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復興に「憲法理念を」「生存権の強化を」 地方社説

 憲法記念日の地方紙の社説。国難と言える大震災にあたり、あらためて社会権を明確に規定した日本国憲法の先駆性と重みを感じる。この憲法を、国をしばるものから、国民の自己責任を軸にしたものに変質させる自民党や民主党、財界の改憲論とたたかい、復興にあたり、その内実を充実させること、また『生存権』を脅かしてきた『構造改革路線』との決別すること・・・その「不断の努力」(12条)が問われている。
 地方紙の社説はがんばっている。紹介したい。
【震災と憲法 生存権をより強固に  信濃毎日】
【憲法記念日/「国難」へその理念を今こそ 福島民友新聞】
【希望への道しるべとして 憲法記念日 北海道新聞】
【東日本大震災 憲法記念日/理念を被災者支援のために 河北新報】
【憲法記念日 日本再生の基本理念に  高知新聞】

 大手新聞は、私権の制限をどうするか、という話(産経、朝日)で、毎日が少し「生存権」「幸福追求権」という言葉にふれているが、まったくお粗末な内容。地方紙の視点が光っている。

 なお、福祉などの基準を地方任せにし、国の責任を後退させる「地方分権改革」「地域主権改革」は、「生存権」を弱体化させるものである。あらためて「震災」と「生存権」という視点から、問い直す必要がある。

【震災と憲法 生存権をより強固に 5月3日(火)  信濃毎日】

 東日本大震災の被害は阪神大震災を大きく上回り、戦後最大の自然災害となった。福島第1原発の事故が絡む「複合災害」ともなったことで、全容がつかめるのはいつの日になるのか、見通しもつかない。
 3月11日以降、多くの日本人の暮らしが一変した。津波は掛け替えのない命や大切な物を瞬く間に奪い去り、原発が放出する放射性物質が恐怖を与えている。
 不条理、無情、無慈悲…。どんな言葉で表現しても、し尽くせない衝撃である。大きな余震や誘発地震も続いており、日本中を不安にさせている。けれど、立ち止まっているわけにはいかない。

<被災を乗り越える>
 私たちには、被災地の復興に全力を注ぎながら、傷ついた日本を前へ進める仕事が課せられた。未曽有の被災経験を生かし、安心して暮らしていける社会を、国をつくらねばならない。
 何を道しるべにするか。憲法である。被災者のために、将来の日本のために、今こそ日本人の血肉にしなくては、と考えさせられる条文が幾つもある。
 とりわけ25条だ。「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」と1項にある。生存権の保障である。
 高齢化や格差社会の進行、景気の低迷で、生活保護を中心とした既存のセーフティーネット(安全網)では不十分との声は以前から高まっていた。
 そこに今回の震災である。被災地があまりに広く、その傷痕はあまりに深い。
 支援の手が届くようになったとはいっても、住み慣れた家を津波で流され、勤め先まで失った人が多い。復興が進んでも生活に窮する人はかなり増えそうだ。

<新たな安全網を>
 今も10万人以上が避難所暮らしを強いられ、心身への負担はますます重くなっている。生き延びた命を再び危険にさらすことは許されない。安全網の本格的な見直しが急がれる事態だ。
 ポイントは多岐にわたる課題に対応できるかだ。生活に困っている人に資金を提供すると同時に、住宅や仕事探しといった生活に直結する問題を解決し、心身の健康維持にも気を配るなど、網の目を細かくすることが必要だ。
 個々の問題に耳を傾け、それぞれに対応する-。弱い立場に置かれた人を丸ごと包み込む新たなネットを構築しなくてはならない。
 菅直人首相は後手後手の震災対応をめぐって批判されながらも、続投に意欲を示している。批判をはね返す気があるのなら、25条の精神を反映した新たな安全網の青写真を見せてほしい。政治にはその責任がある。
 25条の2項は「国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない」と定めている。
 政治や行政は国民の暮らしに目を配り、必要な施策を実現する不断の努力が求められる。被災者の支援と被災地の復興はその試金石になる。これからの社会にも通用する安全網づくりのきっかけとしなくてはならない。
 私たちもそのための負担の仕方について真剣に向き合い、考える時期に来ている。
 肝心なことがある。生存権をより強固なものにするには、安全で安心な社会が大前提になるということだ。平和な社会の実現と言い換えてもいいだろう。
 今回の原発事故で、安全の一点張りだった日本の原子力政策や産業は一気に信頼を失った。その影響は深刻さを増している。
 原発の現場で働いている人は命の危険と隣り合わせで、過酷な労働を続けている。
 原発が放出している放射性物質は大気や海や土壌を汚染し、周辺の人々は避難を余儀なくされた。育ち盛りの子どもたちの健康が危ぶまれ、風評被害で生活に打撃を受けた人も多い。
 汚染の除去にはかなり長い時間がかかる見通しで、原発事故だけでも広範囲で生存権が脅かされている状況だ。
 事故収束の明確な見通しが立たないこと自体、国や電力会社が安心と安全をおろそかにしてきた結果である。その付けは不安定な日本経済に重くのしかかる。
 コストや効率を優先してきた社会の負の面が表に噴き出したと言ってもいい。この事実を謙虚に受け止め、政治も経済も国民の安心と安全を第一とする考え方を何よりも優先するべきだ。

