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雨宮処凛さんin高知 反貧困

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5日、反貧困ネットの招きで、雨宮さんが高知に来ました。
 前半のパネルディスカッションでは、就職活動で苦労している子育て中の若い主婦の方、「働く場を」と運動している全盲の若者、不登校で「救われた」という今大学生の3人と雨宮さんのトーク、後半は、雨宮さんと知事との対談。350名が参加した。冒頭、紹介された映像はこちら・・・
「自由と生存のメーデー 2008 プレカリアートは増殖/連結する」

各自のおかれた立場の話、雨宮さんからの全国様々な反貧困のとりくみ、突き抜けたような運動、連帯のひろがりが聞けて、おもしろかった。空き店舗に悩む高円寺商店街でフリーターが生きる場、仕事起こしの取り組みをし、地元の町内会と連帯が広がっている話など・・・
 まずは、立場を超えて「反貧困」という舞台が出来つつあることを、素直に喜びたい。

内容的なことについて・・・
 知事と雨宮さんの話はかみあわないだろうなと思ったが、やはり、知事は「働ける場を」と産業振興計画の話になった。
「外需だのみ、外国の安い労働力と競争する方向では賃金が低くなるばかり。将来は、外国に企業が出ていくことに」だから「地域のものを地域で消費することを重視する。もっとも早くから犠牲になった高知が脱出のトップを切るようがんばる」という趣旨の話をしたが・・・
 
「外国の安い賃金との競争」「企業が海外に逃げる」というのは財界の主張そのもので、ここには、企業利益を2倍、株主配当を3倍に増やしながら、労働者の賃金を引き下げてきた、つまり内需を貧困にし、多くのワーキングプアを作り出したという政治の問題が欠落している。
 国政、財界を批判しないのは知事の一貫したスタイル。
 反貧困の運動がもっとも、たたかわない相手を抜きにした話になるので、まじめに行政施策を語るということになるのだろう。この点では、貧困、生きづらさが、これが国の政治の結果であることが希薄になった感は否めない。
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 もう一つ… 今後の活動を期待して、気になった点をあげれば・・・
  反貧困の運動は、「無条件の生存の肯定」、憲法25条をはじめナショナル・ミニマムの保障が財大のポイントで、ここが新自由主義との対決の最前線だと思っているが、ここが鮮明になりきらなかったと感じた。

「頑張っているのに働ける場がない」「学歴、職歴ではじかれる。優秀な人は多くいる」という話。それはその通りなのだが・・・

 実は、こうした主張は、情報革命で、知識の陳腐化が急速に進むもと、学歴、職歴には関係なく、優秀な人材、がんばれる人材をどう確保するか、そのために雇用獲得能力を高める施策をどう展開するか、という安部政権の「再チャレンジ」に見られるような新自由主義的雇用政策と親和性があること。
 (これは、「福祉ガバナンス論」や反貧困問題の備忘録を見てください。)

途中で、雨宮さんが、能力のあるなし、がんばっているかどうかに関係なく「無条件の生存の肯定」というのが反貧困の運動のテーマだと、短くコメントをされていたが・・・ 
「生きさせろ」というスローガンにこめられた深い意味~ 「がんばっている人、優秀な人の不幸は救う価値がある」という各人に内面化された「自己責任論」をどう克服するか、が分断を克服し連帯を広げるための運動側のテーマだと思っている。

 知事との対談をいれるなど盛りだくさんだっただけに、そこまで望むのは難しかったということでしょうか。
今後、深めていってもらいたいテーマです。

とにかく、準備された実行委員の方々、お疲れ様でした。

 高知での「反貧困ネットワーク」結成にむけての準備もすすんでいるようです。

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Comments

 世の中で自分は貧困と真摯に思っている人はどれくらいいるのでしょうか?一時期中流家庭といわれた家庭は現在どのレベルで生活しているのでしょうか?
 「貧困」という言葉は戦後の物資のないあの時代、経済成長と遂げた日本にそんな言葉がここまで取りざたされると、誰が想像したでしょうか?
 資源、環境、農業、福祉 この重要な課題とて
聡明な日本人なら努力と知恵で克服していくだろうと信じていました。
が、ここにきてすべてが危うく、未来への展望はありません。
増しての「貧困」いったいどうやって生きていくのでしょうか。これで子育て支援なんてチャンチャラおかしくないです?

昨日の講義お疲れ様でした。

シンポについてはやはり知事はかみ合いませんでしたね。
司会のT記者とも、もっと知事をカッカさせるいじり方をしてもらうように打ち合わせができていたらよかったのですが・・・

昨日の講義の感想とも重なりますが、「無条件の生存肯定」について少し。
「能力があるにも拘らず機会がない」、「頑張っても報われない」ことが不当であることは耳にすんなり入ってきますが、結局ここでいう「能力」とは企業にとって認めうる「能力」にすぎず、「頑張る」ということも他者の視点から見て認められる「頑張り」であるということだと感じます。
例えば教育の分野での対策1つ見ても、奨学金や授業料免除の認定基準が「学力」と「経済力」に置かれていることからも明らかですね。
「学力が高いのに経済的理由で学ぶ機会がないのは損失だ」という能力主義が出発点になっているのでしょう。
本来ならば、誰もが持つ「学びたい意欲」を等しく保証するために必要な経済的配慮があってしかるべきなのに。

憲法にある「すべて国民は~」という言葉こそ「無条件の生存肯定」であり、憲法は私たちの生活・生存に深く根ざしているのだなと改めて思います。

ジョージ様
そこへ知事が参加したということに驚いています。
知事のかみ合わないコメントは確かにザンネンではありますが、保守王国我山口県ではこのような内容の講演会に知事の出席は私の記憶にはありません。
その場に居るということ、その先の進展を期待したいですが・・・。

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