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原発事故 静穏期の価値観からの転換

 05年、石橋克彦・神戸大学都市安全研究センター教授の国会での公聴会の発言は、今、読み返してみる価値がある。
 「非常に重要なことは、敗戦後の目覚ましい復興、それに引き続きます高度経済成長…高度化、高度に集中した都市が発展した、…大地震活動の静穏期に合致していた」と現代の日本社会が大震災の先例をうけずに築かれたとし、活動期に入った今、「人類がまだ見たこともないような、体験したこともないような震災が生ずる可能性が非常にある」「原発震災とでもいうべきものが将来起こり得る」と述べている。
静穏期の価値観を転換し、社会の有り様を、地震活動期の価値観で見直しことがもとめられている。

【衆・予算委員会公聴会  2005年02月23日 石橋克彦】

【衆・予算委員会公聴会  2005年02月23日 石橋克彦】

○石橋公述人 神戸大学都市安全研究センターの石橋と申します。よろしくお願いいたします。
 私は地震の研究をしておりますが、その立場から、迫りくる大地震活動期は未曾有の国難であるというテーマで、それを賢明に乗り切るためには、地震対策、地震防災対策というような技術的あるいは戦術的な対応では到底しのぎ切れなくて、私たちの国土あるいは社会経済システムというものの根本的な変革が必要ではないでしょうかという意見を述べさせていただきたいと思います。
 日本列島の大地震の起こり方には、活動期と静穏期というのが認められます。これは地学的、物理的に根拠のあることであります。非常に重要なことは、敗戦後の目覚ましい復興、それに引き続きます高度経済成長、さらには、人類史上まれに見る技術革新の波に乗って都市が非常に利便性を高めた、高度化、高度に集中した都市が発展した、それで日本の現在の繁栄がつくられたという、これは、たまたまめぐり合わせた日本列島の大地震活動の静穏期に合致していたということであります。つまり、大地震に洗礼されることなく現代日本の国土や社会というのはでき上がっているのでありまして、基本的に地震に脆弱な面を持っております。
 ところが、現在、日本列島はほぼ全域で大地震の活動期に入りつつあるということは、ほとんどの地震学者が共通に考えております。ということは、非常に複雑高度に文明化された国土と社会が言ってみれば人類史上初めて大地震に直撃される、それも決して一つではない、何回か大地震に襲われる、そういうことであります。したがいまして、これは大げさでなくて、人類がまだ見たこともないような、体験したこともないような震災が生ずる可能性が非常にあると思っております。
 地震という言葉と震災という言葉が普通ごっちゃに使われておりますけれども、私が地震と言っておりますのは地下の現象です。地下で岩石が破壊する、これが地震であります。これは自然現象でありまして、よくも悪くもない、日本列島の大自然として淡々と起こっている。我々が日本列島に住むはるか前から地震はそうやって起こっているわけです。

 震災というのは、それに対しまして社会現象であります。地震の激しい揺れに見舞われたところに、我々の社会あるいは文明があるときに生ずる社会の災害でありまして、社会現象だと思います。
 将来、具体的にどういう震災が起こるだろうかと考えてみますと、言ってみれば、広域複合大震災とでもいうべきもの、それから長周期震災、超高層ビル震災とかオイルタンク震災とでもいうべきもの、それからもう

一つ、原発震災とでもいうべきものが将来起こり得ると私は考えております。
 それぞれがどういうものかは、近未来の日本列島の地震情勢に即してもう少し御説明したいと思います。
 近未来の日本列島の地震情勢を簡単に言いますと、駿河湾から御前崎沖、遠州灘あたりの非常に広い範囲の地下ですぐ起こってもおかしくないと思われているのが東海巨大地震であります。その西、熊野灘では東南海地震、それから、紀伊水道、四国沖では南海地震という巨大地震がもうそろそろ射程距離に入ってきた。今世紀の半ばごろまでにはほぼ確実に起こるであろうと考えられています。二年ぐらい前ですか、特別措置法もできたわけです。東海地震に関しては、一九七八年に既に大規模地震対策特別措置法ができております。
 場合によりますと、すぐ起こってもおかしくないと思われている東海地震が少し先送りされて、つまり、大地が頑張ってしまってすぐには起こらないで、東南海地震と一緒に、一八五四年に安政東海地震という非常な巨大地震がありましたが、そういうものが起こるかもしれない。その場合には、引き続いて南海地震が起こるかもしれない。一八五四年の場合には、十二月の二十三日に東海地震がありまして、翌日二十四日、わずか三十時間を隔てて南海巨大地震が起こりました。それから、一七〇七年にはこの両者が同時に起こりました。そういうことも今世紀半ばにあるかもしれません。

