子どもの貧困と格差 「経済」09.12 備忘録
雑誌「経済」09年12月号の特集「子どもの貧困と格差」から、以下の3つの論考の備忘録
①対談 現代の「子どもの貧困」を解剖する 浅井春夫、山科三郎
②データで読む 子育て世帯の貧困 後藤道夫
③現代の貧困と子どもの育ち 憲法と子どもの権利条約の視点で考える 田中孝彦
経済的貧困とともに、先の中西新太郎氏の「大人の立ち位置」ともつながる「文化の貧困」「関係性の貧困」にどう立ち向かうか・・ 問題意識が広がる論考である。
以下、備忘録
【 対談 現代の「子どもの貧困」を解剖する 浅井春夫、山科三郎 】
Ⅰ 「子どもの貧困」とは何か
◎ 深刻化する子どもの貧困
◇子どもの貧困とは~「経済的困難と社会生活に必要なものが欠乏している状態におかれ、発達課題に応じた様々な機会が奪われた結果、人生全体に大きな影響を与えるほどの不利を負ってしまう状態」(浅井)
①無視できないほど深刻な状況
②貧困の連鎖が明らかになり、社会の問題意識が広がった
③反貧困の運動のひろがり
~ 新自由主義への批判として注目、社会保障における子ども施策の貧困が議論になってきた。
◇「子どもの貧困」を捉える視点
①人生のスタートラインの不平等/「機会の平等」さえ保障されていない
②結果の平等についても、生活や教育権の侵害という具体的問題として捉える
③希望、やる気、意欲を貧困が奪っているという視点
◇「格差」とは
・広辞苑「商品の標準品に対する品位の差」という商品評価
・資本論「一方の極における富の蓄積は、同時に、その対極における、すなわち自分自身の生産物を資本として生産する階級の側における、貧困、労働苦、奴隷状態、無知、野蛮化、および道徳的堕落の蓄積である」
~ 根本的には搾取関係が通低している。搾取抜きの「格差論」では社会の根本問題は見えない
(二宮など/階級的格差と階層的格差。縦の格差と横の格差)
・貧困とセットで格差を捉えることが重要~ 貧困層の命の危機を極限まで推し進めている
◎ 経済的貧困から「貧困の文化」「発達の貧困」
・まず経済的な階層レベルの貧困をおさえる
「必需品の不足」「教育費の欠乏」そして「経験の貧困」として希望、意欲がはぐくみにくい状況に
(→ 阿部/相対的剥奪 高垣/「自己肯定感」という内的資源)
・次に「貧困の文化」の問題
「虐待」など「暴力の文化」は「貧困の文化」の1つの特徴
~暴力の経験 支配か隷属かという感覚の人間関係
「ジェンダー(バイアス)文化」による可能性の多様性否定 →あきらめの文化につながる
・「発達の貧困」 経済と文化の貧困を土台にして
自己肯定感の低下、自己嫌悪感のひろがり。暴力的傾向、希望の喪失/自己否定と他者否定
Ⅱ「子どもの貧困」を内面側面から考察する
◎「文化は人間の精神的な食糧」
・キーポイントは「発達の貧困」
子どもの発達するための自然的・社会的諸条件が貧困
子ども自身の内的身体的な人間形成にとって、人間関係がアトム化された関係性、生きる文化の貧困
~ この2つを分けながら両者の関係を問う必要がある
・子どもの内面的な側面、精神的な側面からの考察も必要
マルクス「経済学・哲学手稿」(1844)~「文化は人間の精神的な食糧だ」
子どもたちは生まれた時代の文化を「精神的な食糧」として成長・発達していく/子どもは文化を選べない
~ 先行する時代の大人が所与のものとして『文化』を食べさせているということ
・「構造改革」の文化、競争原理の人間関係の中で育ってきた
~ それが、子ども内面にどういう貧困として現れれているか
◎ 本来の人間の姿から疎外されている現代人
・人間が人間として自己形成することを拒否する文化の広がり → 改めて「人間とは何か」
①本来、自然的な存在。とりわけ都市部で自然環境からの疎外 ~ 子どもらしさの剥奪
②自分の生活を考えることが出来る、そして他者とともに生きる存在 ~バラバラにされている
③本来、共同体的な存在 ~その過程で、感性や理性などの人間の本質的な力、文化を創造する
~ 大人の競争文化の浸透。共に生きる存在、仲間の希薄化
・人間を、モノ化する文化を食べて生きているという現状認識を深めることが喫緊の課題
