輸出依存度は低い日本。内需拡大でデフレ克服を
興味深い2つの論考。1つは経済評論家の三橋貴明の「TPP亡国論」(日経ビジネス)… 以下の三点は、考えが共通する。
1つは、日本の輸出依存度は実は低い
2つは、韓国の輸出構成は、為替レートによるもの
3つは、デフレが円高をもたらしており、内需拡大(賃上げには言及してないが…)こそ、輸出力を増す
なかでも、輸出の内訳(耐久消費財は14%しかない)がおもしろい。
もうひとつは、これまでも賃上げによるデフレ対策、北欧についてはとりあげてきたが、山田久・日本総合研究所調査部主席研究員は、「デフレと賃下げの悪循環脱却に向け」と、北欧型の経済を提唱している。金子勝慶大教授なども言う「流動性の高い社会」ということだろう(メモ/社会保障については、ガバナンス論にたっており、25条との関係で、異論はあるが・・)。
【三橋貴明のTPP亡国論――暴走する「尊農開国」2/21】
【「デフレと賃下げの悪循環」脱却に向け 山田久】
いずれにしても必要なのは内需拡大政策、その基盤は、人の育成と結びついた厚い社会保障が共通すると思う。
欧州の労働運動には、社会保障の充実は、労働力の安売りを防ぐ防波堤として位置づけられていると聞く。フランスには、劣悪な労働を排除する「失業する権利」がある。
これらも社会的公正をもとめる運動、ブースの貧困を「雇用の問題」として福祉政策を導入したという歴史に裏付けられているからだろう。
◆輸出依存度(=財の輸出額÷名目GDP)について
・約11.5%(2009年)と低い。主要国の中で、日本よりも輸出依存度が「低い」のは、アメリカとブラジルだけ
(第一生命生命経済研究所のコラムでは、70か国中55位となっている。)
・日本の輸出の半分以上(51.81%)は企業が購入する資本財。さらに工業用原料の輸出も25.5%を占め、77%以上は、「企業」が購入する財。
・家電や自動車などの耐久消費財の占める割合は、14.42%。日本の輸出依存度が約11.5%であり、「耐久消費財の輸出対GDP比率」は、1.652% ~( 第1次産業の割合1.5%とほぼ同等)
◆労働移動による賃上げ論
・2000年代後半には、企業は史上最高益を記録したにもかかわらず、1人当たり雇用者報酬は緩やかにしか伸びなかった。結果として、労働分配率は適正水準を下回り、国内消費活動の低迷につながった。
・賃金と物価が下落傾向をたどっているのは、日本だけ。しかもそれは、日本の実質労働生産性が、米国に及ばないにしても、欧州を若干上回るペースで上昇傾向をたどっているにもかかわらず。
・持続的な賃上げには付加価値生産性(注1)の向上が不可欠で、そのためには経済環境の変化に応じて事業構造・産業構造を不断にシフトしていくことが求められる。
・北欧型のモデルは米国型と欧州型の折衷といってもよい。北欧の労働市場は流動的で転職が多く、余剰人員の削減は一定のルールの下で自由に行われ、これらの点で米国に似ている。一方、北欧では労働組合の影響力が強く、所得格差の拡大を抑え、社会保障を充実させている点では欧州型である。しかし、北欧型のユニークさは労働組合が雇用流動化を積極的に認め、政府の雇用政策も「積極的労働市場政策」を通じて、労働移動の促進を積極的に支援してきたことにある。
【三橋貴明のTPP亡国論――暴走する「尊農開国」2/21】 ◆自動車・家電輸出がそんなに重要か この産業を救うのは「適切なデフレ対策」しかない 予めお断りしておくが、筆者は国内の「誰か」(特定産業や企業など)を「悪者化」し、別の産業や国民が「得をしよう」などという発想について、決して健全だとは思わない。何しろ、国民経済とは「つながっている」のである。特定産業や企業をことさらに叩いた結果、失業者が増え、国民経済全体の景気が悪化した結果、最終的には自分たちの産業がダメージを受けるケースが多々ある。 具体的な例を1つ書いておくと、メディア業界だ。日本のメディア業界は、ひたすら企業を叩き、政府を叩き、官僚を叩き、政党を叩き、業界を叩き、国内のデフレが継続する方向に、国民の危機感を煽り続けている。結果、現在は大手新聞社やテレビ局の業績が悪化し、自分たちの職や給与が危なくなってきているわけである。 当たり前の話を1つ書いておくと、メディア企業に勤めている人々の給料を払っているのは、会社でもなければ社長でもない。購読者やスポンサー企業などの「顧客」である。日本のデフレ深刻化を煽り、経済全体が沈滞化した結果、結局はメディア企業に勤める日本人も損をするというわけである。◆農水省と経産省、セクショナリズム丸出しの理由
