義務であると説き、それ以来日本の政治家は豊かな生活と原子力発電とを切っても切れないセットとして売り込んできた。

さらに日本政府は、エネルギー資源輸入に依存せずに済むことに魅惑されてプルトニウムにまで手を出した。燃料の使用量よりも生産量の上回る高速増殖炉の誘惑である。

世界の他の原発国家が大金がかかる上に危険に満ちたこの路線を見捨てたのに対して(ドイツ・カルカーに建設途中だった高速増殖炉は今では世界一カネのかかった遊園地と化している)日本は「もんじゅ」を完成稼働させ、1993年には本州北端の半島に核燃料再処理工場建設の礎石を据えたのだった。現在まで約1兆6千円の建設費用が投入された六ヶ所村の再処理工場は世界一高い産業施設であるが、これまで定期的に作動したことはない。

◆原子力エネルギーはカルト

「わが国は文字通り洗脳を続けられてきたのです」と話すのは保守政党である自民党に所属する衆議院議員河野太郎である。「原子力エネルギーは日本ではカルト信仰のようなものです。」48歳の河野氏は日本でも最も大きな政治家の家系の出身である。15年来の国会議員である彼は、独自の辛口発言で悪名が高い。原子力発電を告発する数少ない政治家なのだが、彼にそれを可能にするのは、全国でもトップクラスの得票率を誇っているからである。「そうでなければ反原発の立場を維持することなどできませんよ」と言って笑う。

「現在東電は津波の大きさが想定外であったと主張しています。けれども想定とは一体何ですか?」想定を行ったのはほとんど一人も地震・津波学者のいない電力ロビーに占められた委員会であった。「彼らが定めたのは津波の大きさはかくあるべきであると言う数値なのです。だからこそ事故の責任は東電にある。こんな簡単な話はないのです」と罵る河野。

東電の影響は研究者の実験室にまで及ぶ。多くの学者、中でも東大の学者と東電との馴れ合いは深い。それは東電が東大に何億円もの出資を行うことによって、シンクタンクや委員会の仲間を養っているからなのである。こうしたコネ作りの効果は現在に至るまで保持されている:東大の自然科学者で東電に対して批判的な発言を行ったものは今までのところ一人としてない。

◆何億円もかけたイメージづくり

「反原発論者は決して出世できない。教授にもなれなければ委員会に招聘されることも決してありません」と河野は言う。

それでもたまに馴れ合い委員会に対して一瞬疑問の発せられることもある。例えば5年前には地震学者の石橋克彦が日本の原発の耐震設計を見直すべきであることを指摘して委員会を辞任した。この時の委員19名中11名は電力ロビーストだった。委員会の出した結論は「非科学的なものだった」と石橋氏は嘆く。「日本の原発の設計基準を改善しない限り、日本は地震に伴って原発震災に見舞われる危険がある」とこの時既に石橋氏は警告していたのだ。

しかしこうした警告も日本のマスコミにはなかなか取り上げられない。何故ならば東電はマスコミも金漬けにしているからである。東電は原発のイメージづくりに年間何億円も掛けている。例えば東京の放送局TBSの『NEWS23』、フジテレビの『めざましテレビ』、テレビ朝日の『報道ステーション』などのニュース番組は、原子力産業の大きなケーキの分け前にあずかっている。

東電はまた嬉々としてジャーナリストを豪華旅行に招待した。福島第一原発が津波に襲われた日、東電の責任者は日本を留守にしていた。ちょうど中国の高給ホテルでジャーナリスト達と「研修」旅行を行っている最中だったのだ。

◆国民の怒りはジャマになるだけ

「わが国では、誰もが原子力を保有したがる理由を持つようなシステムが築かれてきたのです」と河野太郎は言う。そんな彼らにとっては厳格な検査官や批判的なジャーナリスト、怒りを現す国民はジャマ者に過ぎない。

