改憲型分権国家論・批判 備忘録
「福祉ガバナンス」論につづいて、二宮厚美氏の「新自由主義の破局と決着」よりの備忘録。
とりわけ、「補完性の原理」について、二宮氏は、全権限性の原理と結びつかないとき、「国と地方の役割分担」論のツールとなっていることを批判してきたように記憶しているが、今回の論考では、「補完性の原理」が本来もっている「責任分担」という考えを「役割分担」にスリカエていることを暴露し、より深まった批判をしている。
【改憲型分権国家か、憲法型ナショナル・ミニマム保障かの選択】 備忘録
はじめに
小泉構造改革の破たんのもとでも、なぜ「分権改革」をとりあげるか?
①憲法改正路線のなかに組み込まれた1つの国家改造戦略となっている。/自民改憲案 8章の全面書替え
②規制緩和型分権、市町村合併の推進、道州制の導入で、自民と民主がほぼ一致した路線/大連立の接点にも
③「市民的反新自由主義派」が、新自由主義的分権化に呑み込まれつつある。
~3つの理由から、ポスト「新自由主義」にとって「分権国家構想」の検討はどうしても必要。
⇔ 分岐点は、憲法のナショナル・ミニマム保障を重視か、「市場=市民主義的分権」の道の優先か
Ⅰ.分権国家論の登場とその構図
◆多国籍企業化した大企業体制のもとでの分権化
*以前の日本経済は、2つのエンジンで高成長をとげた ①輸出主導 ②インフラ整備 による資本蓄積
インフラ整備は、産業基盤優先で、社会サービス基盤は遅れ、その不足は、私的消費、資産形成で補完
・輸出主導型の資本蓄積/企業城下町をつくり、日本型経営を核にもつ強力な企業社会を構築した。
・公共事業依存型の資本蓄積の条件となる開発主義的な土建国家と、個人消費中心の大衆消費社会と結びついた脆弱な福祉国家をつくりだす。
⇔ 「強力な企業社会」「巨大な土建国家」「脆弱な福祉国家」という戦後長く続いた3つの特質
*90年代、大企業体制が多国籍企業を主流にしたものに変貌
「強力な企業社会」の多国籍企業化にともなって、新自由主義が台頭
・「国内高コスト体制の是正」として「脆弱な福祉国家」を襲う/「小さな政府」という名の安上がり福祉
→ ヨーロッパ並みの福祉水準への進行を防ぐ「予防反福祉国家」戦略にうってでた/「社会保障構造改革」
・国民生活から福祉需要は、むしろ新自由主義のもとで高まる
→ その受け皿が、市場と自治体 「官から民へ、国から地方へ」とは、このためのスローガン
「民間活力重視の市場化」「市町村優先の分権化」へ。
*日本の新自由主義
・貨幣資本循環(G-G‘)の視点で、福祉国家解体を至上主義的分権化で進めた
・「巨大な土建国家」/ケインズ主義は社会的総資本の立場。商品資本循環(W-W‘)の視点で有効重要を喚起
しかし、日本の新自由主義は個別資本の立場/ 貨幣資本循環(G-G‘) 生産資本循環(P-P‘)
・生産資本循環(P-P‘)の視点 「輸出主導型蓄積から多国籍企業型蓄積への構造転換」
~ 「メイドバイジャパン」へ / そこから「巨大な土建国家」も見直しへ/研究・開発が中心へ
「土建国家からIT国家への展観」が、新自由主義のもう1つの戦略スローガンへ
・このことが、「土建国家」に動員されてきた自治体の機能の変化を呼び起こす。
◆道州制を媒介にした分権国家化
・分権国家化による福祉国家の解体戦略と「国民的競争国家」は、3つの国家改造プランを呼び起こす
①中央政府の機能を、戦争国家化を第一とする「選択と集中」のふるいにかける。/中央政府の役割の限定化
~「国と地方の役割分担論」は、論理必然的に、戦争国家化と「脱福祉国家」化、改憲論の一翼を担う。
②多国籍大企業を支援するイノベーション国家の役割を、広域的経済圏(道州)にあてがう
しかし、全国的な情報基盤の高度化、開発・研究は「国家本来の機能」~国・道州の役割分担」は未解決
③福祉国家機能は、基礎自治体に委ねる~ 福祉国家の分権的解体の側面
300~1000、自治体は「総合行政体」として地域単位の受益者負担原則を徹底
◆地域単位の応益負担原則によるナショナル・ミニマム保障の解体
・応益原則/憲法の福祉原則「必要充足・応能負担原則」に対置 → 2つのことが呼び起こされる
①行財政課題が、受益者負担主義にもとに組み入れられる。住民負担
②自治体運営そのものに応益原理が浸透 → 市場原理の侵食にさらされることになる。
*「応益論」の2つのタイプ
個別的応益論…公共機関と市民が一種の等価交換の契約関係に入る/ホッブス、ロックの社会契約論
総体的(一般的)応益論・・・利益は社会全体で受ける。租税負担は応能でもあってもかまわない。