さて、今回の「平成の開国」すなわちTPPに関する検討手法が問題だと思うのは、まさしく前述の「誰かを悪者化し、他者が得をしようとしている」を、政府自ら実践している点である。具体的に書くと、悪者化されているのが「農業」で、「得をしようとしている」のは自動車や家電などの大手輸出企業である。
何しろ、TPPに参加した場合、農林水産省が、
「全国で農産物の生産額が4兆1000億円減る」
と試算し、悲鳴を上げている。
同時に、経済産業省がTPPに参加しない場合、
「自動車、電気電子、機械産業の3業種について、2020年にGDP換算10.5兆円の減少となり、実質GDPを1.53%押し下げる」
と、日本国民の危機感を煽る数値を掲げているわけである。
農林水産省と経産省が、まさしくセクショナリズム丸出しで「参加するべき!」「いや、参加するべきではない!」とやっている以上、TPPに参加した場合、「農産業が損をし、家電や自動車などの輸出産業が得をする」と考えて構わないだろう。◆「車が来るなんて想定外でした」とでも言うのか
それでは、農産業にも輸出産業にも従事していない、多数派の日本国民にとって、TPP参加はどのような影響を与えるのか。実は、現時点では「不明」なままである。TPP推進派にしても、せいぜい
「国民生活や日本の諸制度に影響を与えるような、大幅な完全自由化は、TPPでは想定していない」
などと、アメリカの戦略を無視した説明をする程度だ。
要するに、農産業や輸出産業への影響以外に、例えばアメリカが「どこまでの自由化を望んでいるのか」などについては不明、というのが現状なのだ。無論、アメリカがサービスや官需について完全自由化(非関税障壁の撤廃を含む)を要求してきた場合、日本側が「NO!」と言うことはできる。とはいえ、実際には他国よりも関税が低いにも関わらず、国際会議の場で首相がわざわざ「我が国は開国いたします」などと発言し、自虐的な態度で交渉に臨む日本政府が、アメリカ相手に強硬姿勢を貫けるとは思えない。
日本が「NO!」と言った日には、
「貴国の総理大臣が『平成の開国を致します』と言ったじゃないか。つまり、日本は国を開いていないということだろう」
などと反論されるのが関の山である。
いずれにしても、農産業と輸出産業以外への影響がほとんど不明な時点で、「平成の開国です!」などとスローガン先行で話を進めるのは、全くもっていただけない。まるで、目隠しをしたまま交差点を渡ろうとするようなものである。
日本が「医療や金融、官需まで含めた完全自由化」という「車」にひかれた後に、
「ああ、ごめんなさい。車が来るなんて想定外でした」
などと、TPP推進派に言われた日には、日本国民としては目も当てられない。◆日本の輸出依存度は約11.5%しかない
さて、繰り返しになるが、筆者は同じ日本国民でありながら「誰かを悪者にする」という発想が嫌いである。ところが、現在の民主党は、本当にこの種の「誰かを悪者にする」政治手法が大好きである。
何しろ、TPP推進派の前原誠司外相自ら、昨年10月19日に以下の発言をしているのだ。
「日本の国内総生産(GDP)における第1次産業の割合は1.5%だ。1.5%を守るために98.5%のかなりの部分が犠牲になっているのではないか」
見事なまでな、農業などの第1次産業を悪者化している発言だ。
ちなみに、この種の「他者を悪者化する手法」は、伝統的に共産独裁国が得意としている。かつてのソ連の独裁者スターリンは、政敵に「トロツキスト」とレッテルを張り、弾圧を繰り返した。中国の毛沢東も「右派分子」「走資派」などのレッテルを用い、他者を悪者化することで自らの権力を強めていったわけである。
それはともかく、前原外相が「数値データ」を用いてTPPを推進しようというのであれば、筆者としても以下のデータを出さないわけにはいかない。すなわち、日本のTPP参加により「得をする」側である輸出産業とGDPの比較である。
