保育環境の質的確保は大人の責任 日本保育学会緊急アピール
日本保育学会が、国による最低基準の廃止は、ただ出さえ国際的に低い基準がさらに低下し、子どもが発達する権利を無視したものになると緊急アピール声明を発表している(5日、ウェブサイトにアップ)、
日本保育学会緊急アピール声明文書11/2
2009 年11 月2 日日本保育学会緊急アピール声明文書
「認可保育所における児童福祉施設最低基準の真の向上をめざして、
良質な保育環境保障への政策拡充へ」~保育環境の質保障の責任は、持続可能な社会実現のために必要な、
私たち大人すべての責任です~日本保育学会
会長 秋田 喜代美
日本保育学会理事一同日本保育学会は、乳幼児保育の実践者と研究者が協力して保育研究を進めることをめざして1948年に設立され、60年間の歴史を持ち、4400名の会員による保育に関する日本最大の学術研究団体です。認可保育所最低基準廃止の提案は、単なる施設基準の問題にとどまらず、これからの子どもの保育政策に対する国の責任に関わる問題であり、学術研究成果に鑑み看過できない喫緊の問題を持つと判断し、学会理事会総意のもと、以下の緊急アピールを提出いたします。
10 月8 日首相宛に提出された地方分権推進委員会の第三次勧告において、保育所最低基準の廃止が提案されました。しかしこれは、日本の乳幼児の発達を保障するという視点からは、看過できない内容が含まれています。私たちは、最低基準の廃止・地方公共団体への権限委譲は、わが国の社会的な歪として今日指摘されている格差問題を、子どもの発達においても容認し、地域の子育て環境を壊すことになりかねない極めて重大な問題であると判断します。そこで、最低基準廃止に反対し、国による保育政策拡充への意見文書を提出させていただき、子どもの発達保障という視点からの保育施策の拡充を要請します。
1.最低基準の重要な役割
最低基準は憲法二五条の「健康で文化的な最低限の生活保障」規定を受けて、日本の子どもに「健康にして文化的な生活を保障するに必要な最低限度の基準」を保障するという趣旨で作成されたものです。国及び自治体には、その「最低基準を超えて、設備及び運営を向上させ」、「最低基準を常に向上させる」責任が課されています(児童福祉施設最低基準・第一章総則)。そのため、児童福祉法で「最低基準を維持するために要する費用」について、国及び自治体の財政負担(保育所運営費国庫負担金、施設整備補助金(交付金))を義務づけています(児福法第四章)。これが保育のナショナルミニマムとして現在は機能しているといえます。同時にこの最低基準は、保育所の認可基準ともなっています。このように、現在の最低基準は日本の保育所制度の根幹といえます。
この制度のもとで、不十分さはあるものの、全国の子どもの保育環境の水準が一定確保され、保育所は約23,000ヶ所弱、1小学校区1保育所という状況が作られ、210万人余の園児が通い、地域の子育てセイフティーネットとして、一定の役割を果たしてきました。
そのために、この最低基準を廃止し地方に権限を委譲することは、国の保育責任を放棄することになりかねませんし、国と自治体の連携でこれまで築いてきた日本の保育制度を危うくし、すべての児童を等しく保障するという児童福祉法の理念が形骸化しかねません。また、財政負担も含めてすべて地方行政の責任となるなら、保育水準の自治体間格差は拡大し、保育の質の低下に拍車がかかり、地域の保育環境を一層悪くし、子どもの発達を阻害することにもなりかねないといえます。これでは、これまで保育の場で努力してきた子育て支援に逆行する施策といえます。2.国際的にも低い水準にあるわが国の最低基準、改善こそ必要
最低基準は終戦の混乱期の昭和23 年に制定されて60 年余を経過しますが、最低基準の内容(保育室や園庭の面積や保育士配置の基準等)についてみると、保育士総定数基準の若干の改善と建築基準法や消防法関連での改善がされたものの、面積基準については何らの改善もされていません。しかし、最低基準については「国民経済の進展と国民生活の向上に照応して逐次高められる」とされ、厚生労働大臣に「最低基準を常に向上させる」努力義務が課せられています。けれども、残念ながら社会の発展に伴っての改善がこれまでなされてきていませんでした。
さらに、最低基準には園長や主任保育士の配置やクラス規定も明記されておりませんし、この面積基準では年齢別保育もできない、あるいは調理室の面積も明記されていない等、その内容は質的にみても大変低いものです。しかも、待機児童解消を理由に、定員超過が恒常的になされ、最低基準に明記されていない廊下や遊戯室を保育室にして対応する状況もみられています。園庭についても、規制緩和政策で「付近の公園等に代える」ことが容認され、園庭のない保育所さえ見られます。このように現在でさえ、保育所における保育環境は、子どもの発達にとって大変厳しい状況にあるにもかかわらず、さらなる規制緩和は保育環境の崩壊に繋がりかねないといえます。
