子どもの日 なくそう貧困と孤立
子どもの日だが、主要紙で社説をたてたのは毎日のみ。
「闇の深さに目を背けて明るい未来を語るのはむなしいから、あえて虐待の話をしたい」とし、新自由主義で破壊された社会に対し「より重要なことは貧困と孤立をなくしていく取り組みである」と締めくくっている。
【社説:こどもの日 この笑顔を守るために 毎日5/5】
毎日は、これまでも「虐待」問題で、特集をくんできている。
【ニュース争論:虐待死、なぜやまない 津崎哲郎氏/野沢和弘 毎日4/10】
【特集ワイド:2010この現実 虐待/上 吉田恒雄さん 毎日4/15】
【特集ワイド:2010この現実 虐待/下 山野良一さん 毎日4/16】
「なくそう、子どもの貧困」全国ネットの共同代表の山野良一氏は「虐待問題に簡単な処方せんはない。貧困や社会保障から虐待を考えるのは遠回りなようだが、それしか解決策がなく、一番の近道かもしれない」と語っている。
ちなみに地元紙も社説を子供向けにかいており、「大人もみんな孤立や不安、いら立ちなど同じような心の体験をして成長しました。」と呼びかけている。社説子の意図はわからないが、子どもや家庭の「自己責任論」という脈絡とシンクロする印象を受ける。
【社説:こどもの日 この笑顔を守るために 毎日5/5】
闇の深さに目を背けて明るい未来を語るのはむなしいから、あえて虐待の話をしたい。
新聞で児童虐待の記事を見ない日はないほど各地で悲惨な事件が続いている。生後6カ月の長男の頭を水道の蛇口にぶつけてくも膜下出血の重傷を負わせた父を逮捕。1歳7カ月の男児の腹を何度も強く押して小腸裂傷で出血死させた母の内縁の夫を逮捕。生後1カ月の次男の頭を壁に強くぶつけた父を逮捕。自宅の壁に生後9カ月の長女を投げつけ骨折させた父を逮捕--。これらは4月に起きた事件のごく一部である。「あやしても泣きやまないのでイライラした」「取り込んだ洗濯物で遊んでいたので腹が立った」。何も言えず逃げることもできない乳幼児への暴力は、どこにでもある日常の小さなことが引き金になる。
親の悪口を言わない子どもが多い。三重県鈴鹿市で母の内縁の夫から虐待された小学1年の次男が脳内出血の大けがをした事件では、3カ月前に学校が虐待に気づいていた。長女が真冬にヨットパーカ1枚で外に出されているのを近所の人たちが目撃し警察に通報したが、「入ってはいけない部屋に入った私がいけない」と長女は話した。顔のあざや目が腫れていたことも何度かあった。「足を滑らせて転んだ」と長女は大人たちをかばっていた。
この子らにどんな罪があるというのだろう。いや、どんな親にしても憎くて子どもを虐待しているわけではないと思いたい。完全失業者350万人という社会の中で自らの存在価値を見いだせず、貧困と孤立に陥っている大人のなんと多いことか。バラバラになった家族が寄り集まった密室でストレスがか弱い子どもに向けられているのだ。
わが国の児童虐待対策は歴史が浅い。虐待の統計を厚生省(当時)が取り始めたのは1990年。その10年後に児童虐待防止法が制定され、法や公権力の家庭内不介入という原則が大転換された。急激に増え続ける虐待相談に対応するため児童福祉司が増員され、制度改正も何度か繰り返されてきた。それから10年がたった。虐待の早期発見や子どもの保護などの初期対応がまだまだ不十分であることを最近の事件は物語る。一方、虐待する親の改善や指導はほとんど手つかずだ。親子関係が修復できない場合、里親や小規模のファミリーホームなど家庭を代替する制度の整備も急がれる。
さらに重要なのは虐待が起きないように貧困と孤立をなくしていく取り組みである。カネ(子ども手当)だけでなく、人々の関心や社会的資源を子育てに向け、子どもたちの笑顔があふれる社会にしたい。
