「大企業の労働者支配と国民経済」 備忘録
雑誌「経済」7月号からの備忘録。「大企業の労働者支配と国民経済」(報告Ⅰ 黒田兼一・明治大学教授、 Ⅱ 大木一訓・労働総研代表理事)「日本経済の変容と長期停滞」(工藤昌宏・東京工科大学教授)の二本から。
大企業の労務管理の変化、成長なき高収益という資本蓄積方式とその矛盾、一部輸出大企業を応援し、内需停滞、企業の海外移転という悪循環をつくり出した失政につぐ失政・・・
「ルールある経済社会」で、内需の好循環をつくることが経済再生の土台ということを明らかにしている。
【大企業の労働者支配と国民経済 「経済」2010年7月】
・報告Ⅰ 黒田兼一・明治大学教授、 Ⅱ 大木一訓・労働総研代表理事
・日本経済の変容と長期停滞」 工藤昌宏・東京工科大学教授 /後半部分
Ⅰ.雇用管理、労賃・処遇、労働時間―3つの視点でみる労務管理の変化
・3つが生活の安定にとって中心的に重要/高度成長の終わった70年代から、とりわけ90年代以降、大企業の労働者支配の基本原理は「フレキシビリティ」。「新時代の『日本的経営』」95年経団連
(1)雇用管理(雇用の多様化)
・94年、80%が正規→09年、66%に下落(総務省「労働力調査」)/非正規 20%→34%(女性は53%)
・非正規の年齢構成 男性は若年層、高齢者。女性は35-54歳という働き盛りが多い
・非正規→JIT/必要な時、必要な数、必要な場所に採用(解雇)すること。派遣、請負の積極活用
・「労働者の商品化」ともいえる事態では、雇用調整は労務管理上の課題でない。派遣契約の破棄で済む
→ 「労務管理の外部化」が起こっている。
(2)処遇のフレキシブル化(能力主義から成果主義)
・一番の手法は「成果主義」/集団的労使関係から個人化・個別化への流れ/賃金の自営業化
・導入率の低下 90年代後半~02年前後まで6割、大企業では8割強/01-09年では4割台と2割低下
→ その原因(労働研究・研修機構)「成果の測定が困難」80%、「評価のばらつき」74%、「部門間での業績の違いで評価に差」52%、「プロセスが重視されない」「成果の出ない仕事には取り組もうとしない」も4割以上
→成果を正確に公平に測定できないという批判/08厚労白書でも見直しの必要に、言及
・矛盾解決の企業の取組み/「役割給」「職務給」だが、企業が期待する「役割」「職務」の出来栄えを評価した処遇と解すれば、成果主義の一種にすぎず「人事考課査定政治」の問題点が付きまとう。
*日本の職務給/「組織にどれだけ貢献したか」という人物評価が加わっている
*アメリカのコンピテンシー給与導入率15%/金融、証券の一部だけ。労働者が査定を拒否する権利有り
(3)労働時間管理-― 仕事量・人員の規制が必要
・経営側の法的規制撤廃の圧力/ホワイトカラー・エグゼンプションは阻止したが、変形労働制(87年)、裁量労働制の一般ホワイトカラーへの拡大(98年)など進められてきた。
・もともと主要国で最長の労働時間(04年1996時間)/それに規制緩和が加わり、週60時間以上の労働者が正規の13%(06年)、派遣・嘱託で4-5%と年々増加(「労働力調査」)/月80時間と過労死認定基準と同格
・長時間労働を強要する仕組み/「変形労働時間」50%だが、「裁量労働制」10%と低い。もっとも大きいのはサービス残業の横行/実態はなかなか明らかにならない。ある調査では月35.4時間(小倉・藤本05)
・時間外労働をする理由/仕事量の多さ6割弱。「手当を増やしたい」3-6%、「帰りつらい」4-6%
(電気連合、JILPTの各調査07年)
Ⅱ大企業の資本蓄積方式と労働者支配
・職場のたたかいを「ルールある経済社会」を築く課題にどう結びつけるか/ 労働運動は、大企業の労働者とたたかうとともに、それを土台、根底にある企業経営のあり方を変えさせて行く必要に迫られているから。
◆なぜ大企業の「蓄積方式」を問題にするのか
・資本蓄積方法/企業がどのような目標、方法、手段で儲けを手に入れ成長するかという企業経営のあり方
例 A短期的な高収益の獲得めざし投機でもリストラでも儲かることはなんでもする経営か
B中長期的に企業の創造力を高めることを重視し、従業員、取引業者などの処遇改善も大切にする経営か
・賃金、労働条件、労務管理、労使関係を考える時に、バラバラでなく、全体をつらぬく「資本蓄積方式との関連でとらえる必要がある。
