補完性・近接性原則批判 備忘録
「地域再生のリアリズム/唯物論研究年誌14号 2010年1月」より進藤兵・都留文科大学教授の「補完性・近接性原則批判」の備忘録。
補完性・近接性原則が、反福祉国家・新自由主義路線と親和的なイデオロギーであることを明らかにしたもので、欧州統合の文脈の中での都市立地政策との関連や「充実した地方自治論」への批判など学ぶところがおおい。
同氏の講演録「『分権型国家』が住民生活と地方自治を破壊する―地方自治条項改憲論議への批判―」(06年3月29日)は、「地方自治の本旨」の内容と憲法に規定されている意義を解明しており、「地方分権改革」批判として、あわせて勉強を深めたい。
【補完性・近接性原則批判
あるいは「地方優先の事務配分で中央政府の権限・介入を限定する」という形態の国家介入への批判】
進藤兵・都留文科大学教授
( 地域再生のリアリズム/唯物論研究年誌14号より 2010年1月)
はじめに
・補完性・近接性の原理――公的事務事業を住民に最も身近な地方自治体に優先的に配分し、中央政府の権限を限定するという形態の国家介入のこと
→中央政府の権限の限定イコール国家介入の縮減、なのではない。中央政府の権限を限定するという形態に再編することで、国家統治を再強化しようとするような国家介入戦略のこと
・この介入形態――先進資本主義国において国境を越える脱製造業化された都市中心の資本蓄積を促進する内容であり、グローバル新自由主義経済とカップルをなしている。
・日本の保育を例にとると
公立・認可保育所の入所は、国の制度による措置制度。これを中央政府の過剰介入として、入所方式、権限は身近な地方自治体に委譲するのがよいと、直接契約方式で自由な価格設定となったとすると・・・
施設、園庭、保育士など国の最低限の基準を決め、補助金を払うことが、中央政府の過剰介入であり、地方自治体に委譲すべきとなると・・・・ 安い劣悪な保育所、エリート保育所をつくってよい
さらに補助金でなく自主財源での運営となると・・・
→この分権国家は、女性の賃労働化、子育てサービス産業化、子育て市場への民間企業参入と競争、公務労働者の制限、公務労働運動の衰退、自治体・中央政府の社会保障費削減などをすすめるだろう
同様のことが多くの分野でおこって・・・事業を総合的に行うために市町村は合併して大規模にたるべきだ、中央政府の事務事業を自治体に委譲し、地方介入を抑えて「地方分権国家」を創造するため道州制へ
・こうした身近な自治体に権限を優勢的に配分し、中央政府の介入を抑制する理念を、地方自治体における補完性・近接性原則といい、その原則は「地方自治のグローバルスタンダード」だと主張し、憲法92条の「地方自治の本旨」はこの原則を含んでいると解釈するべき、そうでないなら改憲すべき、と主張する諸勢力が存在する。
・本稿の目的— 補完性・近接性原則が、反福祉国家・新自由主義路線と親和的なイデオロギーであることを明らかにするもの。
1.地方自治分野の補完性・近接性原則――中央政府と地方自治体の事務配分
・欧州地方自治憲章 第四条第三項のこと (欧州評議会が1985年採択、88年発行)
「公的責務は一般的に、優先的に市民も最も身近な行政主体によって行使される。責務の他の行政主体への配分は、その業務の範囲と性質及び効率性と経済性の要請を考量する」
→中央政府は、外交、年金、マクロ経済など性質上、地方自治体に不向きな事業は権限を配分される。地方自治体に対し、補完的な権限をもつにすぎない。
・「世界地方自治宣言」も似た条項があり、「世界地方自治憲章」草案も補完性・近接性原則を既定している。
2.補完性・近接性原則は「地方自治のグローバル・スタンダード」か?