~ 貧困、格差を、人間本来の姿からとらえなおす。
・どうやって「いい文化」に変えていくか
① 集団づくりが大事、「共育ちの文化」
地域の文化のセンターとしての保育所、幼稚園、学童保育の役割
②弱者、外国籍、障害を持つ子どもを認めていける文化、「人権の文化」
③一人ひとりが輝くような文化
・子どものやる気、意欲を形成する2つの系列
①感情・意欲の系列 ② 認識・操作の系(色々なことが出来る)~出来るから、また意欲が湧くサイクル
Ⅲ 「子どもの貧困」研究と新自由主義
◎「子どもの貧困」研究の流れ
・2つの流れ
① OECDの貧困の国際比較調査による議論
日本14.3%、四人家族で254万円以下
②相対的剥奪による調査 /その年齢に必要な人間関係、物質や条件の保障の観点からの議論
進学希望 年収200万円以下 中学、高校まで16.7㌫、大学・大学院38.3%、特に無し30.0%
600万円以上 中学、高校まで5.2%、大学・大学院70.1%、特に無し14.3%
→ 経済的な状況で進学そのものに方向付け
◎弱いものをいじめてきた新自由主義
・弱いものをより弱く ~ 母子家庭の子どもの貧困60%台後半
・競争の徹底。負け人を努力不足、「自己責任」として、社会が助けることを否定する人間観
~ 日本は、子どもにかかわる教育、保育、福祉も徹底的に市場原理をつらぬいた。
◎市場と競争の社会――新自由主義の人間観
・「人間の根本原理は競争」~資本主義近代、自由主義の人間観
85年、日経調の「21世紀に向けて教育を考える」(ほとんどが当時の臨教審のメンバー)
子どもを、天才、能才、異才、凡才、非才の5段階に序列化
・財界~ 効率的な競争に勝つものが生き残るという人間観の政策を一貫として追求
競争とは、1つの社会的人間的関係で、個々の業績を競いあわせ、連帯を断ち切り、究極的には自己責任の名であたかも個を重視するかのような虚偽意識としてのイデオロギーで正当化されるもの
・子どもの生活構造のピラミッドのゆがも、貧困化
土台・基礎的生活 →あそび→ 労働→ 学習 /現代は、学習だけの肥大化、T型。または学習も貧困のI型 ~ 二極分化の進行
Ⅳ 「貧困」に対するわれわれの側の視点
◎対抗軸となる思想と連帯の形成
・「貧困」の対極は「希望」 /希望は未来に向かって歩む人間の原動力
~ 考える際に大事なのは、社会生活過程の内部にしか「希望」を見出す可能性はない、ということ
→ 一見、絶望的な現実の「貧困」と「格差」を自分の問題として捉えなおす大人の理性の営みが必要
~ 自分の折れている現状をつかみ、その根源とのたたかいを通じてのみ希望の現実性が確認できる
→ 「いのち」の連帯の文化をつくる営みを 派遣村の取り組み
~ 対極に戦争。人殺しとともに自分も人間でなくなる
◎自由時間獲得のたたかいの意義
・マルクス「自由時間の獲得」が「人間解放」/現実、長時間、過密労働、不規則勤務
→ 家族関係の破壊、人間関係の規範化という「人間的貧困」
・「個々の生活の要求にもとづき、自由時間をよこせ」の声を大にすることが緊急の課題
Ⅴ 子どもを大切にする国をめざして
◎仲間と手をつなぐ――連帯する大切さ
・仲間を手をつなぐ喜び、ものをつくる喜び、そして自分を大切にする自尊感情の形成が大切
→ その欠如は、他者との関係を対等平等になれない/支配と隷属・反発、格差を許容する価値観
例) 保育園 ケンカもでき、一緒に遊べる関係。より深く他者を理解でき、新しい関係をともにつくる感動を体験できること /「手がかからない」とか、大人の側の管理のしやすさの視点で見ない
例) 首都圏青年ユニオンの取り組み 一人ひとりを大事にし、信頼をきずくもの
◎たたかいを通じて新しい文化をつくる
・憲法25条から「子どもの貧困」を見ていく大事さ。/「文化的な」とはどんな生活かを問う
・社会福祉の発展の指標/ 命の平等をどこまで保障しているか
~ 固有の生命権、生存・発達保障を前提に
①プライバシーの保障 ②アイデンティティの保全 ③自己決定・選択の尊重
・たたかいの中で、連帯の文化をつくる~ そこに注目をする。
・教育保障による「あきらめの文化」との決別
