無縁社会—地域の「支えあい」の限界と公的役割
地方自治問題研究機構の勉強会からの論考。「公的サービスの限界」を理由に「地域コミュニティの再興」が政策の基調となっているが、その取り組みの重要性を指摘した上で、孤立するリスクのある人ほど「近隣支援」に抵抗感がつよく、そうした支援から個ばれ落ちる危険があり、「制度的、専門的な援助、ないしは介入ルートがきちんと確保される必要」があると、指摘している。
【「高齢者の地域生活の現状と地域福祉活動」―ひとり暮らし高齢者の社会的孤立対策における「支えあい」の限界―-菅野道生(東日本国際大学准教授)11/26】
また「社会的孤立状態に置かれやすいひとり暮らし高齢者の特徴は、比較的年齢の若い男性(前期高齢者)です。ここでは、70歳以上が対象になっているので、『比較的年齢の若い』と書いています。また、集合住宅に居住している人、特に民間賃貸の集合住宅に居住している人」という分析を提示している。
「比較的若い男性」という指摘は、高知の無料低額診療事業に、相談結果とも符合する。集合住宅は、そこまで分析はすすんでないが・・・
いずれにしろ、政策的課題として、「社会的排除」を経験してきた人を、どう包摂するか、そこには公的な支えという問題と、そして差別・分断をうまない劣等処遇でない、人権としての対応へという社会的文化的な合意というか、社会のあり方も含めて問われている気がする。
【「高齢者の地域生活の現状と地域福祉活動」―ひとり暮らし高齢者の社会的孤立対策における「支えあい」の限界―-菅野道生(東日本国際大学准教授)11/26】この論考は、2010年8月28日に行われた地方自治問題研究機構の社会保障・社会福祉研究会で、菅野道生氏(東日本国際大学准教授)が講演した際のテープを起こし、編集部が整理した原稿に菅野先生に手を入れていただいたものです。孤独死が年間3万人ともいわれているなかで、ひとり暮らしの高齢者の情況と、それに対する政策的な対応の特徴がどこにあるのか等を概観しています。議論の参考にしていただきたいと思います(編集部)。
はじめにこれまで各地域でのひとり暮らし高齢者の生活実態調査に明治学院大学河合研究室で関わっていたということで、地域におけるひとり暮らし高齢者の生活問題に関心を持っています。特に、住民による福祉活動の在り方を政策的な支援施策との関係でどういうかたちで構築していくべきかが主な関心事です。仲間と一緒に、9月18日シンポジウム「『無縁社会』から『人と人をつなぐ』社会を目指して~孤独死年間3万人時代に私たちができること~」を企画しています。
本報告では、ひとり暮らし高齢者の状況及びそれに対する政策的な対応の特徴はどこにあるのかを簡単に概観します。
具体的には、東京都の葛飾区で、河合先生と一緒に2008年に「ひとり暮らし高齢者調査」を、2009年に「民生児童委員」と「町会・自治会」という三つの地域調査を実施していますので、その調査からデータを紹介しつつ、そこで得られたひとり暮らし生活の実態と住民福祉活動の中核である民生児童委員の活動の現状と課題から、今現在のひとり暮らし高齢者に対する政策的な対応の在り方を検討することが目的です。
内容としては、柱は大きく二つです。
最初に、高齢者の地域生活の現状と政策的対応の特徴について見ます。特に、ひとり暮らし高齢者の問題では、「社会的孤立問題」が浮上してきている点と、そうした問題に対する政策的対応の特徴は、「地域の支え合い」が政策的に推進されてきています。こういう現状の報告をします。
二つ目は、葛飾区における地域調査の報告です。特に、ひとり暮らし高齢者の生活実態においては、社会的孤立の状況及び近隣住民による支援に対する意識に着目します。ひとり暮らしの高齢者に対する支援の中で住民の福祉活動に着目しますが、住民福祉活動にもさまざまなものがあるので、そのうちの一つとして、民生児童委員活動の実態を中心に報告します。2 ひとり暮らし高齢者の状況とそれへの政策的対応の特徴
まず、簡単に状況を確認しますと、ひとり暮らし高齢者世帯の2005年の国勢調査によると、65歳以上の親族のいる一般世帯で最も多い家族類型は、核家族世帯で875万世帯です。ひとり暮らし高齢者世帯、つまり65歳以上の単身世帯は405万人で、全家族類型の中の22.5%です。この二つが全体に占める割合が、昨今、急速に増加しています。特に、ひとり暮らし高齢者については、今後、2030年までに2倍近くになると推計されています。