 一方、首都圏に目を移しますと、首都圏直下の大地震は、これはマグニチュード七クラスの大地震と思われていますが、これは幾つか地下の候補地がありまして、これもいつ起こっても不思議ではないと考えられております。中央防災会議が昨年の十二月に被害想定を発表したところであります。
 しかし、過去の例で言いますと、一八五四年の場合には、安政東海・南海巨大地震が起こったその翌年、一八五五年に安政江戸地震という直下地震が起こって、江戸に大変な被害をもたらしています。将来もそういうことがあり得ると思います。つまり、東海地震が起こってじきに、その年か翌年か二、三年後かわかりませんけれども、首都圏直下で大地震が起こる、そういうこともあり得ると思います。
 さらに、こういう東海・南海巨大地震に先立つ数十年間、内陸でも大地震が幾つか起こる。既に、神戸の地震、それから昨年の新潟県中越地震はこういうものの仲間であっただろうと考えられております。
 その震災、災害の方でありますけれども、東海地震が起こりますと、もし一八五四年と同じような、駿河湾の奥から熊野灘ぐらいまでの地下で非常に広大な断層面が破壊するという巨大地震が起こりますと、まず、阪神大震災と中越震災があちこちで、随所で同時多発するというようなことが起こります。つまり、沼津、三島あたりから尾鷲ぐらいまでの各都市で都市型の震災が起こるわけです。
 それと同時に、山地でも山地災害が起こる。内陸、甲府盆地とか諏訪湖の周辺とか、場合によったら北陸とか、そういうところも非常に激しく揺れまして、そういうところでも激しい災害が生ずると考えられます。
 さらに、この場合には大津波が生ずるわけです。房総半島から尾鷲のあたりまでは大津波です。特に相模湾から尾鷲のあたりまでは非常な大津波で、海岸の地形や何かによっては、あのインド洋の大津波に匹敵するようなことが起こる場所もあるかもしれません。というわけで、これらは広域複合大震災と言ってもいいものだと思います。

 二番目に、巨大地震というものが起こりますと、これは地下で地震の波を出す領域が非常に大きいために、非常にゆったり大きく揺れる長周期の地震波というものを放出します。これはもう物理的に必ず放出します。それが少し離れたところへ伝わると、例えば東京湾の地下構造、伊勢湾の地下構造、それから大阪湾の地下構造、そういうことの影響でさらにそのゆったりした揺れが増幅されて、さらに、その受け皿の関東平野、濃尾平野、大阪平野、そういうところが、ゆっくりとですけれども、非常に激しく大きく揺れます。これを長周期の強震動、強い震動と言います。これは、超高層ビルや大規模なオイルタンクやそれから長大橋、そういうものに大きな影響を与えます。
 超高層ビルが最近の都市再生というような政策によってどんどん建てられておりますけれども、最近の超高層ビルは、制震装置というようなものを備えて揺れを抑えると言われていますけれども、まだ実際の長周期強震動に洗礼されたことはありません。ですから万全かどうかわかりません。まして、例えばバブル期にコストを切り詰めて建てられた超高層マンションなんというのはかなり危険性が高いと思います。
 最近シミュレーションなんかも行われていますが、上の方の階は非常に予想外に大きく揺れまして、家具の滑動、ピアノとか家具とか大きなテレビとかがもうすっと滑って、思いがけなく上に住んでいる人を押しつぶすというようなことで、人的被害も起こり得ます。さらには、致命的な構造的な被害も生ずるでしょうし、また、設備がやられますので、エレベーターが動かない、水が出ない、トイレが使えないということで、上に人は住んでいられない。
 ですから、超高層マンションや何かが林立して、非常に都市空間が有効に活用されていると思っていても、その地震の場合には、結局、住民は全部下へおりてきて、ブルーテントを張って地べたで避難しなければならないということが起こり得ます。さらには、その構造物自体が損傷するかもしれない。
 また、石油コンビナートのオイルタンクなんかも、その長周期の揺れによってオイル火災を起こす。これは、おととしの九月二十六日の十勝沖地震のときに、苫小牧でオイルタンクの火災が発生して俄然問題になりましたけれども、こういうことが起こることはもうずっと前からわかっていることであります。
 これが、超高層ビル震災とかオイルタンク震災と言ってもいいような長周期震災であります。オイルタンクの火災、コンビナートの火災は、火のついた油を乗っけた海水が津波によって市街地に遡上して、市街地に延焼火災を誘発するというようなことも起こるかもしれません。