そもそも、多くの日本国民が誤解しているが、日本の輸出依存度(=財の輸出額÷名目GDP)は約11.5%(2009年)と、決して高くない。というよりも、むしろ低い。主要国の中で、日本よりも輸出依存度が「低い」のは、アメリカとブラジルだけである。◆GDP比輸出、乗用車は1.23%、家電は0.021%
さらに、日本の輸出の主力は「資本財」であり、国民の多くが「主力輸出品」と思い込んでいる自動車やテレビなどの耐久消費財ではない。日本の輸出の半分以上(51.81%)は消費財ではなく、企業が購入する資本財なのだ。さらに、日本からの工業用原料の輸出も、輸出全体の25.5%を占めている。一般人が工業用原料を購入するケースはないだろうから、日本の輸出の77%以上は、消費者ではなく「企業」が購入する財なのである。
家電や自動車などの耐久消費財が、日本の「輸出全体」に占める割合は、わずかに14.42%だ。そもそも日本の輸出依存度が約11.5%に過ぎないため、「耐久消費財の輸出対GDP比率」は、1.652%ということになる(数値はいずれも2009年)。
「何ということか! 日本のGDPにおける第1次産業の割合1.5%を、耐久消費財の輸出の割合(1.652%)が上回っている。その差が対GDP比で0.152%もあるのだから、日本はTPPに参加すべきだ」
という話にでもなるのだろうか。
皮肉はともかく、TPPでネガティブな影響を受けそうな第1次産業の対GDP比を示し「TPPを推進するべきだ」と主張するならば、ポジティブな影響を受ける耐久消費財の輸出対GDP比も出さなければ、アンフェアというものだろう。
ちなみに、乗用車(1.23%)と家電(0.021%)の輸出総額をGDPと比べると、1.251%になる。少なくとも、対GDP比で1.251%の自動車や家電の輸出については、TPPに参加することで、アメリカの関税撤廃というベネフィットを得るわけだ。
もっとも、アメリカの関税は家電(テレビなど)について5%、乗用車は2.5%に過ぎない。わずか数パーセントの関税撤廃という恩恵を、対GDP比で1%強の輸出産業が獲得するために、日本国民は「目を閉じたまま、交差点を渡る」という、チャレンジをしなければならないのだろうか。
とはいえ、筆者は別に耐久消費財の輸出メーカーを「悪者化」した上で、日本はTPPに参加するべきではない、と言いたいわけではない。日本のGDPの2倍にもなる「世界最大の需要」たるアメリカの個人消費市場において、日系企業が勝てなくなっている現実は、これはこれで重要な問題である。筆者は単に、TPPに参加せずとも、日本の輸出産業の苦境を救う「真っ当な手段」がほかにあると言いたいだけだ。◆日本はアンフェアな戦いを強いられている
そもそも、現在の日本の家電企業や自動車企業が「世界最大の需要」たるアメリカ市場で苦戦しているのは、韓国企業の攻勢を受けているためである。何しろ、韓国は2008年の危機の際にウォンが暴落し、その後は「通貨安を利用し、グローバル市場で勝つ」ことを、成長戦略の基本に置いた。
韓国の危機が深刻化する前の2007年、韓国ウォンの対日本円レートは「1円=7ウォン」であった。それが2008年の危機により、一時は「1円=16ウォン」にまで、韓国ウォンの価値が暴落したのである。現在に至っても、韓国ウォンの対円レートは「1円=13ウォン」前後で推移しており、日本企業を苦しめている。
サムスン電子やLG電子、それに現代自動車にしてみれば、アメリカ市場において対日本企業の「半額セール」を常時実施しているようなものなのだ。この「ハンディ」は、デフレで収益が上がりにくい日系企業にとっては、あまりにも過酷である。TPP参加により「せめてアメリカ市場における関税だけでも撤廃して欲しい」と考える日系企業の気持ちは、痛いほど分かる。
ちなみに、日系自動車企業のアメリカにおける現地生産の比率は、すでに6割を超えており、現代自動車の攻勢を何とか食い止めている。とはいえ、現地化が進んでいない日系家電企業は、まさしく惨憺たる状況になっているのである。また、アメリカで健闘している日系自動車企業にしても、現地生産が少ない欧州市場においては、現代自動車の躍進を抑えることができていない。2008年のウォン暴落以降、日系企業はグローバル市場において、為替レート的にアンフェアな戦いを強いられているのである。
