日本は「福祉国家ではない」 備忘録
貧困基準の設定、貧困世帯の推計など、調査、政策課題にするうえで大いに参考となる。
とくに最後の「日本は福祉国家でない」という認識にたってこそ、ととらえるかどうかで、過去の開発主義という特徴が浮き彫りになる、さらに「福祉国家」の弊害を前提とした「福祉ガバナンス」論に迷い込まないことになる、という指摘は鋭いと思う。
以下は、「貧困と格差の最新状況と深めるべき論点」(後藤道夫)備忘録
「hinkonkakusa0907.pdf」をダウンロード
「貧困と格差の最新状況と深めるべき論点」 後藤道夫(都留文科大)/自治と分権09夏
1.貧困世帯数・ワーキングプア世帯数の推計
66年から調査。なし。「生存水準の最低限」を貧困と考える「貧困観の貧困」が水準の足を引っ張っている。
生活保護は、社会的・標準的生活の中での最低限であり、貧困観はそれより低い
(1)貧困基準
・生活保護をベースにし、就業構造基本調査(就業の状態と世帯収入が同時にわかる)で分析
07年、02年、97年の調査を比較(同調査 40万世帯、100万人以上)
収入源…10種類。その種類毎に世帯人数別に収入分布が集計
・「世帯人数別貧困基準」
ベースの貧困基準
①生活保護の最低生活費全国平均
② ①×1.4
③ ①+給与所得向上
(②と③は、公租公課〔税、社会保険料〕を加えたもの)
1人 2人 3人 4人 5人以上(万円)
① 97年 106 182 250 303 366
① 02年 115 192 261 316 384
① 07年 114 188 261 315 379
② 97年 148 255 350 424 512
② 02年 161 269 365 442 538
② 07年 160 263 365 441 531
③ 97年 177 286 380 446 519
③ 02年 190 300 394 462 548
③ 07年 189 294 394 461 541
・全体の動向 5000万世帯のうち
賃金・給与3000万世帯、年金・恩給1250万、農業以外の事業収入300万、農業60万
(2)推計結果
賃金・給与では、①~③で推計 それ以外は、①で推計
貧困世帯 貧困率
97年 02年 07年 97年 02年 07年
① 481.0 748.0 785.2 10.4 15.1 15.0
②+① 681.3. 1018.4. 1072.0 14.7 20.5 20.5
③+① 756.0. 1105.1. 1165.4 16.3 22.3 22.3
~急激に貧困率がのびたのは97年~02年
◇ワーキングプア世帯の推計
「就業中の世帯」に失業中の「雇用保険が主」、勤労年齢の「その他の収入世帯」を分母
07年 3557万世帯のうち貧困世帯、
「③①」で674万、19.0%
「②①」で581万、16.3%
--― 97年段階でもワーキングプアが12.8%。以前から大量に存在していた。
◇一般勤労層への貧困の拡大
97-07年比/「賃金・給与が主」を基準「③」で処理
1人 13.0→16.9
3人 13.1→20.0
5人 13.1→21.9
――ワーキングプア世帯は、3人以上世帯が中心。しかも多人数世帯で貧困率が急増
ところが基準「①」では、世帯人数の影響は小さく、貧困上昇率もわずか
・基準①以下を「貧困下層」、①と③の間の層を「貧困上層」と規定する。
97-07比で「貧困下層」は93万世帯、「貧困上層」105万世帯増加
「貧困上層」とは、4人世帯で315万~461万円の収入グループ
・「貧困上層」
「長子が小中学校」の労働者世帯(4人世帯)、年収400-500万グループ
平均消費支出 月24万6826円(04年、全国消費実態調査)
~生活保護(4人世帯)の消費支出24万7135円とほぼ同額
(04年、社会保障費生計費調査)
03年の数字 世帯主年齢25-54歳85%。母子54%、障害27%、その他18㌫)と子育て世帯が中心
「長子が高校生」では、被保護世帯の消費支出を、5万円上回る。
「長子が高校生」の金融資産純増率 ~ 可処分所得の約7%の貯金を取り崩して生活 .