【ニュース争論:虐待死、なぜやまない 津崎哲郎氏/野沢和弘 毎日4/10】 子どもの虐待死が相次いでいる。児童相談所や学校などの関係機関がかかわりながら、救えなかったケースも多い。児童虐待防止法ができて10年。悲劇がやまないのはなぜなのか。現場の児童相談所で長く勤務し、わが国の児童虐待対策をリードしてきた津崎哲郎・花園大特任教授と論じた。【論説委員・野沢和弘】 ◇中途養育の困難さ 野沢 最近また悲惨な事件が目立ちます。相談件数も増えている。 津崎 最近の児童虐待に見られる共通要因は、(1)経済的な困窮(2)家族の孤立(3)親の未熟性です。格差社会や都市への一極集中などの時代的背景がある。精神的成長が十分できないまま大人になったような親も多い。虐待が増えるのも無理はありません。ただ、身体的虐待の割合は減り、これまで見つかりにくかったネグレクト(育児放棄)や心理的虐待が増えている。虐待に対する社会の意識が高まってきたとも言える。 野沢 潜在的な虐待が表に出るのは悪いことではない? 津崎 そうです。特に最近はステップファミリー(継父や継母の家庭)に目立つ。中途養育は難しいんです。里親家庭を見ても、子どもに一時的な赤ちゃん返りが起きる。知識がないと、「なんで5歳やのにできんのや」と悪循環にはまってしまう。 野沢 「再婚家庭は危ない」なんて言うと、偏見を広げ、心理的に追いつめることになりませんか。 津崎 だけどね、深刻な事例がステップファミリーに多いのは事実です。中途養育をする親には教育が必要です。実の親子でも施設に子どもを預けた後の関係修復は難しい。植木を途中で植え替えたら枯れる恐れがあるのと同じです。 野沢 だから親子はできるだけ離れない方がいい、と児童福祉の現場では思われていますよね。虐待死が起きると私たちマスコミは「どうして早く介入して引き離さなかったのだ」と批判する。しかし、リスクが分かっているから慎重にアプローチする……と。 津崎 水準を超えたリスクに対してどう介入するか、見極めの問題です。]◇児相職員の専門性
野沢 児童相談所の職員はまだ足りませんか。
津崎 児童虐待防止法ができる前と比べると今は2倍くらい増えた。しかし、相談件数はもっと増えている。役割も増えている。困難事例も増えている。
野沢 もう一歩踏み込めないのはやっぱり人が足りないからですか。
津崎 それもあるが、親と信頼関係を結びながらソフトに介入する伝統的なやり方にも問題がある。もっと積極的な「踏み込み型」は私たち大阪の児童相談所で始まり、児童虐待防止法につながっているのだが、今でも地域や所長によって抵抗感が強い。ソフトにできるのならその方がいい。でも、それでは対処できないのにソフトにやろうとして失敗している。
野沢 ソフトにやった方が現場の職員が楽だからじゃないのですか。自分たちが無理しなくてもいい方向に流れている面はないですか。
津崎 そうです。親と対立するのは怖いし、しんどいんです。
野沢 民間のNPOなどは「夜中でも必要ならば動くが、児童相談所はなかなか出てきてくれない」とよく言う。数が足りないだけではないと思います。
津崎 スタンス、姿勢ですね。座学の研修だけでなく実体験を積まないとダメです。行政職は3~4年で異動する。それでは専門性は育たない。NPOの方が専門性は育つ。NPOの人材を活用して行政に専門性を根付かせていくことが必要です。
◇親と対立する役割
野沢 津崎さんはずっと行政でやってきた立場ですが。
津崎 10年はいないと専門性は現場に根付かない。そう言い続けたのだが変わらない。行政の中では長期間ひとつのポストに置くと、癒着やなれ合いが起きると言われている。どのポジションもこなせる使い勝手の良い行政マンを育てようとする。
野沢 上司が管理しやすいように人事をするからでしょう。現場の専門性は後回しにされる。ところで、07年の法改正で、立ち入り調査がやりやすくなり、虐待親の面会や通信も制限できるようになった。効果はありませんか。
津崎 親と対立する役割も児童相談所がやりなさいというところに無理がある。米国ではもっと司法が介入して役割を果たしています。児童相談所は親を支援して親子関係の修復に努めなければいけない立場がある。07年改正はほとんど使えないというのが児童福祉の現場の認識です。
◇日本では児相任せ