当然、ひとり暮らしなので、生活上のさまざまなリスクが多くなってきます。そういう世帯の増加が、国の調査の中でも指摘されています。数としてひとり暮らし世帯が増えているし、これからも急速に増えていくという現状の中で、社会的、一般的にも、ひとり暮らし高齢者の孤独死など社会的孤立問題がニュースで報道されています。さまざまな要素がありますが、社会的孤立問題が、社会福祉政策の重要課題として浮上してきています。
河合先生の著書『大都市のひとり暮らし高齢者と社会的孤立』もあっという間に三刷までいったということで、ひとり暮らし高齢者の問題が、社会的にも、研究者の間でも、ある種の「ブーム」で非常に注目されてずっと大きくなってきている状況です。
こういった状況の中で、それに対する政策的な対応がどうなっているかということです。さまざまな施策が打たれていますが、全体的な特徴としては、ひとり暮らし高齢者問題に対する近年の政策的な動向の基調の一つは、「コミュニティー意識の再興」です。地域のつながりの希薄化が問題なので、地域のつながりを作り直していこうというものです。それを作り直したうえで、地域における住民同士の「支え合い」への期待が強調されている点が特徴です。
ここでは、さまざまな関連の施策なり、政策文書のいくつかの例を挙げました。2007年度からは、「孤立死防止推進事業(孤立死ゼロ・プロジェクト)」を厚労省が立ち上げています。都市部を中心として孤独死が増えています。これを防止する観点から、総合的に取り組むために、1.7億円が計上されています。
これに関連して、2008年3月に、「高齢者等が一人でも安心して暮らせるコミュニティー作り推進会議(『孤立死』ゼロを目指して)」という報告書が公表されました。この中では、孤立死予防型のコミュニティー作りへの提案として、「コミュニティー意識の再興と住民の支え合い活動」とあります。地域のつながりを作り住民同士で支え合おうということが強調されています。
2008年3月に厚労省から公表されたのは、「地域における『新たな支え合い』を求めて」という、「これからの地域福祉の在り方に関する研究会」の報告です。
この中では、介護保険や自立支援法もでき、さまざまな施策は充実した、制度は充実してきているけれども、地域には、制度や公的な施策で対応できない、どうしてもそこからこぼれ落ちる人、そこで救いきれない人がいろいろと出てきます。その人たちをカバーするのが、「新たな支え合い」です。つまり、住民同士で、地域の中で、新たな支え合いの領域を拡大・強化し、そこで施策からこぼれ落ちる人たちを受け止めるという提起です。
こうした報告書を受けて、「地域福祉活性化事業」が、2008年度から、セーフティーネット支援対策等事業補助金の内数ですが、概算要求ベースで1カ所当たり約660万円の額で予算が付けられています。これは、地域福祉のコーディネーターを各地域に配置して、住民同士の支え合いのプログラムを作っていくという内容です。全国で、今、事業が展開中です。
2010年5月「高齢社会白書」が出ています。この中でも高齢化の状況を巡るトピックの柱として、「高齢者の社会的孤立と地域社会~『孤立』から『つながり』、そして、『支え合い』へ」と題した節を盛り込んでいます。「高齢社会白書」の中で社会的孤立を一つの重点テーマとして採り上げたのは、初めてのことです。
社会的に孤立しやすい人の特徴としてあげたのは、単身世帯、未婚・離婚者、暮らし向きが苦しい人、健康状態のよくない人などです。社会的孤立が増加してくる背景としては、世帯構成の変化(単身世帯の増加)、雇用労働者化の進行、生活の利便性の向上、職業歴や生活歴等、様々な背景があります。
社会的孤立自体が、具体的にどのような問題になって表れてくるのか。生きがいの問題、孤立死の増加、高齢者犯罪の増加、消費契約のトラブル等、こういった問題が、社会的孤立の増加によって生み出されてくるとしています。
改善に向けた取り組みとしては、元気な高齢者を支え手にすることなどがあげられています。元気な高齢者がたくさんいるので、そうした人たちを応援する側の担い手にするということです。また、人とつながりを持てる機会(サロンや見守り活動)作り、住民・ボランティア・NPOなどと行政や専門機関が協働することが大事だとして、改善に向けた取り組みとして提起されました。
「高齢社会白書」の内容も、何か新しいものが出てきたわけではありませんが、社会的孤立を高齢者対策の重点課題として据えて、その改善に向けた取り組みとしては、まさに住民の福祉活動を政策的に推進していく方向です。このことが、「高齢社会白書」の中でも顕著になっています。