 三番目の原発震災ということでありますが、これは私が一九九七年につくった言葉ですけれども、東海地震の場合、東海地震の予想震源域という、地下で地震波を放出すると考えられている領域の真上に中部電力の浜岡原子力発電所がありまして、ことしになって五号機が動き始めました。既に四号、大分年を経た四号までも動いているわけです。
 日本の場合五十三基の原子炉が今ありますが、地震には絶対安全だということになっております。それから中部電力も、浜岡の原発は東海地震には絶対耐えられるとおっしゃるわけですけれども、地震学的に見ますと、いろいろ疑問点はあります。想定の地震、あるいは地震の揺れがまだ不十分なのではないかというようなことです。
 アメリカでは、地震というのは原子力発電所にとって一番恐ろしい外的要因であるというふうに考えられています。といいますのは、普通、原発の事故というのは単一要因故障といって、どこか一つが壊れる、その場合は多重防護システムあるいはバックアップシステム、安全装置が働いて大丈夫なようになるというふうにつくられているわけですけれども、地震の場合は複数の要因の故障といって、いろいろなところが震動でやられるわけですから、それらが複合して、多重防護システムが働かなくなるとか安全装置が働かなくなるとかで、それが最悪の場合には、いわゆるシビアアクシデント、過酷事故という、炉心溶融とか核暴走とかいうことにつながりかねないわけであります。
 浜岡原子力発電所も、六百ガルという強い地震の揺れに耐え得るから絶対大丈夫だと中部電力は言っておりましたけれども、ことしの一月二十八日には社長さんが記者会見されまして、念のために千ガルという揺れまで耐えるように耐震補強工事をしますということになりました。ですから、どこまで丈夫にしたら大丈夫なのかということははっきりしているわけではございません。

 万々が一、ここで東海地震によって浜岡原発が大事故を起こしまして、大量の核分裂生成物、炉心にたまっている核分裂生成物が外部に放出されますと、これは、例えば浜岡の三号機が百十万キロワットの発電能力を持っていますけれども、そういう原子炉を一年間運転すると、広島型原爆七百発から千発分ぐらいのいわゆる死の灰が炉心にたまると言われております。そういうものの何%か何十%か、事故によって随分違いますけれども、そういうものが放出されますと、要するにチェルノブイリの原発事故のようなことが起こる。それで、近くに住んでいる住民は急性放射線障害、放射能障害によってすぐ死ぬ。それからやや離れたところでも、パーセンテージが減っていくだけで、そういうことが起こる。

