「インソーシング・行政民営化の反転」 備忘録
榊原秀訓・南山大学教授の「自治と分権 2011.1号」の論考-- 「インソーシング・行政民営化の反転」の備忘録。
すでに英米で矛盾が出で見直しがすすんでいる市場化、民営化路線を、いまだに盲目的に進もうとしている日本の状況が浮き彫りになる。
以下、備忘録。
【インソーシング・行政民営化の反転】
榊原秀訓(南山大学教授)/自治と分権 2011.1
はじめに
・インソーシング/イギリスAPSEにより09年に発行されたパンフレットで使用された言葉
*APSE… アソシエーション・パブリック・サービス・エクセレンス イギリスの260を超える自治体ともに活動(構成)する非営利地方自治組織
・行政民営化の反転/ アメリカ研究者ワーナー、2010年の論文
→ これらは、英米におけるNMP手法の改革としてアウトソーシングの見直しの現状を端的に表現
・日本/ 自公政権下の行政サービス提供の政策は、ブレア政権誕生による政策転換前の政策に近く、当時のイギリスの政策とは相当異なるもの。
1.アメリカにおける行政民営化の反転
(1)調査 7領域64サービスの状況。人口2.5万人以上のカウンティと1万人以上の市を含み約1/3が回答/1992、1997、2002年の経年変化を調査
(2)行政サービスの提供主体の変化
1992年 1997年 2002年
直 営 54% 50% 59%
公私混合 18% 17% 24%
外部委託 28% 33% 18%
・外部委託のピークは97年、02年には直営、公私混合という直営復帰が劇的増加
・92-97年の変化… 直営復帰は新たな外部委託の2/3(11%、18%)、97-02年の変化… 反対に外部委託が直営復帰の2/3(12%、18%)、
・2つの時期において、直営維持がもっとも通常の提供形態として残っている(44%、43%)、外部委託維持も27%で変化せず
(3)民営化反転の理由
・不満足なサービスの質73%、不十分なコスト削減51%、自治体内部の効率性改善36%
→ 直営復帰の第一次理由は、契約条件の特定化、モニタリングの結果ではなく、民間の貧弱な達成成果
→ 政治の力関係ではなく、達成成果によるもの
2 イギリスにおけるインソーシング
(1)動向
・直営復帰した行政サービスの種類毎の統計/ 最大は、一般行政、とくに給与、人事、ICTへの関連。街路景観、廃棄物収集、住宅・ホームレス対策など伝統的「ブルカラー」活動の直営復帰
・直営復帰させた自治体の過半数政党/ 保守党が過半数か過半数政党がない自治体で復帰しており、イデオロギー上の理由でなく、実利的な理由と考えられる。
(2)インソーシングの理由
◇第1 「貧弱な達成成果」
・要求された水準のサービスを提供してない。
・サービス利用者の不満、
・入札の安価なコストの結果として特定されたサービスを提供できる能力・資源を有しない
・貧弱な資産のたくわえ(多数自治体との多様な契約による)、地域合意
◇第2「質、統合および金銭に見合った価値の要求」
・直営することによってサービス提供のコストをコントロールし、このことと皇室のサービス提供を結びつける、より大きな柔軟性を有するという意味で「高質のサービスよりも費用効果性」という理由。
・金銭に見合った価値がしめされる場合に直営復帰させる「ベストバリューと金銭に見合った価値」。
・直営、民間セクターなどの選択肢に照らし「ベンチマーキングがより良い費用効果性と有効性を示した」という理由。
・新しい課題が生じた場合に「新しいサービスを提供することに対する柔軟性のなさ」。
・サービス利用者により近づく、質を確保する「高質のサービスに対する要望」
◇第3 「戦略的ガバナンスと地方の政策的要求」
・関連するサービスの「戦略的統合の必要性」
・直営サービスの有効性が証明されている場合の「直営での提供に対する地方の政治的支持」
・ホームレス対策などサービス提供者との密接性により直営の提供をより有効にする「全国的政策的アジェンダの変更」
