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自民党の改憲案を先取りする「行政サービス制限条例」

 「自己責任」論にたって、「福祉の増進」を目的とする行政サービスを制限する条例制定にかかわる自治労連全国弁護団の見解。自民党の新憲法草案の先取りとも言える改憲的な内容である。
 すでに医療の分野では、「国保」の滞納者から保険証をとりあげることの問題が「子どもの貧困」「無料低額診療事業」の中であきらかになっている。滞納が増えているのは、収入が減っているのに負担を増加させた「構造改革」路線にある。餓死や自殺においこむ自治体の徴税が問題になっている。
 本当に悪質なものはきちんと措置をすればよいことだ。

 このような公務の本来の役割をなげすてた対応は、住民と公務員の対立をあおり、「公務員バッシング」の種をまき、結果として、住民を守るべき公務(本来の役割であり、今、それを果たしているかは別問題)の役割縮減という悪循環をもたらす。
 よろこぶのは「市場原理主義」をすすめる勢力だろう。

【行政サービス制限条例についての意見書】      2010.6.24 自治労連全国弁護団

 納税や費用負担に応じて地方自治体が住民に対して実施する行政サービスを制限しようとする条例、行政サービス制限条例がいくつかの地方自治体で制定されてきています。地方自治体は、「三位一体改革」の交付税削減などにより、未曾有の財政難にあるところも多く、そのような中で「税金も払わないでサービスだけ受けるのは問題だ」という考えも広がっています。
 しかし、地方自治体の実際する行政サービスは、憲法25条以下で保障された社会権を、国と地方自治体の責任において実施するためのものであり、対価としての費用の支払いをするから一定のサービスを受けられる、という商業主義的なサービスとはその性質が異なります。
 実際、景気の回復を謳歌しているのは一部の大企業が中心であり、住民の収入や家計の負担能力は決して回復しておらず、地方自治体の税や費用の負担について、負担したくてもできない住民が相当程度存在しています。このような中で行政サービス制限条例が広がることは、憲法の保障する社会権を侵す事態になりかねません。
 自治労連全国弁護団は、住民と自治体労働者の権利擁護の視点から地方自治体の民主的改革のための調査研究を行う弁護士として、行政サービス制限条例の広がりに強い危惧を表明し、以下の意見を公表するものです。

1 行政サービス制限条例の制定状況
 現時点で、費用負担に応じて行政サービスを制限する内容の条例が制定された地方自治体が多数あります。
 たとえば北海道清水町は、18年度に条例制定の動きがありましたが、町民の理解が得られないとして見送られています。島原市、五所川原市、北海道深川市などは、公営住宅の入居資格に、所得要件のほかに、税金の滞納のないことをあげています。行政サービス制限条例が制定されていなくても、税金の滞納があれば一定の住民サービスを受けられないとされている例が多くあります。条例でなく要綱の形式をとっている自治体もあります。

2 条例の目的とその形式
 各地で制定されている行政サービス制限条例の内容を見てみましょう。
(1)条例の目的
 条例制定の目的は、「特別な理由もなく税金を納めない一方で、サービスを利用できるという不公平な現状を解消するとともに、サービスを受けることと税を負担することの受益と負担の原則をはっきりさせることにより市民の納税意識を高めることを目的」(京都府亀岡市)、「厳しい財政状況の中、自主財源の確保と増加傾向にある収納未済額の抑制対策として、滞納を放置しておくことが誠実に納付している方との公平感を阻害することから滞納者に対し、この条例に基づき行政サービス等の制限措置を講じることにより、自主納税の促進と徴税等の徴収に対する町民の信頼確保のため」(北海道日高町)などとされています。
 これらの目的には、住民の公平感をなくすることがあげられたり、受益(サービス)と負担を連結させ、「負担を分任しないとサービスを受けられない」という考え方が示され、あるいは税収確保や収納率向上の1手段とみる考え方も示されています。
(2)条例の形式
 条例の形式としては、「町長は、滞納者に対して、次の各号に掲げるサービスの提供等(以下「行政サービス」という。)の取消し、停止及び申請の拒否等の制限措置(以下「行政サービスの停止等」という。)を講ずることができる。」(北海道上富良野町・上富良野町町税等の滞納者に対する行政サービスの制限措置等に関する条例)、「町長は、第11条の規定により滞納があることを確認したときは、当該行政サービス等の手続を停止しなければならない。」(北海道七飯町・七飯町町税の滞納に対する制限措置に関する条例)という形で、税金(市・府民税、固定資産税・都市計画税、軽自動車税など)を滞納した者(ないしその同居の親族)について、一定の行政サービス(契約行為、許認可、福祉サービス等)の提供を制限(停止、取消、申請の拒否など)することができるという形式で制定されています。
 滞納税金の範囲(国民健康保険を含むか)、対象範囲(滞納者本人だけでなく生計を一にする同居の親族などを含むか)、滞納の程度の要件(悪質な者、制限が裁量的か)などの問題があります。

