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 劇場型「事業仕分け」と議会定数削減  共通する民主主義の軽視

自治体学校の分科会の参考資料に、尾林弁護士の事業仕分けについての自由法曹団通信の論文があった。
“劇場型「事業仕分け」は、国会における衆議院比例定数削減の動き、名古屋市における市長の市議会定数七五から三八への大幅な削減提案など、多様な声の反映という議会制民主主義の根本を軽視する動きと軌を一にするものではないだろうか。”と本質的な提起をしている。
ダイヤモンドオンラインでフリージャーナリストの相川氏は、「定数削減が議会改革か」と人気を持つ首長の暴走など「民主的独裁」への危惧を表明している。
【劇場型「事業仕分け」の何が問題か 尾林芳匡4/11】
【定数と報酬の削減が議会改革なのか? 全国各地に広がる地方議員半減の嵐 相川俊英 7/6】

 8月。原爆投下と侵略戦争の終戦・・・ 平和への思いを強くするこの時期、あらためて民主主義の価値を見つめなおすこと、国民主権と地方自治の条項が憲法にきざまれた経過を考えて見るのも重要だろう。
 

【劇場型「事業仕分け」の何が問題か】

東京支部  尾 林 芳 匡   団通信4/11

一 国民の注目を集めた新政権の「目玉」
 二〇〇九年一一月一一日から二七日、行政刷新会議による「事業仕分け」が行われた。ここでの判定は、次年度予算編成の重要な参考とされた(「行政刷新会議の事業仕分けの評価結果の反映」二〇一〇年〇一月・財務省主計局)。予算編成を公開の場で行うということで国民的関心を呼び、世論調査では九割が「評価する」というものもあった(フジ・産経〇九一一二四)。連日のテレビ報道により、新政権の「目玉」組織とされた行政刷新会議は、おおむね好評にみえる。
 しかし、真に無駄に思える施策の予算削減に混じって、国土交通省「賃貸住宅の再生、再編」、総務省「緊急消防援助隊設備整備費補助金」、厚生労働省「(独)雇用・能力開発機構運営費交付金」、「診療報酬の配分」、「障害者保健福祉推進事業費」、「シルバー人材センター援助事業」、「延長保育事業」、「保育所運営費負担金」、「生活保護費等負担金」、経済産業省「中小企業経営支援」、文部科学省「スポーツ予算」、「文化関係」、などの事業費・予算が削減されている。こうした生活関連の予算の削減は、はたして「事業仕分け」のテレビ報道に喝采した人々の願いに合致しているのか、疑問である。
 そこで本稿では、「事業仕分け」の何が問題なのかについて、法の原理に照らし、また実際上の対象事業の選定や「仕分け人」の任命について検討したい。とくに、今回の国の事業についての「事業仕分け」にならい、行政施策の予算削減を実績としようとする首長などが、全国の地方自治体で同様の「地方自治体版事業仕分け」を実施しようとする可能性も強い。地方自治体で「事業仕分け」を議論する際の参考にしていただきたい。

二 指導原理のない「仕分け」
 「仕分け」は「区分・分類」することなのであるから、必然的に基準が必要である。たとえば簿記における「仕分け」は、取引を借方と貸方に区分けすることであるし、貨物の「仕分け」は、行く先別、荷主別に貨物を分類することである。ところが国の「事業仕分け」は、何を基準として「区分・分類」しようとしているのかが不明であり、いわば指導原理のない恣意的な「仕分け」である。
 新政権が誕生したのは、「国民の生活が第一」という民主党のスローガンにもあるように、長年の新自由主義的な「構造改革」により勤労市民層の貧困化と地域経済の疲弊が進み、国民の生活の擁護の政策が指示されたためである。国民生活の疲弊は、農林水産業・中小製造業・中小商業の壊滅など地域経済の疲弊、雇用の劣化と「ワーキングプア」の増大、社会保障改悪(年金・医療・生活保護・・・)による生活不安の増大などにみられる。そうであれば、国民生活を支える事業か否かを「仕分け」の視点として据えて、論じるべきであった。ところが、このような指導原理が据えられなかったため、真に無駄な施策の削減に混じり、国民生活を支える大切な事業の予算が削減されることとなった。
 すなわち、社会保障についてこれまで打ち立てられてきた基準に基づき、医療・福祉・教育などの分野について一定の質を確保し国民生活の安全などを守るための社会的施策について、たとえば、「民間でもできるなら民間で」などという論者の議論によって、乱暴に削減する結果をもたらしている。