~要求への一歩ずつの接近が、希望と勇気、自尊感情を生む/実らないと自己疎外と怒りが広がる
・まず知ること、知らせること ~ それは運動論であるとともに、相手を信頼してみる人間観にもつながる
~ コミュニケーションと対話のあり方の創造、暮らしの言葉として生き生きさせる努力
【 データで読む 子育て世帯の貧困 後藤道夫 】
Ⅰ 収入から見た子育て世帯の貧困
◎貧困ラインは400~500万円
―― 経済状態について、各種統計をつかった基礎的な諸問題の考察――
・子育て世帯の収入が相当に低下
18歳未満の子どものいる世帯 96年782万、07年691万(国民生活基礎調査)
300万未満/300-450万未満 97年9.3%/13.4% → 06年12.3%/16.8%
とりわけ30代での増加 97年9.4%/16.8% → 06年13.9%/21.6%
・日本の実情に照らし低すぎるOECD基準
片働き額面賃金年収 4人世帯316万、3人世帯275万(OECD基準)
生活保護基準・平均 1人世帯114万、3人261万、4人315万(05年)
→しかし、勤労世帯は、税・社会保険料、経費、医療費が別途必要
・伝統的な1.4倍化や給与所得控除を足す方法では、4人世帯で440~460万円となる。
国民生活基礎調査 18歳未満の子どものいる世帯の世帯人数 4.26人(07年)
★子育て世帯の貧困では、400万~500万円の間に貧困ラインを引く必要がある。
(300万円強が貧困ラインというのは、非勤労世帯の場合)
・消費の面からも確認 総務証「全国消費実態調査」(04年)/平均消費支出・月
夫婦と子ども2人の労働者世帯/年収300万と400万、長子が小中と高校の場合の比較
小中学生 高校生
300-400万 ①22万3577円 ②28万0111円
400-500万 ③24万6826円 ④30万0072円
~ ③グループは、4人世帯の生活保護世帯の消費支出(24万7135円)とほぼ同額
④グループは5万円上回るが、小中学と比較で、教育、交通・通信、食糧、水光熱の増加が約5万と、主として子どもの年齢による出費増
・長子が高校生の世帯では、金融資産がマイナス/ ②グループ 月8.7万円減、④6.9万円減
可処分所得の7%程度を毎月取り崩し → 貯金がないと高校以上の進学は容易ではない。
★ 家族の誰かが病気になるとか、事故があれば、一気に生活が崩壊する境界線上にいる
⇒ 阿部「相対的剥奪」 「400-500万円が1つの閾値(いきち)」
・勤労世帯・「最低生活費」に給与所得控除を足した額、それ以外・「最低生活費」で試算すると
子どもの貧困率は、25.7%(02年・就業構造基本調査を活用)/ 現在はもう少し高い
★世帯人数の増加による必要経費の逓減がおきにくい日本社会
OECD推計 世帯人数の平行根に比例して生活費が増える想定 4人世帯は、1人世帯の2倍
しかし、日本の生活保護制度の「最低生活費」では、2.74倍(02年数値)
→ なぜか? 日本は、医療、教育など社会サービスが高額、低所得用の住宅も乏しいので、欧州のように 世帯人数が増えることで、必要経費が逓減しにくい。/つまり福祉国家型でないことの現れ
◎世帯収入が減少した理由について 3つの理由
①正規雇用で低賃金の男性の増加 特に若い世代
30代・正規・男性/96-07年比較
300万未満 30-34歳 11.3% → 20.3%
35-39歳 8.1% → 11.6%
400万未満 30代後半 21.6% → 32.0%
40代前半 18.5% → 23.6%
~ 女性の非正規化の進行、男性は正規比率を保ちながら低所得化
②失業給付を受けられない失業者が大きく増加
③フルタイムで働いて生活を支える非正規労働者の増加
97年・208万人→07年434万人(就業構造基本調査、パートタイム労働者総合実態調査から推計)
18歳未満の子が居る労働者世帯 7.5%が非正規(02年、就業構造・・。現在はもっと高い)
◎病気になっても病院にかかれない子ども
・資格書が出されている中学以下の子ども 3.3万人 (08年10月・厚労省発表)
・医療保険未加入、同様のもの 「その他」から生保・自衛官除く、「不詳」の合計