◆欧州統合の文脈における補完性原則――上からの過剰介入抑制
・EU条約(93年)により欧州共同体設立条約第三条b条第二項に「補完性の原理」が明記されたのが決定的
→補完性原則は、欧州統合の文脈で、加盟国と超国家機構との関係を調整する指針であり、「地方自治分野だけではない」
→その上で、欧州統合の補完性の原則は
a加盟国と超国家機構が、それぞれ専属的管轄事項を定めること
bどちらにも属さない事項は、加盟国の行動による目的達成を優先。できない場合にだけ超国家機構が行動
c全体として超国家機構の行動は法的目的の達成の必要に比例するように制約(比例原則)
~ つまり、補完性原則は、比例原則とワンセットで上位の行動主体の過剰行動を抑制する指針
・補完性原則といっても
事務配分を決める原則化か、国の過剰行動(通知などで細々干渉)を抑制する原則か、という違いがある。
◆社会福祉分野における補完性原則—民間部門の公共部門に対する優先
・1961年 西ドイツ 連法社会扶助法
民間の社会福祉事業が優先され、その適切な事業が存在しない場合に限り、公共部門が社会福祉事業に参入できるとする規定が「補完性の原則」
→ 1931年 ローマ教皇「社会回勅」に依拠したもの
「個人の自助が最優先で、次に下位の小集団の相互扶助、その後で大規模で上位の共同体の公的介入を認める」という、この補完性原則が、30年代のカソリックの社会政策に関する基本理念
( ムッソリーニのファシズムに対し、キリスト教民主主義の価値を擁護する目的があったといわれる)
◆地方自治分野における補完性原則の非グローバル性
・補完性原則の欧州地方自治憲章への挿入と展開の原動力は、ドイツ政治文化圏の地方政治家・官僚
・西ドイツでは、地方自治が補完性の原理と別の原則で保障されてきた →ドイツ憲法28条2
法律によっても侵害されない自治行政の核心領域が存在し、それ以外の領域でも、法律による制約はあるが、地域共同体の事項に関しては基礎的自治体が優先するよう事務配分するのが原則
・ドイツ都市会議という団体からEUに、地方自治分野の補完性原則をもりこんだ欧州共同体成立条約改正提案がされたが採用されなかった→ 欧州統合の文脈の補完性原則は、地方自治分野と別個のもの
・欧州地方自治憲章をフランスは批准してない
・欧州地方自治憲章は法的拘束力をもつ条約であるが、世界地方自治宣言は単なる宣言、世界地方自治憲章草案は01年に廃案となっている。欧州地域自治憲章草案も、02年、国際条約にすることに反対があり、05年廃案に。
~ 補完性原則は「地方自治」のグローバル・スタンダードとはいえないし、地方自治の「グローバル・スタンダード」ではない。
3.補完性・近接性原則の反福祉国家・新自由主義的性格
◆欧州議会による補完性原則の反福祉国家的傾向
・欧州評議会が専門家に委託した1994研究書「補完性の原理の定義と限界」
補完性原則の研究を行う背景として「経済危機に起因し…福祉国家の図式をイデオロギー及び財政上の理由から問い直されている」
・その結論は
「補完性の原理は、個人や個人が作る集団からいかなる責務も奪ってはならないことを求める社会の組織原則であると同時に、地方と地域と全国の各レベルの当局間の権限配分に関する技術的な原理でもある。・・・自発性を尊重する方向に国家の介入形態を変える一種の誘導の原理だからである」
→補完性原則は、地方自治分野におけるものだけでなく、「個人と個人がつくる小集団」=民間部門を優先させ、国家の介入形態を変える理念的な道具ということ。/「変える」のは、社会主義・福祉国家の掘り崩しの方向。
だから「欧州地方自治憲章の中で提案された定義は… 1つの例としてしか考えられない」としているのは当然。
・「結論」の結びは「公的介入の領域を減少させる傾向がおぼろげながら現れてきた今こそ――とりわけ新たなサービスの提供と財政負担との間の調整の点から考えて――明らかに個人とその選択こそが、公的活動を決める際の基準になってゆくとする、より一層広い政治哲学の文脈にこの原理をおいて考えることこそが重要である」
→ 公的介入の縮小と個人の選択という政治哲学=新自由主義の文脈に補完性原理を置くというのが、研究所の結論。
◆補完性・近接性原則イデオロギー
西欧福祉国家と東欧社会主義を掘り崩すイデオロギーの1つが「補完性・近接性原則」だが、それがどのように新自由主義を誘導するイデオロギーとなりえたか。
①「空間ケインズ主義」から「内発的発展」への転換
・70-80年代の補完性原則―― 中央政府主導による国土の均衡発展をめざす「空間ケインズ主義」(衰退地域への国土計画、国家財政による格差是正)から、その行き詰まりの中で、規制を緩和し、個々の自治体が主体となった地域経済再生により国土の均等発展をめざす「内発的発展」への転換をはかるイデオロギーの1つと位置づけられる
