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日本の貧困と「最低生計費」 備忘録

 憲法25条の理念を実現する現代のナショナルミニマムが福祉国家の真髄であり、権利は、実態を把握し、その状況が許せないという具体的要求であるとし、労働者国民の実態と特徴を明らかにし、対抗軸となるべき「最低生活の岩盤」の形成を探求している。
 著者の金澤誠一・仏教大教授は、最低生活費の調査をもとに、全国一律最賃千円の根拠を明らかにしている。 補論は、簡潔だが、福祉ガバナンス論を批判的克服、新福祉国家の必要性につながるものと思う。
 
 論考に出てくる 生活保護と「最低生計費」の比較研究--「労働総研ウェブサイト」
 以下は備忘録

【日本の貧困と「最低生計費」 金澤誠一・仏教大教授 経済2010.2】
◆労働者の実態から見えてくるもの~はじめに
・憲法25条の理念を実現する現代のナショナルミニマムが福祉国家の真髄。権利は、実態を把握し、その状況が許せないという具体的要求である。
・本論は、労働者国民の実態と特徴を明らかにし、対抗軸となるべき「最低生活の岩盤」の形成について考える。

Ⅰ.貧困層の膨大な存在
(1)「相対的貧困率」「ジニ係数」「生活保護基準未満率」
・相対的貧困率を09年10月発表。03-06年で、14.9%から15.7%に悪化。
・65年以降、政府が貧困率を測定してない。その点では貧困が政策課題となったことがあり、画期的だが、「相対的」という点に問題がある。
・政策目標として生活保護以下の世帯をなくすのであれば、未達率の把握が適当である。
→どのような世帯、業者に現れやすいか把握し、具体的課題となる。

(2)生活保護基準未達率
・試算の基礎資料――国民生活基礎調査(世帯構成別、年齢階層別に収入階層別分布)から算出/基準は、生活扶助一類と二類、住宅扶助の特別基準、冬季加算と期末一時金、稼動年齢は、勤労に伴う経費として「基礎控除」「特別控除」を用いる。

①生活保護基準未満率は25.5%
・他の試算に比べ、勤労の必要経費含めるか、住宅扶助が一般基準か特別基準か、級地の取り方で高い。 

②未満率の偏在
・単身世帯43.9%、ひとり親世帯52.1% と極めて高い
・夫婦のみ19.8%、夫婦と子ども世帯13.5%、三世代19.5%
・この違いは、収入の担い手が1人か2人以上か―― 1人の収入では最低生活を満たすことは大変困難。夫婦が共に働ける場合でも未満率が20%近い。

・単身世帯では、年齢階級別の特徴 / 29歳以下の若年単身世帯55.6%、中高年単身世帯で50歳以上4割を超え、70歳以上で55.1%。
・ひとり親世帯では、29歳以下から50歳代まで子どもの養育・教育の時期に未満率が5割を超える。/これは「子どもの貧困」の問題でもある。
・ライフサイクルでは人生のはじめと終わり、子どもの養育・教育期にあるひとり親世帯に特に偏在

Ⅱ「低賃金・不安定雇用層」の増大    
(1)民間の低賃金労働者の増大
・貧困の具体的姿は、「低賃金・不安定雇用層」にある(民間給与実態統計調査より)。
・年間賃金200万円以下/02年853万人から、07年1032.3万人に増大 / 17.1%から22.7%へと5.6ポイントの増加
・年収200万とは月額16万6667円/連合、全労連のもとめる最賃千円に相当する額 / 若年単身世帯の生活保護基準額17万2千円(一級地、基礎控除、特別控除含む)に相当 ―― それ以下の層が1千万人いる。

・世帯の収入額で見た特徴(国民生活基礎調査より)
・年収450万円を境に、95年-07年で、未満が増加(28.1%から32.8%に)、それ以上が減少

(2)低所得層の低貯蓄額
・貯蓄の全世帯平均は1728万円、労働者世帯平均1292万円(17年、総務省「家計調査」)だが…
・労働者世帯の年収階級別の貯蓄現在高
年収200万円未満は、貯蓄100万円未満46.2%、300万円未満66.8% /年収200-250万、400-450万の階級では貯蓄高が300万円未満が5割前後 ―― 低所得者は、貯蓄が収入1年分の世帯が半数以上 / 生活上の「抵抗力」が脆弱