警鐘は常に鳴らされてきたのだ。ただそれが結果を実らせることは一度もなかった。一番大きなスキャンダルは一人の落胆した社員の告発によって明るみに出たものだった。1989年日系アメリカ人のスガオカ・ケイ(注2)は、今日事故を起こしている福島第一原発の一号炉の点検作業を任された。彼はGE(General Electric)の社員だった。

スガオカ氏は蒸気乾燥機に、当時を振り返る彼の言葉を借りると”実に立派な”亀裂を発見したのだ。その上その装置は180度曲がって設置されていたことにも後に気づいた。スガオカ氏は上司に事実を報告して、彼の点検チームは数日間指示を待った。この待機期間も報酬はフルに支払われた。

検査チームが再び原発に呼び戻されたとき、上層部の意向は明らかに決定していた。スガオカ氏のGE社上司は検査ビデオから問題の亀裂の写っているシーンを消去するように命じたのだった。「私のチームは指示通りのことを行った」と彼は言う。「そして東電の社員も二人それを見ていました」。

しかしスガオカ氏には不満な思いが残った。彼は家に帰ると起こった事を書類に書きとめそれを保管した。1998年GEがスガオカ氏を解雇すると、彼は報復を考えた。2000年6月28日、彼は日本の原発監督官庁(旧通産省資源エネルギー庁)に手紙を送った。彼の体験した事実、彼の目にしたことをすべて報告したのである。他にも数通同様の手紙を書いた。

スガオカ氏の告発は日本を震撼させた。まもなく東電が安全点検報告をシステマチックに改竄してきたことが明らかになった。東電の社長の他幹部四人が辞任に追い込まれ、日本政府は17基の原発を一時停止させた。

また当時同時に明らかになったのは何人もの東電社員が監督官庁に原発の安全性に対する疑問を報告していたことである。しかし保安院のスポークスマンの一人によると、官庁は逆にそうした「密告者」の名を即座に東電に知らせていたのである。

このスキャンダルはしかし日本にそれ以上の変化はもたらさなかった。ただ現地の福島県で、佐藤栄佐久という人物が浮上した。当時福島県知事だった佐藤氏は紺色の背広にポケットチーフという姿に銀髪の波うつ立派な年配の紳士で、骨董とゴルフを愛し、反原発論者である。

◆誰一人東電を検査した者はなかった

佐藤栄佐久氏は、保安院が原子力ムラからの内部告発に対してさして注意もせずにふるまう様を見て、自らの手で事態に取り組む決意をした。2002年から2006年の間、21人のインサイダーが佐藤氏と個人的にコンタクトを取った。氏の協力者達が情報提供者と秘密裏に会見し、彼らの苦情を聞いては書類に書き留めた後、初めてそうした批判を保安院に報告した。

報告後も何も起こらない場合は、氏の部下がもう一度伺いを立てた。「誰一人東電を検査した者はなかったのです」と佐藤氏は言う。「本来は保安院の職務であるはずのことを福島県が代わって行ったわけです。問題の元凶は東電ではなく保安院にあったのです。彼らは内部告発に決して耳を貸そうとしませんでした。」

省庁や検査官庁と電力会社とは、言ってみれば利害関係がプログラミングされ得るほど癒着しているのだ。一大権力である通産省は東電を保護する使命を持っている。それは後進国に made in Japan の原子力を輸出することを目的にしているからである。そして本来この産業を監査しなければならないはずの保安院は通産省の傘下にあるのだ。

そのために検査は杜撰になるのだと、原子力エンジニアの飯田哲也氏は言う。氏はかつて核廃棄物用のキャニスターを製造した経験がある。駆け出しだった彼は当時大変なショックを受けた。「まだ二十歳そこそこの青二才の自分のすることが何の検査もなくすべて通されたのです。」

注1:1981年北ドイツのブロックドルフ原発建設に反対して10万人がデモを行ったことに対して1万人の警察隊が導入された。猛烈な反対運動にも関わらず建設は続行され、1986年チェルノブイリ事故後世界で最初に稼働された原発となった。

