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旧日本軍と阿片、炭鉱動員計画 

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2つ目前に63回目の終戦記念日を迎えたが、旧日本軍とアヘンの関係に新たな光が当たってる。
「調査報告 日本軍と阿片」(NHKスペシャル 本日17日9時~)
「アヘン患者を炭坑動員 旧日本軍、満州で計画」中日新聞8/17
「アヘン王、巨利の足跡 新資料、旧日本軍の販売原案も」朝日新聞8/16
軍中央の下で、大量のアヘンを兵器購入に使っていた事実。日本軍が阿片と深く関わっていた知られざる実態が明らかになってきた(NHKスペシャル)。「取扱高は現在の物価で年560億円にのぼり、旧日本軍がアヘン流通で巨利を得ていた」(朝日)。陸軍関係の資料も次々に見つかっているとのこと。さらに治療した中国人の中毒患者を炭坑現場などで労働者として動員する計画を進めていたという。
 中日新聞は中国政治史に詳しい西村成雄放送大教授の話として「公的な資料に基づいた事実解明で評価できる。当時の日本による東アジア諸国への独善的な国家政策を認識することは今後、日本がこの地域でどう行動すべきかを考えるためにも有益だ。」で締めくくっている。

【NHKスペシャル 調査報告 日本軍と阿片】 昭和12年(1937年)に勃発した日中戦争―。広大な中国で、日本は最大100万もの兵力を投入し、8年に渡って戦争を続けた。武力による戦闘のみならず、物資の争奪戦、ひいては金融・通貨面でも激しい闘いを繰り広げた。 「戦争はどのようにして賄われたのかー」。最新の研究や資料の発掘によって、これまで全貌が明らかにされてこなかった中国戦線の「戦争経済」の様々な側面が浮かび上がっている。その一つとして注目されているのが、当時、金と同様の価値があるとされた阿片(アヘン)である。  19世紀以降、イギリスなど欧州列強は、中国やアジアの国々に阿片を蔓延させ、植民地経営を阿片によって行った。アヘンの国際的規制が強化される中、阿片に“遅れて”乗りだしていった日本。日本の戦争と阿片の関わりは、世界から孤立する大きな要因になっていたことが、国際連盟やアメリカ財務省などの資料によって明らかになってきた。  また、これまで決定的なものに欠けるとされてきた、陸軍関係の資料も次々に見つかっている。軍中央の下で、大量のアヘンを兵器購入に使っていた事実。関東軍の暴走を阿片が支えていた実態。元軍人たちの証言からも、日本軍が阿片と深く関わっていた知られざる実態が明らかになってきた。 番組では、日本と中国の戦争を、経済的側面からひもとき、知られざる戦争の実相に迫る。
【アヘン患者を炭坑動員 旧日本軍、満州で計画 中日新聞】  日中戦争当時、旧日本軍が中国東北部の旧満州国でアヘンの生産と販売を独占した上、治療した中毒患者の中国人を炭坑現場などで労働者として動員する計画を進めていたことが、愛知県立大(愛知県長久手町)の倉橋正直教授(65)=東洋史=の研究で分かった。  倉橋教授によると、アヘンの専売は国際条約違反だったが、日本は旧満州国の農村部でアヘンを生産させ、都市部で販売。その収益で占領地支配の財政や軍事費を支える仕組みを作っていた。  教授は中国吉林省の公文書館「档案(とうあん)館」で「関東憲兵隊資料」を発見。同資料を分析した結果、旧満州国内の18省116施設で治療を受けさせた中毒患者を、軍関連の労働現場で働かせる大規模な就労計画を立てていたことを裏付けた。  資料は1945年6月末の作成。「建設向け」「鉱山労働向け」などに分類された3万人分の人員配分表もあり、旧日本軍が終戦間近の時点でも、旧満州国の110万人とされるアヘン患者を重労働の現場に動員しようと意図していたことを浮き彫りにした。  37年に始まった日中戦争の長期化に伴い、旧満州国は戦線の後方基地として、軍事物資と労働力の供給が課題となっていた。  倉橋教授は「戦時とはいえ、日本が国家政策としてアヘンに手を染めた実態を直視してほしい。日本は薬物汚染の加害者であったことへの反省を被害国に示さなければいけない」と話している。  研究成果は、倉橋教授が今月刊行した著書「阿片(あへん)帝国・日本」(共栄書房)にまとめられた。  中国政治史に詳しい西村成雄放送大教授の話 公的な資料に基づいた事実解明で評価できる。当時の日本による東アジア諸国への独善的な国家政策を認識することは今後、日本がこの地域でどう行動すべきかを考えるためにも有益だ。
【アヘン王、巨利の足跡 新資料、旧日本軍の販売原案も 朝日新聞】 日中戦争中、中国占領地でアヘン流通にかかわり「アヘン王」と呼ばれた里見甫(はじめ)(1896~1965)が、アヘンの取扱高などを自ら記した資料や、旧日本軍がアヘン販売の原案を作っていたことを示す資料が日本と中国で相次いで見つかった。取扱高は現在の物価で年560億円にのぼり、旧日本軍がアヘン流通で巨利を得ていたことがうかがえる。  日本側の資料は「華中宏済善堂内容概記」で、国立国会図書館にある元大蔵官僚・毛里英於菟(もうり・ひでおと)の旧所蔵文書に含まれていた。  この文書には、里見の中国名「李鳴」が記され、付属する文書に里見の署名がある。毛里は戦時総動員体制を推進した「革新官僚」の一員で、里見の友人だった。内容から42年後半の作成とみられる。  文書によると、日本軍の上海占領とともに三井物産が中東からアヘンの輸入を開始。アヘン流通のため、日本が対中国政策のために置いた「興亜院」の主導で、「中華民国維新政府」内に部局が置かれ、民間の営業機関として宏済善堂が上海に設立された。  維新政府は38年3月に成立した日本の傀儡(かいらい)政権だった。  文書では、里見が宏済善堂の理事長になっている。取引の主流は中東からの輸入品と、日本軍が内モンゴルに設立させた蒙疆(もうきょう)政権の支配地域からのアヘンで、41年度の取扱高は3億元(当時の日本で約1億5500万円、現在の物価で約560億円に相当)だったという。  また、在庫として、満州国産モルヒネ999キロ、台湾専売局製コカイン277キロが記録されている。計630万元に該当し、「市中相場に換算せば約倍額に販売可能」としている。  里見は戦後、極東国際軍事裁判法廷に提出した宣誓口述書で、自分は宏済善堂の副董事(副理事)で、董事長は「空席」と供述。幹部の顔ぶれや経理の詳細には触れず、アヘン以外のヘロインやモルヒネは扱わなかったと主張していた。 中国側の資料は、愛知県立大学の倉橋正直教授(中国近現代史)が南京の中国第二歴史トウ案(トウは木へんに當)館で発見した。  極秘印がある「中支阿片麻薬制度ニ関スル参考資料」と題する文書などで、この文書は38年10月1日付で軍特務部が作成していた。  文書によると、蒋介石政権はアヘンの取り扱いを厳禁していたが、旧日本軍の特務部は中毒患者の救済を名目に許可制とする布告文案を作り、維新政府に示していた。  文書は、浙江、江蘇、安徽の3省の占領地域で人口を2495万7千人とし、うち3%がアヘン中毒と推定。台湾や旧満州国の実績から、維新政府の税収を3173万元(当時の日本で2322万円、現在の物価で約111億円に相当)と見込んだ。  当時、駆逐艦の建造予算が1隻676万円だった。  付属する文書には、軍特務部から任務を引き継いだ日本政府の組織と維新政府が交わした覚書の内容も記され、アヘン収入の扱いについて、維新政府側と軍特務部の間で協議することなどが明記されている。  倉橋教授は、資料について「表向きは中毒患者の救済を掲げながら、軍部が傀儡政権に膨大な利潤が上がるアヘンの流通制度を導入させた実態がうかがわれる」と話している。(永井靖二)      ◇ 〈里見甫〉 中国の日本語新聞の記者などを経て、32年12月、旧満州国の首都新京(現・長春市)で「満州国通信社(国通)」を設立。日中戦争が始まると陸軍特務部の依頼でアヘン流通を支配したとされ、「アヘン王」の異名をとった。敗戦後は戦犯訴追を免れ、政治・経済の表舞台に現れることなく死去した。 ◆秘密主義者の詳細示す資料 (里見甫の伝記「阿片王 満州の夜と霧」を書いたノンフィクション作家佐野眞一さんの話〉 里見は極端な秘密主義者だった。「右手がしていることは左手に教えるな」という言葉を生涯の行動規範とし、直属の部下にすら仕事の全容を教えなかった。その里見が、アヘン取引について自ら記した文書が見つかったのは初めてではないか。日本軍の主導でアヘン専売制が敷かれた経緯や、「宏済善堂」の業務などが詳細に述べられ、極めて貴重な内容だ。