<色あせぬ決意>
 「日本国民は、恒久の平和を念願し…平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」
 憲法の前文にある64年前の決意は少しも色あせていない。
 日本が直面した戦後最大の危機を克服するには、国民の側からも生存権の重さを自覚し、確かなものにするために動くことが出発点となる。憲法をかみしめながら決意を新たにしたい。

【憲法記念日/「国難」へその理念を今こそ 福島民友新聞】

 「(略)われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する(略)」。日本国憲法の前文の後段にはこういう記載がある。
 巨大な地震と津波、さらにはかつて経験したことのない原発事故に見舞われ、多くの県民が犠牲となり、また古里を追われた生活を強いられている。
 平和国家の建設を目指して憲法は1947(昭和22)年5月3日に施行され64年目を迎えたが、その原理、理念に基づいた被災者、避難者の救援・救済、被災地の復旧・復興のありようがまさに今、問われている。
 前文を受けた第25条の①には「すべての国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」とあり、生存権を保障している。
 大震災から2カ月近くになろうとしている中、現在でも8万人以上の県民が避難生活を送っている。
 原発が危機的状況に陥って出された避難指示により、着の身着のままで住み慣れた所を後にし体育館などの施設に集団で身を寄せている人たちに、この25条の①が保障されているとは言い難い。
 放射性物質の飛散、拡散により新たに設定された計画的避難区域の住民も、「最低限度の生活」を確保するために仮の住居をどこにするかなど間近に迫る避難に向けて思い悩む日が続く。
 一日も早い建設が求められる仮設住宅については、お盆の8月中旬までに全員の入居を完了させると首相が明言したにもかかわらず、翌日には確固とした裏付けがあったわけではないことを事実上認めた。
 建設の実務を担う自治体の中からは「物理的に無理」との声が上がっていた。首相の発言は他のどの政治家よりも重い。避難者や自治体をこれ以上惑わせてはならない。
 第25条の②には「国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない」とあり、福祉や医療などでの国の責務を規定している。
 当然この中では、平時の国民生活だけでなく災害時の救援も含まれている。社会的弱者といわれる子どもや高齢者、障害者、傷病者らには特段の配慮が必要となる。
 国が負うこの責務が、さまざまな困難に直面している住民に対して果たされているかを見定めなければならない。
 財産権や勤労、教育を受ける権利も脅かされ、個人の尊厳が冒されかねない状況も今回の大震災と原発事故は生んでいる。
 未曽有の「国難」だからこそ、国は憲法という基本原理に照らして、課される使命を確実に履行していくことを求められている。


【希望への道しるべとして 憲法記念日 北海道新聞】

 地震、津波、原発事故で未曽有の被害を受け、だれもがこの国の未来に不安を募らせている。
 大震災から間もなく2カ月、被災地にも遅い春がやってきた。だが今も約13万人が避難所や損壊した住居で途方にくれる日々を送っている。
 家族の明日は、失った仕事は。壊滅したまちや村に戻れるのか-。
 危機のときだからこそ安心と希望の道しるべがほしい。「いのちを守る」。それは憲法の原点である。
 災害は地域格差やエネルギーの浪費という社会矛盾もあぶり出した。
 きょうは憲法記念日だ。「個人が尊重され、平和のなかで生きる」。憲法の理念を土台に、日本社会を再生させなければならない。