(3)失業率の増大
・08年11月3.9%から09年9月5.5%に増加/15-24歳で9.8%、25-34歳で7.3%と著しい

(4)非正規労働者の増大
・95年1001万人→08年1760万人/20.9%から34.1%へと13.2%の増加/95年・日経連・新時代の「日本的経営」

(5)非正規雇用の「常勤パート」化
・短時間の「縁辺労働力」からの変化(15年「就業形態の多様化に関する総合実態調査」)
・正規労働者・週40時間以上67.8%、30-40時間32.2%と全労働者が30時間以上
・非正規労働者でも、30時間以上が、63.1%(40時間以上は18.6%)

(6)正規の非正規への置き換え
・非正規の増加による仕事の質の変化/正規が「恒常的・基幹的仕事」、非正規が「一時的・補充的仕事」という棲み分けが困難になり、非正規の仕事が「恒常的・基幹的」内容となってくる。
・非正規の中に「恒常的・基幹的」と「一時的・補充的」に分化し、雇用形態が複雑・重層的構造となる。
 例)非正規の福祉職員がケース会議に出る。非正規の保育士がクラス担任となる。
・棲み分けを続けているところでは、正規職員が長時間過密労働が燃え尽き症候群などの健康破壊に

(7)非正規労働者の低賃金の実態
・同じ労働時間、同じ仕事をしているのに賃金が低い(前述「総合実態調査」より)
・正規労働者 14-20万から35-40万円に約8割が集中/14-20万が18.3%も分布(若年層?)
・非正規 10万円未満(37.2%)、14-20万円(40.9%)に約8割が集中
・福祉職場の低賃金、非正規の多さ~高度な専門性と経験が排除され質の低下を招く危険/他分野でも

Ⅲ 現代の貧困の特徴とその構造
(1)現代の貧困の特徴
①貧困の隠蔽性=「低賃金・不安定就業者」の膨大な存在
・憲法25条がありながら、広く存在する貧困 /保護基準未満率25.5%、非正規1700万人、3割以上。中小業者では営業所得200万円未満が5割近い

②社会制度からの排除
・低所得者層は、長期間の生活を維持するための社会保障、社会福祉などの制度から排除されている。
・国保―滞納世帯2000年370万世帯から08年453万世帯(20.9%)、滞納の制裁としての資格書33.9万世帯、短期証124.2万世帯(「留置き」で実際は無保険多数)/受診抑制
・国民年金未納率33.7%、全額免除24.9%とあわせ6割近い/無年金に
・介護保険、障害者自立支援法 サービスの1割負担で利用抑制など

③未組織で無権利
・低所得層は、日常的継続的に政治に参加し、自ら経済学的社会的状態を改善する手段を奪われている
・憲法の規定はあるが、実行すべき力が自らになく、最低生活が底抜けに下降していく「無権利」の状況
・労働組合組織率での格差(「労働組合基礎調査」)
08年推定組織率は18.1% /千人以上の事業所47.5%/ 99人以下1.1%―― つまり大企業中心の労働組合ということ。/パートタイム労働者の組織率4.8%(08年)

④社会的に孤立
・低所得者は、社会生活や地域社会で、存在が忘れられ、孤立し排除されている/孤独死、無縁死
・話を聞いてくれる人、歩んできた人生の価値に共感してくれる人がおらず、希望・勇気を持ち得ない状態

⑤国民一般世帯ですすむ「貧困化」
・一般世帯から低所得世帯に不断に転落していく可能性の高まり
・賃金の低下、税・社会保険の負担増、ローン返済の重圧/病気、リストラで一気にホームレスに
・社会的固定費 70年代27% → 05年45%。家計構造の「硬直化」、「抵抗力」の弱体化

(2)現代の貧困を生み出す構造
①「低賃金・不安定雇用」の構造的創出
・資本の蓄積過程が「低賃金・不安定雇用層」の構造的創出。産業予備軍・相対的過剰人口、特に半失業状態の停滞的過剰人口を生み出しながら、この層が「おもり」となり、一般階層の賃金・所得を引き下げる構造 

②社会保障制度の不備
・社会保障制度の不備が生み出す「低賃金・不安定雇用層」
・失業給付の短さ。しかも失業給付が切れたあとの失業扶養給付が存在しない。非正規労働者の多くは雇用保険制度の適用をそもそも受けていない。/生活保護より低い国民年金をカバーする高齢者の就労
 → 労働力の安売りが強制される。「窮迫販売」/そして最賃が生活保護以下

③「低所得対策」の不備
・ポーターライン層から税や保険料を徴収すると、実質的に生活保護以下となる。/生活保護世帯から見れば、よほどの収入が見込めないと、保護制度からけられない「貧困の罠」が存在する。
(公営住宅も含め、避けられない基本的なサービスが無償、負担は累進課税の強化で/後藤 /メモ者)