野沢 親権の一時停止が現在検討されている。必要性は分かるが、親権は重い。その重さを実感しながら体を張っている現場職員もいる。簡単に親権が停止できるようになると、停止される親の痛みを無視して自動的に処理するようになりませんか。
津崎 それはちょっと違うな。一時停止であっても親との摩擦は生まれる。それをどう修復して親子の再統合まで持っていくかは難しい仕事だ。観念的な議論ではなく実務的な運用をしっかりつくらないといけない。
野沢 一時停止が必要な理由として、親が強引に連れ去る、治療や手術ができない、療育手帳が取れない、などと言われる。だけど、力のある職員は関係者を説得しながら工夫してやってきたのでは。
津崎 親の意向に逆らいきれずに一時保護した子を返してしまうケースはかなりあるんです。必要な手術でも親が拒否すると医療機関はやらない。一時停止ならば裁判所も抵抗感なく認めてくれるし、医療機関も停止している間に治療ができるようになる。
野沢 医療については私も認めます。しかし、無理やり保護されている子どもを連れ戻そうとする親は、いくら親権停止してもやって来る。
津崎 親権者か、親権のない大人かでは、警察の対応が違う。誘拐罪にもなるわけで、警察が対応しやすくなる。
野沢 警察との連携は不十分ですか。
津崎 ずいぶん変わってきた。以前は死亡だけしか対応しなかったが、傷害容疑でも逮捕するようになった。
野沢 親を立て直し、親子関係を修復するのは難しい。
津崎 米国では裁判所が主導権を持って司法命令で虐待する親に援助を受けさせる。英国では地域のネットワーク会議に権限を委ねる。日本では児童相談所にばかり任されている。いくつもの機関がチームで取り組むことが必要なんです。■話して一言
◇専門性と連携の強化を
竹製を金属製に変えてもザルでは水はすくえない。あれこれ制度を改善し、人を増やしても被虐待児を救えない現状を見ているとそんな気がしてくる。現場の専門性、家庭裁判所や学校とのネットワークの弱さを何とかしないといけない。津崎さんは虐待対策の表も裏も知り尽くしている人である。「大学より現場の方が性に合っている」という。歯がゆさが伝わってくるようだ。それでも、うまく解決した例は多数ある。ニュースにならないから知られていないだけだ。そう信じたい。(野沢)
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◇つざき・てつろう
44年生まれ。大阪市立大卒。大阪市中央児童相談所に勤務し、02年に所長。04年に花園大社会福祉学部教授に就任。
【特集ワイド:2010この現実 虐待/上 吉田恒雄さん 毎日4/15】 <この国はどこへ行こうとしているのか> 親による子どもの虐待死事件が後を絶たない。児童虐待防止法ができて今年で10年。日本の社会はなぜ幼い子どもを救えないのか。【鈴木梢】 ◇社会の病、地域で防ぐ--児童虐待防止全国ネットワーク理事長・吉田恒雄さん やせた体、腸の破裂。14日、堺市の1歳の男の子が打撲跡を残し息を引き取った。今月も虐待発覚が相次いだ。大阪府大東市では生後6カ月の男児が風呂場の蛇口に頭を打ち付けられ重傷。福岡市の女児(3)は11日、机から突き落とされ重体となった。 3月にも、奈良県桜井市の吉田智樹(ともき)ちゃん(5)が両親から食事を与えられず餓死する事件が明らかになった。体重は6・2キロと5歳児平均の3分の1ほどで、身長も2歳児程度。生後10カ月以降は市の乳幼児健康診査を受けていなかった。母親は「夫婦仲が悪く、夫に似ている息子が憎くなった」と話し、家庭では夫から暴力も受けていた。智樹ちゃんは保育園などに通っておらず、近所とのかかわりも限られていたという。 児童虐待防止法が施行されたのは00年。子どもの虐待はそれ以前の約4倍に増え、年間4万件を超え、歯止めが掛からない。児童虐待防止全国ネットワーク理事長の吉田恒雄さん(60)は言う。 「大きな要因はストレスで、背景には地域や親族からの孤立がある。子どもがうまく育たない時、援助が受けられない。