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貧困の連鎖を絶つ「高校版就学援助」を 参院調査室・論考

 参議院調査室「経済のプリズムNo83 2010.9」に、鳫咲子さんの「子ども・若者の貧困と教育の機会均等~卒業クライシス問題と高まる高校版就学援助の必要性~」が載っている。
 同論考は「現代の日本において、子どもが受ける教育ないし学歴は、失業・貧困に陥るリスク等に最も大きい影響を持ち、適切な教育を受けていることが、その後の人生において最大の“生活保障”として機能」、「親から子への貧困の連鎖を断ち、卒業クライシス問題や高校中退を防ぐことは、義務教育だけで就業することが困難となった我が国における緊急の課題であり、児童(子ども)の権利条約の要請でもある」と高校版就学援助制度の必要性を訴えている。
【子ども・若者の貧困と教育の機会均等~卒業クライシス問題と高まる高校版就学援助の必要性~】

【子ども・若者の貧困と教育の機会均等~卒業クライシス問題と高まる高校版就学援助の必要性~】
企画調整室(調査情報室) 鳫咲子

 公立高校の授業料を不徴収とし、私立高校等の生徒には「高等学校等就学支援金」を支給する「高校授業料無償化」が平成22 年4月から実施された*1。また、中学校修了までの子ども手当の支給も6月から開始され、子ども・教育に関する政策は、大きな転換点を迎えている*2。

1.卒業クライシス問題
 高校授業料無償化以前の平成21 年3月、出席日数・成績等の卒業要件を満たしているにもかかわらず授業料等の滞納を理由に、卒業式後に卒業証書を回収したり、卒業式に出席を認めなかったりした事例が、調査された12 県のうち、少なくとも43 校(私立36 校、公立7校)、75 人(私立67 人、公立8人)にのぼった(図表1)。授業料ではなく、PTA会費の滞納による場合もある。このように親の失業や収入減など経済的理由により授業料等を滞納して卒業できない状況は、高校生の「卒業クライシス(危機)問題」とも呼ばれている*3。

 こうした事態について文部科学省は、学校教育法施行規則第104 条が準用する同規則第58 条が「校長は、全課程を修了したと認めた者には、卒業証書を授与しなければならない」と規定していることからも 経済的理由などやむを得ない事情による授業料の未納は、生徒個人の責任ではないので、授業料減免制度、奨学金制度を活用した上で、生徒の心情を最大限配慮した対応をとることが望ましいとの考え方を示している*4。

*1 「公立高等学校に係る授業料の不徴収及び高等学校等就学支援金の支給に関する法律」(平成22 年法律第18 号)の成立、施行による。本法律をめぐる議論については、鈴木友紀「「高校無償化」をめぐる国会論議」」『立法と調査』306 号 (2010.7)3~14 頁、有薗裕章「「高校無償化」の意義」『立法と調査』302 号(2010.3)17~24 頁、寺倉憲一=黒川直秀「教育費の負担軽減―高校の無償化をめぐる議論―」『調査と情報』666 号(2009.11)を参照。
*2 参議院選挙における各党のマニュフェストにおいても、教育費負担の軽減に関する記述が見られた。
*3 第174 回国会衆議院文部科学委員会議録第2号14 頁(2010.2.24)、衆議院本会議録第10号15 頁(2010.2.25)、参議院本会議録第10 号2頁(2010.3.19)、参議院厚生労働委員会会議録20 号4頁(2010.5.25)、『毎日新聞』(2010.3.3)、『朝日新聞』(2010.2.7)など。
*4 中学・高校生の卒業クライシスに関する質問に対する答弁書(2010.2.26 内閣衆質174 第142号)及び第171 回国会衆議院文部科学委員会議録第4号15 頁(2009.3.25)。同時に文部科学省は、人数等について全国的な調査は行わず報道の確認のみで、山梨、山口、佐賀、長崎など合わせて21 校44 人と答弁している。

 ◇図表1 高校授業料滞納による卒業クライシス報道(2009 年)/略

 「卒業クライシス問題」のように高校生が家計の困窮により就学を断念する事態が生じないよう、文部科学省は、平成21 年度第1次補正予算で、経済的理由により修学困難な高校生への授業料減免補助及び支援として、「高校生就学支援基金」を設置した都道府県に対する「高等学校授業料減免事業等支援臨時特例交付金」制度を設けた*5。しかし、2010 年3月も、少なくとも7県の私立高校16 校18 人が学費滞納を理由に卒業式に出られなかったことが報道されている*6。