とはいえ、先にも書いたように、現在のアメリカの関税は乗用車が2.5%、家電は5%に過ぎない。TPP参加で関税が撤廃されたとしても、ウォンが対日本円で5%下げるか、あるいは日本円が対ウォンで5%上がってしまうと、元の木阿弥である。韓国ウォンは変動幅が大きい通貨であるため、日本がTPPに参加した直後に「ウォンが対日本円で5%下落」という事態は、普通に起こりえるのである。
すなわち、日本の輸出企業が通貨安を韓国企業の攻勢に苦しむという構図は、TPP参加では解決できない可能性があるのだ。◆答えは明白、デフレから脱却すればいい
それでは、どうすればいいのだろうか。実は、答えは明々白々だ。日本がデフレから脱却すればいいのである。
そもそも、日本の家電企業や自動車企業が、アメリカ市場ばかりを意識しなければならないのは、国内のデフレ不況が深刻化しているためである。デフレ下で物価が下がり続けている環境下において、過当競争を繰り広げなければならないのだ。日本企業が海外にばかり目を向けるようになっても、致し方がない話ではある。
しかも、デフレにより日本の実質金利(=名目金利-インフレ率)が高くなっており、金融市場で日本円が好まれる傾向が続いている。すなわち、円高が継続しているわけだ。現在の日本は「デフレで円高」なのではない。「デフレゆえに円高」なのである。加えて、アメリカが量的緩和第2弾(QE2)として、ドルの供給量を増やしている以上、日本円が高騰し続ける状況は終わりそうにない。
さらに言えば、日本でやたらと「国の借金(=政府の負債)」増大が問題視されるのも、デフレが続いているためだ。デフレ下では物価が下がり、「お金の価値」が上がり続けてしまう。すなわち「借金の実質的な価値」も高まっていってしまうのである。
この環境下において、日本が「適切なデフレ対策」を実施した場合、果たしてどうなるだろうか。「適切なデフレ対策」とは言っても、別に難しいことをしろと言っているわけではない。現在のアメリカが実施しているデフレ対策を、そのまま、まねすればいいだけの話だ。
バーナンキ・米FRB議長の提案
具体的には、まずはオバマ大統領の一般教書演説にもあった「インフラストラクチャーのメンテナンスなど、公共投資の拡大」だ。さらに、昨年12月に、やはりオバマ大統領が延長を決断した「大型減税」を日本でも実施する。そして、現在もFRBが継続している、大規模量的緩和である。
ちなみに、現FRB議長のベン・バーナンキ氏は、2003年に「デフレ脱却策」として、日本に以下のソリューションを提案する論文を公表した。
Remarks by Governor Ben S. Bernanke
Before the Japan Society of Monetary Economics, Tokyo, Japan
May 31, 2003
Some Thoughts on Monetary Policy in Japan
『(前略)Finally, and most important, I will consider one possible strategy for ending the deflation in Japan: explicit, though temporary, cooperation between the monetary and the fiscal authorities. (後略)』
日本語訳:
最終的に、あるいは最も重要なこととして、わたしは日本のデフレを終わらせるための1つの可能な戦略について考えたい。すなわち、一時的な通貨当局と財政当局の明確な協力である。
上記論文の中で、バーナンキ氏は日本政府に対し、デフレ脱却のために、「一時的に通貨当局(日銀)と財政当局(日本政府)が明確に協力する必要がある。具体的には、日銀が国債の買取枠を増やし、同時に政府が財政出動と減税を行う必要がある」と述べている。
実は、現在のアメリカが実施している「デフレ対策」は、2003年時点でバーナンキFRB議長が日本に提案したことを、そのまま実行しているに過ぎないのだ。