→「資本論」で、賃金の動向について「蓄積の大きさが独立変数であり、賃金の大きさは従属変数であって、その逆ではない」(Ⅰ23章1節)と書いている。/労働者支配についても、資本蓄積の従属変数として捉えると、現実の階級的搾取、抑圧関係の全体像がはっきりし、統一的なたたかいを発展させることにつながる。
(1)労働力の再生産ができない状態に
・大企業の蓄積方式がどのようなものか/ 考える出発点は「労働者階級の状態」
→労働力の再生産がでない状況/非正規だけでなく、正規労働者も巻き込まれている/「労働力の再生産」というなかには、子どもを生み育てることも、21世紀にふさわしい労働能力を身につけ、後継者を育てることもふくまれるが、今の青年の状態を見ても再生産過程の破綻は歴然としている。
・問題は、労働者の窮状と同時並行で、大企業が高収益を上げている/リーマンショック後、コスト削減によるV字回復/労働者、取引業者に対する収奪強化に依拠した「成長なき収益拡大」
→ 労働力の価値以下へ強制的切り下げ/ 資本主義の現実の運動の中では「価値以下への労賃の強制的引き下げがあまりにも大きな役割を演じる」と言い、その場合に「事実上、一定の限界内で、労働者の必要元本が資本の蓄積元本に転化する」(「資本論」Ⅰ・22章4節)
→ 今日の成果主義は、まず最初に「いくら収益を確保するか決めてしまい」、それから労働条件、下請け単価を決めていくやり方/あからさまな賃金引下げを意図し、職場の実態を無視して人員削減・非正規への置き換えが追及される(技術の伝承の困難、リコール多発の原因)/そのもとで労働者個々の目標を「自主的」な形で押し付ける構造となっている。
*三菱電機 本社企画の現場監督者会議で「非正規社員の正社員化」の要求
*ダイハツ 成果主義で個人間の競争。仕事上の助け合いが生まれない。IT化で実車検査の縮小、数値に表れない振動や異音など「微妙な異常」を五感で感じる部分の劣化
(2)「失われた20年」をもたらしたもの
・大企業の「成長なき収益拡大」路線が、すでに日本経済の深刻な事態を生み出している。
→90年以降、主要先進国で、日本だけがGDPが横ばい(他は1.8倍以上)/1人あたりでは日本だけが低下し、90年代以降、雇用者報酬も減り続けている。
・財界が「国際競争力強化」を掲げて強行してきたことがコスト削減路線が、目をおおうばかりの国際的地位の低下を招いた。
・経営の見地から見ても好ましくない蓄積方法を、なぜ大企業がとるのか /労働運動から見て3つの要因
①野放しの多国籍企業化が進展した結果、大企業の搾取欲が異常に高まった
高収益確保が優先され、海外投資にシフト。資本効率の悪い部門のリストラ
②アメリカ金融資本の日本経済支配が拍車をかけた。
短期的な高収益を重視する投機的な経営の広がり。「株主資本主義」の支配、高配当の確保
~「○○ホールディングス」という金融寡頭制が、収益を増やすために、赤字でなくても、従業員、下請け業者のリストラをする。
③大企業の労働組合支配をテコに、正規の非正規への置き換えが大々的に進められ、半失業者が劇的に増加。それによって労働者階級の力が弱められ、際限のないコスト削減に道をひらいた。
・「成長なき高収益」の強欲な蓄積方式は、/多国籍企業化、「株主資本主義」化、大企業の労働組合支配と不可分に蓄積方式
→ よって、国民の命と暮らしを守るには、この強欲な蓄積方式そのものを変えていく必要がある。
(3)大企業職場からの経済民主主義のたたかい
①予想される大企業のリストラに対する反撃
最近の企業の動き/海外への生産移転と国内の事業整理をすすめながら、国内にこれまで以上の厳しいコスト削減を求めるもの
→これは、日本の経済と国民生活を公然と多国籍企業の蓄積方式に従わせようとするもの。/その危険性を広く明らかにして、たたかいを発展させる
②何の合理性も正当性もない「成果主義」を打破するたたかい
→生計費原則による賃金の最低保障、企業の枠を超えた賃金相場の形成、
③非正規をふくめた集団的労使関係を民主的に再構築していくたたかい
【「日本経済の変容と長期停滞」 工藤昌宏・東京工科大学教授】
二 2000年代、長期経済停滞の実態
(1)沈み込む日本経済
・2000年代、米国のITバブル崩壊、同時多発テロの影響もあり世界市場が急速に冷え込むなど環境が大変化
・変化の特徴/日本経済が深刻な内需不足に陥った。戦後最長の高景気といわれたが、企業の猛烈なリストラのため内需の盛り上がりに欠ける景況感なき拡大。小泉改革で内需はさらに停滞 /新興市場の急減な成長 /グローバル化を通じて競争力を強めた海外企業の台頭で、日本企業の競争力の低下
→ このことが、日本企業の目を内需からが外需にむけさせた/ 外需に振り回される不安定な経済に