*新たな絆が生まれた
 経験したことのない大災害の傷痕は容易に癒えることがない。それでも惨禍の最中にあって、社会に新たな絆が生まれている。
 「失ったものが大きいほど、人の温かな気持ちがうれしい」
 そんな言葉が被災した東北の各地から聞こえてくる。
 避難所では見ず知らずの人たちが給仕や掃除の当番を決め、互いに助け合った。住宅を流された家族を近所の人が自宅に受け入れ、ランプの明かりで共同生活を始めた。
 北海道や全国からボランティアが駆け付けた。「家族のアルバムが出てきて喜ばれた。東北にも同じ暮らしがある。都会では無関心だった他人の生活やコミュニティーのことを初めて考えた」。友人と被災家屋の泥かきをした千葉県の大学生、會田博志さん(28)の言葉だ。
 現地ではいまだに十分な物資が行き渡らず、食事はおにぎりと菓子パンの避難所もある。原発事故で住み慣れた古里を追われた人たちの辛苦と悲しみはどれほどか。
 被災者を支え、助け合いたい。あまりの被害の大きさにたじろぎ、無力感に陥ることもあるだろう。
 しかし被災地の人々も、災難を免れた人々も、ともにこの日本社会で生きていく。災害から教訓を学び、困難を一つ一つ乗り越え、明日を開く。それが私たちの務めだ。
 米国の作家レベッカ・ソルニットは、米南部を襲ったハリケーン・カトリーナ(2005年)など大災害に見舞われた人々の相互扶助を考察して、「災害は、世の中がどんなふうに変われるかを浮き彫りにする」(「災害ユートピア」)と書いた。
 社会が本来備えているべき共同体の力や政府の能力、経済のあり方までが試されるという指摘だ。
 日本社会は、戦後最大の災害を機にどう変われるのか。問われるのは私たちの生き方と民主主義だ。

*「生存権」の実現こそ
 指針としたいのは憲法の理念である。前文は「全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する」とうたっている。
 平和的生存権の宣言だ。
 その具体化が第9条の戦争放棄と第25条の生存権であり、平和のうちに生きる権利こそが憲法の柱だ。
 しかしながら、震災後の現実を見れば憲法が掲げる人権や社会の姿からかけ離れている。
 プライバシーもない避難所での不自由な生活は第13条がいう「個人の尊重と幸福の追求」からほど遠い。原発事故で避難を余儀なくされ、慣れない土地で暮らす人々は「居住の自由」(第22条)も実現できない。
 復興は長期に及ぶ。原発の危機はなお進行中であり予断を許さない。被災地も、それを支える国民も、手探りの状態が続かざるを得まい。だがあきらめるわけにはいかない。
 再生への主役は国民であり、憲法が保障する自由や権利は国民自身が「不断の努力によって保持しなければならない」(第12条)。そして国民生活を最優先に、生命と財産を保護することが政府の使命である。

*社会のつくり直しへ
 震災前の東北は農水産物の豊かな供給地でありながら、高齢化と過疎化で展望が描けなかった。医療費の削減が暮らしの安心を脅かし、若者は仕事を求めて都会に去った。
 震災前のこうした状況への反省がないままに政治が復興策を主導するなら、これまでの格差や不平等をさらに拡大させかねない。人口と産業の中枢を東京に集中させて中央と地方の分断を生み、原発を過疎地に押しつけた愚を繰り返すだろう。
 経済の効率だけを追い求めるやり方を転換し、人々の連帯と地域のコミュニティーを基礎とした「共生」のビジョンを目指したい。
 政治はその枠組みを保障し、社会の根本的な平等と公正さの回復に努めなければならない。
 自民党内には今回の震災を受け、緊急時に国民の権利を制限する非常事態条項を盛り込もうとする動きもあるが、非常時に名を借りて人権を制限する論議は本末転倒だ。
 憲法の基本的人権は現在だけでなく将来の国民にも保障される「永久の権利」(第97条)である。未来への視線を忘れず、希望への第一歩を踏み出すことが私たちの責任だ。


