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ジェンダー平等と経済学 備忘録

 二宮先生の「ジェンダー平等と経済学」のメモより。(厚い本で備忘録も長文・・それでも関心の強い部分だけですが・・・なので、ファイルで添付)
 「gender_equity_keizaigaku.doc」をダウンロード
以下は、第二章の中の念と近代家父長制の中の“男女平等と「自由の平等化」視点”のもの。
格差・貧困の拡大をどうとらえかでも重要な視点なので・・・

【男女平等と「自由の平等化」視点】
・資本主義的性差別は、労働者間の「分断的格差」/家父長的性差別と異なり、差別の主体は資本で、差別関係のもとにおかれるのは男性労働者と女性労働者

・そもそも「性差別」の撤廃・克服しようとする場合、「平等」とはなにか、を明確にしないといけない。

1 中性化や同一化とは異なる平等概念
・両性間の差別撤廃は、同一化とは異なる /同一化を意味する差別撤廃もある・・身分制、部落差別、非正規

・性・年齢・人種(民族)など属性にもとづく差別は、差別が撤廃されても属性としての差異・区分は残る
→ 互いの差異を内に含んだままの平等 /ジェンダーエクィティ派はセックス、ジェンダーの差異をなくすものではない

2 平等を考える基準としての焦点変数
・重要なのは「何の平等か」(A・セン)ということ/その焦点変数(セン)の取り方で内容は大きく違う 

・男女平等とは・・・体重か、ファッションか、寿命か、身体的特徴か、様々
→ やっかいなのは、ある基準の「平等」の達成は、他の基準から見た「不平等」が残り、拡大する点
 例)男女平等・同一賃金の実現 →これだけだと労働時間、労働環境、労働強度の差異が放置されかねない。
 (メモ者 男女ともの非正規労働者化、ワーキングプアか など 労使間の差異・差別の拡大)

・よって「何の平等か」との問いが大事になる/ センの提起、そのルーツはマルクスに遡る

3 マルクスにおける平等概念のとらえ方
・「権利とは、その本質上、同じ尺度を適用するということにおいてのみ成り立ちうる。ところで不平等な諸個人(相異なる諸個人)は、同じ尺度で測定できはするが、それはただ、彼らを同じ視点のもとにおき、ある特定の側面をからだけとらえる限りのことである」(ゴータ綱領批判)
→ 多様性の無限の広がりをもつ、異質な人間相互を平等におくには、共通の尺度が必要

・「生産者たちの権利は彼らの労働の給付に比例する」「あるものは他のものにくらべ肉体的に、また精神的にまっており・・・・この平等の権利は、等しくない労働に対しては不平等の権利である」(ゴータ綱領批判)
→ 不平等な個人的天分と不平等な個人的給付能力をそのまま認めれば、別の不平等をつくる

・「労働にもとづく給付」の平等原則の限界をマルクスは鋭く指摘する→「ある労働者は結婚している…一方のものは他方よりも子供が多い、等々。したがって同一の労働を行い、それゆえ社会的消費基金に同じ持分を有する場合でも、一方のものが他方より事実上多く受け取り、一方のものが他方よりも豊かである、など。これらの決定をすべて避けるためには、権利は、平等であるかわりに、むしろ不平等でなければならないであろう」(〃)

・この平等論は、センに受けつがれ、平等論に基本にすえられつつある

4 マルクスの「自由の平等化」視点の継承
☆第一/ 「何の平等か」 その最も重要な基準は何か  マルクスは「自由」にもとめた
→ 自由を平等に保障することが、マルクス=センの平等論 /しかし難解な内容を含む概念
①自由とは何か ②自由の平等化とは何を意味するか ③具体的にどんな措置が必要か、の明確化が必要
 
ここで筆者は「これ以上深入りはしない」として3つの指摘

①近代市民社会の「自由・平等」そのものの捉え方に新たな視野を開く。対立から両者統一の視点へ

②不平等を不自由の問題として批判的にとらえる重要性
・貧困とは「自由の平等化」視点からみれば、自由の制限・剥奪。つまり不自由のこと
→ セン 貧困とは「人間の潜在能力発揮の自由を奪われた状態」
・「格差」論 格差の底辺におかれた人の自由の侵害を無視しては、格差社会のラディカルな批判にならない
→ 新自由主義は、自由の名のもとに、格差を拡大し、実際には不自由を拡大する

③「権利というものは、社会的経済的な形態、およびそれによって条件づけられた社会の文化的発展よりけっして高度ではありえない」(ゴータ綱領批判)の見方を堅持すること
・自由の享受を平等の権利として確立する場合も、社会の歴史的発展段階に規定されたものになる。
→ 「自由の平等化」視点を空想化するのでなく、現実の社会状態にそくして生かすという意味をもつ

☆第二/ ジェンダーエクィティを追求する場合も「自由の平等化」視点が適用されるべき
①男女平等をかたる場合の焦点変数は何か、を鮮明にした議論が必要
②多元的アプローチを採用する場合も、それを束ねる視点として「自由の平等化」が重要になる。
→ ここでいう自由とは人格的自由のこと—男女平等は、そのジェンダー差を横に置いた人格面において追求される課題であるから。それは人格の二要素にしたがって、社会的独立の発展と主体性の発達の二方向で開花する

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