3 制限の対象とされる行政サービス
 自治体によって、制限の対象となる行政サービスはさまざまです。「市民の生命や財産の安全に関して緊急性があるものを除き、事業の目的や成果などから」事業の選定を行った(京都府亀岡市)、「個人や事業者に経済的なメリットがあるにもかかわらず、市税を滞納している人がサービスを受けられるという不合理があるため見直した。福祉、教育、健康などの分野は除外した」(北海道函館市)などとしています。しかし、住民の生命や財産の安全に関する緊急性の程度の判断は非常に困難ですし、中小企業の公共事業に対する入札や中小企業への融資に関する事業などは、個人や事業者に経済的なメリットがありますが、入札と事業受託や金融によって経済的基盤を再建すれば費用負担をできるようになる場合もあると考えられますので、制限するサービスの特定は非常に困難です。別添で、栃木県大平町、北海道日高町、京都府亀岡市の3つの地方自治体の対象業務を列挙してみます。

4 行政サービス制限条例の問題点(その1)条例制定権の法律との関係
 地方自治体の条例制定について地方自治法は「法令に反しない限りにおいて、同法2条2項の事務(地域における事務及びその他の事務で法律又はこれに基づく政令により処理することをされるもの)に関し条例を制定でき(地自法14条1項)」、「義務を課し、権利を制限するには、法令に特別の定めがある場合を除くほか、条例によらなければならない(同2項)」と規定しています。
 それを前提にして、国の法令で定める規制基準よりも厳格な基準を定める「上乗せ条例」や法令の規制対象以外の事項について規制する「横出し条例」などがどのような場合に認められるのかが問題となります。
 地方自治体の条例制定権は、地方分権の流れの中で拡大される方向にありますが、国の法令より以上に厳しく基準を設定する条例の制定は、問題です。
① 公営住宅入居
 条例で定めるところにより、公正な方法で選考して、当該公営住宅の入居者を決定しなければならないとされています(公営住宅法25条・入居者の選考等)が、この「公正な方法」とは、「国及び地方公共団体が協力して、健康で文化的な生活を営むに足りる住宅を整備し、これを住宅に困窮する低額所得者に対して低廉な家賃で賃貸し、又は転貸することにより、国民生活の安定と社会福祉の増進に寄与する」(公営住宅法1条)という法の目的に合致したものであることが必要です。
② 指定給水装置工事事業者の申請
 許可条件について、「給水装置工事の主任技術者を1名以上専属していること」などの定めがあります(水道法)。
③ 下水道排水設備指定工事店の指定
 同様の規定が下水道法にあります。申請において、納税証明書の添付を要件としている自治体があります。
④ 一般廃棄物処理業者の許可
 廃棄物の処理及び清掃に関する法律7条の許可要件には、滞納ということはありません。
⑤ 道路の占有許可
 許可要件は、もっぱら道路使用についての必要性のみとされています(道路法32条、33条)。
 このように、それぞれの法律の制定の根拠を明らかにしていけば、費用負担における住民の公平感を保とうという条例の目的に一定の根拠があるとしても、費用負担の問題のみから行政サービスを制限してよい場合は、決して多くはありません。たとえば公営住宅入居は、法の目的自体が経済的困窮者に対する住宅供給にあるのですから、費用負担の問題から入居資格を制約することには、根本的な問題があります。上下水道工事事業などでは、法令上は工事を実施するための客観的な能力のみが問題とされており、税や費用を滞納しなければならない状態になっていても、その事業の受託により再建される場合もあるので、一般的に経済的メリットのためであるから制約してよいということにもなりません。