最近気付いたのは、子どもを他人に見せたくなくてコミュニケーションを拒むパターンで、子育てがうまくいっていないことを非難されたくないから健診に行かない。健診の未受診はリスク要因になる。自分の親に干渉されるのを嫌い、ネグレクト(育児放棄)死させた例もあります」 ■ 核家族化が進む都市生活では、孤立の解決は難しい。ストレス要因には、夫婦の不和、障害や精神疾患、経済的な困窮などもあり、重なり合うことで増幅される。子どもを育てる環境が厳しくなるなか、養育力が乏しい親の未熟さも虐待の引き金になる。 3月末には、大阪府門真市で未成年による虐待事件が発覚した。当時、無職の少年(19)が同居する女性(19)の長男(2)に暴行を繰り返し、長男は全身打撲などで死亡した。少年と女性は昨年夏から同居。少年は「なつかないので腹が立ち、殴ったりけったりした」と話しているという。 「若年出産や子どもがなつかないというのは典型的な例で、親になる心構えができておらず、社会的な養育力が乏しいということも虐待につながる。子どもの数が少なくなり、身近で接する機会がないまま親になるとミルクのあげ方も分からない。学歴が高い人は育児情報に振り回され、その通りにいかないと不安やストレスになることも多い」 SOSが虐待防止のための関係機関に届いたのに、救えなかった命もある。1月、東京都江戸川区の小学1年、岡本海渡(かいと)君(7)が両親から虐待され死亡した。通報者は海渡君の顔のあざに気付いた歯科医で、学校が虐待の疑いを把握した後も不登校が目立ったが、家庭訪問でも異変に気付かなかったという。 「連携に問題があり、市町村は学校に丸投げし、学校はそれを抱え込んだのでは」。04年の法改正では、市町村や児童相談所、警察などが連携する協議会設置が定められた。「一つの機関だけでは対応しきれないのは常識だが、連携システムには問題点もある。市町村の専門性が乏しく、関係機関の意識が高まらない温度差もある。仕組みはできたが、担い手が不十分だ」 ■ 盛岡市にある児童養護施設「みちのくみどり学園」の子どもたちを追ったドキュメンタリー映画「葦牙(あしかび)~こどもが拓く未来」には、虐待を受けた子どもたちの葛藤(かっとう)が映し出されている。映画のタイトルは葦の若芽を意味し、生命力の象徴として付けられた。 「自分も虐待してしまうかもしれない」。映画を見た吉田さんは、施設にいる子どもが自らの心情をこう語る場面が印象に残る。「虐待がいかに子どもの心に及ぼす影響が大きいか。それを繰り返さないように、養育文化を次の世代にきちんと継承させることが大切なんです」 虐待者には、自ら虐待された経験を持つ人が多い。「虐待の世代間連鎖」は統計上でも明らかになっている。 「虐待を受けた人が親になると、決まって虐待するというのは大きな誤解。問題は虐待を引き起こす要因が取り除かれないまま、子どもが自立することです。施設を出て高卒でもらえる給料では、まかない付きの寮に入るしかない。就職して失敗すると、行き場がないから仕事と住まいを一度に失う。ストレートにホームレスになってしまいがちです。そのうえ、親に頼れず、経済力や友人関係に乏しい場合が多い。だから、自立支援が必要になってくる」 虐待が社会の関心を集め始めたのは、20年ほど前。吉田さんは「民間団体の電話相談が始まり、虐待は特別な家庭だけで起きるのではないと理解され始めた」という。結果、虐待対策は一般の子育て支援へと広がった。それでも、残酷な例が後を絶たない。 「これまでの対応は、育て方を知らない親や切れやすい親といった『個』に集約させてきた。そうじゃない。そういう親や子が生まれてきた社会構造を問題としてとらえる視点が大切なんです。虐待は社会の病気。予防のためには、地域の子育て力を回復させなければならない」 地域の大人が、子どもの名前や顔を覚えている時代は過ぎ去った。「昔は子育てがコミュニティー全体の仕事だった。近所で生まれたことを喜び、お宮参りがあり、お祭りには子どもの役割もあった。今は家のカギを忘れた子どもが共働きの両親を待っていたとしても、近所の人が預かってくれる関係もない。