 さらに、放射能雲、死の灰の雲が、御前崎の場合は南西の風が吹いていることが多いんですけれども、その場合には、清水、静岡、沼津、三島、そういうところを通って箱根の山を越えて、神奈川県、それで首都圏にも流れてくる。これは気象条件、風の速さなんかによりますけれども、十二時間ぐらいすると首都圏にもやってくる。それで、雨が降ったりしますと、放射能がその雨粒について降ってくるわけです。
 私が原発震災といいますのは決して地震による原発の事故という単純な意味ではありませんで、仮に、東海地震によって新幹線が脱線、転覆するとか、建物がいっぱい倒れる、燃える、そういうことで一万人の方が亡くなるとします。地震ではないときに、平常時に仮に、万一浜岡で大事故が起こったときに、放射能で近隣住民が千人死ぬとします。それが同時に起こったら、では死者は一万一千人かというと、決してそうではないわけですね。
 放射能から避難しようと思っても、地震の被害で、津波や液状化で道路、橋はずたずた、建物はたくさん倒れて、道路をふさいでいるということで、逃げようにも逃げられない。浜岡の原発事故に対処しようと思っても対処できない。一方、新幹線が脱線、転覆して閉じ込められている、あるいは無数の家屋が倒壊してその中に、まだ生きているけれども閉じ込められている。そういう人たちを、ふだんであれば、まさに神戸のときのように、あのときはちょっと時間がおくれてしまったわけですけれども、それこそ自衛隊やボランティアが駆けつけて救出するということができるわけですけれども、非常に強い放射能があるわけです、襲ってくるわけですから、恐らくそれはできない。まあ、どうなるかわかりません、決死隊が行くのか何かわかりませんけれども。通常の震災による生き埋めの人、救出できる人がかなり見殺しになるんではないか。そうすると、死者が数万人にも十万人にも及ぶわけです。そういうことが東海地方で起こりかねない。

 さらに、東京に目を移しますと、やや長周期の震動で超高層ビルや何かが被害を受けて、大勢の人がブルーテントで地面に避難しているというような、そこへ放射能雲がやってくるわけです。気象条件によっては、かなり東京でも放射能レベルが高いものがやってきます。そういう場合、本来、人々は密閉された建物の中に避難すべきなんでありますが、怖くて避難できないですし、避難していても水も何もないから暮らせないということで、これは大変なことになります。
 それで、大体東京あたり、もっと遠くまで長期避難しなければなりません。急性死亡はしませんけれども、そこにとどまっておりますと体外被曝、体内被曝というものを受けて、長年のうちにはがんで死ぬおそれがある、また子孫に遺伝的な影響を与えるということで、避難しなければいけません。しかし、この膨大な首都圏の人間がどうやって避難するのか。それは大変なことであります。
 そういう首都圏を、例えば翌年、今度東京直下地震が襲う。そうすると、放射能のために本格的な修理もできないでいた、壊れた、損傷した超高層ビルなんというのが、非常なダメージを受けて弱くなっていますから、これが轟音を立てて崩れるというようなことが起こるかもしれない。というわけで、さらに災害は増幅される。そもそも東京は放棄せざるを得ない。首都を喪失するわけです。そこに至るまでの静岡県や神奈川県という国土も、もう長年人が住めない、土地が喪失、国土が喪失される。そもそも水源が汚染されますから水が飲めない、人は暮らせないということになります。これは日本の衰亡に至るであろう。

 大体、東海地震が起こった途端に、世界の国債市場で日本の国債が暴落するとかで、世界経済は混乱しますし大変なことだと思いますが、この原発震災が起これば、これはもう本当に、物理的にも社会的にも日本の衰亡に至りかねないと思うわけです。

 こういうことがすべて同時に起こりますと本当に大変なわけで、これにどう対処したらいいか。これはもう地震防災対策というようなことではしのぎ切れない。中央防災会議が平成十五年の五月に東海地震対策大綱というものを立てまして、例えば、事前に自衛隊がどこへどこの部隊を投入するというような計画をきちんと立てておいて、それに従って、発災した場合の対応を決めるということをやりましたけれども、この浜岡原発震災が起これば、そういうものは吹き飛んでしまうわけです。

 結局、私は、現在の日本の国土とか社会の情勢、非常に地震に弱くなっていて、例えば地方の小さな山村とか地方都市も、地震に襲われたとき、本来はそこが自立して完結して震災後の対応をしなければいけないんですけれども、そういうことができないような状況になっている。ということで、私たちの暮らし方の根本的な変革が必要ではないかと考えています。これは、決して地震とか自然災害に対して受け身、消極的にやむを得ずやるのではなくて、これ以外のあらゆる問題に通じると思います。現在、日本でも世界でも二十一世紀の非常に大きな問題でありますエネルギー、食糧、あるいは廃棄物、環境、そういった問題にすべて通じることである。私の前のお話の地方分権にも通じることだと思います。

