「地方分権」批判・再訪 備忘録
「地域再生のリアリズム/唯物論研究年誌14号より 2010年1月」より、関耕平・島根大学准教授の「『地方分権』批判・再訪 『民主的中央集権』概念を手がかりに」の備忘録。
“福祉国家は所得再配分の機能を持つため中央集権型財政の傾向を持つ。よって、分権化は、福祉国家的要素の縮小も一部に含むものと考えるのが自然。「分権化」には注意が必要”とし“「地方財政論における国民国家・中央政府像の不在」が大きな問題をはらむ”としている。
以下、備忘録
【「地方分権」批判・再訪 備忘録】
「民主的中央集権」概念を手がかりに 関耕平・島根大学准教授
( 地域再生のリアリズム/唯物論研究年誌14号より 2010年1月)
はじめ 本稿の課題と目的
・「地方分権」「分権化」という用語に対する警戒感が極めて希薄
・「地方分権」の名で実際に起きたのは、三位一体改革による地方財源縮小と国庫補助負担金削減によるナショナルミニマム確保に対する国の責任放棄の進行
・福祉国家は所得再配分の機能を持つため中央集権型財政の傾向を持つ
→よって、分権化は、福祉国家的要素も一部に含むものと考えるのが自然/「分権化」には注意が必要
1.島恭彦による「地方分権」批判、「民主的中央集権」概念の現代的意義
・かつて、現在のように「地方分権」に誰も異論を唱えることができない時代があった
→ 戦後改革により、軍国主義的中央集権体制が変革され、新しい地方制度が導入された戦後直後
◆島恭彦による「地方分権」批判/ 1951年「現代地方財政論」
・都市と農村の不均等経済発展が激しくなっている状況で、「地方分権」の理念の押し付けは「中小自治体や農民や小市民を救いようのない環境に追い込むことにほかならない」と断じた。
→ 「中央集権」的な補助金や交付金といった教育費に対する十分な財政措置を行わず、教育費負担を地方自治体・地方住民に押し付ける「地方分権」理念を厳しく批判した。
→ 東北の義務教育負担の重さをとりあげ、貧乏な村の「地方自治」の限界とし、「もっと教育予算を」という自分たちの声を聞いてくれるような政府、いわば新しい民主的な中央集権を要求しているのである、としている。
・現在の混乱の最大の原因は「地方自治の理念が中央集権一般と何時も対立させられ持ち出されている点」
→ 図式主義による思想的混乱
中央紙集権=官僚主義、軍国主義という悪 / 地方自治=民主主義、人民の福祉という善
→ 教育文化、衛生、住宅、災害復旧、失業救済など現代の一般的危機を象徴する諸問題は、人民の意志と力を結集する中央集権でなくては解決できないのではないか。人民の意志と力を結集するという意味の中央集権は地方自治と何ら矛盾することはない
・対置すべきは、中央集権と地方自治ではなく、民主的中央集権と、…官僚主義的中央集権である
~60年近く経た現在、当時以上に「地方分権」理念の打ち出し方をしなくてはならない
◆過疎地域・島根県における地方分権と教育財政の実相
・義務教育国庫負担金が一部廃止され、一般財源化され、地方自治体の財政責任が強化された。
・基準財政需要額に対する実際の地方自治体の支出の比率
三位一体改革以前1.1~1.3倍/05―07年に急増。07年、小学1.97倍、中学3.0倍
基準財政重要額には十分反映されず(99年比で5―6割に削減)、「持ち出しの増加」
→国庫補助負担金の廃止によってひろがった裁量は「教育や福祉の歳出を削るという裁量」
→一方で「財政健全化法」で借金返しを優先されるシステムを強要
・教育における私費負担の増加 消耗費、図書、教材費の6―7割が私費負担
・島「現代の地方自治の問題は、自治の形式でなく、真に人民の要求が、地方行政によって、更にこれに連なる国家行政によってみたされるかどうかにかかっている」(83年)
~ 島の「地方分権」批判と同様な自体が、眼前で展開されている。ここに島の論を再訪する意義がある
◆「民主的中央集権」について
①分析の内容
・独占資本主義のもと地域経済の不均等発展が激化が前提。そのもとで地方財政は、食料基地としての地域開発の実施などを通じ地域間支配従属関係を強化する役割
・地方経費と地方税制度/補助金などを通じた中央政府の地方財政への統制。シャウプ勧告の地方税の強化を、中央政府からの自立につながらず、大衆課税化を招き、魚網に固定資産税をかけるような弱者への重課につながっていくと批判
・「平衡交付金制度」は、運用を官僚主義的中央集権に握られている限り「人民の生活を統制する手段」となる可能性が高い、としている。
②島が明らかにした地方財政の姿
・地方財政の窮乏、そして地域経済不均等発展下において官僚主義的中央集権に統制され、独占資本・金融資本に従属した地方財政の現実を浮かび上がらせた。