07年・207万人 うち14歳未満は、21万人
・短期証の留め置き(茨城県だけで2千人)、さらに重い窓口負担、親が仕事で病院につれていけない、など
医療にかかれない深刻な実態
・生活保護の受給時の医療保険の状況 未加入・その他で34.6%(社会福祉行政業務報告・9月分)
07年、東京45.6%、大阪60.3%、名古屋52.8% と大都市部で異常な高さ
19歳以下の無保険の比率 2000年10.1% → 07年18.7% と増加
Ⅱ 進路の困難に直面している子どもたち
◎ 教育費における公費負担が最も低い国 = 日本
―― 進学、就職など子どもの未来に深刻な影響
・経済的理由で、高校をやめる子どもの増加、授業料未納率の増加
・子どもの学習費調査(文科省)/ 年収400万以下世帯
公立小学 学校教育費・年10万円 学校外・15万円
公立中学 学校教育費・年17万円 学校外・20万円
公立高校 学校教育費・年34万円 学校外・10万円
私立高校 学校教育費・年71万円 学校外・11万円
~ 小中学校は「無償のはずた」というのは広くある誤解
・OECD 教育における公費・私費負担(対GDP・05年)
26か国中、日本最下位。3.4%。平均5.0%(しかも塾、家庭教師、参考書代のぞく)
◎公的費用負担の基準もバラバラ
・保護者の費用負担は各自治体ごとにバラバラ(全国学校事務職員制度研究会)
例)長野市 生徒数660名の学校
家庭からの集金額5124万円(給食費含む。8826万円)
市からの当初予算1029万円(水光熱費除く)
~ 1年生の親の負担14万1707円(他にPTA会費有り)
給食57707円、旅行積立5千、テスト印刷3千円など
図書館司書の人件費に、家庭集金の22.5%、PTA集金の35%が使われている。
横浜市 中学の実習教材費代 理科テキスト、美術教材など8600円徴収、公費は書初め用紙代500円
府中市 歴史的な運動の経緯があって、保護者負担1500円、公費負担8600円
◎基礎的・普遍的な社会サービスについては無料に
・基礎的な学校教育、医療、高齢者介護、障害者福祉など選択の余地のないサービスは無償に。
有料にすると、払えない人が必ず出る→ 減免制度の話に →基準が問題に。手続きも煩雑
→ 減免基準引き下げの社会的圧力が存在し、できるだけ制度を知らせない動きも起きる。
→ 結局、必要なサービスが受けられない人が出る → 減免される人とされない人の対立が生まれ、減免が圧縮されやすい → 中間層まで含む膨大な層が安心して暮らせなくなる。
★ 無償にし、高い累進率の所得税、法人税、相続税などで大きく社会的公平を保つ
→ 子どもにとって必要なものはなにか、の観点で貧困指標をはっきりさせる議論が大切
(阿部、相対的剥奪の観点)
★子どもを育てる責任は、社会にあることを明確にさせないと、「親の責任論」が流行して余計に事態は悪くなる。
◎進学も就職も困難な子ども ~学校卒業後の問題
・高校進学は97%、一方、進学しない、又は中退した子どもはどうなっていか。
15-24歳の非在学人口に占める非正規と無業 男43.4% 女53.6%
15-24歳の中卒女性 89%が非正規、無業。高卒女性は62%。短大・専門学校卒36%、大卒27%
~ 女性の場合、特に学歴による格差が激しい (同年齢の中卒男性は63%)
例)高卒で1年アルバイトで貯金して専門学校と考えても、貯金できず進学をあきらめるのが実態
・これまでの日本の企業社会 ~ 新卒一括採用、企業内教育
→「構造改革」がこの仕組みを解体。その中で大卒の資格取得は重要な手立てだが、それが出来ない
★進学希望の子への経済的支え、卒業して働きたい子を支える社会的仕組み、生活保障し職業訓練できる仕組みづくりが必要
◎「子どもの貧困」解決にむけて
・勤労世帯、子育て世帯に大変厳しかった社会保障
OECD 家族・積極的労働市場政策・失業・住宅などの公的社会支出(GDP費、03年)
日本、下から二番目、 他の先進国の半分以下
・まともな労働条件を確保できる労働市場を前提に、必要な社会サービスと所得保障の提供を
「構造改革」がもたらした社会的危機から、政権交代はしたが、福祉国家を築くには、世論も運動もまだまったくなりない。運動と研究者の協力・政策立案の力量を高めることが必要。
