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税の公平性を考える 備忘録

 小泉改革の負担増路線の結果、税の滞納が増えている。 一方、地方自治体での人権無視の徴税、差し押さえが問題になっている。それらの国会論戦もブログで取り上げたが、そもそも税の滞納をどう考えるか、税の公平性とは何か。5/5付赤旗・学問文化欄の安藤実・静岡大学名誉教授の論考、大門実紀史・参院議員の新著などからのメモ

【鳩山首相の言葉「分かち合う」 消費税増税のルーツを探ると   安藤実・静岡大学名誉教授】

■「合法的税逃れ」と「応能負担」の原則
・戦後、日本の税制はシャウプ使節団の勧告(49年)をもとにつくられた。
・勧告は、金融所得に対する税制上の優遇を、富裕者の「合法的税逃れ」と呼び、日本税制の特質と見た。
・各種の例外措置による負担すべきものが負担を逃れるのは「違法な脱税」より悪質と指摘
・「合法的税逃れ」防止で、富裕税の新設、所得税の総合課税を勧告。応能負担であり、税負担の公平を実現

・財界人を中心に組織された「日本租税研究協会」は、「勧告は理想すぎる。今は税負担の公平よりも資本蓄積が第一。だから貯蓄優遇税制が必要」と、「修正」を求める意見が強く出された。
→ アジア情勢の変化、アメリカの対日政策の変化のもと、3年で富裕税は廃止され、金融所得の分離課税の温存・拡大がはかられた。
→ それでも、直接税中心の勧告の骨格残り、「応能負担」の公平原則も棚上げされながら、生き残った。

■「皇国租税理念」 戦時中の亡霊
・89年消費税導入… シャウプ勧告税制の根本的「改革」
→ 税負担の公平原則  「応能負担」から「国民皆が分かち合う」への転換
「皆で分かち合う」…「皇国租税原則」/戦時中、国民に重い税負担を押し付ける枠組み
→「日本古来の租税理念に立ち返る」という趣旨で、大蔵・内務・文部の三省による調査会設置(1944)
・松隈秀雄大蔵省主計局の帝国議会での説明
「皇国本来の租税理念は、上納の観念、神様に御初穂(おはつほ)を差し上げる観念である。国民は、応分階納の思想を持たなければいかぬ」/応分階納とは、「国民皆がそれぞれの分に応じて納税せよ」というもので「国民皆で負担を分かち合う」と通じ会う
・松隈秀雄は、戦時中、大蔵次官となり、戦後、追放をうけ、民間企業の社長に天下って、日本租税研究協会に腰をすえて、シャウプ勧告の「修正」を主導した。
・日本の民主化を目的にしたシャウプ勧告を、「修正」する仕掛け人が、かつて神がかりの租税理念を鼓吹した大蔵官僚OB! 戦前亡霊が、日本の税制に取り付いている。
・松隈秀雄 51年、租税研究協会大会で「日本はシャウプさんの言うことを聞いて、直接税の比率を高めたのは、ばかなことをした。取引高税をもう少し改善」して残すべきだったと大型間接税への執念を見せる
→諸井貫一(秩父セメント[現・太平洋セメント]社長)、原安三郎(日本化薬会長、東洋火災海上保険株式会社[現・セコム損害保険]初代会長)などの財界人は「売上税が一番よけいにとれる。一番公平だ」と呼応。

■半世紀近く前から「消費税に執念」
・広く国民の負担となる消費税への執念は、シャウプ勧告当時から財界人の中で渦巻いていた。
→「増税と言えば消費税増税しかない」という「消費税増税絶対主義」の根の深さが知られる
・鳩山内閣の税制改革大綱の租税理念が「分かち合う」であることは見逃せない。
→「国民皆が負担を分かちあう」とは、貧富の差などお構いなく、誰も同じく、つまり「平等」に負担せよ、というもので「消費税増税」の合言葉である。
   
川柳 「平等が不公平です 消費税」

【参考】
◇「皇国租税理念調査会小史」 吉牟田 勲
◇松隈氏が国会で意見陳述をしている。
 国際競争力、直間比率の是正、税収確保は取引高税・・・ とほとんど今と変わらない主張に驚かされる。

【衆議院大蔵委員会公聴会  昭和28年2月18日】
・新しい機械に置きかえなければ今日国際競争に耐えられない。こういう状態にあるときに、四二%の法人税を納め、さらにこれに住民税の法人税割、その他の負担をするということになれば、英米と競争ができない。だからこの点も、表面税率だけの比較において日本は安いから四二%を下げる必要がないというような見解をとらず、むしろ法人の負担力の実体に即して税率の軽減をしてほしい、こういうことを希望しておる次第であります

・シヤウプ税制改正後は直接税中心主義でありました。これを元のように間接税中心主義にもどすことはむずかしいと思うのでありますが、直接税があまり重過ぎるということは摩擦が多いのでありますから、機会を求めて、軽減するなら直接税を軽減する、こういうことによつて比率を幾分直接税を低目に、間接税が上るようにして行くというのが、将来の改正の方向ではないかと思うのであります。