・そのもとで、地方独立税体系を安易に導入して、結果として大衆課税を促進するような無邪気な「地方分権」理念を厳しくいさめた
③民主的中央集権の提唱
・「強力な平衡交付金の発動による地方人民の生活水準の向上、貧富地方団体間のアンバランス打破の上に」「真の地方団体の自由と独立」とを図る中央集権制を、現実の官僚主義的中央集権と対置させた。
・「地域的不均等発展は、まず地方財政間の水平的な財政力格差を、次には国と地方の間の垂直的な財政力格差を拡大する要因になる。もしそうだとすれば、国の財政によって垂直的かつ水平的な財政格差をならす財政的中央集権こそ必然であり、地方固有の財源で地方固有の事務をまかなうことを建前とする古典的地方自治は1つの空語ではあるまいか。地域不均等発展の法則が作用する段階では、問題は中央集権が地方自治かでなく、民主的中央集権にささえられた民主的地方自治であろう」〔83年、著作集、「はしがき」より〕
~島の「地方分権」論の打ち出し方の批判、「民主的中央集権」論は、国の財政危機のあおりから、地方自治がしわ寄せをうけ、教育などナショナルミニマムの切り下げられようとし、それが「地方分権」の名のもとで拍車がかかっている現在、現代的意義を高めており、再評価されるべき。
2.わが国の地方財政論における「地方分権」志向とその陥穽
・三位一体改革 交付税・国庫補助負担金の削減は9.5兆円、税委譲は3兆円で、6.5兆円のマイナス
→中央政府の財政対策に終わることは予測されたが、「地方分権」改革への警戒が希薄で、「改革」が遂行された。
・わが国の地方財政論において、なぜ「地方分権」への警戒が希薄、つまり強い志向が共有されているのか
◆日本における中央―地方の財政関係とその特徴――「地方分権」が必要とされる背景
・05年度 租税構造 国政と地方税 3対2。 財政支出 中央政府と地方自治体 2対3
→歳入と歳出の「逆転」は、中央政府から地方自治体への大規模な財源配分・財政移転を前提とする
→ 地方交付税、国庫補助負担金 /「集権的分散システム」(神野)
・問題は・・・ その際、中央政府から地方自治体への統制・支配が実行されている点にある
→福祉国家的な内容も含まれるが、経済成長、企業成長を眼目に置いた開発主義を基調としたもの
・この現状認識が、地方財政論の出発をなすので、「地方分権」の議論が主流になる。
◆「地方分権」批判の地方財政論
・そのいつくかの種類
①新自由主義的地方分権と、あるべき地方分権の峻別をはかる議論
宮本/米英型の「小さな政府」による競争的分権と、ヨーロッパ地方自治憲章による協同経済型の福祉社会のための住民自治
②新自由主義的地方分権を正面から分析し、批判を展開する議論
二宮/進藤/ その歴史的過程および全体像、対抗関係を解明
③中央政府の財政危機を発端とした「地方分権」論への会議
金澤/「財源保障なき事務事業の委譲」など中央政府を「身軽」にする手段する議論との指摘
白藤/地方分権論をとりまく議論に共通するのは「財政負担削減イデオロギー」。国の財政責任分散の手段
④理論的・原理的に「地方分権」論の批判
金子/アメリカでは、納税者主権の「地方自治」の論理で福祉的支出の削減が要求、という構図
古田/説明責任から「選択と負担」の強化され、古典的地方自治へ回帰していく危険の指摘
⑤「地方分権」の陥穽/金子勝
a福祉国家と地方自治の持つ対立的性格 b納税者主権と社会的基本権の相互緊張関係(納税者が自治体労働者の賃金切り下げを要求) c不定形な「市民参加」がもたらす公と私の不分明な領域の拡大、をあげる
→ 特に「a」は、福祉国家が中央集権化とともに確立してきたという歴史的事実から、地方分権政策は福祉支出の抑制おるいは所得再配分政策の縮小とむすびつきやすい、と指摘
~しかし、全体としては、福祉国家的要素の縮小を伴う「地方分権」改革そのものの批判的検討はほとんど展開されなかった。
◆「一般財源主義」の否定――ナショナルレベルのたたかいの放棄?
・国-地方の財政移転の根拠は、地域経済の不均等発展とナショナルミニマムの確保という二面から説明される。同時に「統制システム」として問題視され、「地方分権」の強い志向が共有されてきた。
・地方分権化の基本的考え
「自主財源主義」 地方税など自主財源を増加させる
「一般財源主義」 使途に限定のつかない一般補助金(地方交付税)の充実で、歳出の自治を確保する
→ 自主財源主義を主に、一般財源主義が補完するという基本構図が主流
・問題は、「一般財源主義」に対する考え方
地方交付税では「中央政府による恣意的な操作」から免れえないとし自主財源主義が主張される
→果たして「恣意的操作を免れ得ないのか」?