(社会の担い手の育成、治安など社会としての安定、発展は、「益」として広義に還元される。)
~ 現代の古典的市民主義が、新自由主義的分権化路線に引き込まれる1つの根拠が「個別的応益論」にある。
・国家の政策目標が、「国土の均衡ある発展」から「地域の特色ある発展」に切り替わる。
→ 地域の不均等発展の言い換え。地域格差容認の偽装用語/ナショナル・ミニマム保障の解体
Ⅱ 小泉構造改革の新自由主義的分権化路線
小泉改革の分権化路線 4つの柱
~ これらを貫く中軸は、個別的応益論に立脚した受益者負担論、そのもとで市場原理が発動
◆「三位一体改革」の進行
・04-06年 税源移譲3兆円、補助金削減4.7兆円、交付税減5.1兆円 計6.8兆円 地方財源の減
→ 地方の「自己責任論」/「依存体質から脱却し、真の地方財政の自立を目指す」(総理大臣指示02年)
◆「市町村合併プラス道州制構想」の進展
・地域単位の「受益者負担主義」の受け皿づくり 3232(99年)→1820(06年4月)
・分権国家構想の一翼を担う総合自治体づくり/「自立化」「効率化」「スリム化」の3点を狙ったもの
「自立化」とは、行財政機能強化、「効率化」とは「規模の経済効率」、スリム化とは公的セクター縮小
・「道州制のあり方に関する答申について」(地制調06.2)/道州制を提言
→単に地方制度だけではなく、「国のかたちの見直しにかかわる」「国と地方の政府のあり方を再構築」
◆「新しい公共空間」論の登場とローカル・ガバナンス化の幕開け
・「新しい公共空間」論(総務省05年)による、新たな地方行革の進展
~ 行政が担ってきた公共サービスを、多様な主体が提供する多元的な仕組み/新自由主義的変質
①自治体を戦略本部として規定 /自治体の実働部隊の役割は副次的なものに
②自治体業務のアウトソーシング化/ 実働部隊は、営利企業とNPOに代表される民間主体に委ねる
③地域の公共空間は、直営の行政部門、民間の営利企業、ボランティアやNPOという三者の協働で担われる
~自治体が「多様なアクターの共同統治的な意味合いを中心とした新しい統治概念」と説明されるソーシャル・ガバナンスに変身をとげることを意味する
・自治体は、公共セクターというより、一種の地域経営体のイメージに塗り替えられる。新自由主義の課題は、戦略本部として、経営体となった自治体行政に、民間手法を注入することとなる。
◆NPMの適用・濫用
・民間企業の経営手法を公共部門に適用する方式。
・住民を、自治体の主権者・主人公であるというより、行政サービスの顧客と捉える。そこから、官僚制にもとづくトップダウン型の行政管理方法となる。
①戦略課題の政策評価、財政効率化を目標にした行政評価をとおし、サービスの優先順、「範囲」をきめる
②政策課題、行政目標を達成する手法の選択肢が考案され、最小の経費で最大効果を狙う
③「公民間のコスト比較」を基準に、民間委託や公共セクター内の効率的経営手法が推進される。
~ PFI、独立行政法人、指定管理者制度、市場化テスト法、公益法人改革
Ⅲ 自民党新憲法草案の新自由主義的分権国家構想
05年/9条改憲と、8章・地方自治の章の全面改訂による25条の空洞化、福祉国家解体が狙い
◆補完性の原理をすりかえた改憲案の地方分権論
・草案の視点 新自由主義改革にそった「官から民へ、国から地方へ」の観点
・地方自治体の性格の切り替え~ 自治体はもっぱら「住民に身近な行政」を担う(91条の2)
→ 国と地方の役割分担、機能分担を行う 「適切な役割分担」(92条)
1999年「地方分権一括法」で改定された地方自治法ですでに採用されている。
・改定地方自治法の規定は、地方自治の拡充、分権化の推進に積極的意味をもつように見える。「世界地方自治宣言」の「補完性の原理」沿ったものという評価が生まれている~ はたしてそうか?
・「補完性の原理」とは・・・
「公的な責務は、一般に、市民に最も身近な当局が優先的に遂行するものとする。地の当局への責任の配分は、その任務の範囲と性質及び効率性と経済性の要請を考慮してきめなくてはならない」(ヨーロッパ地方自治憲章)
~公的な責任・責務は、まず住民に身近な公共団体に割り当てる。基礎自治体で手に余る責任は、他の広域自治体や全国機関に委ねる、という考え方。
・「草案」は、公的責任の分担論でなく、国・地方の役割分担論に立っている。
→「住民に身近な行政」を自治体に割り当てている。「住民に身近な行政」にまず、公的責任を割り当てて
いるのではない!