・今日もし多額の税収を上げるとすれば、やはりかつての取引高税というようなものでも考えなければ、多額の税収は得られないのでありますが、これはまた相当摩擦抵抗の多い税でありますので、新税として比較的摩擦が少く相当税収を上げ得るものは少い。わずかな増収しか得られない程度にしか、税の面からの財源は考えられないように思います。

【「ルールある経済って、なに?」大門】
■税制の応能負担原則もさだめている。憲法14条、25条、29条
・14条「すべて国民は法の下に平等・・・政治的、経済的又は社会的関係において差別されない」
→形式的平等でなく、実質的な平等/負担能力に応じて負担を増減させる/累進課税
・最低生活費非課税の原則/税を課すには最低生活費以上であることが必要
・財産権 2項「財産権の内容は、公共の福祉に適合するように、法律でこれを定める」3項「私有財産は、正当な補償のもとに、これを公共のために用いることができる」
→人権にかかわらないものは、公共の福祉のために提供される場合がある/余剰的財産への重い課税

■9条+25条 日本国憲法をもたらした世界の流れ(見出し メモ者)
・ILO憲章・前文「世界の永続する平和は、社会的公正を基礎としてのみ確立することができる」

・フィアデルフィア宣言
1944年5月、第26回ILO総会の決議/二次大戦後の世界の労働、社会保障のあり方を示したもの
「2.永続する平和は、社会正義(社会的公正/大門)を基礎としてのみ確立できるという…真実性が十分に証明されていると信じ…
a すべて人間は、人種、信条又は性にかかわりなく、自由及び尊厳並びに経済的保障及び機会均等の条件において、物質的福祉及び精神的発展を追求する権利をもつ…
bこのことを可能にならしめる状態の実現は、国家の及び国際の政策の中心目的でなくてはならない。」

・世界人権宣言 1948年
前文「人類社会のすべての構成員の固有の尊厳と平等で譲ることのできない権利とを承認することは、世界における自由、正義及び平和の基礎である」

【参考】
伊藤真の憲法Q&A /マガジン9
「社会権と財産権で救済する貧困問題」

 現在の日本において、貧困に苦しんでいる人々が多くいるということは、国の政策が失敗だったということに他なりません。貧困に陥っている人に対して、自己責任論や貧富の差があって当たり前とする論調もありますが、それについて憲法からはどのように考えることができるでしょうか?

◇日本国憲法が規定している生存権、教育を受ける権利、労働基本権、これら社会権にすべて共通するのは、経済的な弱者の救済です。経済的な弱者の救済という観点から共通する「人権」です。そして29条に書かれている財産権もまた、これらを補う役目があります。

◇Q5 貧困を憲法上の人権問題としてみたときに、生存権ないし社会権がまず思い浮かびますが、他に貧困を救うための手がかりは憲法にありますか?

A5 憲法は25条から28条まで、生存権、教育を受ける権利、勤労の権利、労働基本権を定め、その後ろに29条で財産権を定めます。現代的人権である社会権を先に規定して、その後に近代的人権である財産権を置いたことには理由があります。それは、憲法はたしかに財産権を保障するけれども、あくまで社会権と調和する範囲で保障するにすぎないという趣旨と理解することができます。
 産業革命後に起きた貧富の差の拡大を防ぎ、経済的弱者が自立するために登場したのが、社会権ですが、20世紀になると、各国では財産権の大幅規制が認められるようになりました。莫大な財産・資本力を背景とした資本家が財産も資本ももたない労働者を搾取することを大幅に規制してはじめて、貧富の差の拡大を防ぐことができるからです。そうしてはじめて、財産権を実質化できるのです。
 自由主義や財産権の保障を、無制限な競争至上主義と考えるのは誤りです。憲法が保障する財産権は、人権をもつすべての人が円満に生きることができる内容として保障されているのです。ですから、ワーキングプアや派遣切りなどをなくすために、たとえば企業に残った巨額の内部留保を雇用確保の原資に充てるような規制をしたとしても、それは憲法の精神に反するどころか、むしろ適合するものといえます。

◇Q6 憲法は、誰の財産権でも大幅に制約することを認めているのですか?

A6 憲法が財産権を大幅に制約することを認めている理由は、貧富の差を解消し、経済的弱者を救済するためです。ですから、誰の財産でも大幅制約ができるわけではないことに注意する必要があります。
財産権を天賦不可譲としたのはJ・ロックです。当時は、生産手段と労働とが分離していませんでした。そういう時代に、自分が働いて手にした財産をその人だけのものとして保障すれば、労働者の生存も同時に守られたのです。
 ところが、現代社会は生産手段と労働とが分離した時代です。こういう時代では、大企業と、生存に密着した小生産者や労働者とでは、財産権を保障する意味が全く異なります。社会の大多数の人々の自由を実質化するためには、大企業の財産権を大幅に制約する必要がありますが、労働者や小生産者の財産権を大幅に制約してしまっては、その個人の生存すら脅かすことになりかねないのです。
 そのような観点からは、たとえば健康で文化的な生活を営むのに必要な「個体的生存のための財産権」は手厚く保障しながら、大企業の「資本家的所有」に対しては大幅な制約が認めるという考え方も有力に主張されています。

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