④生活の「現代的・資本主義的社会化」の進展=「賃金依存度」の上昇
・教育、住宅、医療など生活基盤の確保に、所得再配分を意味する「応能負担原則」が弱められ「応益負担原則」が強化された。
・資本主義の矛盾に対する生活の共同化、社会化が進展したが、「構造改革」で、それらが「商品」として提供、
例)厚生年金の支給開始年齢の引き上げ、医療保険の窓口負担の強化―― ガン保険、成人病保険、個人年金など民間保険への依存せざるを得ない状況 /公営住宅の建設中止、持ち家政策の強化 /介護施設の不足
・間接賃金が減らされ、直接賃金依存の構造が強化/ 低所得者層の排除の強化
・よって直接賃金の喪失(病気、リストラ)した場合に、生活の「抵抗力」が弱い。低所得層への転落へ

⑤必要生活手段の商品化の進展
・「現代的・資本主義的社会化」のもう一つの道筋/ 生産力の発展による消費財貨、サービスの商品化の進展に賃金・収入が追いつかない →これまで商品化されてなかった家事・育児労働すら様々に商品化され生活の中に浸透/ 長時間過密労働、交代制勤務など労働の全般的な「社会化」に対応した必要生活手段の商品化の拡大・生活の全般的な「社会化」という現代的な特徴
・商品の多くはマスメディアを通し「宣伝・誘導」により普及、社会的慣習として浸透―― 社会的体裁維持のために必要なものとして、半ば社会的に「強要」された消費という生活を持つ。
・「現代的・資本主義的社会化」は「応益負担原則」とサービスの商品化をすすめ、労働力の価値=賃金の上昇がない限り、生活の実質は低下することになる。

Ⅳ 国民生活の再構築――「最低生計費」試算
・「朝日訴訟」以来、最低生活は、辛うじて生命を維持できる程度のもとのでなく、文化・国民経済の発展に応じ変化するものである、としながらもその規定は「抽象的・相対的概念」(判決文)に留まっている
・一般世帯の生活が低下する中で、相対主義的な立場でなく、何を最低生活費と算定するか問われる。
・以下、著者が責任監修した京都総評、労働総研が取り組んだ「最低生計費」の算定から論述

(1)「健康で文化的な最低限度の生活」とは何か
・最低限必要な「生活の質」の特定―― 生理的物理的な存在であるとともに社会的存在として、その両方の機能を満たす「質」とは何か
・指針として/アマルティア・センの生活の「機能」――「適切な栄養」「健康」「避けられる病気にかかってない」「雨露をしのげる」、「移動することができる」「読み書きができる」「人前に出て恥をかかないでいられる」「社会生活に参加している」/これから「幸せかどうか」という指標と違い、実際の行動、状態を表している。
・センは、これらの達成は所得・財だけでは困難と指摘/「人間存在の多様性」として、身体的・精神的特長の違い(年齢、性差、障害の有無)、社会的状況の違い(差別の有無、福祉制度の違い、紛争・戦争地帯)をあげている。/したがって所得だけでなく「人間存在の多様性」への社会的配慮(平等な機会。街のバリアフリー化、福祉サービスの現物給付、平和など)として社会制度が必要となる。/それは最低限必要な生活の質を達成するための総合的包括的な取り組みの必要性を示し、ナショナルミニマムの必要性の論拠となる。
・社会制度が変化すれば「最低生計費」も変化する関係/社会制度が一定なら、所得・財により決定される

(2)「最低生計費」の算定
・マーケットバスケット方式での試算/「持ち物調査」「生活実態調査」「価格調査」を基に、保有率が7割を超えている持ち物を積み上げ、人前に出て恥をかかない最低限必要な必需品として算定/交通費は社会生活に参加できる額として算定。(タウンゼントの相対的剥奪と同じ概念 ・・・ メモ者)

①首都圏での若年単身世帯の「最低生計費」と生活保護との比較
・生活費・月23万4千円(消費支出17万4406円、税・保険料4万2395円、予備費・貯蓄1.7万円)
→生活保護の場合に免除されたり、現物支給されたりしている額を差し引く
→比較/ 最低生活費17万6456円 生活保護基準17万2689円(基礎控除、特別控除を含む)
・月23万4千円は決して高くない

②「最低生計費」と最低賃金額との比較
・中央最低賃金審議会で用いている月労働時間173.8時間
・月23.4万円は、時給1345円
・埼玉県の最賃・時給722円、月額にすると12万5484円。この額では自立した生活が営めない