*5 文部科学大臣政務官「経済的理由により修学困難な高等学校等生徒への支援について」(2010.2.9)。しかし、支援制度を拡充した場合に2分の1が都道府県の負担となることから、約486億円(2009~2011 年度の3か年分)の基金のうち、初年度は51 億円程度しか使用されていない(第174 回国会衆議院予算委員会議録第8号5頁(2010.2.9)、第19 号11 頁(2010.3.2)、『朝日新聞』(2010.3.3))。
*6 『読売新聞』(2010.3.22)によれば、2010 年の卒業クライシスは、愛知、山形、新潟、富山、和歌山、鳥取、香川の7県の私立高校計16 校で確認されている。

2.経済的理由による高校中退の現状
 高校生の授業料滞納は、雇用状況の悪化に伴う保護者の失職等の経済的理由によって増加しており、2008 年度末で私立・県立併せて約1万7千人にのぼる(図表2)*7。

◇図表2 増加する授業料滞納者
私立高校 2007 年度末 8,276人 生徒総数に占める割合(0.8%)
2008 年度末 9,067人 (0.9%)
県立高校 2007 年度末 7,203人 (0.3%)
2008 年度末 8,245人 (0.4%)
(出所)文部科学省「教育安心社会の実現に関する懇談会報告~教育費の在り方を考える~」(2009.7.3)

 このような滞納について、高校側の対応はどうなっているのであろうか。学費滞納があった場合、私立高校では、報道された卒業クライシス事例のように「卒業式に出席させるが、証書は渡さない」(33.6%)、「卒業式に出席させない」(30.1%)とする場合が多い(図表3)*8。また、退学処分になれば滞納額の支払いがなくなるため生徒自身が退学処分を希望する場合もある。
 文部科学省によれば、経済的理由による高校中退者は、2千人余りであるが、理由を一つしか選べない調査のため、家庭の事情、進路変更(就職を希望)と答えた者の中にも経済的理由が多数含まれると見られる*9。また、授業料減免を受けていた者、奨学金の貸与を受けていた者であっても、経済的理由により退学した者もいる(図表4)。

*7 県立高校の都道府県別の状況については、『毎日新聞』大阪版(2010.1.31)。
*8 公立高校についても、文部科学省「「高等学校等の実質無償化」に関する関係団体との意見交換会」(2009.10.9)、全国高等学校長協会提出資料によれば、未納者への法的措置65 件(2008年度)という県の例がある。文部科学省は、公立高校の授業料は地方自治法第225 条施設利用の対価であるので、授業料滞納による出席停止処分、退学処分も違法ではないとしていた。
*9 第170 回国会衆議院青少年問題に関する特別委員会議録第2号14 頁(2008.11.18)。文部科学省「平成22 年度学校基本調査」(2010.8)によれば、義務教育においても経済的理由による長期欠席(30 日以上)が小学生73 名、中学生137 名存在する。

◇図表3 私立高校における学費滞納と卒業
卒業式に出席させるが、証書は渡さない33.6%
卒業式に出席させない 30.1%
そのまま卒業させ、後年度支払い18.3%
留年2.6%
除籍2.6%
その他12.7%
(出所)子どもの貧困白書編集委員会編『子どもの貧困白書』明石書店(2009.9)178 頁。

◇図表4 中途退学の主な理由(一つ選択) 略

 現在、高校等への進学率は約98%となっているが、中途退学者が年間6万6千人程度いる(平成20 年度)。近年、雇用が不安定で社会保険の適用を受けないことが多い非正規労働者の割合が、全雇用者の3分の1 以上に増加している。その中で、中卒・高校中退という相対的に不利な学歴の若者にとって、正社員への道は近年一段と狭くなっている。2001 年と2006 年を比較すると、正社員になれた若者は、ほぼ半減しており、アルバイト・パートへの就業割合が増えている(図表5)。また、高校卒業を要件とする職業資格も増えている*10。