・外部委託による行政の専門性の低下に対して「核となる地方自治体ビジネス」の直営復帰
・相互に関連するサービスのコントロール、柔軟性確保など「戦略的サービス提供におけるミスマッチ解消」
◇第4 労働者
・民間セクター契約者の貧弱な雇用慣行、研修・能力開発の投資不足を解決する「自治体の研修および雇用における役割」
・民間の劣った労働条件が二層の労働者をつくり、職員のやる気、サービスの質に影響を与える「労働条件」の確保という理由
・労働力の断片化が、自治体の目的に関する知識の崩壊へと通じ、地方の雇用戦略やより広い優先順位を展開する能力を減少させることを解消するという「共有した価値」という理由。
(3)公的雇用の価値の積極的評価
◇APSEの公的雇用に関するパンフレット 2007年 /公的雇用の価値として・・・
・「地方経済への効果的な梃子」となる価値
・地方自治体や他の公的セクターの組織が地域社会の形成や戦略的影響を有するサービスを調整するために利用できるソースとしての「場所の形成と活動の調整」という価値
・サービス提供の決定、変更などが容易にでき「コストと取引費用の管理」が容易という価値
・「民主的なアカウンタビリティの確保」という価値
・「労働者の潜在能力の開発」という価値
◇1997年、ブレア政権後、政府が労働者保護の政策に変更。さらに、民間組織が行政サービスを提供する際の情報公開制度利用の保障というアカウンタビリティ確保、サービス利用者の権利保障のために98年人権法を適用する対象機関とするための検討
→ 行政サービスの提供にともない、行政機関に一定の義務・責任をとどめつつ、民間組織にも行政機関と類似の義務・責任を課すもの民間組織の「公化」を図るもの。
◇インソーシングは、こうした文脈の中で出ているもの/ 効率性といっても労働者の保護と両立するものであり、行政サービスに伴う公的責任も免れない、と考えられている。
3.わが国における市場化テスト基本方針の決定
(1)官民競争入札等管理委員会の2009年までの3年間の総括
・2010年改定議論/ それは、「内容を全面的に見直し」「より包括的な改革にも視野を広げて内容を構成」としており、新政権の政策方向を伺えると思われる
◇09年5月。官民競争入札等管理委員会の議論
・まず自公政権下の報告書の内容を確認
・3年間の活動実績の「着実な成果」とされるのは「経費削減効果」と「定員削減効果」。
~ 官民競争入札対象事業な係る経費削減効果 従来・約210億円、落札額約110億円、効果100億円
〃 定員純減効果 国民年金保険料収納事務 520名
法務省登記簿等の公開に関する事務 330名
・「課題」は①自発的取り組みの不在 ②低調な事務選定件数 ③規模の小さな事業が多い ④官民競争入札の件数が少ない ⑤国民目線で見たときのサービスの硬直性・不便性
→ 「経費削減」「定員削減」が重視され、その推進が十分でないことが課題とされている。
(2)国民年金保険料収納事務等の現実
・収納率の低さやその原因が深刻な議論に(2010.6 第60回、管理委員会)
~ 社会保険庁担当の収納率の方が民間委託策より高い。/民間委託では電話が増え、社会保険庁では訪問が多い。達成目標の未達成。のみならず、安値入札を助長し、保険収納業務の具体的な実施方法の大半を受託し業者に丸投げ。/「『とりやすいところからとる』のみとなっている状況のままでは、保険料納付へのコンプライアンスの低下と、保険契約者の数の縮小という国民年金制度の根幹に影響する事態を招きかねない」と評価され、戸別訪問の人数、回数のなど接触率など具体的提示が必要と、提言されている。
→ が、この問題点は「成果」とコインの裏表の関係 /落札率の低さ。従来の質の業務ができない。
・法務省登記簿等の公開に関する事務
~ 雇用の不安定化、労働条件の悪化、非専門的労働者の増加によるサービス低下を、職員組合が指摘。