【東日本大震災 憲法記念日/理念を被災者支援のために 河北新報】

 憲法施行から3日で64年。その理念はどれだけ定着しているだろうか。東日本大震災を受けた復旧、復興への国の取り組みが、その度合いを測る試金石となる。
 「人間一人一人が掛け替えのない存在として大切にされ、基本的人権が守られた社会」。憲法が大づかみに指し示す社会の姿であり、権力を委ねられた国と主権者・国民との間の、実現に向けた「約束」でもある。
 発生から2カ月近く。被災者の現状に改善の兆しは乏しい。
 今なお、13万人近くが避難生活を強いられ、多くはおよそ「健康で文化的な最低限の生活」とは相いれない劣悪な環境下で暮らす。段ボールで仕切られただけのプライバシーのない体育館や、ライフラインが整わない場所で寝起きする被災者の人権は大きく損なわれたままだ。
 避難所で提供される食事は目配りを欠き、9割でカロリーが不足し、7~8割でタンパク質とビタミンが足りないとの調査結果がある。「生存権」が著しく脅かされている。
 しわ寄せは高齢者や子どもといった「災害弱者」に集中的に現れる。
 避難所生活の長期化に伴い、健康を崩す高齢者が続出。助かった命を保てない「関連死」の懸念が高まる。全身機能の衰えが進み、日常生活が不自由になるお年寄りも少なくない。
 子どもたちの教育を受ける権利も制約を受ける。学習環境が破壊され、受けた心の傷は深い。学習の遅れを取り戻す手当てはもとより、精神的ケアに万全を期すべきだ。教員を増やすなどして、教育機会の平等から大きく外れる事態を避けてほしい。
 生活再建の要、仮設住宅建設のテンポが鈍い。建設要件緩和と官民の連携強化などで「お盆まで」の目標の前倒しを望みたい。災害救助法を柔軟に解釈し、民間住宅に入居した被災者に国や県が家賃負担することもためらうべきではない。
 中長期的には高台移住の促進を図るため、国や自治体が低地の土地を買い上げたり、特別立法で長期間、法定借地権を設定したりする大胆で柔軟な取り組みも憲法の理念にかなう。
 岩手、宮城、福島3県で、失業手当の受給手続きを始めた被災者は7万人に上る。農地や漁船などの生産手段を奪われ、生活の糧を絶たれた被災者に対する暮らしを支える措置とともに、迅速に対応すべきだ。
 義援金の給付が遅れている。原発事故に伴う仮払金も同様で、早急に支給してほしい。
 原発事故で県外に避難した福島県民が心ない差別やいじめに遭うケースがあるという。憲法への理解力が問われているのは、国や自治体ばかりではない。
 最高法規としての憲法の趣旨を踏まえて主権者の国民に寄り添い、シンプルにスピード感を持って支援に取り組む。法治国家の成熟ぶりを示したい。
 未曽有の大震災である。未経験の対応に加え、公共の福祉と財産権との調整などに難しさはあるが、憲法の理念実現に知恵を絞ろう。

 【憲法記念日 日本再生の基本理念に  高知新聞】

 私たちの日々の暮らし、生活の基礎は憲法によって保障され、支えられている。
 その象徴は、すべての国民が「健康で文化的な最低限度の生活」を営む権利を有するとした、25条の生存権だろう。26条の教育を受ける権利、29条の財産権の保障なども、こうした基本的人権に当たる。
 東日本大震災によって私たちは、普段当たり前のように享受してきたこれらの権利が、一瞬のうちに奪われることがあるとあらためて知った。
 大津波は人々の生命と財産を、丸ごとのみ込んだ。避難所に逃れた多くの人たちが、いまも劣悪な環境下での生活を強いられている。教育を受ける権利を奪われた子どもたちがいる。
 世界第3位の経済大国であり先進国の日本で起きた原発事故は、世界に衝撃を与えた。と同時に、原発にエネルギーの多くを依存する「豊かな生活」とは何かを問い掛けている。
 がれきの山からの再出発に際し、従来の生活や社会の在り方など、さまざまな分野で価値観の見直しが始まろうとしている。そのよりどころを、私たちは何に求めたらよいのだろうか。
 戦後日本の復興と成長が、憲法とともにあったことを、いま一度思い起こしたい。
 9条で戦争を放棄し、経済的な発展に軸足を置いた。その中から世界に誇れる日本の技術が、いくつも生まれた。曲折を経ながら国民の生活水準も、教育の水準も上がった。
 憲法はこの震災からの復興に当たっても、日本再生の礎となり得る。
 しかしここで忘れてならないのは、震災前、バブル崩壊から今日までの「失われた20年」の中で、憲法が保障する国民の権利には、既にさまざまなほころびが生じていたことだ。
 格差拡大による貧困層の増加は、多くの国民の生存権を脅かしていた。25条は国に、社会福祉や社会保障などの向上、増進の努力義務を課す。だがその社会保障も、「安全網」としての機能を十分果たせていなかった。
 
◆「不断の努力」
 震災からの日本再生は、単に震災前の状態に戻すだけではない。憲法の基本理念により深く立ち返り、新しい国のかたちをつくり出す必要がある。
 まずは、住み慣れた家も仕事も失った被災者の、生活再建を最優先すべきだ。その際、「健康で文化的な最低限度の生活」の中身を、どう考えるかが問われる。
 プライバシーもない避難所の暮らしが、生存権の水準にも達していないことは明らかだ。仮設住宅の建設を急がねばならないが、復興の段階ではどのような町並みを再建し、どんな暮らし方を再生するかも問題になる。
 阪神大震災の復興では、地域コミュニティー(共同体)の喪失が指摘された。教訓を生かすには、地域のことは地域で、地方のことは地方が決めるという、地方自治の理念が重要になるのではないか。
 共同体の喪失では、「無縁社会」という言葉も生まれた。そうした矛盾を解消することができれば、日本全体の再生にも役立つだろう。
 憲法が国民に保障する自由や権利について、最大の責任を負うのは政府や自治体だ。が、同時に憲法は12条で、自由や権利は「国民の不断の努力によって、これを保持しなければならない」と定める。施行64年の憲法記念日に、その意味もかみしめたい。

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