三 恣意的な「仕分け」の対象の選定
 他方で、大資産家・大企業への課税の減税措置や、証券取引益への減税措置、条約上の根拠のない米軍への「思いやり予算」などは、当初から「仕分け」対象からはずされている。これでは、積極的な国民生活を擁護する施策を実施しようとしても、財源が不足し、消費税増税以外に財源を見いだせなくなるおそれすらある。

四 「仕分け人」は新自由主義的「構造改革」の推進派
 「仕分け人」として事業仕分けを担当したのは、これまでも新自由主義的「構造改革」を推進してきた人々である。研究者とともに、次のような多くの経済界の代表者が参加している。・・・翁百合(株式会社日本総合研究所理事)、ロバート・アラン・フェルドマン(モルガン・スタンレー証券株式会社経済調査部長)、市川眞一(クレディ・スイス証券株式会社チーフ・マーケット・ストラテジスト)、長隆(東日本税理士法人代表社員)、梶川融(太陽ASG有限責任監査法人総括代表社員)、河野龍太郎(BNPパリバ証券チーフエコノミスト)、船曳鴻紅(株式会社東京デザインセンター代表取締役社長)、丸山康幸(フェニックスリゾート取締役会長)、和田浩子(Office WaDa代表)高田創(みずほ証券金融市場調査部長チーフストラテジスト)、高橋進(株式会社日本総合研究所副理事長)、中村桂子(JT生命誌研究館館長)、永久寿夫(PHP総合研究所常務取締役)、原田泰(株式会社大和総研常務理事チーフエコノミスト)、速水亨(速水林業代表)、星野朝子(日産自動車株式会社執行役員市場情報室長)・・・。また研究者として参加した人も、その多くは、地方自治体で新自由主義的な行政改革を進めてきたり、経済界での活動を経て研究者となった人々である。
 「仕分け人」の中に、国民生活を擁護する立場から新自由主義的「構造改革」を一貫して批判している人はいない。このような「仕分け人」の構成では、そもそも国民生活の擁護の視点で行政施策を検討することは不可能であった。

五 「構想日本」の「実績」は新自由主義的「構造改革」
 そもそも「事業仕分け」を実施した新政権の「目玉」組織である「行革刷新会議」の事務局長となった加藤秀樹は、「構想日本」代表である。「構想日本」が「成果の紹介」(http://www.kosonippon.org/about/index.php#id02)としているのは次のような施策である。

△省庁の再編(通称・橋本行革) 各省の権限を法律から削除する提言(各省設置法の改正)→ 一九九九年一月 法律として成立
△公益法人・寄付税制改革 法人の設立が自由にできる非営利法人制度への変更と寄付税制の大幅緩和の提言→二〇〇六年五月「公益法人制度改革関連法」
△年金制度改革 制度全体の見直しを政府が確約する旨の提言
→二〇〇四年四月 年金改革法の「附則」として成立
△「三位一体」改革 国から地方への分権(法律から条例への授権)を大幅に拡大する提言→二〇〇四年六月 閣議決定
△国の「事業仕分け」 国の仕事を国民・住民の視点からオープンな場で個々具体的にチェックする作業を提言