5 行政サービス制限条例の問題点(その2)憲法と行政サービスの視点から
 そもそも地方自治体の行う行政サービスは、企業が行うサービスと対比すれば明らかな通り、行政サービスと税や費用とが対価関係にはありません。住民を、場合により税や費用の滞納者についても平等に扱うことが、地方自治体の義務であるとされています。
 多くの行政サービスを地方自治体が担うのはなぜでしょうか。地方自治体の存在意義は、住民にとって身近な行政機構として、憲法がすべての国民に保障した基本的人権の実現にあります。そして基本的人権の中でも、行政権力からの干渉を排除する自由権の側面よりむしろ、生存権・教育を受ける権利・社会保障を受ける権利など、社会権の保障を実現するためにこそ、地方自治体の存在意義があります。
 たとえば住民の利用に供するために施設である公の施設について、「住民が公の施設を利用することについて、不当な差別的取扱いをしてはならない」(地自法244条3項)と規定しています。税の滞納者であっても、不当な差別的取扱いをしてはならないことは、こうした規定の趣旨からも明らかでしょう。
 他方、税金を納める義務(憲法30条)は、行政サービスを受ける権利とは異なる原理に依っており、累進課税など、高額所得者に高い税率で納税の義務を課すことも許されているなど、課税を通じて現実の社会において経済的弱者となっている人を保護することも当然の前提とされています。
 行政サービス制限条例のように、費用を負担しなければ行政サービスを受けられない、という考え方は、自民党憲法改正草案(91条の2、2 項)の「住民は、その属する地方自治体の役務の提供を等しく受ける権利を有し、その負担を分任する義務を負う」という考え方や、その前文で国民が「自ら支え」る責務を強調しています。これは、福祉・教育・医療などの人間らしく生きるうえで必要なサービスを、国家の責任として求めるのではなく、国民の「自己責任」とする方向に行き着くものです。
 しかし現行憲法は、すべての国民に、所得の多い少ないにかかわらず、国家の責任によって福祉・教育・医療などの公共サービスを受ける権利を保障しており、これにより「福祉国家」を実現しようとしています。自民党新憲法草案の前文に示されている国民が「自ら支え」る社会という考え方は、現行憲法の人権保障と福祉国家理念を大きく変質させ、社会的に弱い立場の人たちの福祉・教育・医療を大きく低下させようとするものです。
すでに多国籍化した企業は、現行憲法が25条を中心とした生存権・社会権を保障することにともない大企業に課されるさまざまな負担と規制の撤廃・緩和を要求し、大企業が自由に活動できる政治を要求しており、こうした要求を受けて福祉・医療・教育などの社会保障関係についての企業の負担(法人税、社会保険料の企業負担など)は軽減され、年金給付の抑制、医療・介護を含めた社会保障給付全体の抑制がはかられてきました。また「規制緩和」として、労働者保護法の改編(労働時間規制の緩和、有期雇用の拡大、労働者派遣の拡大など)、大型店舗規制の緩和、農産物の自由化の推進等々が、実行されてきました。
こうした新自由主義的「構造改革」により、日本社会では「中間層」が急激に縮小し、「上層」と「下層」への階層分化が急速に進行し、「勝ち組」「負け組」という「格差社会」の出現が論議される状況になってきました。
 こうした中で、行政サービス制限条例の制定は、自民党新憲法草案がめざすように、医療・福祉・教育もお金次第で決まる社会への変化をますます加速していくおそれがあります。

6 終わりに
 以上の通り、行政サービス制限条例は、現行法上も、憲法の原則に照らしても、多くの問題を含むものです。地方自治体での条例制定過程で、こうした法原則や憲法原則に照らした検討が必ずしも十分にされていないところもあり、制定課程の議論にも重大な問題があります。
 現在、非正規雇用の増加と住民所得の減少、住民税増税や定率減税の廃止、医療費負担増や生活保護受給抑制など、住民の負担を増加させる国の施策が相次いでいます。このような時こそ、地方自治体が住民の負担を緩和する方向の施策を提言し国に求めていくことや、地方財政が困難な中でも創意工夫をこらして住民の生活を擁護していくことが求められています。そのような方向こそ、憲法の想定する地方自治体の責務です。
 行政サービス制限条例によって「お金なければ福祉なし」という事態を招くことのないよう、地方自治体の慎重な対応を求めるものです。

以  上

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