こうした近年の政策的な動向やそこに見られる政策サイドの認識の特徴を整理すると、おおむね四点になります。
①ひとり暮らしの増加によって、社会的孤立が社会に定着しつつあるという認識、②介護予防との関連で議論が拡大、特に、2005年の介護保険法改正の中で、介護保険が、受給抑制の観点から介護予防のほうに大きく転換しました。地域住民の支え合いとか、サロン活動とか、そういうところに介護予防の役割もかなり取り込まれてきている感覚があるという意味です。③また『行政サービスの限界』を前提とした住民の支え合いの強調という図式が、非常に顕著です。
そして、④多様な主体の協働(住民、町内会、行政、NPO、企業等)の重視。もう行政だけでは限界ということで、住民も含め、さまざまな組織が協働してこの問題にあたっていかなければならない。こういった特徴があります。
この部分をまとめると、地域における福祉課題解決の取り組みを軸に、地域社会のつながりを再構築していくという方向自体は非常に重要です。それ自体は、地域福祉の重要な意義ですが、それを政策的に推進することについては、やはり背景があること、もしくはそれを実際に必要としている人々の実態をよく見定めたうえで、その在り方を考えることが必要だと思います。
そこを踏まえて、ここでは、地域におけるひとり暮らし高齢者の生活と意識の実態、及び住民福祉活動の実態がどのようなものかをきちんと明らかにしたうえで、地域の支え合いなり、住民福祉活動の推進なりといったものを、政策的に推進していく在り方を探っていきたいということです。3 葛飾区の地域概況と調査の実施概要
こうした状況を踏まえて、実際に地域の支え合いを必要としている地域の独り暮らしの高齢者は、どういう状況にあるのか。そして、地域福祉を担っている人たちの活動の実態はどうなのかを、実際の地域調査から少し見ていきます。
対象地域は、葛飾区です。葛飾区の地域概況及び高齢化率等については、おおむね東京都平均と同じぐらいです。高齢者が増えてきているということと、独り暮らし高齢者の人口に占める割合で言っても、ほかの地域同様、増加しています。「下町」というイメージが強いですが、町会・自治会も含めて、地域のつながりは、大都市の中ではまだ随分残っている地域です。
全部で三つの調査を行っていますが、ここでは二つの調査を紹介します。
一つは、「ひとり暮らし高齢者の生活実態調査」です。これは、ケース数で言うと、大体、1,000ケース弱です。対象者は、70歳以上のひとり暮らし高齢者です。ただ、行政からデータをもらうのは難しかったので、社会福祉協議会が事業を通じて把握している70歳以上のひとり暮らしということです。配布数は1,010名、回収数は1,000ケース弱です。回収率で言うと9割を超えているので、それなりに信頼性のあるサンプルです。
もう一つは、「民生児童委員の活動実態調査」です。これは、去年の10月ぐらいに実施したものです。これは、葛飾区内の全民生児童委員を対象にしたもので、有効回収数は332ケースで、これも9割近い回収率になっています。こういった調査を社会福祉協議会、ないしは行政との協力のもとに実施しました。《「調査の実態概要」》
1(調査の名称)
葛飾区におけるひとり暮らし高齢者の生活実態調査
(目的)
ひとり暮らし高齢者の生活と意識の実態について、①社会的孤立状態、②近隣住民に支援を依頼することに対する意識等を主な柱として明らかにする。
(実施主体)
葛飾区社会福祉協議会及び明治学院大学社会学部付属研究所。
(調査対象)
2008(平成20)年度における「ひとり暮らし高齢者毎日訪問事業」の全利用登録者1197名。事業の対象者は「葛飾区内に住所を所有する、70歳以上の在宅のひとり暮らしの高齢者で、おおむね500㍍以内に2親等以内の親族がいない者」。
(調査方法)
訪問留め置きによる質問紙票調査。質問紙票の配布と回収は乳酸菌飲料を配達する配達員に依頼。
(実施時期)
2008年10月の1ヶ月間
(配布と回収情況)
配布数:1010名。
回収数:934ケース。
有効回収数:927ケース
有効回収率:91.7%2(調査の名称)
葛飾区における民生委員活動実態調査
(目的)
①民生委員の活動と意識の実態を明らかにすること、②民生委員の把握している地域における住民福祉活動の具体的事例の収集。
(実施主体)