 高校授業料無償化法の成立によって、公立高校は授業料不徴収となり、私立学校は、公立高校授業料相当額の11 万8,800 円が助成されることになった*11。しかし、授業料以外で学校にかかる費用は、公立高校で約24 万円、私立高校では約46 万円にものぼる(図表6)。一般に、公立高校入学定員は、当該地域の中学卒業生全員分に満たないことから、高校生の約3割が私立高校で学んでいる*12。私立高校への進学は、公立高校が不合格となり、やむなく私立を選んだ場合が含まれている。私立高校の授業料、及び公立、私立ともに授業料以外の学費の負担は、依然として大きい。

3.高まる高校版就学援助の必要性
 平成21 年に制定され、平成22 年4月から施行された「子ども・若者育成支援推進法」には、「日本国憲法及び児童の権利に関する条約の理念にのっとり、子ども・若者育成支援の基本理念等を定め、子ども・若者育成支援施策を推進する。」と規定されている。

 憲法は、教育の機会均等について、「すべて国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する」(第26 条)と規定している。児童(子ども)の権利条約は、教育への権利について、 「(b)すべての児童に対し、中等教育が利用可能であり、かつ、これらを利用する機会が与えられるものとし、例えば、無償教育の導入、必要な場合における財政的援助の提供のような適当な措置をとる。(d)すべての児童に対し、教育及び職業に関する情報及び指導が利用可能であり、かつ、これらを利用する機会が与えられるものとする。(e)定期的な登校及び中途退学率の減少を奨励するための措置をとる。」(第28 条)と規定している*13。
 また、子どもに必要なものの支持率に関する調査がある。「(希望すれば)高校・専門学校までの教育」という項目への支持率は、「遠足や修学旅行などの学校行事への参加」「学校での給食」14項目に次いで相対的に高い(図表7)。第2節でも述べたように中卒・高校中退者の就業状況が悪化している現状においては、高校卒業までの学習条件の整備は、国民の支持も高く、特に優先すべき課題である。

 厚生労働省は、2010 年2月から3月にかけて卒業クライシス対応として、社会福祉協議会が貸し付ける生活福祉資金(教育支援資金)を活用して高校の授業料が滞納した時に遡及して滞納額を貸し付ける一年限りの特例措置を講じた*15。この特例措置は、わずか2か月間で貸付決定件数1,033 件、貸付決定金額2億5,576 万円の利用となり16、私立高校生の中退率減少に効果があったと
の評価がある*17。

 過去の生活福祉資金の高校の修学資金貸付の分析によれば、利用世帯の親が無職である場合が多く、持ち家率も低いため、国(日本政策金融公庫)の教育ローンの利用が難しく、また、成績が5段階評価で3.0 に届かない場合が多く成績要件のある日本学生支援機構を利用できないという18。また、所得の低い層では、貸与さらに有利子の資金は、将来の負担を考えて利用したくないという声もある19。第2節の図表5で見たように、今日、高校を出ていないと正社員として就労することが難しいこと、高校教育の成果は本人のみならず広く社会に還元されること*20、このような観点からは、成績要件のある奨学金制度けでは修学支援に不十分であるといえよう。

*12 全国29 の都道府県には、公立と私立の定員配分を決める協議会がある。経済環境の悪化で公立のみ受験する生徒も増えている。統廃合が進められている定時制高校では志願率の上昇も見られる(『日経グローカル』148 号(2010.5)18~20 頁)。
*13 条約中の中等教育とは、我が国における高校教育に相当する。
*14 全国の完全給食実施率は、公立小学校児童数で99.5%であるが、公立中学校生徒数では74.6%にとどまる。給食のない夏休みに体重の減る子どもがいることも報告されている。
*15 厚生労働省社会・援護局地域福祉課長「高校生の授業料滞納に係る生活福祉資金(教育支援資金)の取扱について」(2010.2.12)。貸付対象は市町村民税非課税世帯程度の低所得世帯、
貸付上限額月額3万5千円。無利子。償還期限は、卒業後6月以内の据置期間経過後20 年以内。保証人不要、但し世帯内で連帯借受人が必要。
*16 厚生労働省「高校生の授業料滞納に係る生活福祉資金の貸付決定状況について(最終報告)」(2010.5.20)。
*17 『毎日新聞』(2010.5.1)、『日本経済新聞』(2010.5.1)。
*18 鳥山まどか「貧困・低所得世帯への教育費支援―生活福祉資金貸付制度を中心に―」『社会福祉学』第46 巻第1号(2005.7)によれば、北海道の制度利用者の調査では無職世帯が4割、持ち家世帯は2割未満であった。
*19 大澤真平「子ども経験の不平等」『教育福祉研究』第14 号(2008.3)10 頁。
*20 文部科学省「平成21 年度文部科学白書」(2010.6)68 頁。

