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緊縮財政より有効な赤字削減策が採用されない理由

 世界銀行上級副総裁をつとめたスティグリッツ氏の論考(ダイヤモンドオンラインより)。
 「どのような赤字削減政策も、過去10年間に起きたことの文脈の中でとらえる必要がある」と、「国防費の大幅な増大」「格差の拡大」「公共部門への投資の不足」「企業に対する福祉(補助金)の増加」という原因を示し、その是正が「余りある成果を出す」と指摘する。
 同時に、それが採用されない理由は「最上層の人びと、政策策定を牛耳るようになっている企業や他の利益団体には利益をもたらさない」からと言う。
 アメリカだけの話ではない。属国・日本も同様である。
【緊縮財政より有効な5つの財政赤字削減策 1/20】

【緊縮財政より有効な5つの財政赤字削減策】

 グレートリセッションの余波の中で、諸国は平時としては未曾有の財政赤字を抱え、増大する国家債務についてますます不安を募らせている。そのため多くの国が新たな緊縮財政政策を採用しようとしているが、そのような政策はほぼ間違いなく当該国の経済と世界経済を弱体化させ、回復のペースを著しく鈍化させるだろう。大幅な赤字削減を期待している人びとはひどく失望することになるだろう。景気の減速は税収を落ち込ませ、失業保険などの社会保障給付の需要を増大させるからだ。
 債務の増大を抑制しようとする試みは、確かに意識を集中させるには役立つ。それは諸国に優先課題に的を絞らせ、価値を正確に評価させる。アメリカは短期的にはイギリス流の大規模な歳出削減策を採用する可能性は低い。だが、長期的な見通しはかなり暗い――医療保険改革が医療費の増加を抑制する効果をあまり上げていないことで、見通しはとりわけ悲惨になっている――ため、何か手を打つべきだという機運が党派を超えて高まっている。バラク・オバマ大統領は超党派の財政赤字削減委員会を設置しており、同委員会は先頃最終提言の委員長草案を発表して、公式の最終提言がどのような内容になりそうかを少し見せた。
 
 財政赤字の削減は技術的には単純な問題で、歳出削減か増税のどちらかを行わなければならない。しかし、赤字削減政策は、少なくともアメリカではそれを超えた動きであることがすでに明白になっている。それは社会的保護を弱め、課税制度の累進性を緩和し、政府の役割と規模を縮小しようとする動きなのだ。しかも、その一方で、軍産複合体のような確立された利益集団にはできる限り影響が及ばないようにするのである。

◇長期的に高いリターンを生む公共投資を増やせ

 アメリカでは(他の一部先進工業国でもそうだが)、どのような赤字削減政策も、過去10年間に起きたことの文脈の中でとらえる必要がある。
●国防費の大幅な増大。二つの無益な戦争によって促進されたのではあるが、それをはるかに超える増大を示してきた。
●格差の拡大。最上層の1%の人びとがアメリカの総所得の20%以上を手にしており、それに伴い中産階級が弱体化している。アメリカの家計所得の中央値はグレートリセッションの前から低下しており、過去10年間で見ると、5%以上低下した。
●インフラ投資をはじめとする公共部門への投資の不足。これはニューオーリンズの堤防の決壊によって劇的なかたちで実証された。
●企業に対する福祉の増加。銀行の救済からエタノール生産に対する補助金、それにWTOによってルール違反と裁定されてからも継続されている農業補助金まで。
 
 こうした展開の結果、効率を高め、成長を促進し、格差を縮小する赤字削減パッケージを策定するのは比較的たやすい。柱として五つの要素が必要だ。

 第1に、高いリターンをもたらす公共投資への支出を増やす必要がある。これは短期的には赤字を拡大させるが、長期的には国家債務を減少させる。アメリカ政府のように3%足らずの金利で資本を借りられるとしたら、10%を超えるリターンを生む投資機会に飛びつかない企業はないはずだ。

 第2に、軍事支出を削減しなければならない。無益な戦争のための費用だけでなく、存在しない敵を相手に威力を発揮しようのない兵器に対する支出もだ。アメリカは冷戦がまだ終わっていないかのように巨額の国防費を使い続けており、その額は他のすべての国の国防費を合わせた額に匹敵する。

 第3に、企業に対する福祉を廃止する必要がある。アメリカは人間のためのセーフティネットは剥ぎ取ってきたのに、企業のためのセーフティネットは強化してきた。グレートリセッションの最中にAIGやゴールドマン・サックス、その他の銀行の救済で明白に示されたとおりである。アメリカの農業部門の一部では企業に対する福祉が総収入の半分近くを占めており、たとえば何十万ドルもの綿花補助金が少数の豊かな農家に与えられている。そうした福祉は価格を低下させて、途上国の競争相手の貧困を悪化させている。
 企業の特別待遇の特にひどい例が製薬会社に対するものだ。政府は医薬品の最大の買い手であるにもかかわらず、価格について交渉できないことになっており、それが過去10年間に1兆ドル近くに達したと推定される製薬会社の売り上げの増加――すなわち政府のコストの増加――を助長してきたのである。
 もう一つの例は、エネルギー部門、とりわけ石油・ガス部門に与えられているさまざまな特典で、これは国庫からカネを奪うと同時に資源配分を歪め、環境を破壊している。さらに、放送事業者に与えられる無料の周波数帯域から、鉱山会社に課せられるロイヤルティの低さ、材木会社への補助金まで、国の資源に際限がないかのごとく、ばらまきである。

◇財政赤字削減パッケージが採用されない理由

 第4に必要なのは、キャピタルゲインや配当に対する特別扱いを廃止することによって、より公正で、より効率的な課税制度を築くことである。生活のために働いている人びとが、なぜ(往々にして他人のカネを使って)投機から利益を得ている人びとより高い税率を課せられなくてはならないのだろうか。

 第5には富裕層への増税。総所得の20%以上を最上層の1%の人びとが手にしているが、たとえば5%程度のわずかな増税でも実際に納付されれば、10年という年月のあいだには1兆ドル以上の歳入をもたらすことになろう。
 
 これらの方針に沿って作成された赤字削減パッケージは、最も強硬な財政タカ派の要求さえも満たして余りある結果をもたらすだろう。効率を高め、成長を促進し、環境を改善し、労働者と中産階級に利益をもたらすだろう。
 
 ところが、一つだけ問題がある。この赤字削減パッケージは、最上層の人びと、すなわちアメリカの政策策定を牛耳るようになっている企業や他の利益団体には利益をもたらさないのである。その避けがたい結果こそが、このようなまともな提案が採用される見込みがほとんどない理由でもある。

ジョセフ・E・スティグリッツ
(Joseph E. Stiglitz)
2001年ノーベル経済学賞受賞。1943年米国インディアナ州生まれ。イェール大学教授、スタンフォード大学教授、クリントン元大統領の経済諮問委員会委員長、世界銀行上級副総裁兼チーフエコノミスト等を歴任。現在はコロンビア大学教授。

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