⇒ これは「補完性の原理」のすりかえ/「責任分担」と「役割分担」は、分権といっても大きな違い
*「責任分担」では、教育、福祉の「役割」は、国・地方で分有、共有されるが、「役割分担」では、国の役割から教育、福祉は外されてします。
*「補完性の原理」~身近な行政でも、全国的な人権にかかわることも、その責任の所在は、まず自治体にもとめられる。あらゆる権利の実現・保障を自治体に迫ることができ、また自治体を窓口に全国的行政機関に迫ることができる(全権限性の原理 杉原「充実した地方自治」)
◆地域単位の受益者負担主義のワナ
・「草案」~「住民に身近な行政」を「自主的、自立的かつ総合的に実施する」/国に依存してはならない
→ 住民に身近なものは、国は放棄してもよい。これが「基礎自治体=総合行政論」の帰結
・「草案」~「住民は・・・役務の提供を等しく受ける権利を有し、その負担を公正に分任する義務を負う」
→ 住民のサービス受給権とその費用負担義務が一体となっている。
*ヨーロッパ地方自治憲章の「補完性の原理」では、地域受益者負担主義はひとかけらも登場しない。
それどころか、自治体がナショナル・ミニマム保障を担う場合の財政保障を謳っている。
・「草案」の一般財源主義~ 特定財源の排除/ 民主党の「特定財源の全廃」と同じ
自治体の財政は、「地方税のほか、当該自治体が自主的に使途を定めることができる財源をもってその財源に充てることを基本とする」(94条2)
◆ナショナル・ミニマムの歯止めと財政健全主義
・ナショナル・ミニマムの軽視~ ダメ押し条項 「草案」833条2及び94条3
国と自治体に「財政の健全性の確保は、常に配慮されなければならない」
→ 財政健全主義は、一般的には、戦時の公債先発を防ぐなど、財政民主主義に添ったものだが
→ 現代日本では、新自由主義的財政健全化論は「財政錯覚論」を根拠にしている。
*「財政錯覚」とは…「公共サービスの受益と負担の関係が直結せず、あたかも負担抜きの受益が可能であるかのような錯覚が働くため、いったん公共サービスが提供されると、膨張の一途をたどる。さらに
有権者に負担を訴える政治家が落選、バラマキを約束する政治家が当選し、赤字が拡大する」というもの
そのため「財政にたかる大衆民主主義」に歯止めをかける必要がある、と新自由主義は考えている。
・つまり、それを回避するために「受益者負担主義」が必要である。
・「草案」の「財政健全主義」と「受益者負担主義」は双子の関係にある。それは市場原理主義を徹底させる。
~ まさに「草案」は、新自由主義に主導されたものであることはまちがいない。
◆帰結としての福祉国家の分権的解体
・「草案」~ 憲法の25条・生存権、26条・教育権の条項には手をつけず、空洞化する戦略
おわりに――分権国家構想のワナ
「ポスト新自由主義」の課題を考える視点から見た新自由主義的「分権国家構想」の3つの問題点
①住民自治の目から見れば、きわめて集約制の強いもの
道州、大規模化した基礎自治体など、住民の生活圏から、疎遠な行政団体となる。~特に「道州」。住民自治を欠落させた広域行政体は、自治体というより、むしろ分権化された広域的官僚機構の出現を意味する。
②ナショナル・ミニマム保障に立脚した地方自治の視点をまったく欠落させている。
「ナショナル・ミニマム保障プラス地方自治」という現代的地方自治を空洞化するもの。
~ 現憲法の地方自治は、社会権を背後にもっている意味で古典的な市民自治とは異なる。
→ 古典的な市民自治に拘泥する市民主義が、新自由主義的分権論に合流してしまうのは、社会権を背後にもったナショナル・ミニマム保障の原則を軽視し、「住民に身近な行政」を地域単位の受益者負担主義に委ねるからである。
例)神野直彦、金子勝の自治体財源論は、基本的に応益論にもとづく。
~ 保育・介護・医療などの社会サービスに対する財源の説明を「ワーク・フェア原理」を用いる
*「ワーク・フェア原理」とは…
①家族の共同体内労働によって担われてきたものが、共働きの進展で、地域・社会の課題となった
②共同体内労働から解放された働く人々は、その対価として勤労所得の一部を自治体に拠出する
③地域、自治体は、その資金をもって社会サービスを住民に提供する。
⇒ この論理は、租税論にいう応益負担原則(個別的応益説)の延長に位置する。神野氏は、この応益説に依拠し、社会サービスの供給主体を自治体とし、所得比例税を基本にした財源で、その費用を行うと主張
・この立場からは、新自由主義分権国家に引き寄せられることはあっても、正面から対抗できない。
~ポスト「新自由主義」では、ナショナル・ミニマム保障軽視と地域的応益負担原則の克服が課題となる
③応益原則が自治体、福祉行政に入り込むと、自治体の「自由主義レジーム」化が進む
このことを示したのは、総務省「新しい公共論」~ポスト「新自由主義」で偽造市場主義論と言える「新しい公共論」の克服が問題となる。
→ ところが新自由主義を批判する人の中に「新しい公共空間」論に接近する議論がある
~ これが「福祉ガバナンス」論
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