◇図表7 子どもに必要なものの支持率 %
遠足や修学旅行などの学校行事への参加 81
学校での給食  75
(希望すれば)高校・専門学校までの教育62
絵本や子ども用の本 51
一足のお古でない靴 40
誕生日のお祝い 36
一組のお古でない洋服 34
友だちを家に呼ぶ(小学生以上)31
適当なおこづかい(小学生以上)23
自転車(小学生以上) 21
周囲のほとんどの子が持つスポーツ用品やおもちゃ 12
(出所)阿部彩『子どもの貧困』岩波書店(2008.11)186~187 頁。

 この点に関して、経済的な困難のある高校生に対しては、生活保護(生業手当として高校修学費の一部を支給)が限定的であるため、現在、義務教育のみを対象としている就学援助の拡充等により、生活保護受給よりも緩やかな所得要件の高校版就学援助による給付が必要であるという提案がある*21。

4.修学支援におけるナショナル・ミニマム
 現在は義務教育のみに適用されている就学援助制度に対する国庫補助は、いわゆる三位一体の改革により、平成17 年度以降廃止され一般財源化された。その理由には、就学援助の対象である準要保護者は、認定に当たって全国共通の基準が無く市町村教育委員会の独自の判断で行われていることと、生活保護法の対象である要保護者よりも困窮度が低いことが挙げられている*22。 この一般財源化により、市町村間の就学援助制度運用の差は拡大している可能性がある*23。就学援助制度の最低基準、ナショナル・ミニマムに関して、文部科学省は生活保護受給者の困窮度が一番高いことを答弁するにとどまり、就学援助の基準については明言していない*24。
 子どもの相対的貧困率と就学援助を受けている子どもの割合が共に14%程度であることから、就学援助は生活保護よりも子どもの貧困をよく捕捉しているとの指摘もある*25。
 生活保護の要保護率、就学援助の準要保護率について*26、全国平均(それぞれ平成20 年度1.3%、12.6%)以上の人口規模別の市町村割合を、ここで生活保護対応率、就学援助対応率と呼ぶことにする。就学援助は市町村の運用によるところが大きいため*27、特別区や人口規模が大きい市町村ほど就学援助対応率が高くなる傾向がある(図表8)。

*21 藤澤宏樹「就学援助制度の再検討 (2・完)」『大阪経大論集』第59 巻第1号(2008.5)73頁。「第9回教育再生懇談会小川委員提出資料、教育安心社会関連資料」(2009.4.17)。なお、「就学援助」の場合は、もともと貧困家庭の不就学対策であったという経緯から「修学」ではなく「就学」の文字を使っている。
*22 第162 回国会衆議院文部科学委員会議録第7号3頁(2005.3.17)、鳫咲子「子どもの貧困と就学援助制度」『経済のプリズム』第65 号(2009.2)及び後掲図表10 参照。
*23 文部科学省「就学援助に関する調査結果について」(2006.6)、文部科学省「平成20 年度準要保護者認定基準等変更調査」。
*24 第171 回国会参議院決算委員会会議録第8号11 頁(2009.6.1)。
*25 阿部彩『子どもの貧困』岩波書店(2008.11)89~90 頁。
*26 要保護率、準用保護率は、公立小中学校児童生徒総数に占める要保護者、準要保護者の割合である。
*27 湯田伸一『知られざる就学援助-驚愕の市町村格差』学事出版(2009.7)141~143 頁。

