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市町村合併 地方切捨てと派遣切り

 昨日付けの地元紙に、高知・春野合併1年の特集が載っている。見出しは「旧町民 効果実感できず」「前途に深刻な財政危機」「農業振興に活路」となっている。記事の中にも小見出しで「漏れる“悔恨”」。
 私たちは、「農業振興など協力は合併しなくてもできる。高知市は深刻な財政危機に直面。旧春野町の方が財政は安定しており、なにより合併で自己決定権を失うことは町民のためにならない」と主張してきたが、残念ながらそのとおりとなった。
 全国町村会も「平成の大合併」に否定的だ。

 同会の「道州制と町村に関する研究会」座長を務める東京大学名誉教授・大森彌氏のもと
「平成の合併めぐる実態と評価」がまとめられている。

その結論部分は…


1 合併によって生じたさまざまな弊害
● 合併した市町村で見られた財政支出の削減効果は住民サービスの低下を伴うもの。また、行政と住民相互の連帯の弱まり、財政計画との乖離、周辺部の衰退など、さまざまな弊害が顕在化。

2 合併しなかった町村で生まれる、自治の新たな可能性
● 合併しなかった町村では、厳しい財政状況の下、行政と住民が「愛着」と「責任感」を共有し、手触り感のある範囲で身の丈に合った地域経営を推進。
●既存の財政的基準、規模の大小のみで市町村の行財政運営能力を評価することなく、合併を選択せずに、行政と住民の連帯を活かした効率的な行財政運営に取り組む市町村を、正当に評価することが必要。

3 「平成の合併」を経た今こそ求められる、地域共同社会の実現
● 住民と行政との関係の希薄化に対応するため、合併後の市町村において、地域共同社会をいかに構築するかが課題。
● 地域共同社会の実現のためには、市町村内分権の視点に基づき、それぞれの地域特性を尊重した仕組みづくりが重要。そのためには、地域自治組織の活用、地域観察力をもった職員の育成、支所機能のあり方の見直しが必要。


 となっている。また、今後の合併議論についても大森氏の講演が町村週報にのっている。
「町村会の「平成の合併」後の町村 08.11.24」 

 大森氏は「強制合併をやめよ」と言い、小規模自治体の権限を奪うやり方は骨太方針01で出されたものであり、「小泉構造改革の点検・見直しが進められている今日、この構想自体も再考すべきではないか。」と指摘し、最後に「今後の基礎自治体のあり方を議論するならば、国は、理念なき合併とその後の厳しい行財政運営を余儀なくされている市町村や単独行を決め行革と住民協働で懸命に地域自治を守ろうとしている市町村の実態を見極め、全国どこの市町村でも、地域と住民の真の公的ニーズに応えていくのに必要な財源が確保できるよう、地方交付税の財源保障機能を強化すべきである。
 特に、少子高齢化の波をいち早くかぶり、地方交付税のゆくえに強い不安を抱く市町村に対して『それならば、歯を食いしばってでも、がんばっていける』と希望がもてる制度・政策設計をこそ国は提示すべきである。小規模町村を冷淡に扱い、希望を失わせるような議論をする場が地方制度調査会であっていいはずがない。」と結論づけている。
まったく、そのとおりと感じる。

 ところが09年度の地方財政計画について、自治財政局課長の内かんが20日に発表されたが、市町村合併をめぐっては、「小規模な市町村が多数残されている」と問題視し、合併新法があと一年余となっていることから「早急に・・・検討を行い、結論を得られたい」と述べ、都道府県に「市町村合併を積極的に推進されたい」と要請をしている。そこには合併議論の当初にあった「自主的な合併」という、「自主的」の文字すら消えている。
 一方、定住自立圏構想の財政支援が目立つ… 協定をもとに、小規模自治体を含んだ権限委譲の受け皿つくり、道州制への道ならしが目的だと思うが、ある首長が「これだけ複雑な協定をいろいろ結ばないけないのだったら、いっそう合併したほうがよい、ということになるかもしれない」と語っているのを見たが、そうだろう。
 

 昨今の派遣切り、人間の尊厳を奪う働かせ方、「労働力の安売り」が通用するのは「それ以外に生きる道」がないからである。
だからこそ財界が旗を振って、地方、一次産業、社会保障の切り捨てを進めたのではないか。
農林漁業で生活できる、中山間地や漁村で心豊かに生活できる地方を築くことは、派遣切りや労働の安売りを許さない、まともな社会をつく重要な課題だと思っている。

町村会の「平成の合併」後の町村 08.11.24 東京大学名誉教授 大森 彌 昭和15年東京生まれ。元東京大学教授・千葉大学教授。現在、放送大学大学院客員教授、全国地域リーダー養成塾塾長、全国町村会「道州制と町村に関する研究会」座長。近著に『変化に挑戦する自治体』(第一法規)など。