②「内発的発展」から「脱国民国家化された競争的政治体制下の都市立地政策」への転換
「内発的発展」の時代は、本格的なグローバル経済が到来するまでの経済的過渡期であり、域内階級妥協と草の根民主主義との不完全な融合という政治的過渡期
a「内発的発展」は、国土の均等発展を達成できなかった。80-88年にかけて格差はむしろ拡大した
b 90年以降、欧州単一市場により、国境を越えた経済の自由活動で、地方・地域関係が大きく変容する
→国民経済の枠を越えて、成長地域どうしが連携 /「青いバナナ」戦略など
停滞地域へEUは構造基金を補助しているが、福祉政策でなく、社会資本整備、人材育成でグローバル経済の隙間で競争力をつける政策
→ 経済・地域政策を地方自治体主導に転換させた補完性の原則は、多国籍企業の自由展開という全体構造の中では、成長地域どうしの連携をつよめ、停滞地域との二極分化を深刻にさせることになった。
c 新自由主義がヘゲモニーを獲得し、脱国民国家的な競争体制がきずかれた
4.「補完性・近接性原則イデオロギー」の担い手たち
3つのグループ
①構造改革派
②地方分権派
③充実した地方自治派
*「杉原泰雄」/資本主義経済=近現代の市民国家=中央集権体制と「反資本主義体制」側の「充実した地方自治を要石とする国家体制を求める思想と運動が対峙してきたとの世界史観を披露。
充実した地方自治とは、人民主権、住民自治、団体自治、地方公共団体優先の事務配分、自主財源配分、自主立法権の6原則からなるとする。
90年代以降の日本の地方分権は、新自由主義を経済的基礎とし、「充実した地方自治」を採用してないので、真の転換となっていないという。
*「宮本憲一」杉原らの依拠し、古典的地方自治VS民主的中央集権(スターリン主義、西欧の福祉国家)という時代から「充実した地方自治の時代」への歴史的転換が起こっているとする。日本の「分権」は英米型競争的分権であり、国・地方の役割分担論にもとづくもので、真の「充実した地方自治」ではないとする。
~ これらは、補完性の原則の定義、西欧現代史での位置づけ、グローバル化とこの原則の関係で事実を踏まえていない。この混乱の背景は・・
・中央集権=ブルジョア勢力及びスターリン主義、地方自治=変革主体側という教条的イデオロギーがある
・日本においては一貫して福祉国民国家が未確立であったリアルな認識を欠いている。
*加茂利男 日本では近接性の原理が軽視され、補完性の原理を強調という。しかし、両者は同場であり、片方だけなら悪だという論は珍妙な議論
*白藤博行 構造改革派の補完性原則は、中央政府からの権限委譲の「受け皿」として財政基盤強化のため合併推進するもので「不真正」であり、市町村→都道府県→国への公的な事務事業を順に積み上げていく補完性原則こそ「真正」とする。だが、「真正」補完性原則と自治体非合併が両立している国はほとんどない。
おわりに
・補完性・近接性原則イデオロギーを採用しないとしたら何があるか・・とし、憲法成立過程から浮かび上がる地方民主主義構想や日本で一貫して未確立の福祉国民国家などに通底する像であろうが、詳細は他日を期したい。で終わっているが・・・
この点で進藤氏は、06年3月29日「『分権型国家』が住民生活と地方自治を破壊する―地方自治条項改憲論議への批判―」の結びで
“私たちとしては基本的には、「戦後型地方自治」と呼んだようなものを完全に実現していく、完全に開花させていくという立場に立つことが大切です。同時にこれに、住民の生活を保障するべく、ナショナルミニマムをきちんと財政的に保障する、一種の「福祉国家型地方自治」のあり方――それは一部、70年代の革新自治体において実現されましたが――を加えて、「バージョンアップされた福祉国家型地方自治」とでもいうべき地方自治の構想を、もっと具体化し、豊富化していくということではないかと考えています。”と「バージョンアップされた福祉国家型地方自治」という姿をのべている。
なお、「戦後型地方自治」とは・・・
“「地方自治の本旨」とは、以上の全体を総括する基本原理ですが、それを一番狭く解釈をすると、復古型地方自治構想の「団体自治プラス住民自治」になる。しかし一番広く解釈すれば、戦後型地方自治の、住民イコール地域共同体の主権者、ローカル・デモクラシーに基づくローカル・ガバメントとしての地方自治体、自治体と中央政府の権力分立、と解釈できる。”
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