→ 企業収益は回復するが、本格的な設備投資、雇用拡大となり、自立的な回復過程に入ってない。
・長期停滞状況/ GDPの名実逆転現象→ 名目の成長率がマイナスだが、物価下落で実質GDPが名目GDPよりも高く嵩上げされ、見かけはまるで、順調に拡大しているような印象。粉飾がされた。
(2)輸出依存経済をサブプライム危機が直撃
・輸出依存、停滞した内需を顕在化。輸出型の設備投資が過剰資本として浮上し、家計消費もさらに落ち込む
→ 需給ギャップ 内閣府の試算 09年、35兆円
(3)加速する生産現場の海外移転
・輸出減少としては、国内企業の競争力の低下(巨大化したライバル企業の登場)、生産現場の海外移転が要因
・自動車 部品メーカーも含めて。関連企業の海外移転も促す /移転先では中国が目立つ
→ 国内生産体制の縮小// 日本経済は消費市場としても、生産現場としても徐々に活力を失っている。/また、国内の産業連関の破断が引き起こされている。
(4)大幅に落ち込む設備投資
(5)工場閉鎖、雇用・消費の停滞
(6)企業収益の明暗
(7)地方経済の停滞
三 日本経済の長期的停滞の原因・性格
(3)失政による歪みの拡大―― 小泉構造改革
・輸出依存の経済政策のゆきづまり、輸出力強化による内需の停滞が同時におきている。
・小泉改革は、/不良債権の強制処理と大量の連鎖的倒産、失業増/財政引締めによる地方経済の衰退/財政再建と称して国民負担の急激な増加/リストラ促進のための労働規制の大幅緩和を軸にした各種規制緩和
→ 大企業の利益は拡大するが内需が停滞するという経済的歪みを一気に拡大
→ 格差拡大とともに、経済停滞基調に拍車をかけ、それによる税収不足で逆に財政危機を深刻化
・政府の失政による雇用・所得環境の悪化は、国と地方の財政悪化をもたらすとともに、医療や年金制度に対する国民の不信感をあおり、それにより消費行動を抑制し、内需をさらに停滞させた。
・政府の二重の失政
①経済実態の見誤り/停滞の原因を、産業の成熟化、供給サイドの競争力の問題に解消し、需要サイドの著しい疲弊を無視したこと
②その結果、需要サイドを犠牲にして供給サイドの利益拡大を図るという的外れな政策をとったこと。
~ これでは、事態は悪化するのは当然。そしてこの停滞基調の中で、サププライム危機に見舞われた。
(4)経済政策の限界
・再生産構造の歪みや変容は、さらにあらたな問題を引き起こす。
→ 再生産構造の自立性が弱まり、政府の支援措置が不可欠であるが、政策が効きにくくなっている。
①需給ギャップの大きさに対し財政支出の規模に限界がある。特に深刻な財政危機に陥っているので、財政支出は一時的な景気対策とみなされ、投資が控えられる
②政府の対策はあくまで国内向けであり、企業の海外逃避が活発化する中では効果が発揮しにくい。
③金融政策も、内需が落ち込み、企業の海外移転か進むもとでは、低金利政策の効果は期待できない。
そればかりか長期の低金利は、円キャリー取引を増やし、投機マネーを増やし、個人から金融機関への所得移転を促し、さらに金融政策の選択肢を狭めて、経済の混乱、停滞要因となる。
◆むすびにかえて--日本経済再生への道
・今回の経済停滞は、再生過構造の変化を土台にしているうえ、従来の経済政策が効きにくいという事情により、長期化が予想される。/内需の停滞から、外需依存を強め、それが逆に内需を停滞させる「停滞の悪循環」、また輸出に振り回される不安定に状況から抜け出すには
→ 輸出と内需の拡大的連鎖と、内需拡大の好循環の両方の再構築が必要となる。
・今はその両方が破断している。/ バブル崩壊後20年、日本経済が停滞から抜け出せず、先行きの見通しさえ立たない漂流状態にあるのは、日本経済の構造的変化とそれを助長してきた政府の失政による。
→ 停滞は輸出拡大至上主義という形の大企業主義の経済構造と経済運営がもたらした経済構造の歪みと変容によるもの。
・以上からの結論/ 経済の再建・安定のためには、なによりも内需の自立的な拡大好循環の再構築が必要
→ 輸出至上主義の内需を犠牲にする大企業主義の経済運営を改めて、医療、介護、雇用、年金、教育制度といった国民生活のもっとも重要な基盤の安定・充実を最優先に据えるとともに、/経済全体を揺るがす野放図な金融投機に対する規制を強化する措置が不可欠である。
→ 生活基盤の再構築には、財政健全化が前提となり、ムダ使いの止めさせ、天下りや企業団体献金の禁止が重要となる。
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