日本政府がアメリカ同様、適切なデフレ対策を実施すると、以下の効果が見込める。◆国内経済の成長路線への復帰
◆円安
◆増収と名目GDP成長による財政健全化日本がデフレから脱却し、国内経済の成長率が高まれば、家電企業などがアメリカ市場ばかりを意識しなくても済むようになる。加えて、実質金利の低下と量的緩和により、日本円の為替レートが下がっていけば、TPP参加
以上に韓国企業に対する競争力を獲得することができる可能性がある。
加えて、増収と名目GDPの成長により、「国の借金(政府の負債)対GDP比率」も改善していく。すなわち、財政健全化の達成だ。
まさに、一石三鳥なのである。ところが、現政府のやろうとしていることといえば、消費税増税などの緊縮財政による、総需要の抑制だ。すなわち「デフレを深刻化させる」政策ばかりなのである。
加えて、TPP参加を検討するなどと言い出すわけであるから、呆然としてしまう。何しろ、TPPなどの自由貿易とは「インフレ対策」であり、デフレの国においては状況を悪化させる施策なのだ。
次回は「TPPはインフレ対策」というテーマで解説したい。
【「デフレと賃下げの悪循環」脱却に向け 産業構造転換を実現する 労働移動によって賃上げを目指せ】
――日本総合研究所調査部主席研究員 山田久春闘の時期がやってきた。かつてに比べ、格段にその注目度が落ちているとはいえ、いまほどその重要性が高まっているときはない。なぜなら、日本はデフレと賃下げの悪循環にはまり込んでいるからだ。日本総合研究所の山田久主席研究員は、その背後には、事業構造・産業構造の転換の遅れがあり、これこそがデフレの真因である。したがって、デフレ脱却へ向けて、産業構造の転換を実現する労働移動によって賃上げを目指すべきであると説く。
◆デフレと賃下げの悪循環
2011年春闘がスタートした。連合は「デフレからの脱却を図り」、「労働者への配分の歪みを是正し、個人消費を喚起、経済の活性化を図っていく」ことを目指し、賃金・手当など配分総額を1%を目安に引き上げるという方針を打ち出した。しかし、多くの労組が早々に基本給のアップを諦め、定昇維持確保に重点を置く方針を表明する動きがみられている。当然、経営サイドはグローバル競争のもとで賃上げの余裕はないというスタンスであり、還元できても賞与中心という考え方である。
これは2000年代半ばにみられた構図である。当時組合は賃上げ要求を抑え、経営サイドのボーナス中心の成果配分スタンスを受け入れた。経営サイドがボーナスでの還元を好むのは、業績悪化時に減らしやすいことに加え、基本給が上がらなければ、所定外給与のベースや退職金なども増えないからである。
非正規労働者の比率の高まりもあり、2000年代後半には、企業は史上最高益を記録したにもかかわらず、1人当たり雇用者報酬は緩やかにしか伸びなかった。結果として、労働分配率は適正水準を下回り、国内消費活動の低迷につながった(図表1)。
それでも円安進行と米国住宅バブルに支えられた海外経済の好調により、外需依存の景気回復が続いた。それがリーマンショックの発生で急激な経済収縮が生じ、日本経済は失業率の急上昇と、デフレの再燃に直面することになったわけである。
経済危機から2年余りが経ち、徐々に経済活動は正常化してきているものの、デフレは根強く続いている。このデフレこそがわが国にとって最も重大な問題であり、「死に至る病」といってよい。デフレが続くもとでは企業はリスクを取るのに慎重になり、雇用を増やそうとしない。とりわけ若年層の雇用が悪化し、将来の日本に大きな禍根を残すことが懸念される。さらに、デフレは名目成長率の低下によって税収を大きく落ち込ませるため、国家財政悪化の主要な原因にもなっている。
このようにみれば、連合がデフレからの脱却を、賃上げ要求の根拠の一つに挙げていることは妥当である。賃金低迷が続けば低価格志向が強まり、家計は安いものしか買おうとしなくなる。人口減少時代に入ったわが国では販売数量の大きな伸びは期待しがたく、値下げは結局、売り上げ減につながる。
そうなれば利益捻出のために、企業はコスト削減を行う必要が高まり、人件費抑制スタンスが強まる。それは賃金低迷を意味し、さらなる低価格志向の定着がデフレを招く……。賃下げはデフレの原因であるとともにその結果でもあり、「デフレと賃下げの悪循環」の構図がそこにある。◆日本だけが賃金と物価が下落