→地方分権がすすみ、自主財源主義が強化されれば、より交付税など財政調整機能は必要となる。財政調整機能を「統制」の道具とせず、いかに民主的にするかが問われるべき。
→「民主的中央集権」に基づく財政調整制度を運用をいかに確立するのか、という国レベルでの追求がなくてはならないのではないか。
◆「水平的調整」をめぐって――地方交付税擁護(垂直的財政調整)の論理
・地方財政論の現状――中央政府が介在するために地方自治体への統制が避けられない垂直的調整(国―地方自治体間)に代えて、自治体間同士の「水平的財政調整」制度の導入が唱えられている。
→ はたして「垂直的財政調整」の民主化よりも現実的な選択肢であろうか?
→水平的な税収調整は、格差是正・財源保障という国家としての責任の放棄、地方への責任転嫁が実態
「都市から地方財源をはがして、農山村に配分する無責任かつ(地方課税権に対する)権利侵害」(青木)
・他国の事情からも安易に「水平的財政調整」は肯定できない
ドイツにおける困難~「平準化を過剰」と認定、富裕州利害を中心にすえた分権化の進展(加藤)
・日本の地方交付税は優れた制度(金澤 2007)
「わが国の地方交付税制度は、基準財政需要額と基準財政収入額を各地方団体ごとに一定の基準を算定し、その不足分について使途を直接特定しない一般財源として補てんし、地方自治の財政的基盤を保障しようとする優れた制度である。・・・この優れた制度を解体する必要はさらさらない。・・・水平的財政調整制度を導入するにしても、・・・所与の財政需要を算定し、各自治体収入とつき合わせて不足分をはじきだすという方式は堅持されるべきである」
・現在の激しい地域間格差のもとでは、人権保障の観点を強調することが重要/ナショナルミニマム部分での国庫補助負担金による財源保障や地方交付税制度を本来の趣旨に立ち返って、機能させることが求められる。
◆農山村部における地域開発――地域における主体形成論への傾斜
・農山村部の地域開発についてのこれまでの議論では、地域での主体形成が大きな論点に設定された。/地方分権志向の高い地方財政論にとっては、格好の分析対象であった。
→ いかに中央の統制・支配から逃れて自立(律)的な地域づくりをするかという対抗構図が、わが国の地域現場において長期間にわたりリアリティを持っていたから。
・しかし、現在は、農山村維持のための大規模な財政調整・移転を求める根拠となる理論研究が必要
→ 「国土の金鉱る発展」の放棄の中で、農村集落の崩壊、担い手の激減で「主体形成論」の優先順位が低下
◆求められる「自律・依存型」地域開発類型の分析
・「自立型」だけだと、新自由主義論戦と親和性を持つ可能性
長野県栄村、宮崎県綾町という自律的な地域づくりにおける主体形成の研究は重要だが、それだけでは農山村への財政移転の縮小や住民負担の増大と、結果として親和性を持ってしまう可能性がある。
・新たな地域開発類型「自律・依存型」の分析と発信が大事
→経済的・財政的に「依存」していても、地域の将来像についての「自律」した意思決定が可能な地域開発の事例分析、また中央政府の支援のあり方、地方行財政の形態などの分析が必要
(メモ者 自立型というところも、財政構造では「依存財政」が大きい。高知の馬路、梼原も財政力指数で、0.1台である。「自立」型というのは、そもそも幻想ではないか・・・)
おわりに-- 「地方分権」批判および民主的中央集権・再訪の意味
・結論を一言で・・・・「地方財政論における国民国家・中央政府像の不在」が大きな問題をはらむ。
・金澤史男 2005
「国民国家レベルでのセーフティネットの縮小・解体の傾向の与件とし、地域・地方自治体がグローバル化とじかに対峙する構図に未来を託そうとする分権型システム論に対して、相当の違和感を覚える。・・・
21世紀の課題は、地域・分権の時代の実現であると同時に、国民国家の協力・共同、さらに、それを基盤としつつ国民国家の枠を超える地球市民国家をいかに実現するか、その基盤となる国境を越えた市民の協力をいかに実現するかにあるのではないか。
分権システム論が、現代の分権型ユートピア思想に陥らないためにも、中央政府の財政・機能、そのあり方について、われわれ地方財政研究家が正面から論じなければならないとあらためて感じた次第である」
~島の「民主的中央集権」概念は、「中央政府の財政・機能」を明確にしていく上で、重要な手かがりを現在も提供している。
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