◇図表8 人口規模別の制度対応率と保護者無しの市町村割合(2008 年) 略

 一方、生活保護の対応率は、政令市クラスの70 万人以上の自治体で最も高く、特別区はそれに次ぐ。8000 人未満の町村もそれほど低くはなく、全国平均以上に生活保護の対応をしている自治体が全体の5分の1以上、23%ある。ところが逆に生活保護を受けている子どもが0人という町村も人口8000 人未満では半分以上ある。したがって、人口8000 人未満では生活保護のニーズに全国平均以上に対応している約2割の町村と、逆に全く子どもに対して生活保護を実施していない約半数の町村があり、自治体ごとの運用の差が非常に大きい。

◇図表9 都道府県別保護率 略

 全国的にみると、富山県や福井県など北陸は生活保護率(図中の要保護率)が低いとよく言われるが、就学援助率(図中の準要保護率)は必ずしも低くはない(図表9)*28。人口8000 人未満の町村に多い生活保護を受けている子どもが0人という地域でも、就学援助制度が生活保護制度の利用しにくさを補完している可能性がある*29。

*28全国的には生活保護の子どもの約10 倍の就学援助の子どもがいるのが平均的な姿であり、生活保護の水準に比べて就学援助が少ない自治体もあるが、北陸では生活保護の水準と比べて就学援助の水準は必ずしも低くない。
*29 ちなみに人口8000 人未満の町村の2007 年と2008 年を比較すると、生活保護対応率23%、要保護無し51%で変わらないが、就学援助対応率は、2007 年の13%から2008 年に4%上昇している。

 このような義務教育段階における子どもへの生活保護と就学援助の適用の現状を見ても、修学支援におけるナショナル・ミニマムは、現在の生活保護制度だけでは不十分である。生活保護を受けるには世帯の資産調査があり、住宅ローンなど借入れがある場合などは受けられない。就学援助には資産調査はなく、通常、親の所得のみが基準となっている(図表10)。

 ◇図表10 義務教育における生活保護(教育扶助)と就学援助の関係 略

 明治大正期から市町村が就学困難な児童に教科書・学用品等を交付した場合に、国及び都道府県が補助金を交付していた。昭和23 年に就学奨励も家庭の生活費の問題であるとされて、生活保護の生活扶助に吸収された。その後、昭和25 年に教育扶助が新たに設けられた。当時から親の資産調査を行う生活保護における教育扶助の対象とするか、子どもの就学奨励という見地から支援するかは課題として認識されていた30。しかし、生活保護の教育扶助と準要保護児童生徒への援助を、経済的理由による就学困難な者に対する支援として統一された理念の下に一本化する新しい制度については将来の問題と考えられていた*31。

*30 文部省「わが国の教育の現状」(1953)。大平嘉一郎「貧困世帯に対する公的扶助制度と就学奨励制度(2)」『教育委員会月報』第13 巻第11 号(1962.2)55、58 頁によれば、修学旅行費については、当時の社会通念として、学習に直接必要なものとして取り扱われず教育扶助の範囲から除外され、就学援助の対象とすることで現在に至っている。藤澤宏樹「就学援助制度の再検討 (1)」『大阪経大論集』第58 巻第1号(2007.7)218 頁は、この不当性を指摘している。現在、修学旅行のほとんど(96%)が教科や他の教育活動と関わりをもって行われている実態からも時代にそぐわない((財)全国修学旅行研究協会「修学旅行の実施概況調査/修学旅行の課題調査『教科等との関わり方について』(2009.3)」)。
*31 藤澤・前掲注21、57頁。松浦泰次郎「教科書給与の法律改正について」『文部時報』第946号(1956.6)32頁。

5.求められる児童(子ども)の権利条約の理念の実現
 第3節で言及した児童(子ども)の権利条約には、条約で認められた権利の実現のために、我が国がとった措置等を国連の児童の権利委員会に報告する義務が課されており、児童の権利委員会でその報告書が審査される(政府報告書審査制度)。過去2回(1998 年・2004 年)、日本政府の報告書を審査した児童の権利委員会の最終見解(総括所見)が採択されているが、2010 年6月に採択された第3回目の最終見解(総括所見)では、新たに我が国における子どもの貧困の問題に焦点が当てられた*32。