しかし、この「デフレと賃下げの悪循環」の背後には、事業構造・産業構造の転換の遅れという構図があり、これこそがデフレの真因であるという点が重要である。持続的な賃上げには付加価値生産性(注1)の向上が不可欠で、そのためには経済環境の変化に応じて事業構造・産業構造を不断にシフトしていくことが求められる。それには労働移動が必然的に伴うが、わが国は国際的にみて労働移動が少なく、結果として事業・産業の転換が進んでこなかった。
(注1)労働投入量(労働者数×労働時間)あたりの名目付加価値額
こうしてみると、連合の主張するデフレ脱却には賃上げが不可欠だという主張自体は妥当であるものの、実際に個々の労組がとってきた行動が、本気で賃上げを実現しようとしてきたかは疑問である。賃上げの実現には労働移動を受け入れる覚悟がいるが、多くの労組は表面上の主張とは裏腹に、雇用維持のための賃下げを選択してきたのが実情である。
国際比較からみたわが国の特異性
以上を国際比較の視点からみてみよう。図表2は1995年以降の日米欧の賃金(1人あたり雇用者報酬)、実質労働生産性(労働投入量当たり実質GDP)、物価(個人消費デフレーター)の関係を示したものである。
これによれば、賃金と物価が下落傾向をたどっているのは、日本だけであることがわかる。しかもそれは、日本の実質労働生産性が、米国に及ばないにしても、欧州を若干上回るペースで上昇傾向をたどっているにもかかわらず、である。
◆日米欧の労働市場の違い
こうした日米欧の違いは、一義的には企業の事業・価格戦略の違いに起因する。単純化すれば、米国企業は既存事業分野では、激しい価格競争により安売りを行うが、競争に敗れた企業はいち早く撤退する。他方で、新規事業分野が次々に生み出され、そこでは競合が少ないために、高めの価格設定が可能になる。結果として企業の収益性は高く、賃金の引き上げも可能になる。
次に、欧州企業は新規事業を次々に生み出すよりも、既存事業分野においてブランドやデザインといったソフト面で差別化しようとする。その結果、棲み分けによって互いに企業が生き残り、それなりの収益を上げて、高い賃金を支えている。
これらに対し、日本企業は既存事業分野での高機能化競争を繰り広げ、収益性が低くともなかなか撤退しようとしない。このため、機能が向上したにもかかわらず、むしろ値下げ競争を行い、そのために必要となるコストの削減を賃金の引き下げで捻出しようとする。こうして、高機能化によって実質労働生産性は向上しているが、低収益性を反映して名目ベースの付加価値生産性は低迷することになる。
では、こうした日米欧の企業の行動様式の違いは、どういった点に起因するのか。もちろん各国消費者の嗜好や資金調達構造の違いといった要因も無視できないが、労働市場の在り方の影響が大きい。米国で競争に敗れた事業から企業がいち早く撤退し、新規市場が急成長できるのは、労働市場が流動的であるからである。労働組合の組織率が低く解雇規制も緩やかである一方、専門職育成や職業教育を手掛ける教育システムが整備されるもとで、職種別の労働市場が発達しているため、「解雇されやすいが雇われやすい」状況にある。
欧州では職種別・産業別の労働組合の影響力が強く、賃金格差を抑えると同時に賃下げには応じず、既存の仕事を守ろうとする傾向が強い。その一方で、職業資格や職業教育の仕組みが整備され、職種別労働市場が発達するもとで、職種を変わらない企業間労働移動が比較的活発に行われている。このため、新規事業は多くないが、既存事業での高賃金を維持するために、職人的な要素が要求されるブランドやデザインで勝負しようとする。◆ 欧米折衷型のスウェーデン・モデル
これらに対し、日本では労働組合が企業内組合であり、正社員の一企業での雇用維持を最優先する。既存事業を何とか残すために機能の向上に努力する一方、コスト削減のための賃金抑制や非正規労働者の活用を容認し、結果として賃金の引き下げを受け入れてきた。そうしたなか、企業も事業構造の抜本的な見直しを避け、既存分野での高機能化とコスト削減、低価格戦略により、何とか生き残ろうとしてきたのである。