報告者(協力:葛飾区社会福祉協議会、葛飾区民生委員協議会連合会、葛飾区高齢者支援課)。
(調査対象)
葛飾区内の民生委員協議会に所属する全民生委員。381名(2009年10月1日現在)。
(調査方法)
直接配布(手渡し)による質問紙調査。2009年10月度の区合同民児協会議で配布。回収は調査実施主体への郵送によった。
(実施時期)
2009年10月22日~11月24日
(配布と回収情況)
配布数:381名。
回収数:340ケース。
有効回収数:332ケース(主任児童員37名)
有効回収率:87.1%
4 葛飾区におけるひとり暮らし高齢者の生活と意識の実態―「ひとり暮らし高齢者の生活実態調査」(2008年)から―主なポイントです。まず、ひとり暮らし高齢者の実態調査ですが、圧倒的に女性が多いです。葛飾区の場合は、集合住宅に居住する人が全体の6割でした。ほかのところに比べても、恐らく都営とか公営住宅の比率がやや高いという感じです。これは、対象者が、社会福祉協議会のヤクルト配達の事業を使っている人たちだということも影響しているかもしれません。
閉じ籠もりがちと思われる人、つまり外出するのが週1回以下の人が、全体の2割いました。日常生活の困り事の内容としては、行政等の手続き、買い物、外出、掃除、洗濯といった辺りが多く出ていました。「緊急時、つまり病気などのときに、すぐに来てくれる人がいますか」ということに対して、「いない」という人が全体の2割弱いました。「正月三が日を全く一人で過ごした」という人が2割半でした。
あちこちで調査に参加していますが、ほかの地域でおおむね65歳以上の悉皆調査をやっているので、サンプルとしては若干偏りがあります。緊急時に支援者がいないとか、正月三が日を一人で過ごした人の割合は、葛飾区の場合は、若干低めに出ています。これは性別によっても違います。
葛飾区の調査では、地域の支え合い、住民同士の助け合いが強調される中で、ひとり暮らしの高齢者は、実際にそれをどう思っているのかを聞きました。
近隣住民から支援を受けることに抵抗感を感じる人が、全体の約半数いました。理由としては、8割の人が、「他人に迷惑を掛けたくない」ということでした。
経済的な状況で言うと、やや低い層が、全体の6割ぐらいを占めていて、全体の4分の1は、経済的に苦しいと感じています。これは、先ほどの「高齢社会白書」の特徴とも重なっています。葛飾区のひとり暮らし高齢者の調査では、このような結果が出てきています。
『社会的孤立』の状況に絞って見てみます。「緊急時の支援者の有無」と「正月三が日の過ごし方」をクロス集計してみると、「正月を一人で過ごした」という人については、「緊急時の支援者の有無」が、「いる」が6割、「いない」が4割です。「正月を誰かと過ごした」という人については、「いる」が88.9%、「いない」は11.1%です。正月を一人で過ごした場合は、4割ということで、明らかに差が出てきています。
こういった調査の集計をいろいろ重ねて見た社会的孤立状態に置かれやすいひとり暮らし高齢者の特徴は、比較的年齢の若い男性(前期高齢者)です。ここでは、70歳以上が対象になっているので、「比較的年齢の若い」と書いています。また、集合住宅に居住している人、特に民間賃貸の集合住宅に居住している人が、社会的孤立の状態に置かれている人が目立ちます。
また、「自分の健康状態に問題がある、不安だ」と答えています。近所付き合いが希薄で、近所に頼れる人がいません。そして、子どもがいない人、本人が経済的に苦しいと感じている人などが社会的孤立状態に置かれやすい人の特徴として出ています。《表-1「正月の過ごし方別緊急時の支援者の有無」》
「近隣住民による支援に対する抵抗感」はどうかを見ました。「全く抵抗を感じない」が15.7%、「あまり抵抗を感じない」が17.4%ですから、合わせると3割強です。一方、「やや抵抗を感じる」が35.8%、「非常に抵抗を感じる」が17.5%なので、合わせると5割以上になります。これは、「無回答」を含んだデータなので、「無回答」を除外するともう少し「抵抗を感じる人」の全体に占める割合は、当然大きくなると思います。
では、どういう人が抵抗感を感じるのか、抵抗感を感じる人にはどういう特徴があるのかと。これは、年齢的に若い、健康状態については自己評価がよくない、つまり本人が健康状態に問題があると感じている、近隣関係が希薄である、経済的に苦しいと感じていることなどが特徴として出てきました。《図-3「近隣住民による支援に対する抵抗感」》