(行財政改革の切り札)
→二〇〇六年五月 「行政改革推進法」に規定

 そして、「構想日本」が二〇〇二年から地方自治体で実施してきた「事業仕分け」の実態は、行政施策を短時間の「劇場型」の議論で削減してきた。「構想日本」の「事業仕分け」は二〇〇八年七月現在で二六の自治体(二八回)で実施し、事業仕分けを予算編成に反映させた結果、約一割の予算を削減できた例もあるという。この実績を受け、さらに多くの自治体で実施を予定しているという。

 「構想日本」の「事業仕分け」は次のようなものである。
・実施する自治体職員と「構想日本事業仕分けチーム」(他自治体の職員、民間、地方議員などで構成)が侃々諤々の議論をする
・国や自治体の行政サービスについて、予算事業一つひとつについて、そもそもその事業が必要かどうかを議論
・必要だとすると、その事業をどこがやるか(官か民か、国か地方か)を議論
・最終的には多数決で「不要」「民間」「国」「都道府県」「市町村」に仕分け
・「外部の目」(特に他自治体職員。いわゆる「同業他者」)を入れる
・「公開の場」で議論する(広く案内し誰でも傍聴できる)
・「仕分け人」はボランティア(企業がコンサル業務を行うのではない)

六 短時間の「劇場」型「事業仕分け」は議会制民主主義の破壊
 医療・福祉・労働・教育などの分野では、それぞれ憲法が社会権の保障に伴って一定の施策を国に対して義務づけており、憲法の義務づけにより厚生労働省や文部科学省等の省庁が国民全体の福祉の観点から検討をし、国会制定法で一定の施策を確立してきたものである。異なる目的の社会的施策について、それを「無駄を省く」というかけ声だけでひとまとめにして、多面的な検討や議論を省略し、無駄だというレッテルを貼って予算を削減したり廃止をしたりするという手法は、非常に問題である。恣意的に対象を選定した上で、新自由主義的「構造改革」を進めてきた論者に攻撃させ、国民生活を擁護する施策まで一時間足らずの公開の討論のみによって破壊し削減していくという手法は、国会や議会を中心とした法治主義、議会制民主主義にも抵触する。

 廃止・削減されようとする施策の受益者の声もまったく反映されない。議会制民主主義は、国や地方自治体における多様な利害の調整を、多様な層の声を代弁する議員に託し、議会における討論と議決によって政府の施策や財政を決しようとしてきた。「事業仕分け」が一部の議員、経済界の代弁者によってのみ構成されているのは、少数政党の代表者や、社会的弱者の声を代弁する議員が討論し議決に参加する議会をあまりにも軽視し、結局は政治への社会的弱者の声を封殺することになるものである。この意味で、劇場型「事業仕分け」は、国会における衆議院比例定数削減の動き、名古屋市における市長の市議会定数七五から三八への大幅な削減提案など、多様な声の反映という議会制民主主義の根本を軽視する動きと軌を一にするものではないだろうか。

七 終わりに
 以上の通り、新政権の「事業仕分け」は、国民の生活擁護という視点が欠落し、大企業や大資産家や米軍への優遇を最初から対象外にしており福祉施策の財源不足を必然的にもたらすこと、「仕分け人」も経済界の代弁者に偏し、行政刷新会議の事務局の構成そのものも社会的弱者の声をとりあげ得るものになっていない上、議会の少数政党や社会的弱者の声を封殺する点で、議会制民主主義に照らし原理的にも問題がある。団員のみなさんの議論を期待したい。