【現代の貧困と子どもの育ち 憲法と子どもの権利条約の視点で考える 田中孝彦 】
無視できないほど広がった貧困と格差は、経済的な問題だけでなく、競争や自己責任が強調される社会の下で、人々の関係が切り裂かれて、生活の不安が進む中で、生育の過程の、様々な「心的外傷」を負う子どもが増えていることを示している。
◎ 貧困と子ども期
・アメリカ心理学者・ブルーナー 「Poverty and Childhood」
適切に教育内容を構造化して提示すれば子どもの知的発達を促進できると考えたが、貧困層の子どもの「落ちこぼれ」という傾向を食い止めることができなかった。そこで、ブルーナーは、
学校で「落ちこぼれ」ていく「貧困層」の子どもたちは、「学力」だけでなく、もっと深いところで困難を抱えている。情動的・感情的・人格的なダメージを受けており、自分が、人々と共に世界に働きかけ、世界を変革しながら、自分をつくりかえていく感覚を持てないでいる。そうした「無力感」が、貧困な生活におかれている子どもたちに深くしみこんでいる。
測定可能な『能力』『学力』の早期からの訓練だけでは不十分で、周囲の人々と共に、世界に働きかけながら、自己を育んでいくような経験を十分に体験できような、乳幼児期からの生活・文化の平等が必要。
社会の徹底した平等と、その中で、子どもたちが人間的な自己感覚や人格意識を育んでいける過程を支えるような教育が必要
・田中氏は、「子どもの貧困」という用語には、子どもそのものが「貧困」になったとう響きを伴う。政府の教育改革が「学力、意欲の低下」「規範意識の欠如」「コミュニケーション能力の欠如」など子どもがダメになったという見方で進められており、この子ども観と『子どもの貧困』議論が重なってしまうとまずいと判断し、問題を「貧困と子ども期」という言葉で考えることが大切と主張している。
◎ 子どもの生存・成長を支える援助の今日的原則
経済的困難への対応、そして子どもに目が届く学級規模にすることは必要。問題はそれだけですまない。今日の経済的貧困、文化的貧困の子どもへの影響を深く捕らえ、援助・教育の質の問い直し必要
◇生育過程で、厳しい出来事に遭遇した時の子どもへの影響
ハーマン「心的外傷と回復」を手かがリに ――
臨床経験と研究にもとづき、人間は、戦争・災害・事故・暴力・監禁・虐待など「人間として耐え難い出来事」に遭遇すると、人間の「正常」な反応として「心的外傷」を負うことを明らかにした。
→ その人々は、『無力感』に支配され、周囲の人々から理解されておらず孤立していると感じて「孤立無援感」にさいなまれる
→ 少しでも自分を受けとめてくれる他者を求め、他者に「しがみつく」場合がしばしばある。しかし、その「無力感」「孤立無援感」を同じ重さで受け止めきれる他者がめったにいないので、期待を裏切られ、しがみつこうとする相手を「攻撃」してしまうことがしばしばある。→ 「しがみつき」と「攻撃」の複雑な交替を繰り返す
◇その姿は、子どもたちに見られる様々な不安定な姿、「攻撃」と「依存」を複雑に交替させる姿と重なる
(もちろんハーマンは、精神医学的な概念として『心的外傷』を使っており、無制限な拡大は危険であるが)
・しかし、多くの普通の子どもが程度の差はあれ『心的外傷』とでも言うべき傷を負わされてきている。
・ハーマンの示す回復・成長の可能性
①生命や生存の安全を徹底して保障
②辛い出来事を思い起こして物語る過程に徹底的に伴走する
③周囲の世界や人々と再び結びつこうとする努力を支える粘り強い援助
~ 「傷つけられた自己」(damaged self)を修復し、「関係的な自己」(relational self)を構築できる
→ 人間の生存・成長を支える援助、教育の普遍的な原則を提示したものの1つ
◎ 子どもの生存・成長を支える地域的・社会的共同関係の追求
・もう1つ大切なの、地域的社会的な共同関係を新しく創造していくこと
・アーサー・クラインマン(精神科医、臨床人類学)の研究 「病の語り」
慢性疾患患者の研究の中で「疾患」(disease)、「病い」(illness)との区別