例えば、「健康状態についての抵抗感」ですが、これは健康状態との関係で抵抗感をクロス集計したものです。「非常に健康」の場合は、「抵抗感なし」は54.3%です。「抵抗感なし」を縦にずっと見ていくと、だんだん、54.3%、43.2%、32.4%というかたちで、弱くなるにつれて減っています。
「抵抗感あり」の人たちを縦に見ると、「非常に健康」の45.7%から徐々に「普通」、「やや弱い」、「非常に弱い」と健康状態に関する自己評価が低くなるにつれて抵抗感が高まっていく傾向が見えます。《表-2「健康状態についての感じ方と近隣住民の支援に対する抵抗感」》
「緊急時の支援者がいない」、「正月三が日を一人で過ごす」、「日常生活の困り事として『話し相手がいない』」という、いわゆる社会的孤立状態を示す項目と、近隣からの支援への抵抗感については、一定の関連が認められました。要するに、社会的に孤立している人ほど近隣からの支援には抵抗感が高いこということです。
先ほど、政策的な動向を少し見ました。制度は充実してきていますが、ただ、どうしてもその制度からこぼれる人がいるので、その人たちを地域の支え合いでカバーしようということです。しかし、地域で孤立しがちな人ほど、そういった支え合いからもこぼれやすいということです。それを考えると、こういった政策的な方向にも一定の限界性を認めざるを得ないということを主張したいと思います。《表-3「緊急時の支援者の有無と近隣住民による支援に対する抵抗感」》
5 民生児童委員活動の現状と課題―「葛飾区民生児童委員活動実態調査」(2009年)から―
民生児童委員活動の調査の特徴です。民生児童委員は、それぞれ地区を担当して、その地域で福祉の相談役として配置されている、ある種の行政委嘱ボランティアです。民生児童委員は、住民と行政や社会福祉協議会といった専門機関との間に立って、住民の困り事とか、福祉関連のニーズをつなげていく役割を期待されています。
地域の福祉ニーズのある人や地域の住民の生活について、一般的な住民よりも非常によく見えている人たちです。政策的には、こういった人たちを「支え合い」の中心として想定しています。地域の住民のつながりを作っていくうえでの中核的な存在として民生児童委員、もしくは町会・自治会を位置付けているのが、政策的な動向の特徴です。
そういう位置付けである民生児童委員が、実際にはどういう活動状況にあるのか、民生児童委員が見ている地域生活の課題はどういうものなのか、そういったものを探ったのが、この調査です。
少なくとも都内では、一つの自治体で民生児童委員活動を全数で調査したデータはほとんどないということで、今回の調査では、一つの自治体の中での包括的な民生児童委員活動の分析も目的にしました。
まず、「基本的特性」として、女性が圧倒的多数を占めています。そして、60歳代が全体の55.8%で、60歳代から70歳ぐらいまでの女性が、葛飾区における民生児童委員のイメージです。活動年数は、「5年まで」が全体の半数を占め、平均は8.28年でした。全体の9割が、何らかの地域活動の役員等を兼任しています。兼任している役職は、福祉協力員、町会・自治会の役員などが多かったです。全体の6割強が、高齢者世帯に定期的に訪問をしています。担当の件数は、平均12.2件でした。障がい者世帯への定期訪問を行っている人は、全体の2割弱で、児童のいる世帯に定期訪問を行っている人は、全体の1割半です。
やはり、守備範囲として、高齢者が非常に大きなものを占めている状況です。定期的に訪問している世帯のうち、7割近い67.9%は、生活保護受給世帯でした。相談・支援活動の月平均は3.4件、全体の約8割は5件以内でした。その他の活動件数、つまり訪問したり直接個別支援をする以外で、いろいろな地域の活動に顔を出したりとか、そういうその他の活動件数は、平均で11.57件でした。
ほかにもいろいろと地域内の役割を兼任する中で、民生児童委員活動も相当件数が出ているので、民生児童委員は非常に忙しく、「ほとんど休む暇がない」という声も多く聞かれました。
今回、担当している地域内でのひとり暮らし高齢者の孤独死の経験があるかを聞きました。「無回答」を除いた回答者全体の36.1%が、「担当する地域内で孤独死発生を経験した」ということでした。特に、活動年数が長ければ長いほど、孤独死の発生の経験が増えています。