注2:筑紫哲也『シリーズ内部告発:東電のトラブル隠し』で詳細が報道されたことがあったのですね。それでも何も改善されることのないまま今日の事故を向かえてしまった日本って...。

◆産業界と官僚の人事癒着

原発作業員は検査官が来ると合図を送ることを飯田氏は二十年も前に体験した。合図を見た一人の作業員が大急ぎで熱交換器のひび割れをきれいに拭き去ってどこへともなく消えていく。やって来た検査官は芝居に気づきながら見て見ぬふりをする。「検査とは独自の茶番に過ぎないんです」と飯田氏。

産業界と官庁との人事癒着は特別な名で呼ばれるくらいに伝説的である:「アマクダリ」。「空から降りる」というこの言葉は、官僚が省庁での任期終了後即座に大企業の高給ポストに就く慣習を指す。

東電の副社長の座は何十年もの間天下り役人の予約席となってきた。石原武夫という名の通産省事務次官は「原子力政策のコーディネーター」とまで言われていた人物だが、1962年東電取締役に就任し、後に副社長になった。1980年には資源エネルギー庁長官増田実が東電に移り、同じコースを進んだ。1990年、1999年にもさらなる官僚が同様の道を進む。四月に共産党議員がこれは「指定席」を意味するのではないかと政府に質問したのに対して、スポークスマンの一人は「そう言わねばならないでしょう」と答えた。

しかし原発の現場にとってはこれは何も意味しない。現場で働いているほとんどの人間は下請け会社や下請けの下請け会社の社員、または日雇い労働者達なのだ。また特殊技術者も往々にして東電の社員ではなく、日立や東芝、または直接アメリカのジェネラレル・エレクトリック社(GE)と言った製造会社から来ている。

◆東電の技術者は無能な上に頭が高い

そしてこうした特殊技術者達はいかに東電のトップが自分達の原子炉に関して無知であるかを知っている。「東電の社員はたまに現場に顔を見せては我々にするべき仕事を指示する役人みたいなものだ」と長年福島原発で働いた下請け会社の佐藤つねやす氏は言う。

東電の技術者においては傲慢さと無能さが同居している。スガオカ氏が改竄事件を公表すると、東電側は自主検査によって原発に欠陥のあることは承知していたと応酬した。しかし東電の技術者達の原発に関する知識は十二分なものであり、そのために原発の安全を確信してたから政府に対して事態を報告しなかったのだと言うのだ。

それでいて東電も保安院もそうした見解から実のある効果を引き出すことはなかった。スキャンダルにも関わらず福島第一原発一号炉は10年の稼働期間延長を認可されたのだ。それだけではない。原発の定期検査も13ヶ月ごとから16ヶ月ごとに間引きされたのである。

「散々なスキャンダルの末東電の行き着いた先がこの結果です」とグリーン・アクションの反原発活動家アイリーン・美緒子・スミスさんは呆れる。「新しい基準を設けて、最後には定期検査の間引き。」

東電のスポークスマンに一度は反原発論者の提案を実行したことがあるのかどうか質問したところ、返ってきた答えは「ご質問の意味を理解しかねます」だった。

◆反原発運動家の扱い方

原発事故が起こった後ですら東電は引き続きジャーナリストを煙に巻き続けている。東電本社一階には何週間にも渡ってTV局や大新聞のレポーターが詰めている。彼らは記者会見でたいていいかにも正確であるかのようなデータを山ほど与えられる。しかし何百もの脈絡のないデータを記者にどうしろと言うのだろうか? しかもしばらくするとこれらのデータがすべて間違っていたと覆されてしまうのだ。

データに関しては東電社員達の舌は滑らかである。しかし責任問題がテーマとなると逃げの一途である。「天下り?」「政党への献金?」「研究者の費用負担?」と言った質問に対して返ってくる東電の答えは常に同じである:「ノーコメント」

それでも気に入らないテーマについての報道が行われると東電がいかに神経質に反応するかを語るのはテレビジャーナリストの上杉隆である。上杉氏は日本で人気のテレビ・ラジオアナウンサーである。彼の番組は政治をテーマにしていながら楽しい雰囲気を持つ。43歳の気さくなゴルフ好きで、福島原発事故が起こるまでは原子力にはさして関心はなかった。