【定数と報酬の削減が議会改革なのか? 全国各地に広がる地方議員半減の嵐】 2010年7月6日 相川俊英(フリージャーナリスト)  二元代表制をとる日本の地方自治において、議会の役割は大きい。議会は自治体の最終意思決定の場であり、執行機関をチェックする機能を持つ、いわば地方自治の根幹をなす存在である。だが、その重要性に相応しい働きをしている地方議会は残念ながら、皆無に近い。税金のムダ使いや行政の暴走を防ぐどころか、議会そのものが民意から遊離し、ムダ使いの温床となっているケースが多い。議員はお手盛りで決めた高額報酬とさまざまな特典を平然と享受し、税金を貪り食う存在になり下がっている。  本来の役割を果たさずにいる議会や議員に対し、住民は不信感や怒り、苛立ちを募らせている。なかには二元代表制に問題があるとし、議会不要論を主張する人さえいる。財政逼迫などにより様々な痛みを強いられる住民を尻目に、自らの厚遇に一切メスを入れようとしない議員への怒りもある(もっとも、そうした議員たちも勝手に議員の座についたのではなく、住民に選ばれた人達である)。  こうした地方議会の実態を憂い、議会改革を叫ぶ声が全国各地で沸き上がっている。きわめて当然の動きと言える。しかし、議会改革の議論がこのところ、本質からずれたものになりつつある。議論が議員の定数と報酬の削減に偏り過ぎており、問題が矮小化されている感がある。議会改革と定数報酬削減はイコールではない。逆にいうと、定数と報酬を削減するだけでは、議会改革とは言えない。そもそも議会や議員が担う役割とは何なのか。その役割を果たす上でネックとなっている点は何なのか。これらを踏まえた上で、改善すべき点を正していくのが、本来の改革である。  定数と報酬は改革の部分でしかなく、削減数値まずありきは少々乱暴だ。  にもかかわらず、議員定数と報酬の削減にばかり注目が集まるようになった。発信力のある首長たちの行動によるところが大きい。議員の定数と報酬の半減を掲げ、議会と対立している名古屋市の河村たかし市長である。  5月30日に投開票された山口県防府市長選で、市議定数半減を公約に掲げた現職が4選を果たした。松浦正人氏である。松浦市長は6月議会に公約通り、現在の市議定数27を13に半減する条例改正案を提出し、同時に市長の給与半減と退職金廃止も提案した。「合併に頼らない市政運営を貫くためにも聖域なき行政改革が必要」と主張している。  定数半減案の審議は7月8日から始まるが、防府市の大半の議員は反対の姿勢だという。このため、松浦市長は否決された場合、「議会解散を求める住民運動を起こす」との考えを明らかにしている。議会リコールの署名集めの準備を進める名古屋市の河村市長の手法を参考にしているようだ。  防府市の松浦市長が定数半減案を議会に提出した同じ6月25日、静岡県沼津市議会で定数削減案が可決された。次回の市議選から議員定数を34から32に削減することになった。  わずか2議席の削減だが、沼津市では議員定数をめぐって紛糾が続いていた。  定数削減議論をリードしてきたのは、市の自治会連合会だ。議員定数を21に削減することを求め、直接請求の署名活動に乗り出した。そして、2月定例会に議案として提出にこぎつけたが、議会側は全会一致でこれを否決。かわりに28人案と32人案のふたつの案が議員発議で提案された。2案の決着は6月議会に持ち越され、投票の結果、32案が可決された。こうした議員らの動きに対し、自治会連合会は議会リコールを検討している。   機能していない議会への苛立ちが、定数や報酬の削減を求める住民運動につながっているといえる。確かに、実際の働きぶりと比べ、議員報酬は高すぎる。財政悪化もあり、当事者以外に報酬削減に異を唱える人はほとんどいないと思われる。それでは、定数の削減はどうだろうか。民意をきちんと吸い上げる手立てを整備しておかないと、思わぬしっぺ返しにあうのではないか。お粗末な議会ばかりだが、それでも役割のひとつとして首長の暴走を抑えることが求められている。そして、議会が最も迅速に首長の暴走を抑えられる存在だ。  また、極端な定数削減は多様な民意を代表しにくくし、少数意見の切り捨てにつながりかねない。議論の参加者は多い方がよい。もちろん、自らの考えを持った自立した個人であることが大前提だ。定数の大幅削減は、絶大な人気を誇る首長が登場した場合、「民主的な独裁」への道をも開きかねない。定数削減にばかりスポットをあてた議会改革論は、大きな危うさをはらんでいるのではないか。

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