1.市町村合併の「強力推進」は幕引きにせよ
第二九次地方制度調査会専門小委員会は、いよいよ「市町村合併を含む基礎自治体のあり方」の検討に入る。現行の「合併特例法」の期限は平成二二年三月末に来る。これをもって「市町村合併の強力推進」は終わりにすべきである。国は、政権与党の「市町村数を約一〇〇〇にまで減ずる」という意向を受けて合併を推進してきたが、この数字自体に説得的な根拠はない。一九九九年を起点とする「平成の合併」により、市の数は六七〇から七八三へと増加したが、町村数は、二五六二から九九九へと実に一五六三も減少している(平成二〇年一一月一日現在)。
 全国町村会は、「町村の実態に関する改善方策等について」(平成二〇年一〇月)において「画一的な合併推進の結果、地域の振興等を担っている町村役場の機能が低下し、全国町村会の調査(全国町村会・道州制と町村に関する研究会『「平成の合併」をめぐる実態と評価』)においても合併にデメリットを指摘する声が、合併の成果を上回り、数多くあげられている。平成の大合併の検証を十分行い、これ以上の合併推進を行わないこと。」という見解を表明している。
 一部には、さらに第二次の「平成の合併」を推進して市町村を七〇〇〜八〇〇程度まで集約すべきだという意見もあるが、これを「自主合併」で達成できるとは到底考えられない。さらなる集約とは強制合併を意味する。そのような意見は、市町村現場の実状に関する「KY」(空気が読めない)の典型である。合併は、あくまでも市町村の自主的選択である。合併するかしないかは、関係市町村の意思によって決まる。合併しなかったところが責められる理由はない。これ以上、市町村を合併へ駆り立てても、日本の国土の多様性を考えれば、強制しない限り、町村をすべて解消することなどできない。

2 「特例町村制」論議を蒸し返すのか
 そこで、「平成の大合併」終結後の市町村を想定して、今後の基礎自治体のあり方を検討することになるが、町村の間では、第二七次地方制度調査会の専門小委員会で「西尾私案」として示された「特例町村制」案が蒸し返されるのでないかという疑念が消えない。「特例町村制」とは、「一定の人口規模未満の団体について、これまでの町村制度とは異なる特例的な制度を創設する」というもので、この団体は、「法令による義務付けのない自治事務を一般的に処理するほか、窓口サービス等通常の基礎的自治体に法令上義務付けられた事務の一部を処理するものとする」とされ、「通常の基礎的自治体に義務付けられた事務のうち当該団体に義務付けられなかった事務については、都道府県に当該事務の処理を義務付けるものとする。」というものである。このような団体への移行については、「例えば人口△△未満の団体」は、申請により、このような団体に移行することができるものとし、さらに、「例えば人口△△未満のうち人口○○未満の団体」は、「これに移行するか、他の団体と合併するか」を一定期日までに選択しなければならないもの(強制移行)とするとされていた。
 山本文男全国町村会長は、平成一五年一〇月三〇日、当時の松本英昭専門小委員長宛に「小規模な市町村には事務の一部を残し、都道府県にはそれ以外の事務処理を義務付ける事務配分特例方式は、地方分権の理念や行政改革にも反するので、導入すべきではない。」と反対の意思を表明した。
 第二七次地方制度調査会が出した「今後の地方自治制度のあり方に関する答申」(平成一五年一一月一三日)では、「合併困難な市町村に対する特別の方策」の一つとして、「合併に関する新たな法律の下でも当面合併に至ることが客観的に困難である市町村」については、「組織機構を簡素化した上で、法令による義務づけのない自治事務は一般的に処理するが、通常の基礎自治体に法令上義務づけられた事務については窓口サービス等その一部のみを処理し、都道府県にそれ以外の事務の処理を義務づける特例的団体の制度の導入についても引き続き検討する必要がある。この場合において、都道府県は当該事務を自ら処理することとするほか、近隣の基礎自治体に委託すること等も考えられる。」となった。
 「西尾私案」と答申とでは、「特例的な団体」を、「一定の人口規模未満の団体(町村)」とするか、「合併に至ることが客観的に困難である市町村」にするかで違っていた。検討ということになれば答申がベースになるから、「西尾私案」は潰えているはずである。「一定の人口規模未満の団体(町村)」とするには、「特例」の人口規模を設定しなければならず、かりに一万人未満とか五千人未満にしようとしても、その根拠が必要であるし、町村間には地理的位置や財政力指数にもバラツキがあり、一律の線引きは不可能である。したがって、人口規模による「特例町村」設置の考え方は、答申の文面からは消えているのである。答申は「合併に関する新たな法律の下でも当面合併に至ることが客観的に困難である市町村」を想定して、これらを対象に「特例的団体の制度」の導入について「引き続き検討する必要がある」としたのである。