北欧モデルからの示唆
こうしてみると、わが国が「デフレと賃下げの悪循環」を脱却するには、米国のように事業・産業構造の転換を目指す道に加え、欧州のように既存事業でのブランド化、デザインなどのソフト戦略に転換する方策も考えられる。
しかし、ここで留意する必要があるのは、いずれにもマイナス面があることだ。米国型では雇用が不安定になり、所得格差拡大にもつながりやすい。一方、欧州型は高失業という重大な副作用がある。高賃金かつ新規事業が少ないために雇用機会は減少気味であり、加えて社会保障制度が手厚いため、高失業という問題を抱えているのだ。
そこで注目したいのが北欧型のモデルである。それは米国型と欧州型の折衷といってもよい。北欧の労働市場は流動的で転職が多く、余剰人員の削減は一定のルールの下で自由に行われ、これらの点で米国に似ている。一方、北欧では労働組合の影響力が強く、所得格差の拡大を抑え、社会保障を充実させている点では欧州型である。しかし、北欧型のユニークさは労働組合が雇用流動化を積極的に認め、政府の雇用政策も「積極的労働市場政策」を通じて、労働移動の促進を積極的に支援してきたことにある。
スウェーデンのケースで具体的にみれば、同国の労働組合は戦後、平等賃金を主張する見返りに、低生産性部門から労働者が吐き出されることを受け入れた。そのうえで、充実した職業訓練によって彼らを高生産性部門にシフトさせるという「レーン・メイドナー・モデル」を推奨した。石油危機時には、労使協約により、企業による余剰人員の大量解雇が許容される一方、企業が資金を拠出することで、離職者の再就職支援と失業時の生活費支援金を給付する基金が設立された。◆ 産業構造転換を通じた賃上げ実現への道
こうした枠組みのもと、リーマンショック後に人員削減を行ったボルボのケースでは、多くの離職者が新興国インフラ需要で業績堅調な産業機械メーカーなどへの転職のサポートを受けた。ITバブル崩壊時にも、エリクソンの技術者が相当規模で高校教師へと職種転換を行ったと聞く(昨年筆者がスウェーデンを訪問したときのヒアリング)。
このように、スウェーデンでは労働組合が、余剰人員の削減を受け入れる一方、企業サイドがその再就職のための責任を果たすという労使合意が成立している。それを前提に、政府が積極的労働市場政策を講じることで、労働移動を支援してきたという構図である。そうしたもとでスウェーデンでは産業構造転換が達成され、持続的な経済成長率と高い就業率を可能にしているのである。
こうしてみれば、わが国が「デフレと賃下げの悪循環」から脱却するには、政労使が「産業構造転換を通じた賃上げ実現」という目指すべき方向性を共有し、その実現に向けて知恵を出し合うことが必要だ。企業が高賃金を支払うことのできる高収益事業を確立するには、事業再構築を大胆に進めることが求められ、これまで以上に企業をまたぐ労働移動が重要になる。
その意味で、余剰人員の削減もタブーとしない議論が労使に求められているといえるが、企業間での事業売買や、複数企業が共同で派遣会社を設立して労働者を移籍させるなど、労働移動を失業なしに行うことのできる仕組みについて、知恵を出し合うべきだ。さらに、政府の役割として、職業訓練の充実や横断的な能力認定資格の整備より、労働移動を促すためのインフラを構築していくことが望まれる。
今年の春闘では、タブーを超えて「産業構造転換を通じた賃上げ」シナリオに向けた第一歩となる議論が行われることを期待したい。
◆やまだ・ひさし/日本総合研究所調査部 ビジネス戦略研究センター所長 主席研究員。1963年大阪府生まれ、87年京都大学経済学部卒業、同年住友銀行入行、93年 日本総合研究所出向、03年法政大学大学院修士課程(経済学)修了、07年より現職。主要著書は『デフレ反転の成長戦略―「値下げ・賃下げの罠」からどう脱却するか』(東洋経済新報社、2010年)、『雇用再生―戦後最悪の危機からどう脱出するか』(日本経済新聞出版社、2009年)、『ワーク・フェア―雇用劣化・階層社会からの脱却』(東洋経済新報社、2007年)など。
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