次に、「活動上の困り事」です。民生児童委員活動上、どういう困難があるかということですが、ひとり暮らし高齢者の支援にあたっての困り事で最も多いのは、支援を拒否する人がいることです。もしくは、個人情報の問題で情報がつかめない、認知症で生活状態が悪化している人がいるなどが出ています。支援を拒否する人が、約4割います。個人情報の問題が、3割です。一方で、約3割の人が、困っていることは特にないと回答しています。《図-4「ひとり暮らしの高齢者支援上の困りごと」》
また、「活動上の精神的ストレス」を感じているかという質問については、「どちらかといえば感じている」、「感じている」を合わせると50%、「感じていない」、「どちらかというと感じていない」を合わせると50%で、おおむね半々ということでした。
《図-5「活動上の精神的ストレスの感じ方」》クロス分析をして、ストレスを感じている人の特徴を出しました。女性よりも男性の民生児童委員のほうが、ストレスを感じているという回答割合が大きいです。また、年齢の高い人ほどストレスを感じる割合が高くなっています。ただし、活動経験の長さとストレスの間には、有意な関連は見られませんでした。
町会・自治会やPTA、子ども会の役員等を兼任している人では、民生児童委員活動にストレスを感じているという回答割合がより高く出ています。ただし、今回の調査では、兼任する役職等の数自体は、ストレスとの関連はありませんでした。
活動上の困り事で個人情報の問題で情報がつかめない、支援を拒否する人がいる、つなげられる制度やサービスがないなどを挙げている人では、ストレスを感じている割合が大きいです。また、近隣住民による助け合いの事例を知っている人では、ストレスを感じていない割合が大きくなりました。このような特徴が出ていました。
さらに、「近隣住民による助け合いと小地域福祉活動」ですが、今回は、民生児童委員が、地域の中で、政策で言うような、いわゆる助け合い、支え合いの事例を知っているかという質問をしました。自分の地域で実際にそういうことがあるかということです。実際にそういう活動があって、「知っている」という人は、全体の3割、「知らない」が5割強、「無回答」が2割弱でした。
具体的な内容は、ごみ出し、買い物、見守りといったものが多かったです。やはり、ひとり暮らしの認知症の人を、周りがやむにやまれず助けているという例が、随分多く見られました。《図-6「近隣住民による支え合い事例への民生児童委員の認識度」》
住民が、グループでサロン活動をやっているとか、見守り活動をやっているとか、いわゆる小地域福祉活動が区域内に「ある」という回答は、全体の2割強、22.9%でした。具体的な活動内容は、お茶飲みをしたりするサロン活動と見守り活動が、約4割ずつありました。もう少し踏み込んで、いわゆるごみ出しとか家事支援までやっている例は、今回の調査ではほとんどありませんでした。
《図-7「小地域活動の有無」 表-4「小地域活動の種別・内容」》
「民生児童委員活動に地域住民が協力できることがあるか」という質問に対しては、「ある」という回答が47.3%、おおむね半分が「ある」という回答でした。「わからない」が3割ちょっとあるので、民生児童委員にとって、「住民に何を頼んでいいのかよくわからない」という意識も少し見られます。
協力できる内容は何かというと、民生児童委員一人では手が足りないので、見守りを手伝ってほしいということや、もしくは何かあったらすぐに知らせてほしいという情報提供、ニーズキャッチへの協力が、民生児童委員側から、「住民ができること」として一番に挙げられています。
実際に住民ができることの具体的な内容については、一言で言うと、これだけ支援を必要とする人がいる中で、民生児童委員が一人では、もう見るのは無理なので、住民に手伝ってもらえれば非常に助かるということです。《図-8「民生児童委員活動に地域住民が協力できることの有無」》
最後に、「自由記述」欄ですが、この中で、特に、ひとり暮らし高齢者の支援上での困難にはどんなものがあるのかを聞いています。大きく分けると、支援を拒否する人がいること、プライバシーや個人情報の問題で情報把握が困難なこと、その他という三つに分けて事例を紹介しています。
例えば、支援を拒否する人というのは、「何回訪問してもインターホンで門前払いされたという経験があり、あまりこちらから積極的に支援する姿勢は示さないようにしている」ということです。また、「気になるひとり暮らしの人は、外出の際に回って外から確認するようにしている」、自分が外出して、その道すがら外から目視で確認しているということです。要するに、「自分たちがあまり頻繁に行くのはどうなのかということで、どうしても遠慮がちになってしまう」という意見もありました。