③「最低生計費」と首都圏と東北地方の最賃Dランクの比較
・最賃や生活保護が想定しているような生活水準の格差は存在するのか
・試算/首都圏23万3810円、 東北地方Dランク23万1421円
・同水準/だが生活内容が同じではない →家賃は2.2万円の差、一方東北では車がないと生活できない(中古40万円、4年使用で計算。東北32542円、埼玉9073円)

④全国一律最低賃金の必要性
・最賃や生活保護が想定しているような生活水準の格差は存在しない
・労働組合の要求している全国一律最低賃金の根拠でなる。/ それなくして「低賃金・不安定雇用層」をなくすことはできない。

◆結びにかえて--「最低生活の岩盤」の形成
・「最低生計費」を機軸とした「最低生活の岩盤」の形成は、労働者だけでなく中小業者、年金生活者など国民全体の問題であり、ナショナルミニマムの問題 /国民の広い連帯に基づく運動により実現されるもの
・権利は制度化することで実現するが、実現可能性が低いからと権利は減ずることはない―― 権利を認識した人にとっては、実現にむけた努力と運動こそが責務となるだろう。

【補論 福祉国家限界論と貧困研究――世帯パネル調査】
・70年代の福祉国家の攻撃(ルイス「貧困の文化」、マリー福祉「依存型文化」論)――福祉国家の発達が個人の意欲や自助努力の能力を蝕むようなサブカルチャーを作り出したとの主張

・90年代「世帯パネル調査」(独、英)――貧困層に固定される部分と移動する部分が明らかになった。
→所得区分10段階の底辺2区分の中に留まった割合は67%。地位向上は1/3。この1/3も元に戻り、脱出率も徐々に低下する。

・パネル調査の影響 ①貧困は一時的と、重大関心事にならない ②貧困は流動的であり、脱出する機会を捉える、人の行為能力のもつ変化を過小評価すべきでない。
・90年代「社会的排除」/パネル調査と深い関係―― 社会的影響力の結果だけでなく、みずから締め出している結果からも生じる可能性がある、というもの。

・これら認識の変化は、福祉国家に対する攻撃が、依存文化論の消極性を積極的なものに転化させる可能性を与えた → 依存文化論は、福祉国家は、役立たずで財政悪化という消極面が強調/ 社会排除論は、人の行為能力のもつ変化といった積極面を強調
・個人の自立性を高めるエンパワーメントをめざす「積極的福祉」、積極的労働市場政策、ワークフェア
・つまり「福祉国家の限界」とは、あり方を、社会変化に応じて変えていく必要を意味するもの /それは、従来の福祉国家のもつ所得再配分や最低生活保障を変える根拠がないということ。
・パネル調査の影響  ③貧困を生み出す要因は「不利の複合性」/所得だけでなく多様な要因がある 
→経済的排除だけでなく、政治的排除、地域社会や社会からの排除 /多様性だけでなく、個別性をも強調

・貧困要因の多様性に対するアマルティア・センの影響/ 所得・財だけが貧困を解決する手段ではない。人間存在の多様性を指摘 →「存在」の多様性 /身体的・精神的特長の違い、社会的状況の違い /違い・多様性への社会的配慮がなければ貧困はなくならないことを主張 /社会的配慮は、社会制度の問題――社会福祉、人種や性差別など人権保障の問題、医療・教育制度、社会保障、環境・平和など総合的・包括的な社会的制度の確立が必要となる
→ 現代のナショナルミニマムの考え方とつながっていく考え方 /個々人の価値観や目的の多様性(積極的自由)は、最低限必要な潜在能力(どれだけの生活の機能〔質〕を達成できるか、その実現可能性であり、選択の自由を前提としている)が達成できる可能性が保障されてはじめて問題となるだろう

・福祉国家をめぐるもう1つの問題は、研究問題であるとともに政治の問題である点/むしろ政治の問題―― 
・依存文化論は、福祉国家限界説の根拠の1つとされ、福祉国家後退に利用された
・「能動的福祉」論は、教育や職業訓練による労働参加に歪曲され、ウェルフェアよりワークフェアとして、福祉削減に利用された
→ 日本でも「自立支援」という「能動的福祉」政策が展開され、「労働参加を条件とした給付」「応益負担原則」として福祉削減策としての意味を強く持つ


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Comments

詳細な備忘録ありがとうございました。
本誌ブログでも紹介をさせていただきました。

http://www.shinnihon-net.co.jp/magazine/keizai/blog/?p=428

今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

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