現代は行政主導で地域の子育てを担わなければならない」 父親の育児参加は防止の第一歩だ。「夫が子育てに無関心だと母親のはけ口がなく、SOSを出せないような状況に陥ってしまう。ネグレクトでは、父親が一向に育児に目を向けてくれなかったため、母親が子どもの面倒を見なかったという報告も多い」 男性の育児休業取得率は1・23%。国は、17年までに10%に引き上げるよう数値目標を決めている。「子育て環境の向上に企業は何ができるか考えてほしい。労働時間や休暇など働き方の見直しが、母親の孤立を軽減することにつながる」 吉田さんの胸には、オレンジリボンのバッジがある。「国がもっと施策を充実させるため、一般の理解のすそ野を広げたい」。虐待防止を啓発するリボンの色には、子どもたちの未来が明るくなるよう願いが込められている。 ============== ◇よしだ・つねお 駿河台大法学部教授。1949年、東京生まれ。日本子ども虐待防止学会理事。厚生労働省児童虐待防止のための親権の在り方に関する専門委員会委員などを務める。主な著作に「児童虐待への介入~その制度と法」「児童虐待防止法制度~改正の課題と方向性」など。
【特集ワイド:2010この現実 虐待/下 山野良一さん 毎日4/16】
<この国はどこへ行こうとしているのか>
◇貧困対策まず一歩に--「なくそう!子どもの貧困」全国ネットワーク共同代表・山野良一さん
「このところ発覚した虐待事件は、貧困問題にからんでいる事例が非常に多い」。児童福祉司として、長く虐待現場に携わった「なくそう!子どもの貧困」全国ネットワーク共同代表の山野良一さん(50)はその象徴的なケースとして、東京都江戸川区の小学1年、岡本海渡(かいと)君(7)が今年1月、身体的虐待を受けて死亡した事件に目を向ける。
「母親は逮捕されたとき、22歳で、海渡君を15歳で産んでいる。このお母さんがどんな幼少期を過ごし、どう育てられたかに関心がある。きちんとケアを受けていたのだろうか。人手不足の児童相談所は虐待の対応で手いっぱいで、思春期や中学卒業後のケアがしきれない現状にある。高校中退など学校を去ってしまう子どもは一番支援が必要なのに、そのサポートが抜け落ちて空白なんです」
山野さんには、忘れられない保護家族がいる。両腕に縄の跡が発見された4歳の女の子は、身動きが取れないよう縛られ、身体的虐待を受けていた。母親は山野さんと同年代、貨物船の荷降ろしをしながら小型船で暮らす水上生活をして育ったことを知った。
「母親は中学にもほとんど通わず、小さい兄弟の面倒を見ていた。虐待について、親の背景と一緒に考える必要があると考えさせられた」
虐待の最も多いケースは実母によるもので、全体の6割を占める。
■
山野さんは児童相談所で働きながら、虐待された子どもが親になって虐待をする立場になる世代間連鎖や、暴力を止められない親の精神面にばかり焦点が当てられていることに違和感を持っていた。そこで、05年に渡米。約2年間、大学院で社会福祉を学び、スラム地域の学童保育所などで実習を経験した。
「虐待と貧困の根っこは一緒です。同じ問題を違う方向から見ているだけで、らせん構造になっている。お金に困っているから虐待したり放置したりするという単純なものでなく、子育てする条件が欠けてしまう。背景には家族構造があり、外には大きな社会問題がある」「貧困大国」とされ、同時に「虐待大国」でもあるアメリカは虐待件数が日本の30倍と多く、虐待と貧困の相関関係が指摘されてきた。「アメリカの貧困家庭のネグレクト(育児放棄)は、平均所得以上の家庭に比べて45倍も多い。リーマン・ショックを機にネグレクトが急増したことでも明らかです」
日本にも、関連を示す統計がある。東京都福祉保健局(05年)の虐待した親を対象にした家庭状況の調査だ。「ひとり親家庭」や「経済的困難」といった直接的に貧困につながる状況が上位を占めただけでなく、「孤立」「夫婦の不和」を挙げた人も「経済的困難」が併存すると答えている。