3 合併困難市町村をどう扱うのか
そこで、総務省は「合併に至ることが客観的に困難である市町村」の見当をつけるためもあって、「市町村の合併に関する研究会」を設置し、二〇〇七年八月六日現在で「未合併市町村」一二五二団体の「要因分析」をした(報告書『「平成の合併」の評価・検証・分析』平成二〇年六月)。それによると、①「離島や山間地等に位置し地理的に合併が困難であった」ところが五八団体、②「合併を望んだが合併相手が否定的であった」ところが三三〇団体、③「合併協議の際、協議事項について合意がなされなかった」ところが二三〇団体、④「合併について意見集約ができなかった」ところが四二二団体であったという。①は地理的な阻害要因が、②と③は組合せの相手との関係が、④は積極的な単独運営の選択ではなく意見集約の不調が、それぞれ、合併に至らなかった主な理由であったとされている。これらの他に、⑤「合併せずに単独で運営していこうと考えた」ところが三八六団体だったという。明らかに「合併が客観的に困難であった」と考えられるのは①と②であり、③は、そう考えられそうなケースも含まれるということであろう。④と⑤は「合併が客観的に困難」であったところではないから、対象外である。答申の文面からすれば、「合併せずに単独で運営していこうと考えた」市町村が「特例的団体」になることはない。
 そこで、①、②、③(一部)のような市町村を念頭に置いて「特例的団体の制度」の新設を検討するのであろうか。①や②のような市町村から、合併できなかったから義務付け解除の事務配分特例制度を作ってほしいとの要望が現に出されているのであろうか。かりに「特例的団体」の標準型を法令で定めても、その適用について強制をできない以上、市町村からの申請(選択)方式をとらざるを得ないが、「合併が客観的に困難であった」市町村から手が挙がるのであろうか。少なくとも市から、そのような意思表示が出てくるとは思いにくい。想定されるのは町村である。
合併しようがない町村、合併したかったが相手との関係でできなかった町村は、もはや、他の市町村とは異なり基礎自治体としての要件を欠いているとでも言うのであろうか。もし合併できず、しかも人口が小規模であるがゆえに基礎自治体の性格を失っていると見て、それを「特例的団体の制度」導入の理由にするならば、「特例町村」は基礎自治体とはみなされないことになるから、現行の町村に基礎自治体としての一般町村と、非基礎自治体としての町村が生まれることになる。どう理屈をつけようが、「特例町村」が一人前扱いをされない、惨めな存在になることは明白である。そのようなものになりたいと喜んで挙手するであろうか。現行の「合併特例法」の期限切れ一年前に、「特例町村制」を導入するというサインを送れば、再び、財政運営が苦しく、今後に不安を抱いている小規模な町村を「自主合併」に追い込めると国は考えるのであろうか。

4.「骨太の方針」の呪縛こそが問題だ
もとはといえば、「小規模町村の場合は仕事と責任を小さくし、都道府県などが肩代わり」という構想は、二〇〇一年六月の「骨太の方針 第一弾」で示されたものである。これを受けて、二〇〇二年(平成一四年)九月二五日の自民党地方行政調査会「地方自治に関する検討プロジェクトチーム」の中間報告は「合併推進策を講じた後になお残る小規模市町村(例えば人口一万未満)については、引き続き基礎的自治体と位置づけるとしても、通常の市町村に法律上義務付けられた事務の一部を都道府県又は周辺市町村が実施する仕組みとすることを今後さらに検討する」とした。いわゆる小泉構造改革の点検・見直しが進められている今日、この構想自体も再考すべきではないか。
 二〇〇七年四月二日の地方分権改革推進委員会の発足にあって、当時の安倍総理は「国が地方のやることを考え、押し付けるというやり方は捨て去るべきで、地方のやる気、知恵と工夫を引き出すために、地方が自ら考え、実行することのできる体制づくりが不可欠」であると述べた。町村側の反対を押し切ってまで「特例町村制」の論議を蒸し返すのは、この総理の言葉に照らしても中央集権的な発想そのものである。
 人口規模が小さいという理由で町村の処理する事務権限の配分を、合併の進捗や事務権限移譲の推進といった国の意向で決めるという発想自体が問題なのである。
事務権限移譲の受け皿づくりのために合併の推進だ、合併を望んだのに合併が思うようにできないのだから「特例町村」に指定し、仕事を軽くしてあげるなどという発想はおかしい。
 市町村が、必要な仕事を選び取り、それをできるだけ自分で、あるいは自分たちでやり抜き、市町村が選び取らないもの、どうしても手に余るものは広域自治体としての都道府県が行う、それが事務配分の基本原則である。国が、合併できなくて気の毒だからといった親切顔で、小規模町村の事務権限の配分と負担を差配するやり方をとるべきではない。
今後の基礎自治体のあり方を議論するならば、国は、理念なき合併とその後の厳しい行財政運営を余儀なくされている市町村や単独行を決め行革と住民協働で懸命に地域自治を守ろうとしている市町村の実態を見極め、全国どこの市町村でも、地域と住民の真の公的ニーズに応えていくのに必要な財源が確保できるよう、地方交付税の財源保障機能を強化すべきである。
 特に、少子高齢化の波をいち早くかぶり、地方交付税のゆくえに強い不安を抱く市町村に対して「それならば、歯を食いしばってでも、がんばっていける」と希望がもてる制度・政策設計をこそ国は提示すべきである。小規模町村を冷淡に扱い、希望を失わせるような議論をする場が地方制度調査会であっていいはずがない。

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