 そもそも、日本列島にいる限り、地震と共存する文化というものを確立しなければならない。つまり、従来は自然と対決する文明で、それに対して最新技術でもってバックアップしようという考え方でしたけれども、自然の摂理に逆らわない文明というものを我々はつくっていかなければならないと思います。
 要するに、開発の論理、あるいは効率、集積、利便性の論理、それから東京一極集中、都市集中の論理、そういうものをやはり見直して、保全とか小規模、多極分散、安全と落ちつき、地方自立、国土の自然力と農山漁村の回復といったようなことをキーワードにして根本的な変革が必要であると、地震災害を考えると私は強く思います。

 なお、原子力発電所に関しては、これはいろいろなほかの問題もあるわけですけれども、本当に危険でありまして、浜岡だけではありません。例えば若狭湾に十三基の商業用原発がありますけれども、ここも地震の危険性は高いところであります。そういうことからして、全国の原子力発電所の原発震災のリスクというものをきちんと評価して、その危険度の高いものから順に、段階的に縮小する。必然的に古いものが縮小されることになると思いますので、そういうことを考えない限り、大変なことが起こって、世界が一斉に救援に来てくれて、同情してくれるでしょうけれども、逆に世界じゅうから厳しい非難を浴びるということにもなりかねないわけで、こういうことを急いでやることは日本の責務だろうと思います。

 以上です。どうもありがとうございました。(拍手)


○石橋公述人 お答えいたします。

 活動期でありますけれども、日本列島は狭いですけれども、場所によって、地震の発生のメカニズムといいますか、地震の舞台が少しずつ違っておりまして、私の本まで言及していただいて大変恐縮ですが、次の南関東の巨大地震まで活動期が続くというのは、一応、首都圏あるいは南関東のことであります。
 これは、細かいことはちょっと説明を省略させていただきますけれども、一八五五年から一九二三年まではちょうど、南関東の巨大地震は大体二、三百年ごとに繰り返すんですけれども、それを地学的に三分の一ずつに分けることができまして、あのときは最後の三分の一が活動期でした。将来はむしろ後の方の三分の二ぐらい活動期として続くのではないかと思っておりまして、そういう意味では二十二世紀まで続く、そのかわり活動の密度は低いかもしれません。
 一方、西日本の方に目を向けますと、今世紀半ばに南海、東海南海地震が起こるのはほぼ確実、これはプレートの運動から考えても確実なんですが、多くの地震学者がそう思っています。西南日本に関しては、一応それが起これば静穏期に入ると思います。
 ということでありまして、日本じゅう、あと百年も大変なことになるかどうかはわかりません。そうではないと思います。


○石橋公述人 お答えいたします。

 まさにおっしゃるとおりのことを私考えておりまして、今は、ある意味で、都市が大震災を受けて犠牲者が何万人も出るのはもう当然のことというかやむを得ないという前提のもとで、起こったときに、ではハイテクを駆使して、人工衛星からその被害状況を見るとか、地震計をいっぱいばらまいておいて揺れが集中した場所を事前によくわかって、それでそこへ救援隊を投入するとか、何かそういうスターウオーズみたいな感じのことでやっていこうとしているわけですけれども、そもそも、まず犠牲者を出さない、それから家をなるべくつぶれさせない、燃えさせない、そういうことが肝心であることは言うまでもないわけであります。
 そういう意味で、十分御説明申し上げないとちょっと飛躍しているようにお感じになるかもしれませんけれども、結局、基礎体力をつけるといいますか、大地震に襲われても被害がなるべく少なくなる、それから、震災に見舞われたときにそれぞれの地域が、同時多発型の場合は特にでありますけれども、それぞれの被災地が自己完結型にその後の長い被災の期間を乗り切れるように、つまり、外から応援してもらわなければやっていけないというのではない状態にしなければいけないということで、非常に飛躍して申しますれば、地震対策の根本は、ハイテクを駆使した防災技術にあるのではなくて、地方分権であるとか、私素人でありますけれども、例えば道州制であるとか、至るところにこれだけのそれぞれ個性のある大地震が起こる国でありますので、幾つかの地方が独立してやっていけるような仕組みにするということが究極的な地震対策になると私は考えております。

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