かつて、日本人には中流意識が広がっていた。だが、山野さんは「アメリカを貧困大国と呼ぶならば、日本は子育てにおける貧困大国」と言い切る。
厚生労働省によると貧困ライン以下で暮らす17歳以下の子どもの割合を示す「子どもの貧困率」は14・2%で、7人に1人が貧困家庭で育っている。経済協力開発機構(OECD)加盟国平均を超えるだけでなく、税や保険料を除き、児童手当などを加えた所得再分配後の子どもの貧困率がさらに高くなるのは先進国で日本だけという。さらに、一人親家庭に限ってみた貧困率は54・3%。先進国でも群を抜いて高い。
「子どもの貧困なんて日本にはないと世の中では思われている。まして、虐待との関連性なんて気付きもしなかった」。長引く不況で、貧困の問題が語られるようになってきたが、大人の非正規雇用労働者の、主に男性の問題として、取り上げられることが多い。
「女性の方がずっと非正規は多いし、ワーキングプアから抜け出せない。シングルマザーには、その下に子どもがいる。一つの仕事では足りず、賃金の高い夜間も働かねばならない経済構造で、子どもの放置に結びつく場合もある。そういう視点がまだまだ欠けている」
国は子どもの貧困対策として、「子ども手当」を打ち出した。「子育てを社会で共有しようとする流れでは賛成だが、所得制限は設けた方がいい。子ども手当で全部を解決し、子どもの貧困や子育ての階層性を改革するのは無理でしょう」
また、国は虐待から子どもを守るため、親権を一時的に停止させる民法改正を検討している。山野さんは言う。
「保護者が子どもを施設に預けたまま行方不明になったり育てられなくなった場合、子どもの立場が中途半端になってしまう。精神科での入院治療、学校の入退学、生活を支えるためのアルバイト、どれも親の了解がなければ、子どもの人生が前に進まない」
■
東京タワー建設中の東京下町を舞台に描かれた映画「ALWAYS 三丁目の夕日」。商店街の人々が貧しくても肩を寄せ合う温かさが観衆の心をつかんだ。
「かつては貧困家族も、社会に溶け込み、地域で助け合っていた。今はそれが消え去り、逆に孤立している。親族や友人との関係すら閉ざされている家族が多い。地域の人たちは特別な家族ととらえ、受け入れようとしない方向になっている。公園で、子どもをたたいている母親を見た別の母親は、『うちの子と同じ学校に行くのは許せない』と通報してきた。子どもの家庭は、経済的にぎりぎりだった」
山野さんは現代を「砂時計型社会」と呼ぶ。「上と下が分離し、一度下がるとはい上がれない。階層として固定化し、分断を始めている。貧困と虐待がつながるのは、日本の政策が弱いから。今の時代だからこそ、虐待を自己責任にせず、社会全体でどう防ぐか、子育てをどう豊かにするか道筋を立てるべきです」
社会は、自助・共助・公助で成り立つという理想はある。だが今、この均衡が保たれてはいない。「子育てに対する予算や社会資源があまりに少ない日本に公助はほとんどない。地域の共助も薄れ、自助しか残っていない」
アメリカは60年代、日本は90年代から本格的に虐待対策を講じてきた。だが、両国とも目に見える効果的な解決策は見いだせずにいる。「虐待問題に簡単な処方せんはない。貧困や社会保障から虐待を考えるのは遠回りなようだが、それしか解決策がなく、一番の近道かもしれない」
子どもを守れない社会の病巣は、人間関係が乏しく生きづらい社会全体にある。
◇やまの・りょういち
1960年、福岡県生まれ。北海道大経済学部卒。3月まで、神奈川県内の児童相談所に勤務。著書に「子どもの最貧国・日本」など。25日午後1時から、立教大池袋キャンパスで「なくそう!子どもの貧困」全国ネットワーク設立記念シンポジウムを開く
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貧しいということはどれほど、人の意欲や希望を失うか、そして自分にも他人にも優しくできなくなってくる。
それは連鎖するということを、もっとわかりあわなければ、と思います。
Posted by: かもめのオバサン | May 05, 2010 07:30 PM