→ 年収400-500万円の収入で、長子が高校生の場合は、貯金なしには生活できない。ギリギリがんばっているが、何をあれば崩壊する寸前。
◇増えた収入帯
・「国民生活基礎調査」/「18未満の子がいる30-49歳の世帯の年収分布」
96-06年収比
増加/世帯主30代で350-450万円世帯 40代で250万-400万円世帯
→ 子育て世帯で「貧困下層」とともに「貧困上層」が大きく増加
*07年データ概要 子育て世帯全体の収入96-07比で90.2万円減
◇農業、自営業の減少
◇失業による貧困の増加
・「その他の収入が主」世帯が大きく増加 97-07年
81.3万→142.3万世帯 貧困率①60.5-62.2%
~政府は「生活保護」が中心と説明するが、貧困率が高すぎる。しかも、勤労年齢が中心。
07年/単身世帯70%、単身世帯主の93%、2人以上世帯世帯主の87%が「無業」
25-59歳の世帯主でも、91%が無業で、60%が就業を希望
→ 雇用保険の切れた、また最初からカバーされてない長期の失業者群
・雇用保険の改悪 07年、22.2%の受給 給付者/平均失業者数
90年代の終わりは約4割弱
→雇用保険が本来の機能を果たさなくなった
◇年金世帯の急増
726万、1053万、1255万世帯と急増。(高齢者世帯での有業率も低下も一因)
貧困率は、25%前後で推移。明らかに勤労世帯の変化が大きい。
2.貧困層にかかわる労働市場の動向
◇日本型雇用の範囲の縮小と変質
中途採用の増加/78年~82年生まれから激変
15-19歳32.1 20-24歳37.5 25-29歳46.9 /68年以前は、20-24歳で50%以上
(全有業者に占める100人以上の企業の正社員と公務員の比率)
◇フルタイム・自立生活型の非正規の激増
・フルタイム型(派遣、契約、嘱託)/パート・アルバイト
01年 208万人/1152万人 02年383万人/1023万人 08年594万人/1143万人
07年男性 211万人/102万人 フルタイム型が主
・パートタイム労働者等総合実態調査 06年
「主に自分の収入で生活」 男性85.4%
女性 「主に自分の収入」/「配偶者の収入」
06年36.7/40.0 95年25.6/52.7%
◇低処遇正規の急増
・年収300万円未満の男性・正規/97-07年
30-34歳 11.3%→20.3%
35-39歳 8.1%→13.6%
*年収300万円とは・・・・
子ども2人で、奥さんが100万円のパート収入の場合。基準③より60万円低い
・年収400万円未満は・・・
30-34歳 33.5%→47.3%
35-39歳 21.6%→32.0%
*奥さん100万のパート収入として、子ども3人なら基準③で41万低い/専業主婦なら子ども2人で保護基準以下。
→非正規雇用世帯主の世帯は圧倒的に貧困世帯。子育て中の世帯では、正規雇用世帯主世帯が、貧困世帯の多くを占めている。/中小企業だけでなく、全国展開のチェーン店の正規労働など
◇長時間労働の蔓延
・週60時間以上働いている労働者の割合が最も高い 300-400万円層(1000万円以上の層は別にして)
◇若者の非正規・無業比率の増加
・15-24歳・非在学人口のうち、非正規と無業の割合
女性 従来3割。95年頃から上昇、5割台前半
男性 従来2割弱。97年頃から上昇。4割台前半に。
・学歴別(「労働力調査」より)
男性 学卒・院卒と中卒は、10~15ポイントに収まっている
女性 中高卒では、66%。学卒・院卒とは30ポイント以上の差
~ 女性の場合、高卒で正規は、幸運な人だけ。
*深刻な意味~ 必要な年齢で職業能力や職業的自覚を身に付ける人たちが大量に存在する
労働力の平均的熟練度が低下。製造業の海外移転が加速
・職業訓練の抜本的強化を
07就業構造基本調査 初めて「職業訓練」が調査項目に。 非正規は正規の数分の一
→ 職業訓練の公的システムが未整備のまま日本型雇用を破壊