本学会会員も研究メンバーとして参画し、本年3 月に公表された「機能面に着目した保育所の環境・空間に係る研究事業 総合報告書」(全国社会福祉協議会)では、現行の保育環境の厳しい状況が明らかにされ、日本の住宅計画の基本概念である「食寝分離」を実現する環境にすべきという考えが示され、そのためには、少なくとも二歳未満児は3.3 ㎡を4.11 ㎡に、三歳以上児1.96 ㎡を2.43 ㎡に改善することを提言しています。また、同報告では、保育所の設備基準や保育士配置基準について、主要六カ国との比較を行い、いずれも日本は低い水準であることを指摘しています。このことからもわかるように、最低基準については、規制緩和ではなく、保育の実態を踏まえて改善することこそが必要になっています。3.地域主権をいかすナショナルミニマムのあり方
現行保育所制度では、市町村の保育実施義務(児童福祉法24 条)を財政的にバックアップするために、国が最低基準に基づきナショナルミニマム(国の保育所運営費や施設整備補助金の基準など)を示し、自治体も必要に応じてその水準を超える権限が保障されています。実際、国の保育所運営費基準で不十分な点を、都道府県や市町村単独で補助金を加算したり、保育料国基準の軽減措置を講じたりしている自治体もあります。すなわち、現行制度でも、保育の質を保障するという観点から、各地方自治体がナショナルミニマムをふまえ、地域主権を発揮できるシステムになっています。
しかし一方で、国際的にも低い水準と言わざるを得ない最低基準に対し、各地方自治体がその独自性を発揮しようとすれば、国のナショナルミニマムとの乖離が大きいために、各地方自治体財政負担は大きく膨れ上がるために、結果として改善はできず、自治体の独自性も発揮されないことになりかねません。こうした状況を存置したまま、最低基準の廃止・地方公共団体への権限移譲が行われれば、待機児童を抱えた大都市部では、最低基準に満たない認可外の保育施設を都道県独自の基準で認めるといったことも起こります。それは、各地方自治体によってこれまで懸命になされてきた独自性への発揮の努力とは正反対の、子どもが発達する権利を無視したとも捉えられかねない地域主権が行使されることが危惧されます。
社会保障審議会少子化対策特別部会が本年2 月に提出した第一次報告では、保育の質が担保された制度改革を目指されなければならないこと、そのためには財源確保が必須であることが大前提でした。子どもの発達する権利の保障を大人の責任として認め、地域主権を尊重した保育行政を推進するには、ナショナルミニマムを国の責任で保障することが不可欠です。この前提が確認されないままの最低基準の廃止・地方公共団体への権限委譲は、子ども達の未来を保障するという大人の責任を放棄するものと言わざるを得ません。それはまた、保育政策における地域主権の趣旨に背くことにもなります。4.将来を担う子どものために、子育て・保育施策の拡充を最優先施策に
1-3の理由から、日本保育学会は、最低基準の廃止・地方公共団体への権限委譲は、保育の質向上に逆行し、私たち保育研究者が保育者とともに努力して戦後築いてきた保育環境を後退させることは明白であり容認はできないと判断します。
日本の子育て支援への財政支出規模は、OECD 国際比較調査でも先進30 カ国中26 位ときわめて低く、前述の報告書でも面積基準や保育士の配置基準も低い水準など、子育て支援の遅れが際立っています。そのために保育所整備など子育て支援策を後回しにする施策からの脱却こそが求められているのです。子育て支援の中核的施策である保育施策の拡充について、国と自治体が最優先課題として取り組み、日本の未来を担う子どもたちの生活環境を国際的水準に高めることこそ、日本の将来の発展の土台作りになるといえます。
幼い子どもたちの発達する権利を保障するという視点から、保育の実態をふまえて、今こそ最低基準改善の検証・検討を進めることがきわめて重要です。次世代育成支援行動後期計画に併せた保育施策の新たな拡充策が求められています。
私たち日本保育学会は、日本の乳幼児保育の質的向上を図ることであれば、学会会員の叡智を結集し、全力を挙げて、政策立案への学術的協力を惜しみません。
地域主権の視点から「保育所の増設を図り、質の高い保育の確保」(3 党政権公約)を掲げている新政権が、私たちの緊急アピールとして、本要望の趣旨を組んだ施策に取り組まれることを、強く求めます。以上
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