・国立大学法人図書館にかかわる片山大臣の発言(第60回会議)
~司書が短期雇用の非常に劣悪な環境で、官製ワーキングプアの対象となっている問題点を指摘。/さらに一般的に指定管理者制度について経費削減に重きを置いて、行政サービスの質はどうでもよく、安かろう悪かろうになってしまっている傾向がある。/国立大学図書館を指定管理者制度のようにはしないほうがよい。
→ この問題点は、ブレア政権誕生前の政策に伴っていた問題点と類似。当然予想された問題。/イギリスでは、労働者にかかわる問題、アカウンタビリティを含む公的価値・公的雇用の価値に係る議論・政策展開がおこなわれており、わが国の基本方針の見直しが注目される。
(3)民主党政権下における公共サービス改革基本方針
・2010年7月 「公共サービス改革基本方針」(閣議決定)を見てみると・・・
・評価と課題
→ コスト 「総額190億円、率にして5割の削減効果」「比較的規模の大きな対象公共サービス(国民年金保険料収納事業及び登記事項証明書等の交付など)は削減率が高いが、大多数の事業の削減率は数%~30%未満にとどまっている」
→ 課題 ①対象公共サービスの規模が小さい ②対象公共サービスの選定が少数 ③多数の余剰人員を生じる可能性のある事業を対象とすることが難しい ④安価で落札される場合、質の低下等の弊害が生じるケースがある。⑤実施要項の作成等の事前の準備の負担が大きい ⑥政治のコミットメントが弱い
・具体的方針 ①一定以上のコスト削減が見込まれる規模の大きな対象サービスを選定 ②一定数以上の入札対象事業を選定 ③余剰人員に対応するため府省の枠を超えた配置転換、民間への出向・移籍。新規採用抑制 ④従来の実施方法、体制を詳細に示したうえで業者の提案をもとめ、質を重視して選定する。きた引継ぎ、研修を通じ、ノウハウや経験を新しい提供者に移転する。さらに達成目標を著しく下回った事業者は入札参加資格を制限する ⑤ガイドラインの策定など ⑥政治コミットメントの強化のため、政務三役を長として公共サービス改革の体制を整備
→ ④の対応については、労働者保護が十分ではなく、問題は解決されない。/ 問題点への認識はあるものの従来の官民競争入札等管理委員会の組織も政策も存続し、むしろ民営化の拡大路線を継続。
→ 高質のサービスには、それに見合う労働者か必要。/イギリス財界も価格を過度に重視する競争に反対。/日本は、97年以前のイギリスの状況がつづいており、英米の現在の動向から乖離している。
4. おわりに
紙面の関係からふれられなかった検討課題
・第一 「新しい公共」の問題題/ 公共圏論として民主主義の文脈で語られることもあるが、ここでは行政サービス提供との関係でサードセクターを活用することの評価に触れる
→ イギリスですでに議論が進行/ しかし行政サービス提供主体を、営利組織から非営利組織に移すことのみで問題がなくなるわけではない/ 公的価値や公的雇用の価値の議論、サードセクター自身への影響の問題などについて議論が必要。
・第二 行政サービス民営化の前提として事務事業の仕分けへの関心 /公開に意義があるにしても、対象の選定の適切性、短時間の効率化重視の観点からの作業、一般市民や利害関係者の参加も否定的あるいは限定的であること /様々な問題点を含んでいる。
→ 国レベルでは政策的な矛盾も生じているが、自治体レベルで「蔓延」の兆しがあり、民主的正統性・専門性の観点等からの検討が必要。
・最後に/直営にもどせば、行政民営化の問題は解決できるという単純なものではないことにも注意が必要
→ ①外郭団体が担当していた事務をどう考えるか ②官製ワーキングプアは、民営化だけでなく、非正規公務員として直営にも存在する
→ すでに「公契約条例」制定が現実のものとなり、行政サービス担当労働者の保護や社会的正義の実現がもとめられている。
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