追手前小学校とまちづくり
中心市街地の活性化は、定住人口を増やす、人が住んで便利なまちにすること、魅力ある商店ができることにつきる・・・ 外から大学や集客ある施設をもってきても解決にはならない。富山も青森も立派なハコ物をつくったが、活性化には結びついてない。丸亀町では商店街が主人公となり、そこに住み商売をすることを基本に、活性化にとりくんでいる。先日、視察にいった友人が「その責任者は大の高知ファン。ひろめ市場、日曜市など豊かな資源がある高知が、そんなハコ物で活性化策とは・・・」となげていたそうな。 活性化の基本・・・人が住むという点では、小学校をなくすのは愚の骨頂。「人が住まなくていい」と宣言しているに等しい。これに反対せずして「活性化」を語る資格はないと言う声も聞く。
一方、高知大学の移転構想では、「中心市街地の活性化」をいう高知市、経済界の一部に対し、朝倉地域から強烈な反対の声。だいたい地域の活性化と大学のあり方をむすびつけるのはいかがなものか。大学は大学として人材育成、研究をするために、なにがベターか純粋に考えるべきもので、それこそ「大学自治」としての意思が尊重されなければならない。高知大学の幹部も「朝倉、物部の関係があり以前から共通過程を便利な場所にとは考えていた。小学校跡地は敷地として狭い。だいたい大学自体に金がないので国が認めてくれるかどうか」と、高知市や経済界の思惑とは距離感のある話をしている。まったく未定の話である。
女子大の池統合も結果として、県の押しつけ構想はくずれ、大学自体が出した改革案の線になった。永国寺キャンパスも「うらない」「知の拠点として検討」という基本線まで、「県立大はいらない」「教育に金をかけるな」という政党らの思惑も排除しながら、「県民の学ぶ要求に応える」「地域づくりの人材育成の機能」「そのために永国寺キャンパスの活用を」という線で、押し返してきた。同時に、過程では色々注文をつけても、大学の意思が決定した段階で、多少意見は違っても、行政や議会が手を突っ込むのはいかがなものか、と思う。女子大の文化学部は、将来の社会科学系の学部とともに、永国寺の残るのが合理的ではないか、と個人的には思うが、そこを指しきると大学自治への介入になる微妙さがある。介入を是とすれば、今後、行政、議会からの一方的な永国寺の廃止も可能となるレールを敷くことになる。短大も女子大も永国寺を高等教育の地として活用する方向性をもっている。知の拠点構想には時間がかかる。それまでは短大は存続する。(ニート、フリーターといわれる若者の「学び直しの場」としての役割を高めれば、廃止はむつかしくなるのではないかと個人的に考えている。)その間、これまでの議会の論戦の到達点、大学自治との関係でのルールを足場に、どんな教育的機能を永国寺キャンパスも持たすか、「教育に金をかけるな」が本心の勢力がいるなかで、知恵と力の発揮しどころにきていると思う。
そして、真にまちづくりを考えるなら、小学校をつぶしてはならない。 今回、女子大移転にいろいろ言っている政治勢力が、小学校統廃合ではどんな姿勢をとったか。総看廃止ではどんな態度をとったか。短大の存続で物をいったことがあるのか・・・ 物事は総合的に流れを追って見てみないといけないと感じる。
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Comments
追手前地区に住んで早いもので20年ぐらいになるだろうか。
小高坂地区が長いが、ここも隣の江の口も人口が減少、お年寄りの家がまさしく取り残されている。
追手前地区では唐人町など野菜の引き売りが来ていたが、介護年齢になりヘルパーが来るようになって、引き売りの車も来なくなった。
そして、バルサとダイエーが無くなって中心地にポッカリと大きなスーパーのない空間が出来てしまった。
県や市庁舎のある地区にだ。
『土佐の祭りごと』氏のご主旨は大体賛同だ。
大学の自治は、官学共同ー産学協同ー軍学共同と散々に痛めつけられている。
私は民学共同で押し返すべきだと思う、大学自治が孤塔の自治ではないように民衆のこれほどまでの署名を振り返れば、民意に自身を持つべきだ。
そして、議会においても、相応ずる闘いを組むべきだと思う。
映画、武器なき闘いで見せた「山宣」の教えがあるじゃないか。
Posted by: 下司孝之 | October 11, 2007 at 08:42 PM