ただ大新聞に所属する同僚のジャーナリスト達に対しては以前から一家言持っていた。彼らはただ取材した省庁のPRを行っているだけではないかと上杉氏には思えてしかたないのだ。福島原発事故後、何が原子炉で起こっているのかを知るために上杉氏も東電本社のロビーに詰めた。

3月15日午後一時、TBS(Tokyo Broadcasting System)の生放送に出演している最中だった。彼は3号炉から放射能が漏れている疑いがあり、海外でもその事実が報道されていることを語った。「実際には明らかな事実ですね」と。放送後彼は上司に番組を降板になったことを伝えられた。それ以来上杉氏はTBSに出演することはなくなった。TBSの番組編集部はすでに以前からこの番組から上杉氏を降ろすつもりであったと弁明し、東電からの圧力を否定した。

上杉氏自身はしかしこの言い分を信じていない。何よりもその後別のテレビ番組ともトラブルが生じたからである。「朝日ニューススター」では、上杉氏が番組に反原発論者をゲストに招いた直後東電からのスポンサリングが引き上げられたのだ。こちらの放送局の言い分はどちらにしろ電力会社のスポンサーを終了させたかったのだというものだ。また東電のスポークスマンは「上杉氏ほどのジャーナリストに圧力をかけることなど考えられない」と主張している。

◆不都合な事実を暴いたり報道したりする者は制裁を受ける

一方で日本政府はインターネットのプロバイダーに福島に関する「不確かな情報」をインターネット上から削除するように求めた。国民がいたずらに不安を感じてはならないという理由からである。「エジプトや中国よりもひどい」と上杉氏。「公序良俗に反する」ものはすべて削除せよという要請である。

原発批判者ロベルト・ユンクは原子力産業の反原発論者への対応に関して一章を割いている。「制裁を受ける者たち」というタイトルである。

制裁を受ける者、それは東電の不都合な事実を告発するインサイダーやそれを報道する上杉隆のようなジャーナリストである。

そしてあの立派な元福島県知事佐藤栄佐久氏もそうした犠牲者の一人だと言われている。佐藤氏は原子力産業という権力に対抗することを試み、他の県知事と連携して反原発の枢軸を築こうとしていたのだ。

ローカルな政治家に過ぎない佐藤氏が、世界中から専門家を福島県に招いて新しいエネルギー政策の試作に努めた。彼は日本で最も影響力のある反原発論者だったかもしれない。2006年に突然彼の政治家生命が断たれてしまうまでは。

彼は収賄容疑で逮捕されたのだ。容疑によれば彼は弟とともに法外な土地買収料金を同県内の建設会社から取得していたという。

法廷で佐藤氏は有罪の判決を受け、二審では刑は軽減されたものの判決は覆されなかった。佐藤氏は現在最高裁で無罪を主張して闘い続けている。

東京のある元検察は、佐藤氏の弟が土地買収で利益を受けた事実はまったくないと言う。そして佐藤氏に有罪判決を下した検察自身が、目下懲役18ヶ月の判決を受けているのだ。彼は別の捜査で容疑を受けている高級官僚の証拠物件を改竄していたのだ。

佐藤栄佐久のような原発批判者は逮捕されたけれども、今回の原発事故の責任者は誰が逮捕するのだろう? 菅首相が先週の水曜日に行った説明はそれでも少しは希望を抱かせるものだった。首相は監督官庁の解体、電力会社の地方独占を廃止しエネルギー政策をゼロから見直すことを宣言したのだ。

しかしグリーン・アクションの活動家アイリーン・美緒子・スミスさんはこの手の約束を信用しない。こうした危機に際しての日本の常套手段を今から危惧している。「事故を検査する目的の新しい委員会が編成され、しかしそこに名を連ねているのは今まで通りの面々なのです。」
(終)

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