疾患~生理的・機能的な不都合
病い~疾患を抱えて生きる人々の生活と人生の全体的経験
→ 疾患による生活対応能力の低下、社会的に烙印を押される体験、士気の低下、そしてそれでも問題を抱えて生きる自らの人生の意味を捉え直そうとする努力、周囲との関係を結びなおそうとする試みなどの全体的経験
現代医療は、「疾患」の対応の可能性は拡大しているが、「病い」の語りに耳を傾けることが著しく不得手
、そして家族や身近な人々の語りに耳を傾け、それらの人々をエンパワーメントする関係が薄い
→ クラインマン/ 「病い」の語りに耳を傾けることを医療の中に位置づけなおし、そのための感性と能力を育むことを、医療関係者の養成・教育の柱にすえ直す必要を主張
・臨床教育学/子どもの「語り」を徹底的に聞くことが、決定的に重要
→ 子どもの周りで生きている他の人々、他職者の人々と共同して子を支えていくことが大切。
とりわけ貧困と格差の拡大の中で、大人の共同関係のあり方を考え直す必要がある。
・学校が子どもの生存や成長を支える場であるための4つの条件
①子どもの生命・生存の安全を徹底して保障する場
②子どもが生活感情を表現し、辛い体験も含め生活と人生を物語れ、その語りを聴き取れる場
③子どもが世界と自分についての理解を深められるような教育活動を経験できる場
④子どもの生存・成長を、父母、住民、専門職の人々が協力し、全体的に支える教育者(たんなるTeacherでなくEducator)であろうとする教師が居る場/フィンランド・ヘルシンキ大学・教師教育学科の紀要
◎ TeacherからEducatorへの教師増の問い直し
・日本の中でも模索ははじまっている /
例)「子ども理解のカンファレンス」~ 遅れた勉強の援助の中で、理不尽な境遇を大人と一緒に考えたいという深い要求の発見し、その「重い」課題に、教師として何ができるかの模索
例)自転車乗りを通じ、出来ない自分から出来るかも知れない自分への変化、それを詩として悶々とした感情を整理し、次の自分を見通す作業へ。子どもの中で広がる無気力、悶々とした感情をどう解放するか
◎ 子どもの権利条約について理解を深める
・「貧困と子ども期」を考える時、子どもの権利条約の理解を深めることが必要
①子どもを人権の主体であるという見地から、憲法を読み深めていくこと
憲法の権利の主体は誰か ~ 子どもの権利の主体に入る
「子どもの貧困」論議の中で、 憲法25条「生存権」と26条「教育権」を結びつけて読む重要性の認識の広がり/ さらに13条「幸福追求権」、19条「思想良心の自由」23条「学問の自由」などの条項を、子どもの権利の問題として読むことが必要
②国際理解の到達点から読む
05年「子どもの権利は乳幼児から」のコメント 乳幼児の意見表明権の確認
◎ 問題にすべき「教育改革」「教育政策」の貧困
・現代の貧困と子どもの育ちを考えると、子どもの生存・成長を本当の意味で支えてこなかった「教育改革」「教育政策」を問題にすべき
・新しい学習指導要領 ~「基礎的知識」「活用力」そして「コミュニケーション能力」を育てる方向
そのため「基礎的知識」ドリル、「活用力」ドリル、「コミュニケーション能力」ドリルが必要と、学校教育全体をドリル学校にしてしまう「改革」が進められようとしている。
→ その根底には、子どもを「個別能力」の「束」と見なす子ども観。個々の能力の獲得・未獲得を測定し、未獲得を測定して、未獲得の能力の「個別的訓練」を教育とみなすような教育観がある。
→ 教師を、そうした『教育』の実務的遂行者として位置づけ、目標を数値化し、達成度を数量的に計り、それで教師を評価する仕組みが作られてきている。
→ この「教育改革」が、貧困の格差の社会で、様々に傷ついた子どもをさらに傷つけ、貧困と格差を拡大しようとしている。
★高校授業料無償化や奨学金給付など経済的支援はそれ自体重要。同時に、子どもを傷つけている「教育改革」の貧困、「学力テスト」を強行し「ドリル体制」を推進する「教育行政」が貧困であることを、本格的に問題にしていく必要がある。
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