個人情報の問題では、自分たちのところに情報が戻ってこないということです。「行政は、何か調査をするときには民生児童委員を使うのに、そこで得られた情報を民生児童委員にフィードバックしなくて頭に来る」ということも書かれていました。
それ以外に民生児童委員活動上の負担は、民生児童委員の定年は73歳までですが、本人も高齢になってきて活動も厳しい、自分も相当きついし、暑い中、やはり活動が厳しい。いろいろと兼務もしているので、とてもきついという活動上の負担の大きさもありました。6 まとめ
ひとり暮らし高齢者の実態、社会的孤立とか、住民の支援に対する抵抗感の問題、実際に地域で支援にあたっている民生児童委員の活動実態のデータを紹介しましたが、簡単にまとめると二点になります。
一つは、『地域の支え合い』になじまないひとり暮らし高齢者の存在です。まず、政策的に地域の支え合いを推進していこうという動きがあると紹介しましたが、地域の支えになじまないひとり暮らし高齢者がいます。見たとおり、社会的孤立状態にある人ほど、近隣住民に支援を頼むことに抵抗を感じています。
社会的孤立状態でなくても、誰かの世話になるということは、普通の人間でも本当に嫌なことです。できれば、家族なり、サービスなり、行政なり、本当はそれを使いたいわけです。高齢者にとっては、住民の助け合い自体が、そもそも抵抗が高いことです。
さらに、社会的孤立状態に置かれている人は、それに輪を掛けて、そういった支援に対する抵抗が高いということを考えると、社会的孤立状態にある人が、さまざまなリスクを抱えて政策の対象になるとすれば、そういった人たちほど、住民の支え合いになじみにくいので、住民の支え合いにあまり多くを期待する方向性はどうなのかを当然考えていかなければいけません。
そうはいっても、ひとり暮らしの高齢者を支援する住民のネットワークを作っていくこと自体は、非常に重要です。それ自体は、それとして進めていかなければいけません。
しかし、その一方で、今回の調査結果の分析で明らかになったように、生活上の困り事を抱えていたり、健康状態に不安を感じていたり、緊急時の支援者がいない人ほど、近隣住民に支援を頼むことに抵抗感を持っているという実態があります。こうした人々については、近隣住民による支援には限界があります。制度的、専門的な援助、ないしは介入ルートがきちんと確保される必要があります。
二つには、『地域の支え合い』推進の課題です。民生児童委員の活動実態調査からすれば、やはり地域で支援を必要とする人が増え続けている中で、支援を拒否する人への対応が、活動上の困難となっています。そういう人々を住民の立場で支えることには、やはり一定の限界があるということが、改めて確認できました。
地域の状況によって異なりますが、地域の中には既に、民生児童委員の目を通じても自発的な支え合いが一定数存在しています。これをテコに、そういった活動を地域に広げていくことは大事だと思います。民生児童委員自身が挙げる「住民にできること」は、見守りや情報提供です。これは、支援に対して拒否的な人に対して、受け身というか、あまり攻めの支援ではありません。こういう支援が住民にできるとは、少なくとも民生児童委員は考えていません。深刻な問題を抱える人々へのより積極的、介入的な支援は、やはり住民活動では限界があると思います。
結論としては、制度的な支援からこぼれ落ちる、あるいはそれが届かない人々を地域の支え合いでカバーするという理屈ではなく、地域の支え合いからこぼれ落ちる人々を受け止めることが、制度的支援の役割であり責任です。政策からこぼれ落ちた人を地域でカバーするのなら、地域でカバーできない人が出てくると、その人たちはどこにも行き場がなくなってしまいます。
基本的には地域で支えます。ただし、地域でできることには限界があるので、そこからこぼれ落ちる人を公的な仕組みできちんとカバーすることが必要です。地域福祉活動の推進政策においては、こうした基本認識をもとに、具体的な推進方策が検討されるべきだと思います。(注)本稿中の表や図は、恐れ入りますが、この論文1ページの著者名の下にある「印刷用PDF」ソフトをダウンロードしてご覧下さい)
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