同時に、高卒後の進学に「100万円の壁」
◇労働力のモノ化の進行 間接雇用枠組みの影響
・派遣、請負の激増で、「人を雇う」感覚が急変~ 傷ものの商品を取り替える感覚。しかも「傷」が常識を超えている/「暗い顔をしている」「口の利き方が少し生意気」「付き合いが悪い」ということで首を切ることが日常茶飯事(首都圏青年ユニオン)
・規制撤廃の影響と、01-02年の大リストラが社会的反撃をうけなかったこと。
→ 派遣切り… 減収の見通しだけで「予防的」な首切りをあれだけ無造作にやれる労働者側の反撃の弱さ
3. 子どもの貧困の急増と進路の困難
・貧困率の推計
「就業構造基本調査」より、夫婦と子ども、母子世帯、三世代同居の世帯から貧困率を算出
基準② 夫婦と子ども24.0、母子世帯78.8、三世代同居19.3 計26.5
基準③ 夫婦と子ども27.1、母子世帯83.0、三世代同居20.5 計29.4
3.5~4世帯に1世帯が貧困 / 97年より8ポイント増
◇貧困・低所得者世帯の教育費支出
06年・文科省調査 (学校と学校外の教育費)
・公立の小学校の子ども一人 400万円未満の世帯 25万円
「中学校」では37万円、「高校」では43万円
私立の高校では、82万円
・年収400万円で、公立の高校、中学に子ども。80万円の負担
・授業料免除基準について
「住民税非課税」という基準
生活保護なら、大阪だと4人家族で4百数十万円が免除。住民税非課税なら2百万円台の後半。
97%が高校進学。公務員でさえ高卒が就職の要件としているところが圧倒的。
◇選択の余地のない基礎的・普遍的社会サービスの無料化の必要
その財源は、応能負担の累進率の高い税を基礎として確保すべき
~ でないと制度から漏れる人が出る。また免除制度などに膨大なエネルギーがいる。
給食費の徴収、就学援助の計算などなど
◇勤労年齢向けの社会支出の過小
・年金と医療を外すと、日本の勤労年齢向けの社会的支出は異様に小さい
OECDでメキシコについで第二位の低さ。貧困率でメキシコ、アメリカに次いで第三位
・税と社会保障による所得再配分の機能が異様に小さい。
子どものいる世帯では、マイナスとなる。
◇貧困研究とワーキングプア研究
・ 労働研究と貧困研究が手を結ばなければならない。
ワーキングプアを生み出す労働条件・労働市場や社会保障環境の研究は、「貧困研究」とは別領域の研究対象として扱われてきた。
~ 「特定の人々」の対策であり、貧困の社会政策の対象となる規模では存在しなくなったという「認識」が政府、マスコミ、アカデミズムを支配した
・現代日本は「福祉国家」か
研究者の主流は「福祉国家」ととらえている ~ だから、パターリズム、制度の硬直性など「福祉国家」で指摘される諸欠陥が、「日本にもあてはまる」となる。そこで「福祉ガバナンス」論となる。
政府も「大きな政府批判」に邁進し、社会的機能の削減に血道
~実際は、日本は、ワーキングプアが大量に存在する福祉国家型の社会体制ではない。が、そこに眼がいかないことなる。
~ 現状を「福祉国家」ととらえると、日本型雇用と開発主義国家の独自性が認識されず、そうした体制が「福祉国家」の独特の代替物として機能してきたという話が消えてしまう。
・「ヨーロッパのような福祉国家」と描いた上で、“ワーキングプアをとりこむのは当たり前”となる。/ウェルフェアが不十分なところで、ワークフェアだけが主張される―― 児童扶養手当、生活保護制度の議論。福祉から就労支援へ ―― のは、とても奇妙な転倒した状況。
・開発主義型の大きな政府は家を壊すのは正しいが、福祉国家型の大きな政府は日本にはまだ存在してない。
・経済グローバリズムと経済危機が作り出す貧困に立ち向かうのは、「大きな福祉国家型の政府」そのものをつくるほかない。
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