 まず「国内行動計画」に関して、児童の間に存在する不平等や格差に対して権利をベースとした包括的な国内行動計画が欠如していることに懸念が示され、行動計画において所得・生活水準の不平等に加え、性別、障害、出身民族、及び児童の発達・学習・責任ある人生に向け準備する機会を形成するその他の要因による格差に対応するよう勧告された。
 また「資源の配分」として、児童の福祉及び発達のための補助金や手当が、これまで一貫したやり方で整備されてこなかったことに憂慮が表明され*33、国及び地方自治体予算における児童のための予算割当が明確でないため、児童の生活に与える生活への影響という観点から、財政支出を検証し評価することが不可能となっていることへの懸念が示された。「データ収集」に関しても、貧困状態にある児童・障害のある児童・外国籍児童の就学率に関するデータの欠如が指摘された*34。
 「家庭環境」に関しては、ひとり親家庭における貧困の影響への懸念が示され、不利な状況にある児童や家族を優先して、適切な財政的・社会的・心理的支援を提供するよう勧告された*35。そして、「適切な生活水準に対する権利」の項目では、全ての子どもを対象とする子ども手当制度が、貧困率引下げにおいて、現行の生活保護法及びひとり親世帯(母子世帯)を対象とした支援措置と比較して有効かどうかを評価するデータがないことが指摘された*36。

*32 以下は、外務省「児童の権利条約第3回政府報告審査後の児童の権利委員会の最終見解(仮訳)」(2010.6)〈http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/jido/pdfs/1006_kj03_kenkai.pdf〉及び子どもの権利条約NGOレポート連絡会議仮訳「子どもの権利委員会:総括所見:日本(第3回)」〈http://www26.atwiki.jp/childrights/〉のパラグラフ15、16、19、21、50、51、66、67、 (社) セーブ・ザ・チルドレン・ジャパン「国連子どもの権利委員会最終見解から見る子どもの貧困」〈http://www.savechildren.or.jp/sc_activity/japan/100701soap.html〉を参照
した。
*33 第4節の記述も、この資源配分の一貫性の欠如の問題と関連する。
*34 児童の権利条約第3回日本政府報告に関する児童の権利委員会からの質問事項に対する日本政府回答(仮訳)〈http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/jido/pdfs/1004_kj03_kaitou.pdf〉43 頁には、「外国人児童の初等及び中等教育の就学率については、把握していない。」と記載されている。
*35 関連する資料として、NPO法人しんぐるまざあず・ふぉーらむ『母子家庭の子どもと教育』(2010.3)も参照。
*36 関連する論文として、白波瀬佐和子「子ども手当の是非を問う-階層化する子ども世帯」『世界』801 号(2010.2)及び阿部彩「「子ども手当」と子どもの貧困率」『経済セミナー』651 号(2010.1)がある。

◇図表11 母子世帯と他の世帯の所得分布 略
母子世帯:世帯平均所得金額(231.4万円)
高齢者世帯:世帯平均所得金額(297万円)
全世帯:世帯平均所得金額(547.5万円)
子どものいる世帯:世帯平均所得金額(688.5万円)
(注)ここで「子ども」とは、18 歳未満の未婚の者をいう。
(出所)厚生労働省「平成21 年国民生活基礎調査」(2010.5)より筆者作成。

 その上で、我が国が貧困削減戦略を策定して、児童の貧困を根絶するために適切な資源を配分するよう勧告された。図表11 は、不利な状況の典型例である母子世帯と他の世帯の所得分布の違いを示している。母子世帯は、平均所得が231.4 万円と全世帯平均の4割程度であるが、分布も150 万から200 万円未満など低い所得に多くが集中している。
 現代の日本において、子どもが受ける教育ないし学歴は、失業・貧困に陥るリスク等に最も大きい影響を持ち、適切な教育を受けていることが、その後の人生において最大の“生活保障”として機能し、その意味で教育は「人生前半の社会保障」の最も重要な要素をなすと言われる*37。現在の厳しい財政状況においては、限られた財源を緊急の課題に集中させることが必要である。第1・2節で述べたように、親から子への貧困の連鎖を断ち、卒業クライシス問題や高校中退を防ぐことは、義務教育だけで就業することが困難となった我が国における緊急の課題であり、児童(子ども)の権利条約の要請でもある。教育の機会均等を確保するために、高校版就学援助制度に関する速やかな検討が必要である。

*37 広井良典『持続可能な福祉社会』筑摩書房(2006.7)24~25 頁。
【参考文献】 略

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