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NHKは支那事変以前の支那におけるアヘンの実態や、日本が台湾でアヘンを撲滅させた実績などを隠蔽しています。
NHKによる日本を貶めるための悪質な印象操作と認められたので、まずは郵便にて質問状を送りました。

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「。。戦前にある日本の名士が中国奥地を旅行した。車窓から山村の寒村に日の丸の旗が翻っているのをみて,「日本の国威がかくも支那の奥地に及んでいるのか」と随喜の涙を流したという話がある。なんぞ知らん、それがアヘンの商標であることを知ったら、かれはなんといって涙を流したであろうか。」 江口圭一『日中アヘン戦争』(岩波新書、1988年) 「日中戦争当時、旧日本軍が中国東北部の旧満州国でアヘンの生産と販売を独占した上、治療した中毒患者の中国人を炭坑現場などで労働者として動員する計画を進めていたことが... [Read More]

» 日本軍と阿片・NHKスペシャル「調査報告 日本軍と阿片」8月17日放送(8月30日再放送)に質問状を郵送・支那事変以前の支那のアヘン実態や日本の台湾でのアヘン撲滅実績を隠蔽した狡猾で悪質な印象操作 [正しい歴史認識、国益重視の外交、核武装の実現]
font size=5,color=blue8月30日、8月17日放送のNHKスペシャル「調査報告 日本軍と阿片」の再放送を見た。 かなり狡猾な印象操作なのでツッコミ難かったが、NHKは支那事変以前の支那におけるアヘンの実態や日本が台湾でアヘンを撲滅させた実績などを隠蔽しており、NHKによる日本を貶めるための悪質な印象操作と認められたので、まずは郵便にて質問状を送った。/font font size=5〒150-..... [Read More]

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